Ⅱ578.虐遇王女は提案され、
「来年開校する件の同盟共同政策における〝学園〟に、また極秘潜入視察を御検討して頂くことは可能でしょうか」
上手く、言葉が出ない。
一音くらいは出せるけれど、何と言えば良いかわからなかった。本音を言えば前のめりの即答だけれど、先ずはジルベール宰相がどういうつもりでそれを言ってくれたかから考えなければ下手に出れない。
まさか私の思惑に気付いてるのかしらと、ジルベール宰相ならあり得ると何の理由もなく思う。第四作目の手がかりへ足を踏み入れることを協力してくれると話した後だから特に。
背中から冷や汗で冷たくなるのを感じながら、なんとか表情を取り繕う。口の中を三回は連続で飲み込んでいると、先に話を進めてくれたのはステイルだった。
「どういうことだジルベール。何故、どういう理由で潜入視察が必要になる。まだ開校もしていないのにも関わらず問題でもあったというのか」
「いえいえ、とんでもございません。学園は今も開校に向けて同盟国と順調に連携も行われ必要人員も各国から滞りなく集められております」
少し強い言い方で尋ねるステイルに、ジルベール宰相の涼やかな声が返される。
両手の平をステイルに向けて小さく左右に振るジルべール宰相は、さっきまでの難しい顔と違っていつもの調子だ。取り敢えず学園に問題がないということには私もほっとする。
私の思惑がバレるよりも、確かにそっちの可能性の方が高かった。プラデストと同じく、学園の方も私が深く関わらせて貰っている案だし何か問題があれば私にも伝わった筈だ。
少なくとも王女としての公務が制限され、力を注ぐ余裕を持てた数少ない私の携われる業務である学園は、今のところ本当に順調に進んでいる。
建設も進み各国からは惜しみない協力も得ている。プラデストが開校して注目を浴びるようになってからは特に、学園への関心は各国の代表だけでなく貴族にも高まっている。
「プライド様が指揮を取られている学園はこのまま予定通り開校もできるでしょう。プラデストでの反省も生かし、学園理事長にもしっかりと念押しと警告も行いました。ただ、…………当時問題が何もなかったのはプラデストもまた同じです」
なだらかな声が続けられたと思えば、途中でどきりと心臓が鳴った。確かにその通りだ。
ジルベール宰相の言わんとしていることがやっと輪郭付いてきた。ステイルも察したらしく、眉をぴくりと上げるとそこで腕を組む。ジルベール宰相へ尋ねる体勢から聞く体制へと背凭れに重心が移っていく。
私も自分の杞憂だったことに心の底で安堵しながら改めてジルベール宰相と目を合わせる。膝の上に両手を重ね、改めて一からジルベール宰相の話を聞けば、今度は別の方向で驚かされることになった。
今回、私達が潜入した教育機関プラデスト。本来は予知の正体とその未来を止められれば良かったけれど、結果として私達が関わったことで学校での綻びや問題が判明した。
一番大きいのは学校理事長であるアンカーソンの大失態。
王族相手に学校教師の誰も声を上げることができず、王族の視察があっても理事長の穴埋めに務めて結果教師達だけに負担が全部伸し掛かっていた。それに気付くことができたきっかけは、私達の視察……とカラム隊長だ。
けれどカラム隊長がそれを王族に報告できたのも結果としては、私の近衛騎士だったお陰で直接教えて貰える状況だったことも大きい。学校生徒や教師側に居なければ気付けなかったことだ。
学校に裏稼業の人間が潜んでいることも、そもそも下級層生徒が次々と退学に追いやられていることも私達が潜入していなければ明るみも出なかった。
理事長がアンカーソン兼レイが全く学校経営総無視で教師の訴えを城に報告どころか耳も貸さず無視していたこともあるけれど、結論だけ言えば教師という立場では新たな問題も城にまで訴え届けることは難しい。それが貴族や上の人間に関わる内容や、生徒達間で留まってしまう内容であれば余計にだ。
今回は国を司る王族本人が直接学校の裏側を知ったからこそ、そのまま早々に学校改善へと繋がった。だから次の学園も、そういった問題を早々に解決できるようにまた私が秘密裏に裏側を視察した方が良いのではないかという考えだった。
ただでさえ、こちらは特別教室どころか全員が各国の王侯貴族だ。教師が言いにくいことも、もし生徒に問題が生じればそのまま家の力で教師の方がねじ伏せられる可能性も高い。……ええ、本当に仰る通り。
「また、〝特待生〟と〝奨学生〟制度、そして先週新たに御提案頂いた〝養育学校〟についても陛下方は高く評価なさっております。それもやはり、直接生徒の姿を目にしたプライド様とステイル様だからこそ思いつかれた制度であることも」
ヴェスト摂政も仰られておりましたよ、と。にっこり笑顔でジルべール宰相はステイルへ嬉しそうに声を掛けた。
ステイルもヴェスト叔父様からの評価は嬉しいらしく、ジルベールの笑顔からわざと逃げるように顔ごとそっぽへ向いてしまう。ちょっと無表情に近づいた顔は、つまりは隠したいくらいに嬉しいんだなと少し微笑ましくなる。
特待生は私が前世の記憶も使っての発想でしかないけれど、ステイルは本当にゼロから自分の意思で生み出してくれた制度と発想だ。
母上も、父上も、そしてヴェスト叔父様も私達が潜入視察をしていた一か月の間でここまで学校の問題判明と新制度や案が出ることは驚きだったらしい。
当然、事情を知らない上層部からすれば状況整理が追い付かないくらいに目まぐるしい。私達にとっては長くて短かった濃密な一か月だったけれど、何も知らず学校の稼働の成り行きを見守っていた上層部からすれば〝たった一か月〟での怒涛の展開だ。
「同盟共同政策につきましても、やはり主導されておられましたのは〝学園〟発案者のプライド様です。ならばプラデストと続き、こちらもプライド様が直接目にされた方が良いのではないかと」
それが母上達の意思でもあると。
そう続けるジルベール宰相に、すかさずステイルが「どうせお前の案でもあるのだろう」と言えば笑みだけが返された。うん、私もそう思う。
母上達が高く評価してくれたというのは本当なのだろうけれど、そこで王女を学園にもと発想するのはジルベール宰相な気がする。そこで母上達を納得させてしまったのも流石ジルベール宰相だ。……いや、むしろ今回の学校潜入でも大きな影の功労者であるジルベール宰相が自ら提案してくれたからこそ、動いた案なのかもしれない。学園もまた、年齢制限は十八歳だ。
「私はあくまで、お二人のご功績から客観的立場で最近提案してみたまでです。思ったよりもすんなりとプライド様へ意思を確認するまでに話が進んだことは私としても驚いております」
ほらやっぱりジルベール宰相。
そう思いながら顔が半分笑ってしまう。ジルベール宰相は少しだけ首を傾けて「何か私も把握していない要因もあるかもしれませんね」とぼやかして言ってくれるけれど、そっちの方は寧ろ私達の方がちょっとわかるかもしれない。
確認にステイルへ向けてみれば、すぐに漆黒の眼差しと目があった。ちょっと楽し気に私へ笑んでくれるステイルが今はちょっと自慢げだ。
なるほど、とジルベール宰相も少しだけ私達を見る目が興味深そうだった。けれどこちらはこちらでまだ言えないかなと敢えて口を結んで返す。ここはジルベール宰相とお互い様といったところだろうか。
私達が敢えて言わないことに、ジルベール宰相も察したようにゆっくり頷くと「それでは」と一度話を切った。
「今日の打ち合わせでお聞きしたいことは以上になります。いかがでしょうか、もし承認を頂ければ時期を見て陛下から正式な勅命も下されるでしょう。もちろん、結論を急ぐ必要はありません」
「是非ともお引き受け致します」
よく我慢した私!!!
ちゃんと最後まで、前のめりにもならずジルベール宰相の言葉を最後まで聞き切ってから落ち着いた声で返答できた自分を心の中で拍手し褒める。……行きたいに決まってる。
私の夢と希望と憧れ兼理想の〝第三作目〟の舞台が、現実に具現化されるのだから。
……しかも似せたつもりがまさかの本物で、第三作目の登場人物との出逢いも高確率。