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Ⅱ582.王弟達は確保し、


『クッキーも美味でしたが、この肉料理もとても──』

『大ッッッッ嫌い‼︎‼︎‼︎』


「セドリック王弟大丈夫ッですか?!顔真っ赤ですけど!!」

ぐわんぐわんと。その料理を直視するだけで顔に熱が回り息もできなくなる。

アーサーに呼びかけられた声すら遠く聞こえるほどに、セドリックはそれどころではなかった。


屋敷に訪れた時から、その香りに記憶はあった。甘やかな焼き菓子と、そしてフリージア王国の料理としても珍しい刺激的な料理の香り。

絶対的な記憶能力を持つ彼には気のせいでは済まされない。ただそれだけでも、恐ろしい記憶が蘇りかけてくるのを抑えるのに必死だった。そして実際に料理を目の当たりにすれば、嫌でもわかる。

クッキー単体ならまだ良かった。あの時とは形も違えば、クッキー程度自分も故郷では食べていた菓子だ。しかし、それが豚肉料理と共に姿を現せば破壊力は段違いだった。


今まで記憶の奥深くに、なるべく深層に。せめてプライドとティアラと普通に赤面せずに会話できるようにと沈み隠していたものが容易に浮上する。

単なる事件の記憶だけではない、その周辺の記憶までも詳細鮮明に脳内で再生される。自分とレオンの前でステイルとアーサーが料理を取っている間、待ち詫びるどころか時間も忘れるほど頭の中が目まぐるしかった。

摘まみ食いの愚策、初めてフリージア王国へ訪れた日のプライドへの失態、つまみ食いの愚策、プライドを庭園で気に押しやった愚行、ティアラにナイフで咎められた醜態、つまみ食いの愚策、プライドを泣かせた汚点、つまみ食い、プライドに泣きついた醜態、つまみ食い、つまみ食いつまみ食いと。鮮明な黒歴史と共に、何度も何度も目の前の料理に今最も思い出してはならない記憶が鮮明に再生される。

まるで塗ったように顔を真っ赤に染め上げ、呼吸も小刻みにしかできなくなる。肺よりも胸が膨らみ戻るを繰り返し、心臓ばばくばくと内側から何度も拳のように叩いてくる。

香りだけしか確かめなかった時は他の料理とも混ざり確証というほどではなかったが、いざ目の目にすると記憶が強制再生されては今目の前にプライドを泣かせ怒鳴られティアラに軽蔑の眼差しを向けられたあの時に戻ったように錯覚する。


「~~っっ……申し訳ござっ……~~っ……」

すまない、大丈夫だという言葉すら乾いた喉で言えば枯れて殆ど息の音にしかならなかった。

発熱かと心配するアーサーがそっと気遣うように背に触れるが、触れられていることにすらセドリックは気付けない。むしろこの頭を殴って欲しいと切に思う。

取り皿を持っている手を離すこともできないが、両手が開いていたら頭を抱えていた。


今までプライド達と何度もパーティーを共にしたセドリックだが、手料理に遭遇したのは人生で二回目。そして記念すべき一回目は、……パーティーですらない。

プライドとティアラが大事な人を祝い労う為に秘密裏に作った料理であるクッキーと豚肉料理。それをまだ愚かだった自分が、本人達に断りもなく手を付けてしまった。侍女に止められたにも関わらず、勝手に宮殿を徘徊した上で、王女が作ったものだと理解をした上で!!!

つまみ食いどころか、女性の所有物に勝手に手をつける行為が既に論外。それを食べてやったぞといわんばかりの自分の当時の心境を考えればそれだけでも顔面を殴りたくなる。


「あのっ、体調悪いなら席に……。っ、もう、今は気にせずにせっかくのご馳走ですしどうぞ召し上がって下さい……」

「相変わらず器が大きいなアーサー。俺はもう少し悔やんでくれていても面白い」

ぶわっか黙ってろ!!と直後にはアーサーの咎めがステイルへ声で落とされる。

アーサーもステイルも、セドリックが絶対的な記憶能力であることはプライドへの吐露へ居合わせた中で知っている。そしてプライドの料理の特別感もわかっていれば、セドリックが当時何をやらかしたのかもよく知っている。今は許しているアーサーも当時はそれなりに根に持った。そしてステイルは未だに根に持っている。


寧ろステイルからすれば、ここで平然とセドリックが料理を取らなかった分少なからず憂さも晴れた。

ここでセドリックが何も思わず言わず料理を取っていたら、自分からセドリックへ悪戯に小言を言っていた。ちゃんと気に病んで見せた分、及第点である。


しかし意識が混濁気味のセドリックからすれば、二人のその会話でまた充分に熱が上がった。

アーサーからの気遣いも、ステイルからのとどめの釘も、つまりは二人とも今は自分の愚行を知っているのかと理解する。

あの料理が誰への料理かは未だ謎のままだが、プライドと親しいこの二人なら誰当てかも知っている可能性は高い。その人物と親しい可能性も。

ここはもう一度改めて事実を知っている二人にも謝罪すべきかと視界までぐるぐると回り始めた時。



「良いのかい?せっかくのティアラの手作り、無くなるよ?」



ピッっっ!!と、柔らかな囁き声にセドリックの肩が大きく振れる。

息を短くしかし大きく吸い上げ、声のした方へと顔ごと向ければレオンが滑らかな笑みでそこに立っていた。くすっと楽しそうに笑いを零し、自分へ注目を向けたセドリックの揺らぐ焔の瞳を捉える。

セドリックが硬直している間にも、既にレオンの取り分けた皿には一つずつだがプライド達の手製料理が綺麗に並べられていた。それをセドリックへと見せつけながら「何を恥ずかしがっているのか聞かないけれど」と料理が冷め切る前に連撃を撃つ。


「背後には食欲旺盛な騎士達がいるのに、君が思う存分取らないと彼らも遠慮なく取れないじゃないか。それとも全部なくなっちゃっても良いのかい?僕なら絶対嫌だなぁ」

フフッ、と悪戯ぽく笑いかけるレオンにセドリックの目が限界まで見開かれる。

顔の熱は色のまま引かないが、それでもレオンの言うことが現状で至極尤もだと頭が理解した。しかも目の前のレオンはきっかり〝ティアラ〟の手作りを確保できている。

ライバル、というには自分が烏滸がましく今やティアラと結ばれることが不可能であるアネモネ王国次期国王であるレオンの立場も充分理解しているが、それでも料理を見逃せないと思いとどまるには充分過ぎる存在だった。


ギ、ギ、ギとまるでねじ巻き人形のような動きで、唇を結ぶセドリックはレオンと同じように自分の皿へと取り分けていく。

ティアラの手料理を逃したくないという一念のみで無意識に豚肉料理とクッキー以外の全種類を自分の皿へと取り分けた。基本的に料理の取り分けは従者や給仕係の役目の為セドリックも自分で取り分けるのは初めてだったが、当然のようにレオンと同等近く美しく料理で皿を彩った。


自分の暗黒歴史の象徴である料理は二度と口に入れられる自信がないが、それでも無事ティアラとプライドの手製料理を確保できたセドリックはほっと深く息を吐いた。

その途端、まるで見計らったかのようにレオンがセドリックの肩へと腕を回し「じゃっ退こうか」と促す。長々と順番を待たせ続けた騎士達へ軽く手を振り挨拶をすれば、食事の順を回してくれたレオンの気遣いに近衛騎士達三人も揃って頭を下げた。ハリソン一人が騎士達の動きを見て、一拍遅れて軽く礼をする。そのままのんびりと視線を列の先へと向ければ、既にアランとエリック、そしてカラムまでもが順番など存在しないように一斉に料理を自分の皿へ盛り始めていた。

それぞれが別の大皿料理へ手を伸ばし、全く混雑することもなく見事な連携で自分の皿に盛っていく。当然、最後尾の配達人への配慮は無に等しい。


「えーとあれ?どっちが肉の揚げたやつで芋のだっけ?ま、食えばわかるか」

「アラン!揚げ物の上に水分を含んだ料理を被せるな!せめて逆にしろ逆に!!」

「失礼しますカラム隊長、そちらのパンとクッキー取らせて頂いていいですか?」

揚げ物を落とさないギリギリまで皿へ積んだ途端、まるでソース替わりかと思う勢いでタレを含んだ生姜焼きを迷わず乗せるアランの行為に流石のカラムも声を上げる。

「腹に入れば一緒だろ?」と雑な理論で皿の隙間にも唐揚げを詰めていくアランだが、傍から見れば完全な創作料理だった。

折角のプライド達の料理に対する暴挙に、カラムもうっかり皿に乗せた揚げ物料理が右から何だったか一瞬忘れかけた。騎士団に所属してからは騎士同士の粗雑さやそういったものにも慣れたカラムだが、流石にプライドの料理でアランがそれをやると目を疑う。「美味いものと美味いものを合わせるともっと美味くなる」という暴論はカラムの常識にない。

エリックもアランの暴挙には一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑で止まる。自分にはとてもできない未知の合わせ技だが、あれはあれで美味しそうだとこっそり思う。

自分もアランが山盛りした豚料理は以前食べた時から忘れられない味だが、今は他の料理に影響を与えないものを優先的に更に大盛りしていった。揚げ物が並べたは良いが結局順不同に皿の上で見かけが混ざったが、まぁ良いかと結論付けた。初めて食べる料理は得意ではないエリックだが、プライドの料理だけは機会を逃せない為最優先で手が進む。しかもどれも絶対美味しいことは知っている。


近衛騎士三人がそれぞれ皿を山盛りにしていく背中を暫く眺めながら、ハリソンは無言のまま小さく首を傾げた。

屋敷訪問前から、プライドに護衛としてだけでなく今回はお礼も兼ねているから来賓として食事も楽しんで欲しいと要望は受けた。

プライドとティアラの手料理とも乾杯の際に聞いていたが、ここは自分も料理を残さないようになるべく多く皿に盛った方が良いのだろうかと考える。プライドが作った料理であれば迷わず食べるつもりはあるハリソンだが、もともと他の騎士達ほどは大食いでもない。食べようとすれば胃に収納自体はできるが、そこまで無意味に胃に詰め込もうとも腹の中身を無駄に重くしようとも思わない。

今までも食べろと言われたら食べて来たが、自分から食べたいと前のめりになったことも殆どなかった。騎士になる前はそれこそ何でも食べたのだから。


しかしそうこう考えている間に、近衛騎士三人も無事にとりわけ終えて横に避けていく。

「ハリソンも取れよ!」とアランに振り返られ、取り合えず取り皿を手に考えるが正直自分の意思でどれをと考え付かない。大皿の邪魔にならないように騎士三人が横で待っている中、取り合えず適当に一種類ずつ食べればいいだろうかと結論付ける。一番左端の大皿並びのままにあるメロンパンとクッキーから順に皿へ盛っていけば良いかと手を伸ばし始めた時。



唐突に真ん中、コロッケの大皿だけが丸ごと掻っ攫われた。



「!ヴァル!!大皿ごと料理を取ったら他の人が食べれないでしょう?!」

「あー-?どうせ殆どの連中が取った後だろ」

「ハリソン副隊長が選んでる途中でしょう!!マリアも私達もまだそっちは取ってません!!」


Ⅰ187

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