前へ  次へ >>  更新
1843/1843

Ⅱ580.生徒達は噂する。


「知ってる?特別教室の生徒って、もう生徒の入れ替えも何人か始めるんだって」


プラデスト寮。

一定年齢以下の生徒が無料で入寮し、寮費を払う生徒もまた住むことが許される居住設備。

男女別の寮ではあるが、近所と呼んで良い近さの彼らは放課後に男女共に時間を過ごすことは多い。今日もまた、学校を終えた彼ら彼女らは共に学校の中庭で足を伸ばしながら語らい合う。

連休を前に家族の元へ帰る生徒も多い中、彼らは全員寮に残る組だ。時には近くの市場や広場にも共に出かけるが、今日は校内でも時間を長らく潰し、教師により校舎から締め出された後はそのまま中庭で話の続きを楽しんだ。

自分達庶民と異なり、貴族や富裕層のいる特別教室は定期的な入れ替えがある。あくまで彼らは入学といっても体験入学だ。



──「本当にありがとうマリア。ジルベール宰相もいないのにお屋敷を借りちゃった上に、出席までしてくれて」

──「いいえ、セフェクちゃんとケメト君のお祝いですもの。夫も時間が合えば顔を見せると言ってましたから」



「次はどんな人がいるんだろうね」

「私はセドリック様にまた会いたーい。すごく優しかったんだもん」

「学食ご馳走してもらっちゃったもんね」

「本当かよ?フリージアに移った王族だし、人気上げるとかの為じゃねぇ?」

女子達の頬がぽわんと染まれば、相反するように男子達の口がわざと悪くなる。

本当はそんなわけないとわかっていても目の前の女子達がこの場にはいない、世界の違う王子に心を奪われるのが面白くない。

しかし男子生徒の悪口など届かないように、女子達はにこにこと笑い合うだけだ。目の前の男子が子どもであれば子どもであるほど、あの時出会えた王子は大人だったと思う。



──「セドリック、お菓子ありがとう。まさか用意してくれるとまでは思わなくてびっくりしちゃったわ」

──「我が国の菓子だ。少し物珍しいものもあればと思ったのだが、どうやら余計な気の回しだったようでむしろすまない。……因みに、プライド。いま、ティアラは……。あれから……」



「セドリック王弟って大人っぽくて誰ともさらっと親し気だし、やっぱり王族って社交界?で慣れてるんだよねー」

「あ、そういえばさ。噂聞いたか?なんか最近国中で広められてるとか。国際ゆうびん……きかんとかなんとか」

「セドリック様のやつでしょ?セドリック様の部下になれるなら私も目指そうかなー」

国際郵便機関。男子の一人がその名を呟けば、他の全員も聞き覚えがあると口ずさむ。

つい最近布告のように広まったフリージア王国の新機関の発足と人員募集だ。事務仕事から肉体労働まで役職の幅は広く、身分の問わないその職に興味を持つのはプラデストの生徒も同じだった。

能力の優れた者は〝郵便配達員〟となり、国を渡り配達を行う。危険と労働の負担もあるが、その分給金も高い。



──「?あれからって……ごめんなさい、いつからのことかしら?」

──「!いや、すまないなんでもない。……~~っ。一体、どう言えば……」

──「……また何かやったの?」



「王族っていやぁさ。最近また学校見学も一気に増えたよな。貴族とか、それこそ国外の王族も」

「またレオン王子様来ないかなぁ……いっっちばん好き……」

「レオン王子は確か一か月ぐらいの先取り見学でもう終わったろ?」

「ティアラ様に会いたいなぁ………今思い出しても美人で天使で」

レオンとティアラの学校見学を終えてから、今では毎日のように様々な上級層が学校見学へ訪れる。

授業中での来訪が多く、最近では教師達も授業中に王族が訪れても落ち着いた対応ができるようになったが、生徒からすればちょっとした楽しみでもあった。

本来自分達が間近に見れない王侯貴族や異国の上等な衣装に身を包む人物達を目にすることができるのだから。王族が訪れるのは週に一回程度だが、その度にフリージアの騎士の派遣や異国の兵士や騎士を見ることもできる。

今日までも様々な王侯貴族を目にする機会があった彼らだが、やはり最も目を奪われる美形で美しく忘れられなかったのはアネモネの王子と自国の第二王女だったと思う。いつかは開校時に挨拶で訪れた第一王女も来ないかなと期待する。


──「レオン王子ともご一緒できて嬉しいですっ。お忙しいところありがとうございます!」

──「当然さ。ケメトとセフェクのお祝いだからね。僕の方こそ誘って貰えて嬉しかったよ。……因みにティアラ、セドリック王弟に挨拶は良いのかい?」

──「良いんです!!!」



「けどさー騎士が減ったよなー。王族来ない限り見れねぇのはつまんねぇ。いなくなる前に校門前の騎士にくらい話しかければ良かった」

「騎士の授業で俺毎回見てる」

「俺も。でも最初の特別講師の人のが良いなぁ……」

贅沢。と、直後には他の面々に半笑いで返される。

もともとは騎士の特別講師自体が一か月の限定だった。そこを騎士が定期的に代わる代わるではあるが、派遣されると聞いた時は騎士の選択授業を取った誰もが拳を握って喜んだ。


実際に、特別講師に訪れる騎士は誰もが誠実で親身になってくれる本隊騎士だ。

しかし時間が経てば経つほどにじわじわと、最初の時に昼休み過ぎまで講師の授業や質問に答えてくれた騎士隊長が後を引く。「騎士隊長」という響きが余計に彼らの中での憧れが強まった。騎士団にたった二十人しかいない隊長格に会えて一度は稽古をつけて貰ったのは、彼らにとって小さな自慢でもある。


一か月過ぎてから騎士も特別講師と王族の護衛以外では現れない。校門でプラデスト初期稼働の万全を期す為に守衛として立っていた騎士も今は、普通の守衛だ。

しかも校門前に毎日立っていたもう一人の〝生徒の保護者〟の騎士ももう見ない。あちらは守衛でも講師でもなかったが、時々学校の生徒が集われても嫌な顔一つせず答えてくれる優しい騎士だと噂だった。

守衛の騎士は常に任務中のこともあり話しかけづらく無言の者も多かったが、生徒の保護者という噂のその騎士は、特別講師の騎士とはまた違った話しかけやすさがあった。思わず凝視して目が合ってしまっても軽く手を振って笑い返してくれる騎士は、まるで近所のお兄さんのような親しみやすさだったと一部の生徒は記憶する。



──「エリック、手伝うならば私がやろう。お前は仮にも護衛中だ。私達も勿論気を配るが、ハリソンと共にプライド様からあまり目は離さないように」

──「あっ、はい。ありがとうございます。カラム隊長こそ今日は非番ですしごゆっくりなさってください」



「校門前って言ったらさ、セドリック王弟の護衛もいたよなー」

「いたいた!あっちは話しかけられなかったけど」

「もう一人はいたよね?なんか黒くて怖い……、…………えっ、いたよね??」

いたっけ?と、他の全員が首を捻る。

セドリックが馬車に戻る、正確にはジャンヌ達がエリックと合流する間際にしか姿を現さなかった黒髪の騎士は、生徒達の中でもあまり認知されていない。

一人唯一奇跡的にその姿を目にた少女も、誰もが首を捻ると若干不安になる。まさか自分が見たのは人間じゃなかったのか、幻だったのかと自分の記憶を疑いたくなる。門前で保護者の騎士や、セドリック王弟の傍にいた騎士、そして特別講師だった騎士、守衛の騎士の誰とも印象の異なる怖い雰囲気の騎士は、彼女の騎士のイメージからも一人だけ逸脱していた。

次第に血が引いていく女子生徒に、他の友人達も目くばせし合い話を逸らすことにする。

ただでさえさっき追い出されるまでは、全員で校舎内に現れる黒い影の噂を確かめようと歩き回っていた後だ。まさか騎士の亡霊が住み着いているなど考えたくもない。



──「ハリソン頼むからこの後変な真似するなよ……?アーサーにもプライド様にも言われてんだから」

──「わかっている」



「きっ、騎士っていえばさあ!俺は聖騎士!!噂の聖騎士に会ってみたい!」

「わ、わ、私はステイル王子!!ティアラ様も来たしステイル様もいつか来ると思わない?」

「どっちも望み薄だな~、なんっつーか住む世界違う二人だろ。俺ティアラ様も見れなかったし、それこそ実在すんのかもしっくりこねぇや」

慌てて話を変えつつ盛り上げようとする男女に、周囲も楽しそうに笑う。

直後には現実味がないという意見にも大きく頷いた。プライドと同じく開校式にしか姿を現さずそして檀上に立ったわけでもない王子も未だ顔を見れた者は少ない。

しかも、第一王女の視察が減る前から王子は城下視察に同行することも減ってきている。昔は城下で見ることができたと目撃者も多かった王族三姉弟妹の視察も、今では希少価値が高い。

聖騎士に至れば容姿が謎なだけでなく、その本人についての噂も根も葉もない噂が多い。もともと、歴史上三人目の聖騎士などそれだけで絵本の中身が飛び出てきてしまったような話だ。

噂による聖騎士の功績を聞けば余計に、それが本当に人間なのかも疑わしい。



──「あっその大皿!運ぶの手伝います」

──「アーサー、お前は客だろう。フィリップ、すまないが侍女達の手伝いを頼む。力仕事の手を貸してやってくれ」

──「ハイ是非とも仕事を頂けますなら喜んで」

──「露骨に喜ぶな。ジルベールの屋敷なんだから気楽にしろと言っただろう」



「会いたいなぁ」「会いてぇ」「どれも難しいだろ」「人生で一度会えるかどうかも」と。学校の生徒達は皆語らう。

語らった人物達の誰もがまた一人会えるかもわからない存在で、いまこうしてプラデストで王侯貴族や騎士に会えているから麻痺してるのだと彼らもわかっている。

その上で、雲の上でも見上げる感覚で笑い合う。ふと気付き一方向を一人が顎を反らすほど見上げれば、城下の至る所で見れる城の一部が目についた。

王族が住まい、騎士が日夜演習に励む手の届かない聖域だ。まだプラデストの生徒になって短い彼らだが、自分達の誰かは城で働くことができるだろうかと考える。



──「来たのね⁈」

──「行きましょうお姉様っ」



まさか自分達が見上げるとは全く別方向のとある屋敷で、その全員が一斉に揃っているとは思いもしない。

しかもたった二人の、王侯貴族でもない少年少女を祝う為。



──「「ケメトセフェクいらっしゃい!」」



プラデストの生徒達が仲良く語らっていたその頃、プライド達もまた親しい者同士に集いあっていた。


誰もが焦がれ夢見る面々が、一堂に介す。


 前へ目次  次へ >>  更新