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Ⅱ579.配達人は怠い。


「それで!アレンも……えっと僕の友達も!奨学生になることにしたんです!学校からノート貰えたから、僕のノートを写す為に今日貸してあげました!」

「ねぇ私も奨学生にならなくて良かったの?」


食費とかも安くなるんでしょ?と、燥ぐケメトの言葉に続きセフェクが覗き込む。

相も変わらず自分の腕や裾を掴み両側から話しかけてくる二人にヴァルは返事より先に舌を打った。放課後となり、二日ぶりに再会したヴァル達は今では国門での待ち合わせでない日も多い。

深くフードを被り口布をしたヴァルは、校門から少し離れた位置で二人を待つことも増えた。以前のように着替えや正体を隠す必要も減った為、わざわざ国門で待つよりもその方が途中で市場での買い出しもでき手間も省ける。しかも、ケメトにいつの間にか付きまとっていたという少女や他の似たような相手がいつまた擦り寄ってくるかもわからない。グレシルの事件後も、ケメトは全く自分の行動や信念もそしてグレシルが友達だという気持ちも変わってはいないのだから。


配達人として素顔を隠すヴァルに、数度は守衛により職務質問もあったが正体を見せた上で生徒のセフェクとケメトが駆け込んでくればすぐに疑いは晴れた。

「ちょっと物騒な姿と顔の保護者が頻繁に迎えに来る」という共通認識を道行く生徒や守衛が得れば、それからは何も問題はない。セフェクとケメトの友人達も、何度か二人が校門前近くで怪しげな男と一緒にいるのを心配し尋ねたが、それも本人達からの誤解が解かれれば終わりだった。

悪いことをさせられているわけでも脅されているわけでもなく、本当にただただ以前から彼らが名前だけ伏していた「家族」の一人だと知れば納得した。

思ったより顔が怖くて怪しいことを置けば、合流する度に彼らとその手を繋ぎ裾を掴ませ、荷袋を片手にわざわざ二日に一度の頻度で二人を迎えにくるような男をそれ以上怪しもうとは思わない。

ただでさえ、男と並び歩く姉弟は常に笑顔なのだから。


「なりたけりゃ勝手にしろっつったろうが」

「じゃなくて!なった方がヴァルはお金安く済むでしょ?!」

払ってるのはヴァルなんだから!!と声を張るセフェクに、ヴァルは顔を向けずにうんざりと息を吐く。

奨学生についての説明は自分もセフェク達から何度か聞いたが、心底どうでも良い。もともと学力が周囲と比べて優秀な方の二人からすれば、奨学生になるのは難しくない。

しかし、ヴァルからすれば今更二人の文房具や一日の食費が安くなったところで大して変わらない。今更その程度の額で自分の総重量が軽く感じるほどの全財産ではない。

毎日持ち歩く財産の内、二人の分け前分だけでもそれぞれの寮部屋に保管できるようになった。

その資金で二人もそれぞれ自分達の食費と寮費等を払っているのだから、それを節約する為に奨学生になろうとなるまいと自分には関係ないと考える。

しかし何度押し付けた金銭をテメェらの分け前だから勝手に使えと言っても、二人の中ではいまだに〝ヴァルから貰った、預かった〟という認識が強い。


昔のように二人の金銭全て自分が管理しなくても、二人とも勝手に物の価値も金の使い方も判断できるようになっている。

今までは単純に嵩張り荷物になる理由から自分がまとめて持っていただけで、二人が保管できる自室を得た今はもう二人も必要分以上は持ち歩かずとも部屋に保管できる為全て押し付けた。

結果、今セフェクとケメトの自室には寮母や管理人も知る由もない大金が保管されたままである。


「あ!あと今度その服貸して。被服の新しい先生が来週授業で解れの修繕やるからそういうのあったら持ってくるようにって。新しい講師の先生もすごく優しくて」

「!じゃあそれまでにヴァルも新しい服買いましょう!僕もヴァルとお揃いまた買いたいです!」

「あー?たかが解れ程度で今更直す必要なんざあるかよ」

めんどくせぇ。そう呟けば、次の瞬間には裾を掴んでいたセフェクから「何よ!!」と引っ張られ余計に裾の解れを悪化させられた。

解れなら自分でなくともセフェクも配達用の上着やケメトの服にもある。それを何故わざわざ自分の服をとヴァルは思う。

被服の選択授業をセフェクが取ったことは以前にも聞かされていたが、まさか今後は度々自分の身ぐるみが剥がされるのかと考えれば余計面倒だった。今まで解れ程度着るのに問題なければ直さず、支障をきたすほどであればそこで捨てて買い直していたのに、わざわざ直す意味が分からない。仕方なく明日にでもまた配達の途中で適当に服屋で買うかと頭の隅で考える。


明日から二連休ということもあり、セフェクもケメトも時間の余裕があるままに容赦がない。特にこれから向かう先を告げてからは、ずっと興奮が絶えないままだった。

いつものように学校の話に花を咲かせては、また思い出したように「まだ行かないの?!」「今はどこに向かってますか?!」と尋ねられる。いつもの市場ではなく王都にいる所為で、ただでさえ横並びに歩き目立つのに二人が騒ぐから余計振り返られる。いつもならば王都の煌びやかな店や鼻孔を擽る香りに目移りする二人もこの後の行先を知った今は全く惑わされず、その分がヴァルへ向く。


いつまで経っても二人の話題が尽きはしないと判断したヴァルは、さっさと用事を済ますべく早足で目的の店へ急いだ。

別にもう一時間ほどぐだぐだしても良かったが、このままの二人を連れ回す方が遥かに疲れる。奨学生が稼働した所為で二人の話題がいつもの倍の厚みを持っている。

辿り着き、初めて見る店にやっと二人の口が数秒止まる。ここ何屋さんです?おつかい⁇と尋ねる二人を無視し扉を開いて中に入れば、そこでもう返答は必要なくなった。悩むことも面倒がり、店主に直接訪ねて品を選ばせたヴァルは代金と交換で品を受け取りすぐに店を出る。あとは目的地へと向かうだけだ。


「珍しいですね!ヴァルがそんなの買うなんて!」

「やっぱりおつかい?お土産⁇それともこの後の旅用?いつもはそんなの絶対買わないくせに。しかも何それ」

うるせぇ。と、ケメトとセフェクにまとめてその一言だけ返すヴァルはやっと目的地の方向へと歩みを進めた。荷袋の砂を操って移動すれば一番速く楽だったが、王都では特に目立つ。

どうせ自分の物差しでは大して遠いとは思わない距離だと思えば、そのまま諦めて歩いて行くことにする。今は王都の為馬車を借りる手もあるが、そこまでの距離でも荷物でもなく何より性に合わない。

自分達の問いに答えず、ずんずんと進んでいくヴァルにセフェクとケメトも次第に問うことを諦める。


「本当にこの後行くんですね?!」

「ねぇ私もお土産なにか買いたいわ!そこの本屋さん寄って良い??」

ぴょんぴょんと歩きながら弾むケメトに続き、セフェクが今度は目移りし出す。

王都でも大きな本屋を前に指差す彼女に、そんなもん買うならもっと早く言えとヴァルは舌打ちを溢した。何を買うんだと尋ねれば、その返答にやはり寄るのは止める。どうせ今日は買っても使う暇などない。

「次にしろ」と一言断れば、今度は「いつも王都は素通りするくせに!!」とセフェクに怒鳴られる。しかし今回はもう構わず彼女が踵で地面を噛んでも構わず引かれる裾ごと引きずった。「ケチ!!」と叫ばれても今は無視をする。

冷たい反応に、セフェクは唇をむむむと結び釣り気味の目を余計に尖らせた。

ヴァルとケメトと王都に来れたのだから、もっと色々店を見て回りたかったのにヴァルも、そしてケメトもヴァルが抱えている荷物にばかりで今は周りの店に興味を向けてくれない。

本当ならこういう良い店通りでこそヴァルとケメトの服も選んであげたかったし、本も一緒に選びたかった。そう、これから向かう



「ステラに会うんだから!!可愛い絵本とか買ってあげたいのに!!」



「買わねぇでもあの宰相ならどうせ本屋が開ける程度にゃ与えてんだろ。ガキのくせにもう貢ぎ癖つけてんじゃねぇ」

「そんなに持ってなかったわよ!この前だって配達先で買った本凄い喜んでくれたんだから!!」

「あっ、シオン王国のですよね?じゃあ今度も配達先で買いましょう!きっとフリージアにない本の方がステラも嬉しいですよ!」

ぽこぽことグーにした手でヴァルの背中を叩き、水を出すことを我慢するセフェクに、ケメトがヴァルの代わりに笑いかける。

今日は二人にとって貴重で大事なジルベール夫妻の娘であるステラに会える日である。


以前にジルベールの屋敷へ訪れた際、文字を覚え始めたステラへプレゼントした絵本を思い出せば、セフェクがまた贈りたいという気持ちもケメトはわかった。しかし、いつもは立ち止まってくれるヴァルが先を急ぐということはそっちの方が良いのだとも思う。

ケメトの提案に、セフェクもきゅっと唇を結んだ。ヴァルが言うほど大量に絵本を持っているわけではないステラだが、確かに自分達が会わない内に本が増えている可能性はある。金持ちのステラの家ならフリージアの王都の本屋での買い物も、お土産が被ってしまう可能性もある。ならば確かに自分達しかいけない異国での本屋の方がステラも喜ぶことは間違いない。

わかったわよ……と、少し眉を寄せたままに言えば、ケメトがにこにこと笑いながらヴァルからセフェクの隣へと回り込んだ。そのままセフェクと手を繋げば、ヴァルも振り返るまでもなくうんざり息を吐いてから荷物を持ち直す。

裾を掴んでいたセフェク側の手を空け、そのまま彼女の方へとひらりと開いて見せた。次の瞬間にはセフェクがぷんすかと怒った顔を維持したままヴァルのその手をぱしりと掴んだ。反対の手はケメトと繋いだまま、今度は自分が三人の真ん中になる。


「ちょっと!重いなら荷袋かその荷物くらい持ってあげるわよ!私だってもうどっちかくらい持てるんだから!」

「僕も!僕も手伝いますよ!!」

「要らねぇ。ンな余裕あるならもっと足動かせ」

買い物も終えた今、さっさとジルベールの屋敷で休みたい。セフェクとケメトに荷物を預ければその分歩く速度が遅くなるのは目に見えていた。

今日の予定の為に、この二日間は特に配達が忙しく夜通し移動も行っていたヴァルは若干疲れもあった。昨日も夜中にフリージアの城で配達と代金の受け渡しを終え、今日は二人が学校を終えるまでの間にまた一国配達を終えた後だ。今更荷物が重いとは感じないが、それよりもただ歩いている時間に眠くなりそうだと自覚する。


折角の親切にも突き放す言葉しか返さないヴァルに、セフェクも今度こそ水を放ってやろうかと思ったがヴァルの荷物を思い出せば我慢する。代わりにぎゅううううう!とヴァルの褐色の手へ握る力を込めたが、その程度でびくとも言わなかった。


大股で速足に進むヴァルに合わせ、仕方なく駆け足もいれることにする。

息が弾むくらいならば黙っていた方が呼吸が楽にも関わらず、王都を出ても尚二人の話題は尽きなかった。

今度の配達で絶対本屋に寄ってね⁈そういえば特待生は学校の書庫の本も借りれるんですよ!この前借りた本が楽しくて特待生の友達も本借りてた読んでた!私も買って読みたい!奨学生はそういうのないんですけどノート貰えたから早速授業で使った本の内容を書き写してる人もと。

次第に話題が当初と同じ内容へと戻っていく流れをヴァルも静かに感じ取る。一度二度会話を止めようと軌道を変えようと、本人達が話したい限りは永遠に戻ってくると嫌というほど知っている。


歩き、歩き、変わらず息付ぎの間も疑いたくなるほど続く二人の話に耳を半分向ける。

あーそうかよ、どうでも良いと時折言葉を返しながらもそれで眠気を紛わす。やっと目的地であるジルベールの屋敷へたどり着いた時には、周囲もじんわりと暗くなり始めていた。

お待ちしておりました、と。門の前に控えていた衛兵も、今では顔なじみの一人であるヴァル達に驚かない。主人からも今日は訪れると聞いていた為、そのまま真っすぐに玄関扉へと彼らを案内した。扉の内側に控えていた侍女へ報告して間もなく、衛兵の手によりやっと宰相の屋敷の扉が開かれた。

ステラ起きてるかな?きっとわくわくして待ってますよ!と弾む胸のままヴァルより一歩分前に立つ二人は、内側に開く扉に大きく目を見開いた。

扉の隙間が開いた時点から、お邪魔します!と行儀の良い挨拶のケメトと、そしてステラ!と可愛い妹のような存在の少女の名を呼ぶ。そして扉が開き切ればそこには満面の笑顔で二人の来訪を待ち続けたステラと、そして母親であるマリアンヌ




「「ケメトセフェクいらっしゃい!」」




「セフェクお姉ちゃん!ケメトお兄ちゃん!」

だけでは、なかった。

深紅の髪の王女と、金色の揺らめく髪の王女がせーので声を合わせた。黒髪の王子と銀色の騎士を始めに、更に見覚えしかない王族二人と騎士四人。

彼らもまた手を振るステラとマリアと共に自分達を迎えるように勢ぞろいで立っていた。早くも美味しそうなご馳走の香りが鼻をくすぐり出す。

予想だにしていなかった大勢の並びに、気合充分だったケメトもセフェクも目が丸くなる。背後からさっさと中に入れとヴァルが軽く膝で蹴るようにして押し込めば、二人も揃ってヴァルへと振り返す。

なにこれ?!どうして皆いるんですか?!と声を上げる中、そこで答えを告げたのは二人にとっても最初の友人である王女だ。

ぱちんと手を合わせ、楽しそうに声を弾ませる。





「今日はケメトの特待生とセフェクの入学お祝いパーティーですっ!」





さぁ、ご馳走にしましょう!と最初に両手でティアラがセフェクとケメトの手を取るのと、ステラが二人の元へ飛び込んでいくのは殆ど同時だった。


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