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そして餌付けられる。


「今日はちゃんと貴方にも食べて欲しくて作った料理なのだから。上塗りできなくても今日の料理で上書きしてちょうだい。私はもう怒っていないから」


眉を垂らしながらこの俺へ仕方がなさそうに笑むプライドは、発言通り怒ってはいなかった。

むしろ、今この状況で俺が折角の料理を前に未だ記憶に苛まれレオン王子殿下にご迷惑をかけていることの方で困らせたのだろう。


プライドが食べさせてくれた料理はクッキーも豚肉料理もどちらも、以前俺が摘まみ食いの不敬を行った料理だ。

あの時は、俺の為に作ったものではなく何故勝手に食べるのかと怒らせ……当時はその不敬にも気付かなかったが。

こうしてプライド自らの手で与えてくれると「良い」のだと思わせられる。

直視するだけで羞恥で死にそうになった料理だが、プライドに食すことを許されたと思えばほっと胸に安堵が落ちる。

視界にいれるのも躊躇われたこともあるが、他ならないプライドとティアラのあのクッキーと豚肉料理だけはもう一生食してはならない気がしていた。未だにあの時の愚行が頭を焼き切るが、……それでも美味いのもやはり変わらない。


ありがとう。そうたどたどしくだが言葉を返せれば、プライドも頬を緩めて返してくれた。

皿を見ればクッキーも豚肉料理もあの一切れだけしかよそっていなかったらしく、あとはクッキーが二枚と先ほど食べさせられた豚肉料理の痕跡しか残っていない。どうやら本当に俺の為にわざわざ取ってきてくれたらしい。

そのまま目が合うと今度はプライドの顔が前のめりに近付いてくる。俺の耳へと近づく動作に何か秘密ごとかと俺からも耳を傾けた。


「本当は私よりもティアラにやって貰った方が良かったのでしょうけれど」

「っ?!~~~~っっ……ッいや、寧ろそうじゃなくて良かった。そんなことをされれば今以上に抑えられなくなる」

一瞬ポンッ!!と顔が暴発したような気がした。

プライドの言葉に、一瞬だけほんの一瞬だけだがティアラに食べさせてもらえたらと想像をしてしまった自分が恥ずかしい。邪にもほどがある。

悪戯でもなく、あくまで俺のティアラへの恋心を公に話さないようにだけ配慮してくれたプライドの言葉に、それでも堪らず顔を大きく離し距離を取った。片手で鼻まで大きく口を覆い、爪先に勝手に力が籠る。


プライドからすれば、この俺が己の愚行以上の印象が残る記憶を思い出すようにしたかったという意味なのだろう。

確かにティアラにそんなことをしてもらえたら、暫く眠れなくなる程度には記憶の最前線にそれが立つのは間違いない。

そして今度は目にしただけで夢見心地で動けなくなるかもしれない。今度はクッキー単品でも目に入る度に悶絶する可能性も覆いにある。


ふとそこまで考え、この場にプライドはいるがティアラの陰がないことに気付く。

視線を左右に浮かせ探せば、口に出してもいないのにプライドから「ティアラならサラダを取りに行っているわよ」と皿の列を手で示した。

ティアラがここに居ないことに落胆し、……そしてほっともする。彼女からまだ、あの花言葉の真意を俺は聞けていない。


聞きたいといえば当然聞きたい。気付けば目が行き、料理の列でサラダを選ぶ横顔すらも愛らしい。

しかし彼女が何故俺に、あの花言葉をくれたのか。それが胸を熱くする愛の詩のような意味なのか、……それとも彼女を今まで幾度も困らせ悲しませ泣かせた俺への憤りを忘れていないという意味なのかはまだわからない。正直、後者の可能性が極めて高い。

彼女が嫌った俺にわざわざ花を贈ってくれた時点で、そういう意味の方が納得できる。


しかし、しかし!あの時花の言葉を教えてくれた時の彼女は、今までのように俺に憤りの感情をぶつけていたというよりも、もっと愛らしく今にも抱きしめたくなるような表情だった気がしてならない。

記憶を鮮明に思い返しても、やはりあの時は本当に可愛かった。図書館へと足を急がせた間も何度も何度も思い返しては愛しさしか出てこなかった。いや怒った姿であろうとも愛おしく可愛いというのは今にではなくここ最近に始まったことですらもないのだが。

記憶が鮮明過ぎて、まるで今この目の前でティアラがあの時の台詞を言ってくれているような錯覚にまた囚われる。実際の彼女は俺のことなど気にせず、今も横顔を向けて一瞥もないというのに。


「この前は絵師への協力ありがとうね。美味しいお菓子もありがとう。レオンの果物も、セドリックのお菓子もすっごく美味しかったわ。セフェクとケメトも、それにティアラも喜んでいたもの」

「ッ本当か?!」

まさかのここで新たな提供をプライドに与えられ目を剥く。

今日の主役であるセフェク殿とケメト殿に喜んでもらえることも嬉しいが、ティアラにも好評だったというのはこの上なく嬉しく胸が弾む。てっきりティアラはセフェク殿への付き合いと、レオン王子殿下の用意した果物を一番に取りに向かったのだと思ったが。

いやたとえついででも、我が国の伝統菓子を気に入ってくれたならばこれ以上のことはない。


ジルベール宰相の屋敷のパーティーで、ごく小規模なうちうちでのものだと聞いていたから持参したが、俺も好む我が国の伝統菓子だ。フリージアでも食べない菓子だし丁度いいと思ったが、喜ばれたならば良かった。

喜びのあまりついプライドへ前のめりになってしまったが、彼女も慣れたように「ええ本当よ」と笑ってくれた。そのまままもう一個クッキーを摘ままれ口に押し込められる。……今度は記憶に苛まれることなく、受け取れた。なんだか餌付けでもされているようだと密かに思う。


「雪玉みたいですごく可愛いわよね。ハナズオでも頂いたけれど、味もとても美味しくて。レオンも良かったらあとで食べてみて。きっと口に合うと思うわ」

「へぇ、次に早速頂こうかな。チャイネンシスの菓子かい?サーシスとの輸入菓子では見たことないから」

「いえ、シュネーバルはチャイネンシスにも浸透しておりますが発祥は我がサーシス王国になります。ただ、船輸はしていないもので」

それは絶対に食べないとな、と。レオン王子殿下が微笑んでくれた。

アネモネ王国とはフリージア王国より前から貿易を行っているが、当時貿易を結ぶことが決まった時にも我が城で長らくの持て成しは叶わなかった。是非今度時間がある時にでも、我が宮殿かもしくはサーシス王国の城へとゆっくり滞在して貰いたい。


もしやレオン王子殿下も、ティアラが気に入ったと聞いたから興味を示してくれたのか。それと先ほどまで兄のような眼差しを向けていたセフェク殿とケメト殿か。

プライドへ向けてレオン王子殿下が「今度は僕にもセドリック王弟へみたいに食べさせてくれるかい?」と滑らかな笑みで冗談を交わすのを眺めながら考える。レオン王子ならば今のようにティアラにも簡単にそういうことを望むこともできるのではないかと考えれば、うっかり胸にフォークで突かれるような痛みが走った。

真偽はともかくティアラとレオン王子殿下は互いの立場上今は婚約することも叶わない身だというのに何故俺はこうも不謹慎なのか。もう愚かさからは脱しきりたいというのに。


今も目の前で「確かにセドリックも王子だけどこの子は」「あれ?意識してくれてる?」と二人が楽し気な会話をできているのも、やはり二人が盟友と名高い信頼関係があるからこその内容だろう。一瞬レオン王子殿下の眼差しが妖しく誘惑的な色に光ったように見えた。

本当に時折だが、いつもは穏やかなレオン王子殿下のあの眼光は男の俺でも息を止める時がある。腹黒い……とは思えないが、奪還戦でも彼が強い意志や何かを迫る時の眼差しはいつもの彼とは別物だ。女性であればティアラでもきっと目も心も奪われるだろう。

最終的には「あとでね」と約束し合った二人だが、本当にこうしてみると改めて仲が良い。プライドを心から想うティアラがレオン王子殿下を慕うわけだとまた思う。


「ありがとうセドリック王弟。思わぬおねだりができてしまったな」

「?何のことでしょうか。お役に立てたのならば何よりです」

つい、また思考に没頭し過ぎだらしい。

今回を話を聞いていたつもりだが、何か礼を言われるようなことでもあったのか。

記憶を鮮明に振り返るが、それでも俺が最後に加わった会話から何も礼を言われるような発言はない。プライドとシュネーバルの話だとしても、俺が関係はあまり感じられない。


言葉と共に首を捻った俺へ、レオン王子殿下が滑らかに笑んだ。……「ティアラも苦労するね」と肩を叩かれたことは若干物悲しげだ。

だが、お礼はするよと抑えた声で囁かれたところから考えても、やはり悪いことではないと思いたい。

それより!とそこでプライドがぱちんと手を叩いた。気を取り直すようなはっきりとした口調に注視すれば、彼女の顔色がほんのり紅潮していた。風邪でも引いてなければ良いが。


「今回はケメトとセフェクのお祝いもだけど、本当に今回の学校視察では協力してくれてありがとう。二人とも本当に忙しいのに、助けてくれて助かったわ。そのお礼もパーティーには入っているから」

「とんでもない。俺の方こそ良い出会いに恵まれた」

「僕もだよ。またいつでも遠慮なく頼ってくれた方が嬉しいな」

パタパタと自分を両手で扇ぎながら礼を尽くしてくれるプライドに、レオン王子殿下が小指を立てては曲げて伸ばす動作を繰り返した。盟友の合図か何かだろうか。

少なくとも意味を汲み取れたのだろうプライドは、唇を結んでからはにかんだ。「わかったわ」と少し肩に力が入った状態ではあるものの、嬉しそうなプライドの笑みでレオン王子殿下も同量も笑みで返していた。


「件の品も良いお披露目ができそうだし、寧ろ結果としてはアネモネの利益にもなったから感謝しているよ」

「それはレオンの実力で……。本当に、商品の件では助けられたわ」

「商品?」

少し含みも聞こえるそれを聞き返せば、レオン王子殿下が上機嫌な笑みで振り返ってくれた。

特殊能力を込めた発明の商品。……そう聞き、体験入学最終日にアラン隊長が話してくれたことを思い出す。ネイトと呼ばれる少年とカラム隊長がやり取りもしていた品だ。あれからまだ公式発表はされていなかったが、幸いにも今レオン王子殿下の口から直接聞くことができた。


それを是非っ!!とうっかり本題から入りかけ、一度閉じた口の中を飲み込む。

あの時は発明者本人の承諾を得たとはいえ、安易に情報を先取りしていたことを知られたらアラン隊長達にもご迷惑がかかるかもしれない。あくまで言葉を選び「是非詳しくお聞かせ願いたい」と投げかける。


快く承諾してくれたレオン王子殿下とプライド曰く、やはりあの時の商品だった。他にも興味深い商品がいくつもあったが、やはり一度ボタンを押すだけで精巧な姿絵と言われれば一番魅力的な商品だ。

是非売り出す時には俺にもと願えば、少し考えるように細い声で唸られた後「まぁさっきのお礼もあるしね」と売り出し予定先へ同行させてくれることを約束してくれた。思わず「感謝します!」と広間中に響く声で謝辞を張ってしまう。

俺の反応が大袈裟だったのか、くすくす音を立てて笑うレオン王子はそこで壁際のアネモネ王国の従者へと合図を出しながら俺へ投げかける。


「セドリック王弟の方はどうだい?国際郵便機関も、確か人員募集も始めているよね」

「!ええ、順調です。私も人員選抜にはなるべく直接参列していますが、有望な経歴や特殊能力者も多く、今後もフリージア王国中から続々と集まる見通しです」

今後も更なる規模拡大と政策も……と、話を続ければプライドからも「心強いわ」と穏やかな声で返された。


俺が体験入学中はあくまで人員募集の公布をフリージア王国中に広めることを中心にしていたが、それも終えた今本格的に人員募集が始まっている。

国と国を繋ぐ国際郵便機関は、事務職もさることながら特筆すべき配達員も必要になる。移動に特化した特殊能力者は優先的に雇い入れる方針ではあるが、それ以外にも配達に有能な特殊能力や経験、技術を持った人員を採用する。我が故郷であるハナズオ連合王国でもサーシス、チャイネンシス共に人員は集まっている。人員配置と機能さえ理解されれば後はもうあっという間だ。

フリージア王国とハナズオ連合王国を要とし、世界中で同盟国同士を手紙で結び大網ができあがる。


「セドリックもレオンも本当にすごいわ。私もがんばらなきゃ」

「?何かまだお前も残った議題があるのか」

プライド、と。彼女が己を奮い立たせるように右拳をぎゅっと握って見せる姿に俺は首を傾ける。

元はと言えば国際郵便機関もそしてレオン王子殿下の発明販売も、そして今なお注目を浴び続けるプラデストも全てプライドによる成果だと思うが。

しかもそれ以外であれば彼女はラジヤの爪痕の関係で王族として携われる業務はティアラやステイル王子よりも遥かに限られている。


俺の疑問に微弱に身体を揺らしたプライドは「そんなことないわ??」と早口で否定した。妙に声が裏返りかけていたように聞こえるのは俺だけではないだろう。

口封じのようにまたクッキーをプライドから口に押し込まれる俺の代わりに、レオン王子殿下が「大丈夫?」と眉を垂らした。

手を激しく振り「大丈夫よ!」と言うプライドだが、俺にも何かあるように感じられてならない。口の中のクッキー生地を味わいながら思う。


「本当に、本当に大丈夫。もし頼る時は絶対に相談するから。その時に、ほんのちょっと……気持ちだけ応援してくれるだけでも嬉しいわ」


そんなことがあれば気持ちどころか全力で力になりたいのだが。

しかし同時に話し方からなんらかの事情で今は言えないのであろう彼女に、俺もそしてレオン王子殿下もそれ以上の言及は止めた。

「勿論だ」「当然さ」と。声だけが互いに目配せする必要もなく重なった。


その後、会話の合間のいつ食べ終えたのか皿の上を食べきったレオン王子殿下は、席を立つとプライドと共にデザートの大皿へと向かって行った。


それを席で見送りながら、…………未だにサラダの大皿から一歩も動かないティアラが不思議と気になった。


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