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Ⅱ587.騎士達はご馳走になり、


「いやハリソン。お前マジで食い物ならなんでも良いのな」

「アラン。言い方に気を付けろ」


ぶはっ、と思わず笑いながら言ってしまうアランにカラムから一言窘めが入る。

ハリソンを回収したまま同席した近衛騎士達だが、アーサーのいないこの四人で食事を囲うのも初めてだった。プライド達手製の料理にそれぞれ感想を漏らしたアラン達と異なりハリソンは終始無言のままだ。


ドカ盛をした皿を早々に半分近く減らすアランと対照的に、ハリソンは黙々と食べるが速度は遅い。しかも表情も殆ど変わらなければ、カラムの目からもハリソンがどの料理が気に入りそれが口に合わなかったかも判断つかない。それほどにハリソンの顔色は変わらない。

ハリソンからすればいつもよりは遥かに味わって食べているのだが、正直味の機微はあまり感想を覚えない。美味いとは思う、しかしそれ以上の感想も思いつかない。敢えて言うならば挽肉の揚げた料理が一番噛み切りやすい且つ味も好ましいと思う。

食べることに興味はないハリソンだが、肉の味は比較好ましい。少なくとも、日頃齧ることが多い干し肉よりはずっと味わい深いのは間違いなかった。騎士団演習場の食堂でも食事に肉は出るが、味わって食べようと思ったことがないこともある。

しかしそれがなくとも、プライドが作った料理だと思えばそれだけでも好物として数えていいくらいに美味に思う。これだけどれも美味いなら、アーサー達全員に待ったをかけられたあの盛り方でもやはり別段問題なく食べられたとハリソンは思う。

味が良いと思えば、むしろこの料理も自分が食べるより副団長や騎士団長に食べて頂きたいとこっそり思うが、流石に持ち帰るような愚行はしようと思わない。代わりに、ちゃんとアーサーは食べているのかとちらりと別テーブルにいるアーサーへ目がいった。


アランからの度の過ぎた失言も全く意に介さないハリソンを眺めながら、エリックはハリソン側の肩が微弱に上がる。

表情を全く変えないハリソンだが、長い横髪の所為で顔が見えないこともあり余計にエリックの角度からは怒っているのかどうかもわからない。

せっかくのパーティーでも、ハリソンなら躊躇いなくここでアランとも乱闘を行うと思えば余計に冷たい汗が額に湿った。その場合テーブルを挟んで向かいにいるアランに飛び掛かる為に、テーブルの上にある全員分の料理が犠牲になることは間違いないのだから。


今のうちにも皿をすぐ引っ込めるようにしておこうと、意識的に左手にも皿へ手を沿える。

山盛りにした唐揚げが今の状態では間違いなく四、五個は転がり落ちるだろうと思えば今はそれを減らすことに集中した。プライドの新作も一個ずつ取ったエリックだが、唐揚げを今回は一番多く盛っていた。

プライドから騎士団へ提供されたレシピでもある為、今回の料理の中では最も目にすることが多いがその為定番の美味しい味でもある。しかも食堂で出る時は必ずすぐに大盛りとおかわり希望がごった返す人気メニューでもある。

それを最初から、大盛りで、しかもプライドの作ったものを食べられるなどエリックにしては幸せ以外の何物でもなかった。

見慣れて且ついつもは大盛りで食べたくても食べられない料理を好きなだけ食べられるエリックは、この機会を逃せない。そしてこんな美味しい料理を一個も無駄にしたくもない。

あはは……とエリックはアラン達の会話に弱い笑いを零しながら、ハリソンとアランを見比べた。


「どれも美味しいですよね。新しい揚げた料理もどれも美味しくて、自分は挽肉の揚げた料理が特に」

「!ああ、それ美味かったよな!俺はこっち、いやこっちか?とにかく固まり肉の方が美味かったけど」

話の軌道を変えるエリックに、アランもすんなり乗る。

フォークでさっくりと間違えてコロッケを刺した後、今度はメンチカツを刺し、また外してから面倒になり口頭の説明だけに諦める。

エリックの言うメンチカツも美味しかったアランだが、やはり自分はガツンと肉の固まりが感じられる料理が美味しかったと思う。フリージア王国にも似た料理はあるが、たっぷりの油で揚げられたトンカツはまた違ったがっつりとした美味しさだった。

フォークの穴が開いたものから先に口へ次々放り込んでも、まだアランの皿には山盛りの料理が残っている。どれも美味しいことは変わらないが、この賭け感覚で自分の新たな好物に当たるのを待つのも楽しいとこっそり思う。

生姜焼きのタレがかかった味もまた美味いと、勝手な自分の創作料理も気に入っていた。

カラムには駄目だしされたが、エリックには「食ってみろよ」と自分の皿の上から勧めたら良い反応だった。アーサーにもあとで時間があったら進めてみようかなと考える。


トンカツにコロッケにメンチカツと、どれがどれかを判断も付かず齧ってはどれだったか初めて確かめるアランは、一口で半分以上を食べきってはすぐ飲み込む。

何口も齧り付きゴブゴブと音と立てて酒を飲み、ぷはっーと息を吐き出す度に幸せそうな顔をするを繰り返し続けていた。完全に酒の摘まみである。

更には隙間に詰めた唐揚げも何度食べても飽きない。今は誰に皿の上のものを取られる心配もないと思えば余計に美味い。騎士団の食堂に出た時は、毎回おかわり戦争に打ち勝つのに全力投球だが今は好きなだけ食べられる。

次々と減るテーブルの酒に、侍女が先読みして酒を新たにグラスへ注ぐ。アランもそれに感謝を返しながら、カラムに「お前も食ってるな」と目を向けた。


アランやエリックほど大盛りにはしていないカラムだが、その代わり一皿に留まらずもう一皿も横に置いている。

プライド達の作った料理や菓子を綺麗に盛った皿とは別に、もう一皿にはこんもりと見栄えもバランスも完璧にサラダを始めとした野菜類が盛られていた。一介の騎士としてカラムも量の盛り方には程度があっても、食べられる量自体は他の騎士達と大して変わらない。運動量が一般人と異なるのだから。

アランからすれば野菜なんか食べてる暇の間にプライド様の料理がなくなるぞと少し思う。しかしカラムからすれば折角の美味しい料理ならば猶更美味しいと思える食べ合わせで食べたいと思うのは当然だった。

更には、綺麗に盛るのはご馳走を用意した側への礼儀だとも思う。ジルベールから提供のサラダ類はありがたいことこの上なかった。


「アラン、お前まで配達人のように大皿で持っていかないように」

「王族いる前ではしねぇって。これ食ったらまた盛るけど」

アランのことだからヴァルと同じようなことを考えてそうだなと考えるカラムは、きちんとフォークとナイフも丁寧に使っていた。

プライドの新作料理も美味なのは違いないが、アーサーも好物である豚肉料理が今回は一番美味だと思う。落ち着く味わいは、アーサーが気に入る気持ちもわかる。

アランのまだ食べるつもり発言にも、まだ食べるのかと言いかけたが飲み込んだ。最初からわかっていたことだ。

自分も、同じように席を立つことを今から自覚している。


芋の揚げ料理は丸ごとヴァルに持っていかれた以上、余計に他の料理の競争率も上がる。

そう考えれば早めに食べないと自分が三週目を回る頃には料理は全て消えているだろうと今から予想した。ただでさえあれだけの大量の大皿達だが、この場にいる近衛騎士五人だけでも本気を出せば食べきれる気しかしない。

その上で他にも男性がケメトをいれて四名、女性も五名いれば売り切れるのは当然だった。

女性陣は今はデザートを優先させていることも鑑みて、だからこそカラムは最初の皿にプライド達が作ったミニメロンパンとクッキーも確保したのだから。この後、女性陣もプライド達の料理の大皿へいけば、同じように甘いものが人気を誇るのも想定済みである。実際、ミニメロンパンの美味しさはカラムもよく知っている。



「皆さん、沢山食べて下さってありがとうございます」



ふと、近づいてきた影にエリック達全員が顔を向けて頭を下げた直後、凛とした声が彼らに掛けた。

さっきまで屋敷の夫人であるマリアンヌと語らっていたプライドとティアラが、そのまま二人で肩が触れるほどくっつき並んで騎士達に歩み寄って来た。手には新たに盛った異国菓子や果物が確保されている。


すぐに席から立ちあがろうとする近衛騎士達だが、「そのままで」とプライドが止めた。

「お気に召して下さったかしら」と料理を示せば、騎士達もそれぞれ肯定の言葉を覇気良く返した。「いやすげぇ美味かったです」「素晴らしいお味でした」「またご馳走頂けるなんて夢のようです」と笑顔で返すアラン、カラム、エリックに続き、無言でハリソンもぺこりと頭を下げた。王族の前で堂々と食べるわけにもいかず手を止めるが、ハリソンだけではそこでまた目を逸らし顔だけが向いたままである。

取り敢えず味に問題はなかったらしいことにほっと胸を撫でおろしたプライドは「良かったわ」と微笑んだ。


「今回はケメトとセフェクのお祝いも勿論だけど、皆さんへのお礼もあったので。本当に今回はありがとうございました」

「近衛騎士の方々のお陰で私もすっごく安心できました!」

心からの笑みを浮かべるプライドとティアラに、それだけで近衛騎士達の姿勢が伸びる。

いえ、とんでもありません、当然のことですと言葉こそそれぞれになりながら、パーティーの主旨をわかっていた上でも胸がまた熱くなる。


プライドやティアラからこうして感謝を言葉や形にされることは数知れないが、本来であれば騎士としてのあくまで当然のことである。

それをパーティーまで開かれ、手製料理を振舞われるのも普通の労い方ではない。そして自分達はその労われ方が、口の中がくすぐったくなるほどに嬉しく思う。何度でも幸福を噛み締められる。

今もプライドから「また食べて貰えて嬉しいわ」と言われれば、うっかり目の奥に何かが触れるような感覚を覚えたが全員そこは表には出さなかった。


似たり寄ったりの料理が多くてごめんなさいと苦笑気味に自分から告白するプライドに、いえいえいえいえとアラン達も少し食い気味に返した。

中身は違うし美味しいと力説しながらも、料理の味を絶賛する。アランがまた豚肉の揚げ料理を指差し「これのレシピとか」と言いかけた途端、カラムが背後からプライド達に見えないように背中を小突いた。

しかし既に言いかけたアランの言葉で、プライドも何を言いたいかは察せてしまえた。唐揚げ同様、いやそれ以上にトンカツならば類似料理もある為フリージア王国の食材で作るのも簡単だ。


「豚の揚げ料理で良かったらレシピをまた提供するわ」

フフッと嬉しそうに笑うプライドにの言葉に、次の瞬間アランが雄叫びに近い声を上げた。

よっしゃあああ!!!と拳を上げて堂々と喜ぶアランにティアラもくすくすと笑ってしまう。プライドの料理がまた騎士団に提供できる機会ができたのは嬉しい。

更に騎士団の食堂メニューの人気料理を増やしたアランの功績にエリックも心の中で拍手を送るが、……同時に豚の挽肉の揚げ料理も言ってくれないかなと他人任せにこっそり思う。

流石に自分にはこの場の流れにそこまで乗る勇気はない。もちろん、塊肉の揚げ料理が今後騎士団でも食べられるのは幸いとは思った上で。


カラム一人が一度ならず二度までも第一王女相手に要求するアランに溜息が隠せない。前髪を指先で整えながら、アランの代わりに「申し訳ありません」とプライドへ頭を下げた。

そして大喜びするアランをよそに、プライド相手にレシピまで要求するとはとハリソンの眼差しがギラリと鋭くなった。

若干殺気も感じられるそれにプライドの笑顔が急激に引き攣る。まさか、ハリソンには不評だったのかと恐れが過る。ただでさえ料理の感想を唯一何も言わなかった彼である。


「あ、あのハリソン副隊長……その、お口に合わない料理とかは……?無理して食べなくても本当にお気遣いなく」

「?ありません。美味です」

ギラギラと研ぎ澄まされていく殺意が、ぴたりと止まる。

何故第一王女がそのような心配をされるのかと、そこでやっとプライドへ目を向ける。

プライドから与えられたものであれば泥団子でも食べられる自信があるハリソンにとって、ちゃんとした料理が自分の口に合わないことなどあり得ない。確かに初めて食べた気がする味のものもあったが、取り合えずは全種類食べれてはいるのだから総合して「美味」で合っているのだろうと自分の中では結論づいた。


美味、という言葉にプライドだけでなく全員一瞬だけ肩が揺れた。

まさかハリソンからそんな単語を貰えるとまでは期待していなかったプライドだけではなく、そんな言葉を言えたのかとカラム達も頭に過る。

社交辞令で言えたとしても驚きだが、本気で美味いと思っての素直な感想であれば流石はプライドだと思う。ハリソンが味の感想どころか褒めるなど、騎士団長と副団長絡みくらいである。未だにハリソンの味の趣向についてはアーサーにすら謎のままだった。

少なくともデザートの上に肉料理をかける男の味覚も、やはりまともなのだと全員の心が一つになった。


そ、そう…と動揺を隠しきれずに相槌を打ったプライドだが、それでも「良かったわ」と最後に頬を緩めた。

もともと近衛騎士任務中に食事をさせてしまうのも彼の流儀に反していた為、せめて食事も楽しんでくれたのは幸いでもあった。


「皆さんはいかがでしたかっ?学校潜入っ。私はレオン王子と一緒にすっごく楽しめました!」


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