そして知る。
「セフェクおねーちゃん学校はおいしいのある?」
「まぁね。けど今日の方が全部美味しいわ。ステラやティアラみたいに毎日美味しいもの食べてる人だと違うかも」
学食や寮で食事することも今は多いセフェク達だけど、さらりと貰えるお褒めの言葉に私とティアラも顔を見合わせてしまう。
学食もちゃんと美味しいと言って貰えたことも、パーティーの料理に満足して貰えたのも胸が温かくなる。
ステラちゃんも今度学校入学するとジルベール宰相も話していたし、今から学校のことが気になるのだろう。更にティアラから「じゃあ楽しいですかっ?!」とまるでインタビュアーのような勢いで質問を重ねわれれば、ステラちゃんも気になるように少しセフェクへ前のめりになった。
「楽しいわよ。授業も面白いし、友達も性格が良い子がいるもの。……最近、ちょっとムカつく奴出たけど」
どきっ。
途中までは平然とお姉さん顔だったセフェクが、途中でむっと眉を寄せて不機嫌顔になる原因にすぐ思い当たる。
セフェクの教室で最近現れた生徒と言えば、一人思い当たる。
ケメトも既にセフェクから聞いているらしく「あの仮面の人まだ困ることしてるんですか?」と尋ねると、今度はティアラも大きく肩が跳ねた。ティアラもレイの容姿とセフェクのクラスに再入学したことも、……性格が俺様且つかなり難ありであることも知っている。
顔が笑顔のまま強張ったティアラと私も目を合わす。間違いないと私から頷けば、ティアラから困り笑顔が返って来た。
セフェク曰く、仮面の子は普通教室に移ってからずっと偉そうらしい。
仲良くなろうと話しかけてくれる生徒にも総無視、それを不快に思って怒る子もいたけれどそれも無視。ずっと本ばかり読んでいて目も滅多に合わせない。
元貴族だから成績は当然良く、今はクラスでトップの実力。教師に立て付くことはないけれど、授業で褒められる度に「わからねぇ方が馬鹿なだけだ」「普通わかる」「駄犬でもわかる」と毎回ご丁寧に一蹴。見事に教室中の不評を買い取りまくっているらしい。
授業は一応普通に受けているけれど欠伸をしたり転寝することも多くて、なのに成績トップだから……と。…………うん、それは嫌われるのも無理がない。
もりもりとケーキを頬張りながら、怒りが蘇るように説明するセフェクに私も口元がヒクついてしまう。
もともとちょっと性格が強めなところもあるセフェクだけど、話を聞けばセフェクじゃなくても不快に思うだろう。レイは元貴族でしかも侯爵家で十五まで一流の教育を受けていたし、きっと必須科目といくらかの選択科目も高等部までの履修内容は網羅してる。
態度悪くて成績不動の一位で偉そうなんて、前世だったらきっと悪口と妬みのオンパレード共有されていただろう。
更には「最近は特に不機嫌みたいで皆怖がってるし」と言われると、……今度は凄まじく申し訳なくなる。たぶんその不機嫌、私の所為だ。
段々と話してセフェクも自分で愚痴になってしまったことに気が付いたのか、話を変えるように「ケメトは?」と投げかけた。
姉からのパスにケメトも「すっごく楽しいです!」と満面の笑みで応える。
「僕も友達がたくさんできました!今は、その、会えない子もいますけど……皆大好きですし授業もすごく好きです」
にこにこと笑いながら告げるケメトだけど、少しだけ眉が垂れたままだった。
最後には気持ちを取り直すように笑ってくれれば、ステラからも「ステラも友達つくる!」と意気込みが返される。ケメトの言う〝会えない子〟が誰なのは私も当然察しがついた。ティアラと目を見合わせ、そして頷く。
今日のパーティーをこの日にしたのもその為なのだから。
あのね、と最初に私が口を開く。
きょとんと目を開くケメトへ続けてティアラが「グレシルのことですよ」と声を掛ければ、興味一色に染まっていく。
グレシルが捕まった上で保護もされているとは知ってるケメトだけれど、詳しくいつが釈放日からは知らない。
フォークの手も止めて私へ茶色の瞳で注視する。セフェクも少し真剣な眼差しでこちらを見て、二人揃って唇をきゅっと結んでいた。
「……グレシルは、昨日釈放されたわ。今は安全な場所でやり直しているから安心して」
「!本当ですか!」
必要最低限の言葉だけ選んだ私に、ケメトの目がきらっと輝いた。
あまりにも純粋な眼差しに安堵すると共にちょっとだけ良心が痛む。事実ではあるけれど、本当はもっと言ってあげたいこともあった。
良かったです!と顔をほくほくさせて力の抜けた笑顔を浮かべるケメトに、グレシルの居場所を教えてあげたいとも思う。
そうじゃなくても、グレシルがケメトのことを恐らくは友人に近い存在と思っている様子だったとも言いたい。だけど、それはあくまで私の推測だ。グレシルの口から直接そう聞いたわけじゃない。
それに、ケメトがどう思ってくれていてもグレシルが一度ケメトを危険に晒そうとしたのは間違いない事実だ。少なくとも昨日の今日で全てを明かして二人を早速つなげてしまうのは私の自己満足にしかならない。
グレシルだって、もしケメトに会うのなら新しい生き方に落ち着いてからにしたい筈だ。
「グレシル、ちゃんと元気でしたか?またいつか会いたいです!」
「なによ、あの子ケメトを嵌めた子じゃない。私は絶対嫌いだし許さない。ケメト、絶対次は騙されちゃ駄目だからね」
「じゃあ騙されないようにもっと学校の勉強頑張ります!」
敢えてなのかグレシルの居場所までは詳しく尋ねようとしないでくれるケメトと、ケメトがグレシルに会うこと自体は止めないセフェクに、本当に二人とも大人になったなぁと思う。ケメトは昔からちょっと大人っぽいところもあったけれど。
今も「元気ですよ」と答えるティアラに純粋に胸を撫でおろしたと思えば、次にはぷんぷんと唇を尖らせるセフェクへ「グレシルに会う時はちゃんとセフェクとヴァルに相談しますね」と約束していた。本当に良い子だ。
グレシルの釈放日。ケメトとセフェクのお祝いをするにしても、やっぱり彼女のことで少しでもケメトを安心させてあげたかった。
今回、パーティーの為にヴァルに予定を合わせて二人をサプライズで連れてきて欲しいと依頼した時に、ケメトの様子も聞いていた。グレシルが保護……と刑罰を受けたことについてはそこまで重く落ち込んだりすることはなかったけれど、やっぱり今もグレシルについては友達と思っているということだった。
だからこそ、せっかくのお祝いに合わせてちゃんとグレシルのことをケメトにも安心して貰いたかった。流石にサプライズゲストにするのは難しいけれど、その情報だけでも伝えたかった。ただでさえ優しいケメトは、自分が楽しい時こそ彼女が今どうしているか気に病む可能性はあったから。
ティアラからも「いつか会えると良いですね」と柔らかな声で笑いかけると、ケメトもはっきりとした声で返した。
「グレシルって誰?ケメトお兄ちゃんの友達ならステラも会いたい」
「グレシルは女の子が嫌いな女の子だからちょっと難しいかもしれません」
……そういえば昨日本人もそんなことを言っていたような。
友人というケメトからの情報だと、余計に説得力がある。あの時はてっきり悪態ついただけかと思って気にしなかったけれど、そういえばレイの家に入ってからは服を着なさいの私の言葉も聞いてくれなかった。
そう思うと、あそこでちゃんと話を聞いてくれたのは私の傍に男性陣が大勢いてくれたお陰もあるかしらと思う。ゲームでも、レイに媚びを売りまくってべったりだったり、ネイトやブラッドを囲い込んだり、ファーナム兄弟を自分の従者にしたりと独占欲的なものは確かに壮絶だったけれど。
お向かいさんに美人なファーナムお姉様とネル先生もいるけど大丈夫かしらと今からちょっと心配になる。……うん、セドリックを通してでも何気なくファーナム兄弟に近況報告を聞かせて貰うようにしよう。
「ただいま食事の追加を致します!どうぞお召し上がりくださいー!」
突然の響く声に考えるより前に振り返れば、エフロンお兄様だった。
いつの間にか完全にバトラー家の使用人さん達に馴染んでいる。野菜で彩られたお肉の大皿を両手に厨房から出て来た彼は、そのままサラダエリアの隣に大皿を置いた。肉の種類と部位も高々と告げられ、つまりはさっきヴァルが預けたお肉だとわかった。
そのままエフロンお兄様がちらっとヴァルを見たように見えたけれど、ヴァルの表情が明らかに不機嫌に顰められていたからそこで口を結びくるりと顔ごと逸らした。多分、ヴァルからの差し入れと言うかどうか、今結論が出たのだろう。
流石お兄様、こういう空気は読めていらっしゃる。
明らかにヴァルの顔は、「それ以上余計に言うんじゃねぇぞ」の顔だった。自分が用意した料理を目立つように言われたことが嫌だったのだろう。彼らしい。
肉の名称と部位に、ケメトが「僕が食べたことないやつです!!」と珍しく真っ先に椅子から立ち上がっていた。
セフェクも続くように「ヴァルが買ったやつでしょ?!」と椅子から飛び上がる。パタパタと一直線に走り出す二人に釣られるように、ステラが遅れて「ステラもー」と椅子から立ち上がった。
三人ともまだデザートも食べ途中なのだけれど、こういうところはちょっと子どもらしいと思ってしまう。
「二人とも、それにステラちゃんも楽しんでくれてよかったですね!お姉様」
「そうね」
テーブルに今度はティアラと残された私は、そのまま正直に笑い合う。
テーブルに散らかる食べかけの皿やコップが、今はまるで賑やかさの象徴のようだった。私とティアラは流石に皿一枚食べきってからの次のお皿になるけれど、その時は御言葉に甘えてあのお肉もサラダと一緒に頂こう。それに、他の皆の元にも回りたい。
……まずは、ちょっと心配な子から。