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そして盛る。


「!ヴァル!!大皿ごと料理を取ったら他の人が食べれないでしょう?!」

「あー-?どうせ殆どの連中が取った後だろ」

「ハリソン副隊長が選んでる途中でしょう!!マリアも私達もまだそっちは取ってません!!」


棒立ちするハリソンの横に並んだところで、ヴァルの方が料理の上では手が早かった。

取り皿すら取らず、コロッケの詰まれた大皿をそのまま自分用だと言わんばかりに取りその上へ素手でぽいぽいとトンカツとメンチカツも数個摘まんで乗せる。もともと王族や騎士相手に順番を待とうというほどの殊勝なことを考えていたわけでもなく、ただただ前のめりになるのが嫌だっただけである。

暫くはケメトの皿から一個ずつ食べて先に新作の味見はしたが、それも終えて敷き詰まっていた近衛騎士三人が退けば前に出るのも当然だった。やっと視界が開けたところで、ハリソン一人を待ってやるような配慮は存在しない。


真ん中の大皿を自分が一つ取る前に丸ごと持っていかれたこと自体には、不満どころか感想もないハリソンだが、それよりもプライドを怒鳴らせていることに元罪人へ若干殺気立つ。もともとプライドの意思により生存を認めているが、個人的にはヴァルのことを許したことは一度もない。そのプライドが怒鳴れば当然殺意が無尽蔵に湧くのは当然だった。


ギラリと紫の色の瞳を向けながら、腰の剣は取らないように意識するがそれでも殺気は駄々洩れだった。

ハリソンの眼光が光る様子にプライドもヒッと肩が上下する。そんなに料理をヴァルに取られるのがハリソンは嫌だったのかと考えながら、事前にヴァルへ注意すべきだったと反省する。

ティアラ達とデザートを皿に盛り終えてから、最後尾に立っていたヴァルがどういう行動に出るか日頃の行いで予想し注視していたプライドだが、まさか女子組を待たないどころかハリソンの目の前で丸ごと掻っ攫うとは思わなかった。

鳶と油揚げじゃないんだから!!と心の中で叫ぶ。

ハリソンの殺気もプライドの怒りも構わずそのまま大皿を手に壁際へと立ち去ってしまうヴァルに、プライドも唇を結びながら細い眉を吊り上げた。もともとブッフェ形式だった料理に、ここで「せめて六個残しなさい!」とも言いにくい。


ただでさえ一巡目にも関わらずどの皿も半分以上減っている中で、大皿一つは丸ごと消えてしまった。

料理を気に入ってくれているのは嬉しいが、ヴァルに対してはプライドも「同じレシピを行きつけの店でも食べてるのでしょう?!」と喉まで出かかった。

せめてジルベールの分だけは前もって一個事前確保できているのが幸いだ。しかし、ステイルがフィリップ達に確保したかった分は侍女が取り分ける前に消えてしまった。

まったくもうと思いながら、それでもハリソンと一触即発にならなかっただけ良かったと思おうとプライドが視線をティアラ達へ戻し出した、その時。



「!!?ハリソン!!待て絶対それはまずい!!」



突然のアランの叫び声に再び首が同方向へ戻り回ることになった。

さっきのヴァルの暴挙にも寧ろ「俺も大皿で食いたい」とこっそり呑気に思っていたアランの声が、今はひっくり返り気味だった。

耳をトンカチで叩くようなアランの声にプライドも嫌な予感がひやりと背筋を走る。さっきまで殺気を溢していたハリソンに、想像つく行動など一つだった。

アランの発言にプライドだけでなく今度はアーサーも思わず駆け出す準備を身構えたが、直後にはその警戒も一度解かれた。視線の先には自分よりも近い距離から止めるべく手を伸ばす近衛騎士三人が


「不味い不味い!!絶対そのまま食ったら不味いからマジでやめとけ!!」

「プライド様とティアラ様の手製にアラン以上の暴挙を犯すな!!!」

「せめて取り皿を二枚に分けましょう?!!!」


自分の取り皿で、菓子パンとクッキーの上へ生姜焼きを平然と乗せようとするハリソンへ待ったをかけている混沌状況だった。

てっきりハリソンがヴァルに斬りかかろうとしているのかと焦った反動で一度はほっと息を吐いたアーサーだが、すぐに状況を再認識した瞬間目が零れるほど見開いた。

料理の取り分けに自分か本人分であれば粗雑さも気にしないアーサーだが、それでも甘い菓子パンとクッキーの上にタレを含んだ豚肉料理を乗せるなどあり得ない。新たな味の開拓にもほどがあると思う。

アランが「まずい」と言った理由も、そして近衛騎士三人の待ったの声も気にせずに今にもよそった豚肉料理を自分の皿へでろりとかけようとするハリソンに今度こそアーサーも飛び出した。


「なァにやってンすか?!!」

折角味わっている途中だった豚肉料理をゴクリと喉を詰まらせる量で飲み込み、声を荒げながら自分の皿をステイルへと押し預け飛び出した。

折角のプライドとティアラの料理が今度こそ犬死することが目に見えた組み合わせに流石に黙ってはいられない。

アーサーの怒鳴り声にぴたりとハリソンも動きを止めれば、同時に近衛騎士達が声だけでなく実力行使で取り押さえるべく伸ばした手も寸出で間に合った。


一体何故プライドを怒らせたヴァルではなく自分が近衛騎士達に怒られているのもわからないまま不満に顔を僅かに顰めるハリソンは、何が悪いのか未だにわかっていない。

自分は大皿を奪ってもいなければ、アラン達のように過剰な山盛りにすらしていないのだから。


本来ならばハリソンの食べ方指導などする必要もなければ、食べたいように食べれば良いと思っている騎士達だが、流石にその食べ方は見逃せない。

ハリソンの場合、そういう味覚というよりもただ食べ物に関して何も考えていない可能性の方が圧倒的に高いと全員が思う。そしてそれを口に含んだ途端、味の壮絶さにハリソンがどう行動するかまで考えれば余計にここで止めないといけなかった。まさかそこまでハリソンが味関係なく取り合えずは飲み込める人間とまでは思いもしない。

壁に背を付け床に座り出したヴァルですら、ハリソンがやろうとしていたことを理解した途端「うげっ」と溢した。

アーサーが合流したことで、アラン達も「よし言ってやれ!!」とハリソンの取り押さえる手で強制的にアーサーの方へ身体ごと向けさせる。


「ハリソンさん!!菓子と肉一緒にしたら味ヤバくなりますから!!食堂でンな出され方したことねぇでしょう?!」

「問題ない」

「問題しかありません!!」

今まで食堂ではあらかじめ皿に取り分けられている状態でしか出されたこともなければ、飲み会でも直接大皿から取り食べる形式の方が主要。

式典やパーティーでの食事では似たような形式もあったが、もともとそんな量も取らなければ食べない時もある。取る時は手の届く一角で適当に皿に盛っていた。


そして今回プライドとティアラの手料理一角はデザートと料理が纏めて手の届く距離にあった為、端から順に皿へよそった結果だった。

敢えてゲテモノな組み合わせにしたかったわけでもなく、ただただハリソンにとっての効率化だった。腹に入れば同じだと思う。


しかしよりによってこの料理でそんなことをさせるわけにもいかず「自分が取り分けますから!!」と最終的にはアーサー自ら皿に盛ることに決めた。

既に盛られているメロンパンとクッキーを真ん中ではなく端に寄せ、生姜焼きを反対岸に、そして真ん中に菓子と触れ合わないように細心の注意を払い揚げ料理を盛っていく。

仮にも上官であるアーサーに取り分けをさせるのはハリソンも引っ掛かった。だが食べるものと取り分けを決めてくれるのなら楽だと思い、黙して眺めた。


アーサー基準のまま、自分がいつも食べている朝食の二倍以上はある量を盛られていることに途中で気が付いたが、止めるか腹に詰めるか適当に考えている間に手早く盛られきってしまう。

皿の一角が菓子によりそれ以上料理を盛れない箇所になっていたのが幸いだった。


「ちゃんと食って下さいね?!」

押し付けられた時には、ハリソンでは盛ろうとすら思わない量が器用に積まれていた。

限られた範囲にここまで美味そうにかつ大量に盛るのかと、一歩引いた位置でカラム達も密かに関心する。実家の小料理屋で手慣れているアーサーには大盛り皿は得意分野だった。


「ちゃんと味わって食って下さい!プライド様とティアラ、様がすっげぇ頑張って作ってくれたンすから!!っつーかそれ抜いてもすっっげぇ美味いンで!」

「わかった」

折角熱量込めた訴えも、いつもの一言だけで終わらせられる。

尽き出した料理も文句なく受け取ってくれたのは良いが、それはそれでちゃんとこの人食べきれるのかなと遅れてアーサーも我に返る。

つい美味い料理を美味そうに、そして美味い料理ならたくさん食べたいという前提で大盛りにしてしまったが、相手はハリソンだったと終わってから思い出した。

朝食は一緒にとるアーサーだが、ハリソンがそれ以上食べたことを見たことも無ければ、寧ろそれ以下の一日の食事量だったことしか知らない。言った傍から「……食いきれなかったら自分が食うンで」と弱気になってしまう。

途端に「必要ない」とハリソンに断られるが、今度は腹いっぱいでも命令通り吐くまで食うんじゃないかと別の心配が生まれた。


「んじゃ食うか!」

アランに食べる席へと促され、移動を始めるハリソン達にアーサーは何度も目でハリソンの顔色と料理を見比べつつステイルに預けていた料理の元へ戻った。


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