そして打ち合わす。
「プライド様。予知の内容について、もう少し詳細にお聞きすることはできますでしょうか」
私が想定したよりも希望がある問いに、口の中を飲み込んだ。
予知の詳細なら、ちゃんと考えておいてある。第四作目の大まかな流れと決着。第四作目のラスボスがどんな姿や名前かは思い出せなくても、……どういう人かは覚えている。
きっといる、少なくとも一人は。私やグレシルのように、彼女が存在する以上きっとこのままでは悲劇が生み出されてしまう。
ぎゅっと膝に置いた拳を握り、胸を張る。もし内容によってはジルベール宰相が後押しを協力してくれるつもりなら、これ以上なく王族として見て見ぬ振りができない理由がちゃんとある。
『─────────────────────────』
そう言い切り、改めて詳細を説明する。
早速予知について陛下に報告を。そして、騎士団の派遣をと。
話し終えた後にはジルベール宰相だけでなく、ステイルも強い声で同意してくれた。母上に報告も騎士の派遣についても私も異存はない。たとえ許可が下りても降りなくても母上には予知も含めて報告するべきだ。
母上達が知れば、騎士団の派遣も騎士団長へ命じられる。私が叶わずとも騎士団が動いてくれれば、きっとそれだけでもある程度は解決するだろう。私も確証のある情報なら伝えられるし、騎士団なら国を跨ぐことも遠征も慣れている。きっと私よりもずっと上手く立ち回ってくれる。ただ、……それでは第四作目の攻略対象者全員が救えるかわからない。
私が思い出せたのはあくまで大きな流れとレナードとの関連だけ。主人公もラスボスも、攻略対象者の名前も顔も思い出せない。
やっぱりまたプラデストみたいに直接足を運ばないと、思い出せる自信もない。会いさえすれば、もっと深く関われば、……きっと今回みたいに思い出せる。ケルメシアナサーカスに関わっている子も、まだ関わっていない子もだ。
「ですが、私も共に行きたいという気持ちは変わりません。この目で確認しないと予知した人物かどうか確証できる自信がありません」
「プライド。そこは通信兵の特殊能力で、ある程度はなんとかなるのではないかと」
希望を重ねる私に、とうとうステイルから待ったが入る。同然だ。
むしろ今まで厳しい言葉を言わなかった分、私の意見を尊重しようとはしてくれたのだろう。……そして流石に待ったを入れざるを得なくなった。
けれど、やっぱり私が直接行かないと通信兵の特殊能力による映像だけじゃ思い出し切れるかわからない。第二作目とプラデストに関わって反省点を踏まえればこれは確信にも近い。
直接この目で見ないと予知のことを思い出せるかわからない、と。プラデストの時と同じ言い訳を使いながら伝えれば、二人とも口を閉じてしまった。
視線を落としたままジルベール宰相は口元に指を、ステイルも眼鏡の黒縁を指で押さえたまま黙している。ジルベール宰相はもちろん、覚悟していたこととはいえステイルにも難を示されると私もなかなか厳しくなる。
単純に外出をというわけじゃない、秘密裏にというのも難しいということだ。
ただでさえ今私は公的な外出を母上達から禁じられている。……いや公的じゃなかったら良いというわけではないとわかってはいるのだけれども。
けれど彼らに関しては一人でも多く、そして早々に助けたい。予知と言った以上、もう我が国としては確証になる。きっと騎士団を動かすところまでは可能だ。
けれど王族で、第一王女で、しかも罰則謹慎中の私が一緒に行くとなると……もう、残す方法は。
「プライド。まさか、ヴァルへ協力を求めようとは思っていませんよね…?」
ぎくり。
ひゅっ、とまさかの思考を綺麗に読まれて正直に喉が音を立てた。
跳ねた心臓と一緒に身体ごと微弱に揺れる中、油を差してないような首で目が先にそこへ行く。見れば、ステイルが眼鏡を押さえつけたままギラリとした眼光を私に向けていた。
ア、ハハ……と否定もできず、口端が引き攣る。流石ステイル、私の考えそうなことはお見通しだ。
いや、だってヴァルならあの国までなら一日も掛からずきっと移動できるし……、……ちょっと、ちょっと魔が差しただけで。
けれどここで「ソンナワケナイジャナイ」と言っても恐らく読まれる。読まれなくても流石にそこまでステイル達に嘘は吐きたくない。
今も私を行かせたくないのは意地悪でもなんでも無く、ただただ私を心配してくれているからだ。私だってできることなら心配をかけたくはないし、行くのが怖くないと言えば嘘になる。
寧ろ、凄く怖い。万が一にもアダムに遭遇する可能性がゼロでもなければ、ラジヤと名前がつくものに正直関わりたくない気持ちもある。
それに、私に何かあったら悲しんでくれる人もいるし何よりもう二度と大事な人達にあんな思いをさせたくない。……だから、まぁ、ヴァルにお願いしてこっそり単独で異国に短期間訪問なんてしちゃいけないのもわかっている。
王族の身分返上しての覚悟ならまだしも、今の私はちゃんとこの先も第一王女でありたいから余計にだ。
ステイルからだけでなく、背後からも手痛い視線を受けながら小さくなる。否定も肯定もできず、「やはり難しいですよね……」と絞り出せば
「ある意味。……都合がついてしまいますねぇ」
ハァ、と。
ため息混じりの遠い声に視線を向ければ、ジルベール宰相だ。
見れば俯いた状態から、今は片手で額を押さえるようにして僅かに顔を上げていた。
都合⁇とそのまま言葉を返して尋ねれば、ジルベール宰相は細い眉を寄せながら私に薄水色の瞳を向けてくれた。どこかまだ言葉にするのを躊躇って見える。
「第一に」と、断るように言葉を切ったジルベール宰相へ、ステイルも少し顔を覗き込むように姿勢を傾ける。
「本来ならば、私も可能な限りラジヤの息のかかるところにプライド様を行かせたくはありません。ステイル様も、そして女王陛下も殿下も皆同じでしょう」
静かな水を打ったような声に、姿勢を伸びる。
王女として、王族として今の母上のようにラジヤに関わらないといけない時は必ず来る。相手は大陸一番の奴隷大国だ。
王族だから全部断れるわけもなければ、逆に避けられない時も必ず来る。それでも、可能な限りは私に関わらせたくないと。それはジルベール宰相の最大限の譲歩と優しさだ。
ジルベール宰相も、アダム生存の可能性を知っている。
「しかし、プライド様の安全を第一に考えるからこそ。功績高いプライド様の予知と掛け合わせれば陛下からの許可も可能かもしれません。……少々、覚悟は必要ですが」
えっ‼︎
口を大きくポカリと開けたまま一声と共に固まってしまう。
まさかの。母上の許可と言われるとは思いもしなかった。思わず穴が開くほど見つめてしまえば、ステイルも目が水晶のように丸くなってジルベール宰相を見つめている。
流石は天才謀略家のジルベール宰相。一体どんな理由をつければと、若干舌が痺れかけながらなんとか言葉で尋ねれば「まだこの場では安易に言えませんが」と口を片手で覆いながら目を逸らされた。……本当に一体どんな手を。
「先ずは前提として件の予知についても陛下へ正式にご報告許可を」と、あの予知についても母上達に打ち明けなければならないと言われ、頷く。
プラデスト潜入も終えて熱りも冷めてきたし、ちょうど良い頃合いだ。けれどその上で母上達の説得なんて逆に不可能じゃないかと思えてしまう。
天才策士のステイルも流石にこれには思い付かないらしく、険しい表情でジルベール宰相を睨んでいる。多分その眼差しは疑っている、というよりもジルベール宰相の思い付いた方法が何か必死に思考を廻らせているのだろう。
一先ず自分に預からせて欲しいと言ってくれるジルベール宰相に、私も全面的に頷いた。
私の予知した内容の報告もそのままジルベール宰相へ委託する。一体どうやるのかは検討もつかないけれど、不可能かと思ったそれが母上の許可の元可能になるのなら任す以外ない。
「宜しくお願いします、ジルベール宰相。……本当に、ありがとうございます……」
「全てはプライド第一王女殿下のお望みのままに」
まだ可能かはわかりませんがと。少し肩を落とし気味の力のない表情だけれど、最後には柔らかな笑みを返してくれるジルベール宰相に、私は倍以上頭が上がらなくなる。もう、本当に本当にごめんなさい。
ジルベール宰相が居てくれて良かったと、今まで何度も思ったことをまた思う。今こうして考えても本当にどんな手段を使うか、悪知恵ラスボス知能でも想像できないことを可能にしてくれているのだから。
「もし可能になれば三ヶ月後程度でしょうから」と言われ、たった三ヶ月⁈とまた聞き返したくなる。
どちらにせよ、まだ私達にも言えないということはここで言及しない方が良いのだろう。
「ところでプライド様、今度はこちらからもお話をさせて頂いて宜しいでしょうか?」
この話は一度ここまででと暗にやんわり切られ、私も素直に一言返して従う。
もう私の我儘でここまでしてくれたジルベール宰相に、これ以上打ち合わせの時間を取らせるわけにもいかない。
どうぞどうぞと手のひらを差し出したい気持ちになりながら、首が一方向へと重くなる。私の予知と我儘はここまで。次が、本来の打ち合わせであるジルベール宰相のお話だ。
「こちらは陛下方からの確認も含めておりますが」と前置いて話してくれるジルベール宰相に私も気持ちを切り替え
「来年開校する件の同盟共同政策における〝学園〟に、また極秘潜入視察を御検討して頂くことは可能でしょうか」
……………………へ。
私、まだ〝予知〟とも言ってないのに。