前へ次へ   更新
1858/1859

Ⅱ589.配達人は食らい、


「それで。……貴方は相変わらずテーブルで食べる気はないのですね」


ハァ……と溜息混じりにそう投げかけるプライドに、ティアラも並ぶ。

彼女達の視線の先はテーブル席よりはるかに低い。常に清掃が施された屋敷とはいえ、床に直接腰を下ろし大皿を組んだ足の上に乗せている男相手なのだから当然だ。

手の届く距離に酒瓶をいくつも並べ転がす姿に、プライドは前世の花見を思い出したがそれ以上にやはり彼には見慣れたくつろぎ方だった。食事時どころか、彼がきちんと椅子やソファーに腰かけている場面すら自分は滅多に見たことがない。基本床だ。

今まではセフェクやケメトが一緒に並んでいたから気にしなかった部分があるが、今は彼一人だから余計に浮いている感覚が際立った。セフェクとケメトはステラと一緒に今はきちんと椅子とテーブルで食事をしている。


あー?と面倒そうに声を漏らすヴァルは、軽く見上げるがそれ以外は遠慮もない。

開き直るどころか最初から影も陰りもない彼は、今の瞬間まで心から寛ぐだけだった。むしろここでセフェクやケメトに合わせてテーブルで今更食べる方が気分も悪い。自分なりに一番美味いものを一番楽に美味い食い方をしたいのだから、その結果が床なだけである。

王女二人が眼前に来たからといって、口の中の咀嚼物を慌てて飲み込むこともなく寧ろまた一個頬張り、自分の好きに酒を飲み込んだ時だけ口が空く。


「まだ開いたテーブルは残ってますけど……なんならケメトとセフェクの席から私達は退きますよ」

「めんどくせぇ。なんでガキ共が離れたのにわざわざこっちから近づく必要がある?」

べろっと舌を出してうんざりとした態度をそのまま見せながら、またコロッケを口へ頬張る。

最初に適当によそったプライドの新作二種も大皿の中に混ざった為、ガブリと最初に歯は立てるが中身が芋であれば飲み物と同じ食べ方だ。おかわり分も確保した今、ここから動くのも面倒だと示すヴァルにプライドとティアラも目配せしたから肩を降ろした。

そうですか……と言いながらも、自分達がいるから二人と同席しにくいわけではないらしいことに少なからずほっとする。


「あの宰相のガキも相変わらずうるせぇしな」

なるほど。

そう、プライドとティアラの心は一つになった。ヴァルがわざわざセフェクとケメトと同じ席を望まないのも嘘ではないことは隷属の契約上間違いないが、今テーブルにいるのはもう一人いる。


ステラ。ジルベールとマリアンヌの娘である彼女は、セフェクとケメトのことは慕っていてもヴァルに対しては別である。

「怖い」「意地悪」と嫌われ、大好きなお兄ちゃんお姉ちゃんであるケメトとセフェクを連れて帰ってしまう相手という認識が強い。

そしてヴァル自身、ステラのことは初対面から厄介と煩わしさが強い。話しかけられれば睨み歯を剥き舌を打ち、今まで半径一メートル以上近づこうとしたこともない。プライドもティアラも二人のその関係はステラから聞いて察してはいる。そんな険悪で大丈夫かとジルベールに心配したことはあるが、父親の感想は「寧ろ慕われ過ぎて将来結婚したいと言われるよりは百倍マシです」とヴァルからの悪態もある程度黙認されていた。


「ステラ、まだ小さいから……」

「はっ、話せばきっと仲良くなれますよ!セフェクとケメトが大好きな人ならきっとステラちゃんも好きになってくれます!!」

プライドのやんわりとしたフォローと、ティアラの両拳を握る全力の励ましもヴァルは「要らねぇ」と一言で切った。

もともと自分が子どもに好かれると思っていなければ、好かれたいと思ったこともない。むしろセフェクやケメト、そして目の前の王女二人が極特殊なのだと本気で思う。

自分自身、子どもは今も嫌いである。そして、年齢関係なく自分の見た目が第一印象で嫌煙されることもとっくに自覚している。


苦そうな顔でコロッケをまた一つ頬張りながらムシャムシャと音を立てるヴァルに、プライドもティアラも無理を言って仲良くさせようとまでは思わない。

何より二人の間に入るセフェクとケメトもまた、全く仲を取り持とうとしていない現状で自分達が介入するのは余計なお世話でしかない。


姉妹でなんとも言えない顔を見合せ、そしてまたヴァルへ視線を戻す。

取り敢えず彼が動く意思が皆無であることを確認できたプライドは、そっとその場に視線を合わせるようにしてしゃがんだ。そのまま自分の両手に持つ皿を彼の鼻先までゆっくりと突きつける。

突然皿を突き付けられ片眉をあげるヴァルだが、その皿の上の物体に余計眉が上がった。言われる前からプライドが次にかけてくるだろう言葉が想像つく。


「少しずつで良いので野菜もちゃんと食べるように心がけてください。そんな山のような油ものとお酒ばかりでは体調を崩しかねません」

「提供した側の奴らには言われたくねぇがな」

皿の上にこれでもかと言わんばかりに盛られた新鮮なサラダの山を、ヴァルは顰めた顔で受け取った。

空いた手で皿を掴み、命令も含まれた言い方に仕方なく食べるしかない。もともと野菜が好きでも嫌いでもないが、今この場で余計に食べないといけないものが増えたことがただただ邪魔だと思う。


コロッケを素手て食べていた分サラダも面倒になり早速直接手を伸ばせば、掴む前に「今回のサラダくらいはフォークを使ってください」と溜息まじりに釘を刺される。

その途端、チッとあからさまな舌打ちを零しプライドを睨んだ。揚げ物特有の衣の油でテカついた指で仕方なく皿の上に乗せられていたフォークを今日初めて掴む。


しかしプライドからすればプライドで、コロッケならまだしもサラダを手づかみという方が信じられない。

お互い様よという眼差しで睨み返しながら、空いた両手をしゃがんだ膝の上に乗せる。ティアラも姉に倣い、隣でしゃがみながらヴァルと視線を合わせた。ナイフ投げの師匠でもあるヴァルだが、この三人で会話するのは殆どなかったなと思う。

挨拶に来たは良いが、ここは私は引いた方がいいかしら?と頭の隅でちょっぴり考えながら両肘で頬杖を突く。


「だからこうやってお野菜を持ってきたでしょう」

「頼んでねぇがな」

ああ言えばこう言う!と心の中で叫びながらプライドは唇を結ぶ。

吊り上がった目で睨み、ヴァルの抱える大皿を確認する。量が量の為まだ半分にも至っていないが、残っても絶対責任もって持ち帰らせると決める。その時は野菜もセットで詰め込んでやすんだから!と取り合えず自分なりの報復を考える。

コロッケの大部分を占める芋も野菜に数えられなくもないが、少なくとも自分の中での炭水化物をこの場の野菜に数えない。

コロッケを頬張り、酒で飲み流し、それから思い出した時に野菜を頬張るヴァルを眺めながらそんなことを考えると、今度は彼の方から視線が投げられた。


「そんなに俺様が一人なのが虚しく見えんなら、王女サマ二人で持て成してくれるか?」

ニヤリ、とわざとらしい不快に見える笑いを掛けながら、ちょうど飲み切った酒瓶を転がした。

新しい酒瓶をまた手に取り、片手の指だけで栓を抜く。それからプライドへ試すように差し出した。

ヴァルのその仕草にティアラも床を見回せば、侍女が酒を最初に持ってきた時に置いて行ったのであろうグラスが一つだけ床にあった。これだけ酒瓶を転がして、一度も使われていなかった可哀想なグラスだ。


細い手を伸ばし、グラスを三指で摘まむように持ち上げる。持て成しが酒のことだろうとティアラもあたりはついていた。

自分の部屋へセフェクとケメトと一緒に訪れてくれた時も、彼自身への見返りは酒が主だったのだから。

酒瓶を受け取ったプライドへ、素直にグラスを差し出せばプライドも少しだけ眉を中心に寄せた。自分は良いが、ティアラにお酌をさせるなんて!と姉なりの不満はある。しかし目を向けてもヴァルのニヤ笑いが広がるだけだ。今回は前もって栓を抜いてくれただけ比較親切でもある。


ハァ、と既にヴァルの前に訪れてから数えるのも諦めた溜息を吐いてティアラのグラスへ酒を注ぐ。その瞬間、背後から言い知れず殺気を感じ一気に背筋が伸びた。

動揺のあまりティアラの手に酒を零しかけるほど注ぎ口が揺れてしまう。七分程度注げてから酒瓶を上げ、手で蓋をする。それから慌てて背後を振り返れば、近衛騎士のテーブルからだった。

こちらを見ている視線はいくつか感じるが、その中でも殺気を放つのが自分の角度からでは長い横側の黒髪に邪魔されて顔が見えない彼からだろうと確信する。王族相手に酌をさせるのが許せないのも無理はないと自分でもわかる。そして当の殺気をぶつけられている本人は気付いた上でニヤニヤと上機嫌だ。

そして今まさに七割まで酒が注がれたグラスをティアラが「どうぞっ」とヴァルへ手渡している。

思った以上に平然と寧ろ満面の笑みでグラスを差し出してくるティアラに、ヴァルも少しだけ目が余計に開かれた。


「今回はお姉様への協力お疲れ様でした!セフェクとケメトもヴァルと一緒に学校にいられて嬉しかったと思いますっ」

にこにこと、そう告げるティアラにヴァルもやっとティアラが機嫌が良い理由を理解する。

単純にプライドに協力したこともそうだが、セフェクとケメトと仲が良い彼女が二人のことも考えた上での謝礼を自分にしている。

あまりにもきらきら発光しているようなティアラに、ヴァルは若干顔を逸らしながら「ガキ共とは殆ど会っちゃいねぇがな」とグラスを受け取った。からかってやるつもりが、逆に直射日光を浴びせられた感覚に相変わらずこっちの王女も食えないと思う。

更には「ねっ、お姉様」と流れるようにプライドへと話題を投げ出す。

ティアラからの言葉に、プライドも「本当ね」と殺気に反応し上がった片方の肩を強張らせたまま向き直った。中身が残っている酒瓶を零す前にと前に置く。

ここは平和的にも、自分達が持て成すくらいの頑張りをヴァルがしたのだと示すのが最善と考える。


「今日はセフェクとケメトのお祝いもあるけれど、協力してくれた貴方達への感謝もあるから。本当に助かりました」

「どれが一番助かったか具体的に言えねぇのか?なあ主」


ドキッ、と。

その言葉にプライドの両肩が大きく上下する。今度は殺気ではない、ヴァルの発言の方だ。


 前へ次へ 目次  更新