Ⅱ588.義弟と騎士は捉えられ、
「ステイル。お前またそればっか食って腹一杯になってもしらねぇぞ」
「お前の皿ほどじゃない」
大皿の前に並びながら、互いの皿を見やる。
一番最初に最前列に並んだ二人は、早々に二周目にも突入していた。他の大皿には目もくれず、当然狙うはプライド達の料理だった。
二週目となり背後に誰も並んでいない今、アーサーもステイルも肩をぶつけ合いながら一周目と同じ皿に手を伸ばしていた。
他の料理も当然美味しかったと思う二人だが、自分達が一直線に食べるのはそれぞれ最初から決まっている。
ステイルにしては、こぼれ落とさんばかりに盛った皿に本当に食べきれるのかと眉を寄せるアーサーだが、ステイルはステイルで自分とは比べ物にならない物量を誇るアーサーに溜息が溢れた。今だけはヴァルの大皿誘拐をアーサーは責められないと思う。
自分と違い、アーサーなら余裕で食べきれるのだろうと理解しながらもその山盛りに呆れてしまう。一人で大皿の残りの半分以上を回収する勢いである。既にステイルが盛った山盛りを完食しているのに関わらず。
「二人とも。おかわりしてくれて嬉しいわ」
「すっごく美味しいですよね!」
無理はしなくて良いからね?と、続けるプライドとそして弾む声のティアラに二人は同時に振り返る。
あまりにプライド達の料理に夢中になり過ぎたあまり、背後に気付くのが遅れてしまった。プライドとティアラを呼ぶ声がそれぞれ殆ど揃う中、手の皿を思わず背中に隠す動作まで綺麗に重なる。あまりに揃った言動の二人に、プライドはファーナム兄弟をこっそり思い出した。
目の前の二人は双子どころか兄弟でもないが、似たようなものかしらと思えて少し微笑ましくなった。
二人が隠す前から、その皿に何が主に盛られているのかはプライドとティアラも既に把握している。隠す必要ないのにと思いながら、くすりと互いに顔を見合わせて笑った。
「お姉様、そちらの二品は絶対作ると仰られてたので!兄様とアーサーがたくさん食べてくれて嬉しいです!」
ですよねっ、とプライドへ投げかけるティアラの言葉にアーサーとステイルの肩が揺れた。
〝そちらの〟とティアラにも的確に見通されたことを確認し、二人は背中へ隠していた皿を神妙に前に持ち直す。一巡目で皿へ盛ったのと殆ど変わらない料理が山盛りされた皿だ。
アーサーは生姜焼きの山、そしてステイルの皿にはいつもの彼には想像もつかない量のミニメロンパンの小山が築かれていた。
あまりにも欲に忠実過ぎる皿に、ステイルもアーサーも二人揃ってプライドと目を合わせられない。お互いとは反対側に視線を逸らし、しかしティアラの台詞も聴き逃せず口を動かした。
「ありがとう、ございます……。その、覚えててくださり、嬉しいです……」
「すっっっげぇ美味いです。いくらでも食えます。……〜っ、けどすみません、ちょっと盛り過ぎました……」
じりじりじりと顔の熱が上がっていく。
さっきまでも互いの皿に対しては冷静なつもりだった二人だが、やはりこの皿はあからさま過ぎただろうかと今更反省する。自分達なりに一巡目は他の来客達のことも念頭に遠慮したが、二巡目になると若干欲望に忠実だった。
他の料理も美味しかったことは変わりない。しかし、やはり自分達が山盛りにしたそれは特別なのだから仕方がなかった。自分達への労いと、そして何よりセフェクとケメトのお祝いの為のご馳走の中でこのニ品だけは。
─ すっっげぇ食いたくて食いたくて……‼︎
─ 俺の為にかもと思ったら……‼︎
『次に作る機会があったら絶対その二つはって約束するわね』
自分達が希望した料理なのだから。
食堂でディオスとセドリックの食事を眺めた際、また作りたいと望んだプライドに二人がそれぞれ希望したのがそれだった。
そして今回のパーティーで本当に出されていれば、食べないという選択肢がない。プライドの新作よりも遥かに輝いて見えてしまう。
一度希望を口にしてから、時折あの味と用意して貰えた時の感動を思い返すことも多かったアーサーも、今回パーティーまでは自分達に会いに来ないようにと言われていたステイルにも感動はひとしお以上だった。
パーティーに合流後アーサーは屋敷に入った時点で良い香りに期待はあった。
更にはステイルから内容を聞かされ、大皿の品々に念願の豚肉料理があればもうステイルと共にその最前付近から動けなくなった。冷静に考えれば一巡程度でその大皿の中身がなくなるとは思わないが、一番に並ばないと不安を覚える程度には料理への欲求が膨らみどうにもならなかった。
ステイルに至れば、大切な姉妹からパーティーまで休息時間を得ても自分達に会いに来ないでと今朝言われたばかりの為ショックも大きかった。
プライドとティアラも意地悪ではなく、あくまでステイルとアーサーを好物で喜ばせたかったからこそのサプライズだった。しかし二人が何か考えてのことだとはすぐに察したステイルも、自分だけ除外されてしまえば少なからず落ち込む。だからこそパーティーで料理が用意され、さらには好物まで提供と知り、アーサーも合流すれば大人気なく燥いでしまった。
あまりの嬉しさにこの菓子パンだけは自分が一番多く食べたいと思ってしまうほどに。
あまりにがっついた場面を見られたとを自覚し口の中を噛む二人に、プライドは「嬉しいわ」と心からの笑顔で言葉を返した。
今回の料理、必ず作ると決めたその二品はプライドとしても二人の為に作った部分が大きい。むしろそれを取って貰えなければ、今頃自分は肩を落としていただろうと思う。
「お姉様っ、宜しければ是非またいかがでしょう?お二人にも」
「え、ええ……」
直接言わずとも通じるティアラからの促しに、プライドも控えめな笑みと共に返した。
同時にステイルとアーサーも理解し、早くも顔色と表情に出てしまう。ただでさえ、さっきもプライドがレオンに料理を食べさせていたのを二人も遠目で目撃していた。ティアラの「お二人に〝も〟」の意味もはっきりわかる。
今回が初めてではない二人だが、あれから三年も経ってまたと思えば顔に熱が灯る。このままプライドにどうぞとされれば自分達が抗えないのをよく知っている。……しかし。
「あ、あの……二人とも」
もじ……、とプライドはすぐには動かなかった。
いつもならば早速と言って良いほどティアラからの促しに実行へと移すプライドが、下ろした両手でぎゅっと指を組むだけだ。
予想しなかったプライドの様子に、アーサー達の眉も上がる。きょとんともなりきれない表情で見返せば、次の瞬間心臓がひっくり返った。
「人前だけど、良いかしら……?」
眉を垂らし、照れ笑いを浮かべながら上目に覗いてくるプライドと、その言葉に。
ステイル達は本気で呼吸まで止まった。ン゛ッ!と喉から変な音を立て、顔の熱がさっきとは比べ物にならないほどに急上昇する。アーサーは思わず心臓を物理的に片手で鷲掴み押さえ、ステイルは〝何を言ってるんだこの人は!!!〟と心の中で叫んだ。
今まで何の躊躇いもなくやってきたことを、まさか事前に許可を乞われるとは二人も、そしてティアラも思ってもみなかった。ただでさえ既にセドリックとレオンに同じことをした後である。
しかしプライドからすれば、今回の潜入視察中にある程度の反省と気付きもある。
学校では二人と手を繋いでも腕を組んでも、レイと恋人ごっこでも怒られたのだから。しかも今二人の立場はと考えれば、親しい者同士の集まりとはいえちゃんと確認を取ってからと思う。
自分としては今回の感謝と、何より食事の特別さを伝える為にもと思うが、今までのように立場を考えて下さいと困られるのも想像できた。自己満足にならない為にも、ちゃんと二人から合意は得たい。…………それが、逆に二人を非常に追い詰めることになっているとは露とも思わずに。
プライドの真意もわからず、ただ尋ねられる二人からすれば、今までは断る隙もなかったという自分への言い訳が完封された。
しかも、まるでねだるように尋ねてくるプライドの言葉に、人前ではまずいことをしてもらうのだという事実を突きつけられる。公の場ではなく、あくまで知れた仲同士の小規模の個人パーティー。レオンやセドリックがそうだったように、自分達がされても何らことを荒げる者はいない。あとは二人の心情の問題である。そして断る権利を与えられた今、思うのは。
─ っっっし、て欲しいですッとか言えねぇ‼︎‼︎
ギギギギギギギッとアーサーは全身の節々がブリキのように硬直しながら、奥歯を食い縛る。
プライドから言われ、即答が頭に浮かんだアーサーは未だにそれを言葉にできない。プライドが許可を求めてくれること自体おかしいと思う。やってもらうのは自分の方なのだから。
しかしここで肯定の言葉を言えば、それだけで自分の欲が前のめりに見透かされそうだと心臓の音がおかしくなる。だからといって「プライド様がしたいのならどうぞ」と上手な言い方も、「自分達に拒否権はありませんから」とプライドに全部転化する言い方も死んでもしたくない。
ジリジリと全身が内側から火で炙られる感覚を覚えながら、こういう時こそ口が回る相棒に助けてくれと思う。
しかしステイルもまたそれどころじゃない。
─ 俺としたことが当然してもらえるかのように…!!!
ぷすぷすと眼鏡が曇るほど顔が熱く熱がこもる。
プライドとティアラからの連携攻撃はもう慣れていたし読めていた。だがそう来られると、やはり断りたくないが前に出た。同時に、自分が断ったらして貰えないのだという少なからずのショックも。
いざ目の前にくれば、緊張もすれば逃げたいくらいの羞恥にも襲われるがそれを置いてもあまりあるくらい「プライドならしてくれる」という確信と期待があった。……自分がそれだけ自惚れもあったのだと自覚すれば、脳が使い物にならなくなる程度には羞恥で茹で上がる。
つい今さっきまで、これからの展開も怖じけながらも期待して待ての姿勢でいた自分を殴りたい。
「あの、……二人とも。やっぱりだめ?」
真っ赤に全身を熱らせたまま黙りこくる二人に、プライドの顔が僅かにしょげる。
やはり昔と違って今は困らせるだけなのかと考えれば、少し寂しくなった。優しい二人のことだから、自分へ断ることも躊躇いきっと困惑で言葉が出ないのだろうと思う。
ここはちゃんと空気を読んで引かなければと、肩を落としてから「やっぱり自分でゆっくり食べたいわよね」と続けようとしたその時。
「ならばお姉様がステラ達や近衛騎士の方々全員にしてあげればとっても自然ですよねっ?」
なっ⁈えっ‼︎と、ステイルとアーサーの声がひっくり返る。
凝視する相手はさっきまで三人のやりとりを大人しく見守っていた次期王妹だ。姉の裾を指先でちょんちょんと引き、まるで名案とばかりにはっきりとした声を響かせる。
しかしその表情はいつものような笑顔ではなく、アーサーとステイルが見た時には片方の頬が膨らみ細い眉も中央へ寄っていた。
ぷんっ、と音にも出そうな表情で二人を見つめ返すティアラはほんの少しの遺憾の意をわかりやすく彼らへ示す。
そんな今更恥ずかしがる必要がわからない。昔もやったことがある上に、今は二人はプライドの婚約者候補でもある。なのにそんな態度を取って、プライドが迷惑がられてると思って婚約者候補まで変えちゃったらどうするつもりなの!と思う。
まさかのティアラに眉を寄せられ、ステイルとアーサーもうっかり怯む。
更にはそれを提案されたプライドも「そうね」とすんなり受け入れてしまった。
「その方が二人も迷惑じゃないわよね。なら先に誰から……」
「ヴァルだったらすぐ食べてくれると思いますっ‼︎ちょうどまだ回っていませんしこれから」
「「いやそれは!!」」
待て!ちょっと待て?!と。アーサー、ステイルの言葉が途中まで重なった。
まさかの先取りしそうな相手と人選にここは行かせまいと声を張る。二人からの静止を受け、プライドも背中を向けようとする動きからすぐ振り返った。既にレオンとセドリックにも振る舞った今、他の彼らに振る舞うのも良いと本当に思った。全員に回れば、ステイルやアーサーだけが注目されることもない。敢えて一人躊躇う相手といえば、年上の奥さんのマリアンヌくらいだ。
紫色の瞳を丸くするプライドに、今度こそ二人は恥も外聞も投げ捨てる。
「そッ、それはプライドが俺達〝への料理〟が特別だからやって下さろうとしたのですよね⁈ならば全員に振る舞うのはどうかと!本来のティアラからの提案からも外れています!!」
「ッすンませんでした!!俺らとも大丈夫ッす!そりゃすっっげぇ恥ずかしいですけど!その!迷惑とかは死んでも思ってねぇンで!!!!」
息を巻く勢いで理論武装を試みるステイルと謝罪と訂正を試みるアーサーの言葉は同時に合わさりプライドも聞き分けられなかった。
唯一聞き取れたのは遠巻きで様子を見守っていたセドリックだけである。
Ⅱ43-2