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Ⅱ582.三と七は楽しむ。


「このご馳走!また主達が作ってくれたんですか?!」

「ティアラも作ったの?!まさかステラも?!」

「ステラは見てただけ〜」


乾杯直後、料理が解禁して最前列を許されたのは当然主役であるセフェクとケメトだった。

くっつくステラとそして付き添うティアラと共に、いくつものテーブルに並べられる料理に目を輝かす。乾杯の前に端から端まで下見を始めていたが、一つひとつがどれも輝いて見えた為まだ全てを確認しきれていなかった。

その前に始まった乾杯に、彼女らもどれを最優先にすべきかを考えながら侍女に渡された取り皿を握る指に力を込める。真ん中までは眺めきれていたが、いざ食事を取って良いとなれば続きよりも最初に目についた料理の中で興味を引いたものからとまた戻ってしまう。


特に女性であるセフェクは、最初の方のデザートエリアに並べられていたケーキと粉砂糖がいっぱいに振り撒かれた雪玉のような菓子が一度見てから頭を離れない。

明らかに人気コーナーになっている一角は、まだ自分達も確認できていない。ケメトも「あっちの方がすぐなくなっちゃうかもです!」と指差すが、セフェクだけでなくステラとティアラもまた甘そうな同じ菓子の方向に首がぎゅるっと向いていた。

そしてケメトも、セフェク達の波に引っ張られるようにケーキと雪玉菓子へと流れていく。

その主役の様子に、当然今のうちにと全てを狩っ去らうほど大人げない男性陣でもない。


「ケメト?良かったら先にこっちを確保したらどうだい。プライドが作った料理だからきっとすぐ無くなるよ」

「!そうですねっ!セフェク、あとでケメトと分け合いっこしたら楽しいですよっ!」

主役達が先に取るまで安易に第一手を出せない男性陣の中、レオンから最初に救いの手が伸ばされる。

甘いもの好きのセフェクはともかく、今日の料理の並びから判断しても食べ逃したことを知ったケメトが眉を垂らすのが全員想像できた。彼ら自身も早く食べたいという欲求はある以上、早々にケメトに思う存分取って欲しい。


レオンの提案に、ケメトも両足が揃って動きを止めた。

えっ、あっ……と、昔ならば自分が食べたいものよりもセフェクと一緒を優先させたい気持ちが強かったが、今は少しだけ自分の食べたいものに並びたい欲が前に出る。セフェクと全部が一緒も勿論不満はなく楽しかったが、別行動するのも嫌なことではないと今は知っている。


うろうろと視線を泳がすケメトの様子に、セフェクも小さく唇を尖らせる。

いつもは自分と同じが良かったケメトだが、今は違うのがちょっぴり残念だと思ってしまう。しかしティアラとステラと女の子同士で同じものに自分は目が惹かれていて、ケメトが男の子なのもよくわかっている。当然、ケメトが好きな食べ物が何なのかも。


「……。じゃあケメトまた後で。分けてあげるからケメトも一口ちょうだい!」

「!はい!ちゃんとセフェクの分もいっぱい取っておきますね!」

なんてこともないように、最初に手を振ったセフェクにケメトもびっくりと目を皿にしてから笑顔で大きく手を振り返した。

その様子を微笑ましく眺めるレオンも、軽くそのままティアラ達へと顔の横で手を振った。「お願いしますっ!」とティアラからも頭を下げてから、セフェクと共に雪玉菓子へと向かって言った。彼女達と合流までは菓子も取るわけにはっ……と同じく自重しながら既にプライドが同じように佇んでいた。

上手くケメトとセフェクが食べ逃しがないように間に入ってくれたレオンに、プライドからも感謝を込めて笑みを送る。やはりヴァルに続いてセフェクとケメトとの仲が良いのだなと、日ごろヴァルと飲み会を開いているらしいレオンに関心してしまう。

今も、当の保護者であるヴァルは付き添うどころか男性陣の最後尾で侍女から酒の入ったグラスをトレイごと受け取り飲み干しているというのにと。


セフェクとケメトの変化にも目で追いつつ気づきはしているヴァルだが、もともと学校が始まってからも二日に一回は会っている自分には今更大して大きな変化には見えない。

少なくともセフェクにとっては、同年齢の女に弟を横から搔っ攫われ一夜過ごすのと比べれば、食事での離脱程度大したことないんだろうと考える。もともと、食事の好みが違うことは最初からセフェクもケメトもお互いわかっていたのだから。

昔はケメトと一緒にいることが当然だったセフェクが、今はああやって女同士でいることに違和感を覚えなくなっただけでも学校に放り込んだ意味はあったと、ヴァルは少しだけ思いつつも顔には出さない。

ケメトもケメトで、昔よりもセフェクや自分に合わせなくても意思を持てるようになってきているが、それは学校の前から兆しもあった。


「えっ、僕最初に取って良いんですか!?」

「当然さ。君達のお祝いなんだからね。むしろすぐ無くなるだろうから欲しいだけ今取った方が良いよ」

レオンと共に美味しい香りのするテーブルへ向かえば、男性陣が勢揃いしている中で先頭を当然のように開けられケメトは口をぽかりと開けてしまう。

最初から並んでいたステイルやアーサーもまだ取っていない。綺麗に料理が皿に一個も欠けず並んでいる中で、一番後から来た自分が取って良いのかとケメトが思うのも当然だった。

取り皿を手に、ありがとうございますとぺこぺこステイルやセドリック達に頭を下げつつ料理の皿の最前へと立つ。横からアーサーが「届かねぇなら取るからな」と小柄なケメトへ気遣えば、ステイルから従者であるフィリップに「皿一枚じゃ足りないかもしれないから手伝ってやってくれ」とケメトへの補助を任される。セフェクの分も取るというのならば、余計に皿一枚で足りない可能性の方が高い。


またプライドがどの料理を作ったかも聞かされていないケメトだが、その場に並ぶ料理ですぐにそうだとわかった。男性陣が総並びしていることもそうだが、以前のパーティーで出された料理から自分とヴァルが好きな料理も、そして今まで見たことのない料理もあった。


可愛らしいクッキーにメロンパン。そしてコロッケにメンチカツに揚げカツに唐揚げと生姜焼き。ケメトが名前も知らないプライドの前世料理は、どれも食欲旺盛の男性陣には目を引く品揃えだった。

昔と異なり多忙であるティアラとの兼ね合いと、そしてケメトとセフェクの好物を主にと考えた結果がプライドの揚げ物作戦だった。それぞれ可能な限りは焼くだけ、揚げるだけの段階までティアラと共に作り、のこりの焼き作業と揚げ作業だけジルベールの侍女達に任せることにした苦肉の逆転作戦だ。結果、炭化の悲劇も免れた。

他の持ち寄り料理や菓子はジルベール家で用意されたご馳走と共にデザート、主食、サラダと分けられていたがプライドの料理だけはティアラの采配により全て同じ一角に置かれていた。そしてケメトが最も目が惹かれるのは当然ながらケメトの為の肉料理である。


「すごいですね!これ全部同じものですか?」

「いや、こっちの皿は三色別に中身も違うらしいよ。ほら、下に名札があるだろう。取り敢えず何個ずつ取ろうか?」

三個ずつお願いします!と、力いっぱい声を弾ませるケメトに応じ、次の瞬間にはアーサーが手早くコロッケとメンチカツと揚げカツを三個ずつ皿に乗せては、埋まった皿をケメトの代わりにフィリップが受け取っていく。

揚げ物は見分けがつくようにそれぞれ別の皿によそい、さらに隙間を埋めるようにケメトの所望通りにしょうが焼きや唐揚げそしてクッキー、メロンパンが皿を埋め尽くした。

最終的には皿三枚をフィリップが、そして皿一枚をケメトが両手で持ったところで完結した。

お先に失礼します!とほくほくとした笑顔のケメトが、順番を譲ってくれたステイル達にお礼を告げる。それからセフェク達の方へ……ではなく最後尾へと回っていった。


「ヴァル!主の料理どれもすっごく美味しそうですよ!!ヴァルの好きなのどれかわかりますか?!」

「あー?どれも殆ど同じなのにわかるわけねぇだろ。セフェクの方に戻らねぇのか」

「セフェクはまだ悩んでいるみたいなので大丈夫です!」

すぐに全て皿に盛らせてもらえた自分と違い、セフェクは未だに女子組でどのお菓子も美味しそうだと盛り上がっている最中だった。

楽しそうなセフェクと、そしてヴァルの好物があったことも全部が嬉しいケメトはにこにこと顔全てが笑顔だった。


皿役として巻き込まれたフィリップは若干逃げ越にはなったが、そこは敢えて笑みで誤魔化し黙す。今はヴァルも自分ではなく、自分の手に並ぶ三枚の皿に目がいっている。

どうぞ!と自分よりも先にヴァルへと勧めるケメトに、フィリップも無言のまま三枚の皿を差し出した。

どれを見ても、三個中に二個は全く見分けがつかない揚げ物にヴァルは暫く睨んでから列が進み始めるのと同時に一個適当に取り、齧り付く。てっきりいつも通りのだと思えば、中身は芋ではなくひき肉だったことに一瞬だけ目を見開いた。思った味とは全く違うが、これはこれで美味いと思う。


「…………」

「どうですか?!違う方でしたか?!そっちも美味しいですか?!」

ヴァルから返事を聞く前から、反応でいつものと違うのを引いたと理解するケメトがちょっと楽しそうに目を光らせる。

一口で一気に半分近くまで齧り付いたヴァルに、ヴァルが美味しいなら自分にとっても美味しいのだろうと確信する。セフェクと別行動してでも美味しい匂いのするそれを食べ逃したくなかったケメトだが、やはり自分が食べるよりも先にヴァルの美味しい顔が見たいと思う。


プライドが作った料理なら猶更美味しいに違いないと思うケメトの期待いっぱいの眼差しを受け、ヴァルも数回の租借ですぐに飲み込んだ。

ケメトがどういう反応を期待しているかも理解しつつ、敢えて表情には出さない。ケメトはともかく、初めて会うオレンジの従者が今は皿役で傍にいる上に、近衛騎士達も詰まって料理が気になるようにこちらに振り返っている。

残り半分も口へ放り込もうかと考え、そこでやめる。「テメェで確かめろ」と摘まんだメンチカツを自分の口ではなくそのまま今日の主役へと差し出せば、ケメトも嬉しそうにぱくりと齧り付いた。

小さい口ではヴァルのように半分全ては入りきらず、かぷりと小さな齧り跡を作った。もぐもぐとヴァルの倍はよく噛んでいる間にも、芋とは違うひき肉のじゅわりとした旨味が肉汁になって口の中に溢れかえる。

ケメトが今までにない美味しさに唇を絞って幸せいっぱいになるのを眺めながら、ヴァルも今度こそ残りの半分近くを自分の口に放り込んだ。


「~~っっ!!美味しいです!!」

「そーかよ」

「お芋の方もほくほくで美味しいんですけど、こっちはお肉の味がします!!噛むと何度も美味しくて飲み込むのが勿体なくて……」

どうでも良さそうに相槌を打つヴァルに、興奮が冷めないように舌が回る。

美味しい、美味しいとそれを一生懸命自分の言葉で伝えようとするケメトに、ヴァルはまた別の皿から似た形のを摘まみまた一口で半分まで齧る。今度こそ想像していた通りの味だと思いながら、いつまでも美味しいを主張するケメトの口をコロッケで同じように塞ぐ。するとケメトもさっきより大口でパクついた。

片手は皿を持ちながら、もう片手で落ちそうな頬を押さえて笑う。今度は飲み込む前にもごもごと「おいしいです」と声にした。

昔から食べながら話しちゃ駄目だとセフェクに言われているのに、つい今は嬉しさのまま口に出た。初めての料理と好きな料理を続けて食べられるのも、ご馳走が食べれるのも、自分が好きなものが食べられるのも、ヴァルが食べさせてくれるのも全部嬉しい。


いつの間にか仲良く食べ始めているケメトとヴァルに、フィリップも皿役に徹しつつ静かに自分の認識を改める。

最初の第一印象と今のヴァルは大分どころか大きく異なった。結局この凶悪顔の人もステイルの知り合いもしくは友達なんだなと思い直す。

目が合えば睨まれそうだから視線は外すが、それでも視界の中でケメトの幸せそうな顔を見ると、自分もアムレットとパウエルに美味しいものを食べさせたくなってきた。今日のご馳走も残り物が出たら、いくらか持って帰っても良いだろうかと王子従者の特典として考える。


「すまないが、今回出た料理を早めに一つ、いや三つずつ後で包んでおいてくれ」

「後にしろ後で。それよかさっさとよそわねぇとセドリック王弟とレオン王子も取れねぇぞ」

フィリップがいない内にとすかさず料理の確保を侍女に任せるステイルにアーサーが皿を両手のまま、靴先で突いて急かす。

後から顔を見せるかもしれないジルベールの分も予め取り分けてあるのだから、フィリップの持ち帰る分ぐらいは保持しておいても問題はない。しかし、今はその指示より先に最前列を開けろとアーサーは思う。パーティーが始まる前からプライドが手料理を持ち込んだと知った時点で順番待ちを誰よりも前のめりになったステイルに同乗した自分も同罪だと理解しながら。


午前はプライドの近衛騎士として彼女の料理時にも共にいた自分が、その料理の品目を見てのんびり後列にいられるわけもなかった。

結果今は、あくまで騎士である自分は皿持ち役となる代わりにステイルが自分の分も料理を皿によそってくれている。王族を差し置いて料理を先取ることに気が引けたアーサーの代わりに、ステイルが取ることでお互いの中での折り合いもつけられた。


「第一王子に配膳させておいてよく言えたものだな、聖騎士殿。姉君の新作は取るか?」

「テメェがさっきから悩みまくってるからだろォがさっさと決めろ次期摂政。一個ずつ頼む」

それぞれ味が混ざらないように皿の上へ料理をちょこっとずつ配置するステイル分の皿と異なり、アーサーの方は同一人物が盛ったとは思えないほどこんもりと山ができていた。更にその山へ立てかけるようにして揚げカツとメンチカツが一個ずつ添えられた。

これでもアーサーにとっては後の人間の為に量を自重したぐらいである。むしろ量を取るのであれば、最後尾の騎士達が最も盛りやすい。

言い合いながらやっと全て二人で二皿取り終えた後は、速やかに列から横へと避ける。すみませんお待たせしましたとアーサーが最前列へと押し上げられた王族二人へ頭を下げるべく振り返れば一瞬足が止まりかけた。

いやいいよと滑らかな笑みで返すレオンと異なり、その隣に並ぶセドリックに目が丸くなる。



「セドリック王弟大丈夫ッですか?!顔真っ赤ですけど!!」



熱とか!!?と、思わずと声を張るアーサーに、セドリックはすぐに振り返るほどの余裕はなかった。


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