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Ⅱ586.貿易王子は満喫する。

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「ほ、本当にこの場で良いの……?て、テーブルに戻らなくても」

「良いよ。公の場でもないし、それに」


もう待てないから。

そう、わざと悪戯っぽく告げるレオンに、びりりと電気でも走るようにプライドの全身が強張った。

レオンと共にデザートのエリアに来たプライドだが、取り分け用の皿を片手にフォークを構えていた。その先には四分の一大に切った雪玉菓子が刺さっている。


セドリックに食べさせた様子を見ていたレオンに、そのまま流されたプライドだがいざデザートの大皿前で構えても上手く彼と目を合わせられない。レオンがテーブルを立つ前から、彼から溢れ出る色気が度を越していた。

妖艶な笑みと、そして色気という名の香水を瓶一本分振り巻いたようなそれと目まで合わせれば、まともに話せる自信すらない。少なくともサラダエリアからこちらの様子を伺っていたティアラは既に色香の余波を浴びて顔がぽわりと赤らんでいるのがプライドの視界にははっきりと映った。

そんなに迫るほどレオンもお菓子を食べさせて欲しかったのかとプライドは思いながらも、必死にバクつく心臓を押さえつけるので必死だった。

セドリックは弟のような感覚だから容赦なくやってしまったが、レオン自らそんなリクエストを受けるとは想像もしなかった。

いつも通りに見えたレオンだが、何気にジルベールの屋敷での久々の初期規模パーティーにはしゃいでいたのかなとこっそり思う。


しかしレオンからすれば、ちょっとばかり羨ましかった。

目の前でセドリックばかりがプライドに世話を焼いてもらっている姿が微笑ましくも見えたが、同時に自分はまだやってもらってないのにと思ってしまった。

相手が騎士や貴族や庶民であれば思わなかったが、同じ王族であるセドリックだと思うと自分もと。そしてこういう気持ちを覚えた時は、後に引く前に早々に素直になる方が心身ともに良いと、もうレオンは友人のお陰で理解していた。


はい、と。そっとプライドがフォークで差し出してくれれば、同時に恐る恐るの動きではあるが目も自分に向けてくれた。

照れるように頬をうっすら染めながら、上目を向けてくれる姿が堪らなく愛おしい。可愛いな、と思ってしまえばもうちょっと照れさせてみたくなる。


すぐにパクリとは食いつかず、一度邪魔な髪を耳にかける。

自分よりは背の低い彼女に少しだけ腰を落とし、控えめにしたフォークを持ち上げられない位置に自分が合わせる。閉じたまま唇を近づけそれから小さく開ける。公の場では決して女性に望まなければ、プライドにも絶対に頼まないおねだりが今は何より甘美な味がする。

ぱくり、とフォークの先ごと真っ白の菓子を口に含めば、それだけで粉砂糖の優しい甘さが口いっぱいに広がった。

噛み切りながら舌を泳がせ、じっくりと時間をかけ味わってから飲み込む。こくりと喉の音が自分の耳の奥へと伝わって余韻の一雫まで味わってから口を再び開いた。


「うん。………美味しいな。プライドから食べさせて貰ったから倍以上美味しく感じるよ」

水面のような声で唱えながら、ゆっくりと長い睫毛から翡翠色の瞳が自分に向けられる瞬間までプライドは目が囚われたように離せない。

ドクドクバクバク!!と心臓の音が邪魔で途切れ途切れになったレオンの言葉だったか、ちゃんと全体も何を言ってくれたかは理解できた。そして理解できたからこそ今度は顔のみならず全身が熱くなる。この上なく綺麗な中性的な顔が自分を上目に覗いてきているのだから。

しかも流石レオンと思うほどの恥ずかしい台詞までさらっと言ってくれる。


目が合ったとわかった瞬間に、妖艶な笑みを浮かべてくるレオンにプライドは唇を結んですぐには言葉を返せなかった。じわじわと額から全身まで汗ばんできているのを自覚する。

なんとか絞り出すように「よかったわ」と返せば、目が回りかけた。相変わらず色香を解放したレオンには勝てないと切に思う。


もう一口、と。小さく切ったもう一欠片とアンコールをレオンから受ければ、指の感覚が麻痺したまま震えるフォークでそっとまた彼の口へと運んだ。

ぱくりと、食べたレオンから二度目は妖艶さが消えていた。たった一回でも運が良かったと思うレオンからすれば、ちょっとした甘えでの二回目もすんなり受けて貰えた時点で気が済んだ。代わりにこの上なく頬が緩んでしまう。

今度は男性かと疑うくらいに可愛らしい笑顔のレオンに、プライドの心臓がどきりと大きく脈打った。

口を閉じ、にこっと正面からプライドに微笑みかけてからレオンは落としていた腰を上げ姿勢を戻した。

プライドが急激に押されてるとわかりながらも、セドリックに便乗する形でおねだりを強行は自覚している為、ここでやめておこうかなと考える。


「ありがとう。残りは自分で貰うよ」

「?あと二切れだし、良かったら」

えっ。と、今度はレオンの方が虚を突かれた。

てっきりプライドに無理を強いてしまったなと少なからず反省をしようとしていたのに、逆に今度はプライドの方から促される。きょとんと目を丸くしている間にも、レオンが二口目を喉へ通したと確認したプライドは躊躇いなく三切れ目もレオンへと差し出した。

最初こそ緊張したが、二口目からはいつものレオンであれば何ら躊躇いはない。それどころか二口目を食べた時の嬉しそうな可愛いレオンの顔を思い返せば、また見たいと思ってしまう。「はい、どうぞ」と笑いかける余裕もできた。


まさか自分からやってもらえるとは思えず、レオンはすぐには腰を落とせなかった。

その間にも、今度は姿勢を伸ばした自分の口の高さへとプライドが高々と持ち上げてくれる。上目に自分の方が見られ、それだけでレオンは頬がぽわりと紅がさした。うっすらと思考の端でわざとやり返されてるのかなと思う。

しかし、プライドが自分の容姿を利用するような女性ではないことはレオンも理解している。


むにゅりと小さく唇を絞り、それから開く。

さっきは腰を落として低い位置で食べたレオンだが、今度はプライドが手を伸ばしてくれた為、高々と周囲にも見せつけている感覚に少し背徳感まで覚えてしまう。さっきはあんなに一秒も待てないくらいだったのに、周囲の目が気になる自分にざわりと背筋に違和感が走った。

今この場にいる招待客は全員見られても問題ない信用できる人達だけだと頭では理解しつつも、………その背徳感が若干癖になりそうな自分に危機感を覚える。友人に毒されている己を自覚する。


ぱくりとまた髪を耳にかけ直しながら食べれば、同じ甘さの筈が今度は奥歯まで響いた。

舌まで溶けそうな甘さだった二口目までが嘘のように、今はじんわり響き火傷のような錯覚を覚える。思わず食べてすぐ口を自分の手の揃えた指先で押さえれば「どうかした?」とプライドから心配された。

翡翠色の瞳を水晶のように丸くするレオンは、一瞬うっかり目まで逸らしてしまった。

まさか急に恥ずかしくなったなど、男として言えない。


「………大丈夫。ごめん、プライドが可愛くてなんだか見惚れちゃったみたいだ」

「あ、~っ……ありがとう……」

まさかの反撃を受け、プライドもじんわり頬がまた染まる。

本当にレオンはいつでもそういう恥ずかしい台詞もさらっと誉め言葉で言ってくれるなと思う。自分に対して可愛いなんて言ってくれる人は貴重だと切に思いながら、今はちょっとだけ真に受けても良い気持ちになった。それくらいレオンの言葉は純粋に嬉しい。


苦笑気味に笑うレオンに、プライドの方が照れ笑いのまま視線を伏せればレオンも音には出さず小さくほっと息を吐いた。

照れてくれているプライドに。滑らかな笑みを浮かべながら、やはりこういう顔も可愛いと思う。もっとどろどろになるくらい褒め溶かしてみたいとも思うが、それをすればお互い大変なことは目に見えていた。


フフッ、といつもの調子の笑い声を零せば、プライドからも視線が戻って来た。

レオンに笑まれていたことに、社交辞令でこんなに照れちゃうなんて子どもっぽいと思われたかしらとプライドも絞った唇がぷるぷる震えた。レオンがからかったとは思わないが、笑われちゃったのがちょっと悔しい。

しかしそのプライドの表情もレオンにはただただ可愛さを上乗せさせるだけだった。ちょっと悔しそうな顔をするプライドに、今度はレオンの肩が震え出す。

「ごめん」と、肩と同じように震える喉で謝ったが、当然隠しきれない。


「プライド。もう一口分はやっぱり僕の手で貰いたいな。………ちょっと良いかい?」

ええ、と疑問符が頭に浮かびながら突然のレオンの申し出にプライドはフォークとナイフを共に差し出した。

それにレオンは丁寧に礼を言うと、そのまま一口分だけ残った皿とフォークを左手の指で重ねて掴む。

更にはデザートの大皿横に揃えられていた予備のフォーク群を一つ手に取った。流れるような動きで最後の一口をフォークで刺し、そしてプライドの口元へと差し出した。


「はい。プライドからばかりじゃ悪いから。僕からも受け取ってくれるかい?」

フフッと、悪戯っぽく笑うレオンの笑みはさっきと変わらない純粋に楽しそうな笑みだった。

自分の唇に差し出されるフォークの先にプライドも一瞬目を見開いたが、レオンからのお返しだとわかるとすぐに納得できた。

やって貰う側は少しだけ擽ったい。ちらっと目を周囲に向ければ、何人かの視線が触れた。だが、それ以上に距離が近い感覚は嬉しくもあった。


ありがとう、と消え入りそうな声で伝えてからおずおずと唇を開く。完全に開き切る前に、悪戯にレオンが雪玉菓子越しにプライドの唇を突けばそれだけでわかりやすくプライドの肩が上がった。

ぱくん、と。肩の上りの勢いのままプライドがフォークへパクつけばレオンの笑みが静かに広がった。食べさせて貰うのも嬉しかったがこっちはこっちで癖になりそうだなと思う。

「美味しい?」と彼女が飲み込む前に尋ねてしまえば、プライドからはこくこくと二度連続の頷きで返された。


「なんだかこっちの方が僕は美味しいかもしれないな」

「ふふ………私も、こっちの方が甘いかも」

嬉しそうに笑うレオンと、飲み込み切った後も口を片手で覆いながら頬を緩めるプライドの会話は互いに味覚以外の理由同士で噛み合った。

ありがとう嬉しかったよと、にこにこと笑顔を浮かべるレオンは、プライドに使ったフォークを侍女へ呼びつけ預け、自分の皿に雪玉菓子を二個乗せた。プライドの手製菓子も食べるつもりだが、先ずはこの余韻のままに今この時間を思い返しながらの雪玉菓子も美味しいと確信する。

両手が空いたまま自分の頬を両手で包むプライドは、そのままテーブルへと戻っていくレオンを見送、……ろうとしたその時。


「…………。ごめんプライド。やっぱり僕も少しの間だけそっちのテーブルに入れて貰えるかい?」


「?勿論よ。けれど私はまだちょっと回るから……。それに良いの?セドリックは」

「今、とても頑張っているようだから………」

そう言いながら、眉を垂らしたレオンはセドリックのテーブルに背中を向けたままプライドにだけ見えるようにその方向を指差した。

プライドも示されるように目を向ければ、セドリックのテーブルにティアラがちょうど歩み寄っているところだった。まさかのティアラの接近によりテーブルから動けず丸い目で固まるセドリックに、プライドもレオンが言いたいことを理解した。

流石レオン、セドリックの恋心も知っているのね。と、頭の中で賞賛しながらプライドは「セフェク達も喜ぶわ」とレオンを自分達のテーブルへと連れて行った。


「あっ、あのっ………、こちらっ。宜しければ、どうぞ………。お、お野菜全然取られていないようなので………」

「?!あ、ああ、ありがとう。すまない、わざわざお前の手で取り分けてもらうなど………」

既に顔色が火照りかけているティアラに、セドリックも予期しない接近で心臓が熱くなる。

ティアラが持ってきてくれた皿は、彼女の言葉通りにジルベールの屋敷で用意されたサラダが半分以上を締めていた。彼女がずっとサラダの大皿の前にいたのは自分の為だったのかと、それだけでセドリックは脈が早まった。

自分の健康まで気にしてくれるなどとそこに感動してしまうセドリックは、自分以外の男性陣も殆どが野菜を最初に取っていないことにも気付いていない。レオンの皿以外は、ずっと自分の皿と過去の黒歴史を思い返させる二品でいっぱいいっぱいだった。


「そっ、それは全然良いんですっ………こ、今回は、お姉様から!……貴方へのお礼も兼ねていますからっ」

そしてティアラも、気付かれてない筈と思いながら目を泳がせる。

どうせ鈍いセドリックはそんなことまで気付いてくれるわけがないと思いながら、………気付かれても良いからそうしたかった気持ちを押し隠す。

セドリックと自然に話す機会が欲しくて、話しかけに行ったプライドやレオンが席を立つまではとずっと待ち続けていた。そしてまるで自分に気を回してくれたようにプライドとレオンが一緒に席を離れれば、今の機会を逃すわけにいかなかった。

取り皿へ自分の百倍は気を遣って綺麗に急ぎサラダを盛り、そして料理の皿からは。


「こっ、こちらの、お姉様が作った!挽肉の揚げ料理………お野菜と一緒に食べるともっと美味しいのでっ……」

「!そうか。感謝する。今回の料理も、お前も作ったのだったな。姉妹揃って料理が上手いとは素晴らしい」

俺など料理もしたことがない。そう正直に言いながら、早速ティアラから差し出された方の皿にフォークとナイフをつける。

自分で言いながら、姉妹揃って料理という言葉に黒い過去を思い出しそうだったが今は目の前のティアラと料理が勝った。まさか自分も一番気に入った料理を出してくれるとはと嬉しい偶然にそれだけで血流がじんわり良くなった。


立ちっぱなしの彼女に、席を進めたかったがそれでは遠回しに同席を求めているようだと思いとどまる。

カチャ、と最低限の食器音だけで食事をするセドリックにティアラは動けず胸を両手で押さえた。

既に自分で取り分けた分味は知っているセドリックだが、それでもティアラが自分に持ってきてくれたというだけで百倍の価値はある。テーブルマナー通りに味わえば、やはり思った以上の美味が口に充満した。


「うん、美味い。お前の言った通りだな。やはり料理というものは一品だけでなく引き立てる組み合わせで……」

「せっ……セドリック王弟はっ。………一番、お好きだったのは………?」

揚げ物とサラダが合うなんて常識。それをわざわざ丁寧に褒めてくれようとするセドリックに、ティアラの方が耐えきれず無理矢理話を変えた。

顔がぽっぽっと湯気を出しながら、自分が選んだ料理がセドリックには当たりだったかが気になってしまう。他の料理で気に入ったものがあったらそっちをもってくれば良かったと考えすぎて目が回ってしまう。

まるで子どものように「この料理が一番好ましい」「良かったら同席してくれないか」「この前の花言葉についての話を」と言われるのを待っている自分が恥ずかしく、意味もなく自分の腕を左右順番に摩ってしまう。しかし



「?今も昔も愛したのはお前だけだ」



「~~~っっ!!ばかっ!!」

ぼんっ!!とぎりぎりまで耐え抜いていた顔が一気に真っ赤に染まる。

せっかくのパーティーにも関わらず、大声を上げてしまったティアラは直後にハッと息を飲む。今回は公の場ではないが、同時に自分にとって身近な人達しかいない空間で叫んでしまったことが恥ずかしい。


突然怒鳴られたことに目を皿にするセドリックに、今度は最小限まで抑えた声で「お料理のことですっ」と言ったが、もう駄目だった。

微弱に膝が震え、今誰か一人にでも見られてると思うだけで消えてしまいたくなる。セドリックが少し慌てた口調で「すまない」「ちょうどこの揚げ料理が」と自分が持ってきてくれた料理に話を繋げてくれるが、同席する勇気が完全に折られてしまった。


「~っ。お気に召して下さったなら良かったですっ!それではごゆっくり!」

頬を片方だけ膨らませ、踵を返し早足になる。

お、おい!と、セドリックも花言葉の話をする千載一遇の機会が去ることに手を伸ばすが、悲しく空を切るだけだった。ティアラが用意してくれた皿を食べきるまでは、この場を立つことも自分にはできない。

折角自分に気を遣ってくれたのに結局はまた怒らせてしまったと、ぽつんと一人残されたテーブルで頭を抱えた。


二巡目を経由したレオンが戻ってくるまで、暫くは料理も手に付かず打ちひしがれ続けた。


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