そして展望を持つ。
「皆さんはいかがでしたかっ?学校潜入っ。私はレオン王子と一緒にすっごく楽しめました!」
ぱちんっ!と思いついたようにティアラが両手で可愛らしい音を立てる。
自分はプライドと一緒に生徒にはなれなかったが、定期的に見に行っていたプライド達の生徒生活は楽しそうだったと思う。潜入視察中も姉達から話を聞いていたからこそ、終わったから聞ける話もあるならと思う。
ティアラの投げかけに、近衛騎士達も思うことはそれぞれある。単純に「楽しかった」とは立場上もそして心情的にも言えないが、それでもなかなか濃厚で結果として悪くないものだったのは違いなかった。ハリソンだけは「特にありません」と一言だったが、他の三人は当然それで済まない。
ハリソンの突き放すように聞こえる言葉を上塗るべく、最初にカラムが口を開く。右手を頭の横に上げ、発言権を確保してから「私は」と口を開いた。
「とても良い経験を得られました。ネイトの件もそうですが、やはり講師という立場も貴重な経験だと考えています」
講師という立場で各年代の生徒に騎士について説明や指導を行ったことは、とても意義ある時間だったとカラムは思う。教師達からも良い刺激を受けられた。思い返す度にこの国の未来は明るいと思う。
更には、個人的なことを考えればネイトである。自分でなくてもアラン達でもネイトを支えることはできたと思うが、それでも彼の力に少しでもなれた自分が誇らしい。
当初はただの問題児としか思わなかった少年だが、プライドの予知のお陰で彼に本当に必要な手を差し伸べられた。今では口の悪さは置いても、問題行動も改まりしっかりと将来に向き合っている彼を思えば、それだけでも自分が潜入した意味はあると考える。
「今後、ネイトに会うのも楽しみです」
「私も、カラム隊長とネイトが仲良くなってくれて嬉しいわ」
そう繋げるカラムにプライドも微笑んだ。
カラムを心から慕っているだろうネイトもきっとそうなのだろうと確信する。自分の為に潜入してくれたカラムだが、結果として彼にとっても良い出会いを得てくれたことは何よりでもある。
両手を合わせて笑うプライドに、カラムも小さく笑んだ。もともとネイトと自分が関わるきっかけも、最初に彼の背景に予知で気付いたのも彼女なのだが、それを全く鼻にかけないのはやはりプライドらしいと思う。そして、ネイトにとって間違いなくプライドも親しい相手であるだろうとも。
恐縮です、とそのまま丁寧に頭を下げるカラムに、ティアラもにこにこと姉と彼とを見比べた。
続いてアランが「自分も結構楽しかったですよ!」と声を並べる。講師としてではなく、あくまでセドリックの護衛だがそれでもアランも振り返れば学校はなかなか満喫できていた。
「やっぱああいう機関があるのも良いなと思いましたし、何よりプライド様の御力になれたのは一番でしたね」
隠すことなくそのままの気持ちを言い切るアランに、プライドも照れ笑いで返した。
自分が発案である学校を褒めて貰えたのも嬉しいが、力になれたのがと言ってくれるのも純粋に嬉しい。
アランからすればセドリックと、そして途中からはディオスとクロイの様子を見守るのも面白かった。最初の頃はあまり直接的関わりの少なかったセドリックも今ではあの双子の良き兄のように見え、ティアラへの恋愛も少し手を貸したくなるくらいには親近感も湧いている。
学校だけでなくセドリックの人となりを知るという意味でも有意義だったと思う。そしてなによりも
「アラン隊長にも本当に何度も助けて頂きました。……危ないところも」
満面の笑顔から、途中で小さく目を逸らすプライドにアランもすぐ理解する。
頭を掻きながら、いえいえと言葉を返し思い返すのは忘れもしないプライドの監禁事件だ。自分でなくてもあれくらい近衛騎士ならなんとかできたと思うが、それでも彼女の窮地に駆け付けられたのは役得だった。自分の性格上もしプライドを助けたのが他の騎士だったら、自分が助けたかったと絶対羨ましがるのはよくわかっている。
レイとライアーについても一歩間違えれば丸焦げの機会はあったが、振り返れば自分が関われて良かったと考える。ライアーに関して恨みは別段ないが、それでも奪還戦のあの時に殺さず捕縛した意味があったのだと目の当たりにするのはアランとしても感慨深かった。
「まぁ今回は一番功労したのエリックですけど」
なっ!と、呼びかけながらエリックへと視線を投げる。
その途端、まさか自分が振られると思わなかったエリックは大きく肩を上下した。いえ自分は、と言いながらも正直に顔が苦く強張る。
ここにプライドがいなければ確かに「ええ、まぁ」程度は言いたくなった自覚はある。頭にすぐ浮かぶのはカラムのように生徒の指導でもなくアランのように護衛でもない、我が家にジャンヌ達を招いた一連である。
本当ですねとプライドとそしてティアラからも視線を集め感謝を告げられれば、両手を交互に振ってしまう。
プライド達を招き入れた際の心労は果てしなかったが、それも自身の心情の問題である。むしろ最近では毎日のようにプライドが訪れるのを家で待っていたあの感覚が懐かしく思える時もある。
しかし今思い出そうとすれば、一番はやはり顔から火が出る想いだった。事故とはいえプライドに寝起きを起こしてもらい、更にはそれを命じたのが自分の弟なのだから。
むしろ本当に本当に御無礼を……と繰り返しエリックが頭を下げれば、ハリソンの目がまたくわりと見開かれた。自分が知らないところで何かプライドに無礼を犯したのかと疑う眼差しに、まだいっぱいいっぱいで視線に気付かないエリック以外全員が一気に焦り出す。
「ッいえエリック副隊長のご実家は本当に温かく迎えて下さりました‼︎」
「わっ、わた、私もお姉様達からご評判を聞いて!すっごく羨ましかったです!」
「いやエリック頑張った!すげぇ頑張った‼︎結局家族にもバレずに通したしよ‼︎」
「家族が子ども扱いしたのは〝ジャンヌ〟達だろう。きちんと送迎をやり遂げているのは私達も全員知っている」
全力で弁護に回るプライドとティアラに続き、アランもエリックを回るように席を立ちハリソンとの間に入った。エリックの肩に腕を回しつつ、ハリソンが下手なことをしないようにと牽制する。ここでハリソンが誰か一人に火がつけば、次の瞬間にはテーブルの料理全てが木っ端微塵になると確信する。少なくともハリソンにはそういう前科がいくつもある。
さらにカラムから遠回しにエリックの家族の弁護をいれれば、やっとハリソンからも疑いの眼差しが収まった。正体を知らずともプライドに無礼を犯したならば、共にいたエリックに責任を問おうと考えたが諦める。
短く息をハリソンが吐いた瞬間、エリックも「ありがとうございます…」と言い掛けていた口が途中で止まる。ハッ!と初めて自分の危機に気がついた。
突然全力で全員に庇われたことも不思議だったが、ハリソンのその音にあと少しで自分も殺意を向けられる寸前だったのだと理解する。
恥ずかしい記憶にうっかり頭が空になりかけてしまったが、自分を庇ってくれただろうアランに感謝しようと椅子に掛けたまま見上げた瞬間。
「あっ、そういえばプライド様。エリックは挽肉の揚げた料理が美味かったって言ってました」
謝罪の機会を奪うべく、そう発せばエリックも心臓が大きく飛び上がった。
直後には「えっは、はい」と覚束ない発声でプライド達へ首を立てに振り、それからはにかんだ。少し照れるが、自分で言える機会を貰えたことが嬉しい。
「本当に、とても美味しかったです。食べたことのない味でしたが、さっくりしていて中は柔らかくて」
「!エリック副隊長のご家族もお好きそうなお味でしたかっ!?」
柔らかな笑みを浮かべながら絶賛するエリックに、今度はティアラがハッと思いついたように息を呑みそれから問いかけた。
何故そこに自分の家族が出てくるのかわからないまま「ええ、もちろん」とエリックも疑問符を隠したまま言葉を返す。その途端、ティアラは名案が浮かんだとばかりにぴょこぴょことプライドの服の裾を指で引っ張った。その動作に、察しの良いエリックも思わず予感した瞬間心臓が鈍く鳴る。
そうね、とティアラの水晶のような眼差しの訴えに、プライドも当然思い浮かんだことは同じだった。
「その料理もきっと簡単に作れると思うから、宜しければレシピを。エリック副隊長のお母様はお料理上手だし、きっと私よりも美味しく作って下さると思うわ」
「?!い、いいいいいいえ!!申し訳ありませんそんなつもりでは!!?」
やっぱり!!と心で叫びながら全力でエリックは遠慮する。
まさか純粋に美味しかったことを伝えたかっただけが、レシピの催促になってしまうとは思わなかった。確かに欲しいとは思ったが、騎士団ではなく自分個人の家になど恐れ多すぎる。しかもこの歳になって母親に作って貰うというのも流石に成人男性として少なからず恥ずかしいものがあった。
ブンブンと首を横に振りながら顔が真っ赤になるエリックに、アランがすかさず「良いじゃん良いじゃん!」と背中を叩いて止めた。
「貰ったら俺にも作ってくれよエリック!エリートのカラムみたいに作れねぇわけじゃねぇだろ⁈」
「アラン。作れないではなくあくまで個人的には料理をしたことがないだけだ。部下に無理強いするな」
そして私を巻き込むな。そう言葉を続けるカラムは眉間に皺を寄せる。
エリックが受け取るのは賛成だが、そこですかさずおこぼれを狙うアランを嗜める。作るならお前が自分で作れといえば「俺はそれでも良いけど‼︎」とアランはまだ乗り気のままだ。
エリックも、庶民出として料理はある程度は経験もある。アランの言葉に「確かに……」とつい呟いてしまえば、そこでふと最近食欲が完全復活した祖父母を思い出す。更には両親だけでなく食欲旺盛の末の弟も、そして真ん中の弟の息子達も間違いなく好きな味だろうと。
今回のジャンヌ達のことで少なからず迷惑を掛けた家族に、自分からはそれらしい礼やお詫びをしていない。そう考えればこの料理は良い機会かもなと浮かんでしまう。
「エリック副隊長もお料理ができるのですか⁈でしたら是非ご家族にも!」
更には心を読んだかのようにプライドからのダメ押しだ。
眩しい眼差しで見つめられ、完全にもう断れる要素が泡になる。口の端がヒクつくのを感じながら、静かに深く息を吸い上げた。
そうですね、と。実家にいる家族の笑顔と、プライドの創作料理を今後食べられる機会と、なにより今自分に向けて尊敬に近い眼差しまでくれるプライドの三要素に抗えるわけもなかった。
ありがとうございます。お気遣い頂騎士団長申し訳ありませんと繰り返し頭を下げるエリックに、プライドも笑顔が隠せないまま一言返した。
エリックの母親が料理の腕が良いのはクッキーの味で知っていたが、男性で騎士で且つ料理もできるエリックを純粋に偉いと思う。家の手伝いをしてきた証拠なのだから。いっそ自分がエリックの料理を食べて見たいとこっそり思うが、困らせるだけだと理解し喉の奥で飲み込んだ。
「……頂いたらすぐ、家族に自分から振る舞おうと思います……」
ぷすぷすと湯気があがりながらも呟くような声で告げるエリックに、ティアラも微笑んだ。
ちらりと、そこでアランに目を向ければまるで約束してたかのように目が合った。互いに顔が笑ってあることと目が合ったことでティアラも、そしてアランも打ち合わせなく互いに協力できたのだなと目の色で理解する。
ニカッとアランが笑い返せば、ティアラも思わず口を両手で隠しながらクスクスと暫く笑いが止まらなかった。アランのそういうところがとても素敵だと素直に思う。
「また今後も、近衛騎士の皆様には色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、どうかよろしくお願いします」
今回は本当にありがとうございました。
そう改めて挨拶と感謝を告げるプライドに、近衛騎士達も今度は声が揃った。勿論です。そう言葉を返しながら、……そこで静かにアランはティアラからエリックへと目を合わせた。
やはり気持ちは同じであるエリックもすぐアランと栗色の視線を重ねた。
目の前で無音で目配せ合う二人に、プライドも半分笑ったまま口の中が苦くなる。この二人は事情を知ってるのだと思えば、きっと今も自分と同じ苦笑いを抑えてくれてるのだろうと理解する。他の近衛騎士達にはジルベールからの口止め上、共有されていない情報がまだある。
今後もまだ困難も予期せぬ事態も続くのだと理解しつつ、今はプライドも、ティアラもそして騎士二人も口を噤んだ。