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そして仮決定する。


「今日の打ち合わせでお聞きしたいことは以上になります。いかがでしょうか、もし承認を頂ければ時期を見て陛下から正式な勅命も下されるでしょう。もちろん、結論を急ぐ必要はありません」

「是非ともお引き受け致します」


若干声色が分厚くなった気がしないでもないけれど、それくらいの気合の表れですということで許して欲しい。

あくまで、あくまで第一王女として話を聞いた上での判断だ。


第三作目の学園。もともと憧れも手伝って第三作目の学園を発案したこともあるけれど、第三作目の攻略対象者にも会えるかもしれない。

パウエルは確実にいないけれど、それは望むところだ。彼はもうプラデストに通って幸せに平穏にアムレット達と仲良く過ごしてくれているのだから。

大事なのは、今も悲劇の危機にあるだろう他の攻略対象者だ。……レナードも、例外ではない。むしろレナードは現時点で最も高確率で学園に現れると言って良い。

本当なら時期を見て今回のプラデストと同じ手法で学校潜入を母上達にお願いしようと思ったけど、その前に許可が頂けるならそれ以上のことはない。レナード以外の攻略対象者にも会えれば、話を聞けさえすれば他のシリーズの内容や攻略対象者の手がかりや詳細も掴めるかもしれない。


この世界が第三作目とは繋がっているという確証を得た今は、設定をよぉく覚えている彼らにだけは他に会う方法がないわけではない。けれど、自然に確実に会えるのはやっぱり学園だ。

………………それに、やっぱり個人的にも憧れの第三作目の学園を生徒として闊歩できるのは色々嬉しい。アニメも食い入るように何度も見たしゲームもやりまくったし漫画も全巻リアルタイムで読んだし設定資料集もファンブックも特典も全部目は通したけれど、実際に生徒として足を踏み入れられるなんて夢のようだ。しかも、生徒として潜入なら制服も……。

今から期待に胸いっぱいに膨らんでしまうのを必死に奥歯に力を込めて隠すけれど、膝の上に重ねる両手にはぐぐぐっと無駄に圧をかけてしまう。駄目、ここでニヤけたらそれこそ不審者だ。


気付けば両手に収まらず両肩も無駄に力が入ったまま上がってしまう私に、ステイルも少し不思議そうに視線を向けている。

ジルベール宰相も瞬きの数が少し多い中「ありがとうございます」と優雅に感謝の言葉を返してくれた。

まさか前のめりに手を挙げて「行きたいです行かせてください是非お願いします!」と言いたいなんて知られるわけにはいかない。


「今回の視察が無事終えたので、同じような手法で護衛形態や偽装を行えば難しくありません。それにまぁ、……今回は偶然にも少々都合が良い部分もありましたので」

なだらかに話を続けるジルベール宰相が、最後に少しだけ妖しく笑んだ。

にっこり笑顔だけれど、若干黒さも感じ取る。ステイルもわかったらしく「どういうことだ?」とすぐに追及が入った。私も気になる。

ステイルと私を順番に顔ごと向けて笑顔を返したジルベール宰相は、今度はすんなりと含みについても隠すことなく説明してくれた。

……きゃあ、と。思いっきり私は口の端は引き攣った。

ステイルも少し顔色が変わったと思えば、……またちょっと悪い顔をした。悪巧みというよりも、ジルベール宰相と一緒に悪戯が思いついた笑顔だ。

アーサーがいたら怒っていたのかなと思いながら、何となく背後を首だけで振り返れば、さっきまでずっと無言だったアラン隊長とエリック副隊長の顔色も見事に変わっていた。私の視線にも気付かないくらいに二人でお互い目配せし合っていた。半分笑っているような引き攣った表情を浮かべるアラン隊長と、その視線に滝のような汗を滴らせるエリック副隊長だ。……うん、まぁ無理もない。


「まぁ、まだこちらは陛下から正式な勅命が下されるまでは未定です。決まるまでは、何卒この場だけの話として他言されないようにお願い致します」

騎士達だけでなく私とステイルにも合わせて告げるジルベール宰相に、一言返しながら胃に圧迫がかかる。

わりと場合によっては大ごとになるかもしれないし、まだ決まってない限り無責任に他言しちゃいけないことは当然だ。ステイルも、そして近衛騎士達とマリーやロッテ達もそれぞれ承諾の言葉を返す中、私はもうさっきまでの大はしゃぎな嘘のように頭も背中もひんやり冷えていく。なんかもうごめんなさい。


とにかく今は、無事に第三作目へ潜入視察できるようにしてくれたジルベール宰相に感謝しよう。第四作目の手がかりもジルベール宰相の手腕に掛かっていると思えば猶更だ。

それでは、と。無事私からの意思確認も終えたジルベール宰相が、最後の一口を飲み終えてから席を立つ。私から、くれぐれもよろしくお願いしますと挨拶を声掛ければ、ステイルも合わせるように「俺も行く」と少し勢いも付けて立ち上がった。

見送るだけでなく、一緒に行くというステイルにジルベール宰相も俄かに切れ長な目を見開く。ちょっと楽し気に、もう読んでいたような笑みで。


「宜しいのですか?ステイル様はまだもう暫し休息時間が残っていらっしゃったと存じますが」

「姉君からあんな予知を聞いてじっとしていられるか。言える部分だけで良い、行きすがらお前の考えを確認させろ」

そんなに心配せずともと、困り眉で返すジルベール宰相に構わずステイルは眼鏡の黒縁を押さえながらツカツカと歩み寄る。

椅子から立ち上がったまま止まるジルベール宰相の隣にぴたりと並ぶと、そこで私に「それではプライド、失礼します」といつもの笑みで礼をしてくれた。直後にはまたジルベール宰相へ吊り上げた目で睨みを向けたけれど。


「全てが決まればきちんと優秀な第一王子殿下にも知恵をお借りするつもりですとも。勿論、その時はプライド様と共にステイル様も御同行できるようにも」

「当然のことを言うな。それに俺だけじゃないだろう、ラジヤであろうと学園であろうとも姉君を守るには徹底した警備体制が」

「我が国が誇る聖騎士殿と近衛騎士も外せません。貴族生徒に紛れ込ませる方法ならば王族も騎士も配達人も方法はある程度考えております。……ああ、それも〝当然〟として言う必要はなかったでしょうか?」

バチリバチリと、にこやかに楽しそうなジルベール宰相にステイルが口を結び火花を散らす。

まだ未定が多い中で、なんだか早くもまた巻き込み多重事故の面々が形成されそうだ。私としても彼らが居てくれた方が当然心強いのだけれども。


見つめ合った直後、校舎裏の決闘でもする勢いで二人とも殆ど同時にぐるりと扉へと身体を向ける。……なんだかんだ息も更にあって来たなとこっそり思う。

ジルベール宰相への対抗意識をそのままにステイルがいつもより強い口調で「いくぞ!」と今度は部屋の壁際に控えていた専属従者に声を掛けた。

さっきまでずっと大人しく無言だった彼に、私も軽く手を振ればぺこりと礼で返してくれた。

退室するジルベール宰相とステイルへ近衛兵のジャックが扉を開く。扉をくぐると思えば、途中で「ああ、それと」とジルベール宰相が軽く足を止めた。にこやかな、むしろちょっと楽しそうな笑みのままの表情でくるりと私に上半身ごと振り返る。


「明日は何卒宜しくお願い致します。皆、心より楽しみにしております」

「!ええ、こちらこそ宜しくお願いします、ジルベール宰相」

本当にありがとう。そう最後に締め括れば、優雅な礼が返された。

本当はもっとお礼とかご迷惑おかけするお詫びとかも言い続けたかったけれど、本気で言うと際限がなくなる。

取り敢えずは決定してからまでは仕舞っておこう。そうだ、よくよく考えると明日も本当にご迷惑おかけする。

こっちは前々から決まっていたことだけれどもと思いながら、それでもこんなに一気に多重委託した後にだと申し訳なくなる。

それでも「いえいえ」と変わらず涼しく返してくれるジルベール宰相を私も席から立ってその場で見送った。ステイルにも手を振り、扉が閉じられるまで二人を見つめ続けた。


キミヒカシリーズ第四作目に続き、第三作目。


救うべき我が民への道にまた一歩足がかかった。


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