Ⅱ577.虐遇王女は向き合い、
……ああもう、本当にびっくりした。
「プライド、俺です。ジルベールもちょうど合流しました」
コンコン、とノックの音の後に続けられる声にひと言返す。
とうとうまた来るべき時が来てしまったと、深く静かに呼吸を繰り返し胸を両手で押さえた。
レイにグレシルを託した後すぐに物陰に移動した私は幸いにもと言っていいのか、ステイル達に〝予知〟について気取られこそしても言及されるほどの間はなかった。どちらにせよそんな重要話を城の外でほいほい話すわけにもいかず、速やかに瞬間移動してもらった。
部屋に戻ってから凄く聞きたそうにしたステイル達だけど、先ずは着替えだった。ジルベール宰相ともちょうど打ち合わせが控えていたからその時にと、話もまとまった。
この時の為だけに一時的に八番隊を抜けてくれたアーサーが騎士団に戻らないといけないから、彼一人だけ少し謎のままに帰すのは申し訳なかった。
扉を開けたらアラン隊長と、アーサーと交代したエリック副隊長が控えてくれているだろう。
ジルベール宰相の特殊能力を解かれてから、専属侍女のマリーとロッテが丁寧かつテキパキと着替えをしてくれた。
その間に私も必死に悪知恵働く優秀な頭を稼働させた。少なくともこれからステイルとジルベール宰相が待ち受けている以上、質問攻めは必然だ。
まだあのシリーズのゲーム内容も全ては思い出せない以上、現状で確定できる内容で〝予知〟だけでも理論武装で固めないといけない。………今回は幸いにも、ライアーのサーカス情報が大きい。
「失礼致します」
近衛兵のジャックが開けた扉から順々に部屋へ入ってきたのはステイル、ジルベール宰相、そして近衛騎士のエリック副隊長とアラン隊長だ。
私を待っている間にステイルから何か聞いたのか、部屋に入ってきた時点でジルベール宰相も神妙な面持ちだった。エリック副隊長も、部屋に瞬間移動で戻って来た私達を迎えてくれた時にやりとりを見てるから、既に心配そうに表情を険しくさせている。ステイルとアラン隊長は言うまでもない。
先ずはジルベール宰相にお忙しい中打ち合わせをありがとうとご挨拶から。この場で名言はできないけれど、特殊能力までお借りしたことも含めてのお礼にジルベール宰相は眉が垂れた笑顔で「いえ、これも職務ですので」と右手の平で留め受けてくれた。
もう明らかに「聞きたい言葉はそれではありません」と醸し出す空気が言っている。けれどさらに続けて私は、言い損ねる前にと今度はアラン隊長へも向き直る。
「アラン隊長も、先ほどは本当にグレシルの対応ありがとうございました。……正直、私一人じゃどうにもならなかったので」
「!ああ、いえ!そっちの方は全然。王族であるプライド様が戸惑われるのも当然ですし、寧ろもっと早く怒るべきでした」
申し訳ありません。とまさかの逆に謝ってくれるアラン隊長にものすっごく申し訳なくなる。
ジルベール宰相がおやおやと切れ長な目を僅かに開いて私とアラン隊長を見比べるけれど、どう言えば良いか少し言葉に困る。まさかグレシルが真っ裸になって露出狂でしたなんて言ったらジルベール宰相もドン引くだろうし、いっそ王族に対する公然猥褻に引っ掛かる気もしてしまう。少なくとも同姓である私だけでなくステイルに対しては完全侮辱だ。
エリック副隊長も気になるように少し首を傾ける中、私は曖昧な笑みで返すしかできなかった。ステイルへ助けを求めるように目を合わせれば、眼鏡の黒縁を押さえながら「まぁ言葉にすることも憚れますが」と眉を寄せてエリック副隊長へ向けて口を開いてくれた。
「常識人であるアラン隊長が居て下さって幸いだったという話です。俺も視界にすら入れたくなくて困っていましたから」
ステイル容赦ない。
本当に露出狂に対する女子高生のような感想だ。まぁ実際状況としてはそんなものだから仕方ない。きっとここにアーサーがいても深く頷くのだろうと思う。
第二作目のラスボスが露出狂扱いというのも、改めて考えると何だか居た堪れない。
ステイルの言葉にエリック副隊長もそこまでの深刻案件ではないことは悟ったらしく、納得したようにゆっくり首を縦に動かした。
更にステイルはジルベール宰相へ睨むように横目を向けると「お前がステラに絶対するなと教育するような真似を俺達の前でしただけだ」と断言すれば、ちょっとだけジルベール宰相の顔が困り笑顔ではあるけれど緩んだ。なるほど、と肩を竦める動作を受けた後、改めてステイルからもアラン隊長にお礼が入る。
いえいえと返してくれたアラン隊長と最後にきちんと目を合わせた後、敢えてだろう一呼吸を置いてステイルが私に向き直った。漆黒の眼差しが真っすぐに私を映す。
「ところでプライド。……先ほどのライアーから聞いた件について、ご説明頂けますか?」
ジルベールとの打ち合わせの前に、と。
そう告げるステイルに自然と背筋がピシリと張り詰めた。ええ、とその声すら若干枯れ気味になりながら返せば、立ち話からテーブルの前へと場所を移すことになる。マリーとロッテがお茶を淹れてくれる最小限の音すらカチャカチャと聞こえるほど、静まり切った空間と張り詰めた空気にそれだけで胃が縮みそうになる。
ステイルも、そして気になっている様子のジルベール宰相も私が話し出すまで唇を結んで待ってくれた。背後の近衛騎士からもひしひしと熱のこもった視線だけを感じる。
膝に置いた両手を重ねたまま勝手に指先に力が入る。
大丈夫、大丈夫と、自分に言い聞かせながらもこの〝予知〟という言葉で断定しないといけない時は緊張してしまう。
うっかり予知にならない未確定事項を言えば、一気に信頼が地に落ちる。ゲームの設定なんて言えるわけはない以上絶対に間違えられない。
「……ライアーからとある奴隷の話を聞いた直後、予知をしました」
予知。その言葉だけで全員が息を飲んだのが目を瞑っていてもわかる。
マリーとロッテもうっかり食器に大きめの音を立ててしまった。直後に「失礼致しました」と謝罪が入ったけれど、今この場にそんなことを咎める余裕のある人達はいない。
ライアーから聞いた奴隷、……レナードの情報。
ライアーが語っていた奴隷は間違いなく彼だ。それだけは断言できる。
既にこの世界がシリーズごとにIFではなく繋がっていることも、そして第三作目の登場人物の存在はパウエルによって立証されている。何より、第三作目をがっつりやっている私は彼らの設定だけは忘れない。特徴も過去も綺麗に揃っているのに、これで他人の偶然だった方がおかしい。
予知、という言葉にジルベール宰相の声が抑えられた。向かい合う私へテーブルを半分超えるくらい前のめりになり「どうような……?」と言葉を選んで尋ねてくれる。
つい最近第二作目……プラデストについて複数予知をしたばかりだから驚いて当然だ。一難去って……とその言葉も浮かんでいるかもしれない。
真剣な眼差しで予知の内容も私のことも心配してくれているだろうジルベール宰相やステイル達にも、ご迷惑をとそんな考えが過って自分が嫌になりかける。
駄目だ、誰に迷惑かけてもちゃんと頼って、助けられるものは助けたいともう決めたのだから。三作目もまだの内から挫けては始まらない。
両手首をぎゅっと交互に掴み押さえ、二秒だけ息を止める。頼る、頼ると五回は自分の中で繰り返してからゆっくりと口を開く。
「その奴隷について、何者かが「会いたい」と語っていた場面です。ただ、問題はその〝何者か〟の取り巻く状況の方でした」
「先ほど仰っていた〝ケルメシアナサーカス〟というのが関係するのでしょうか」
私の言葉を補足し尋ねるステイルに、私は頷く。
ライアーから聞いて思い出した〝あの〟ゲームに深く関わる存在だ。
ケルメシアナ……、とその言葉にすぐジルベール宰相が頭脳を回してくれる。口元に指を沿え、視線が自然と私から逸れていく。
ステイルもジルベール宰相なら一言で引っ掛かってくれていると信頼しているのだろう。ジルベール宰相へ視線を向ければ「どこかの地名だった筈だ」と自分の知識でわかる部分も投げかけた。
沈黙を続け、思ったよりも少し時間を掛けて脳内検索をしてくれたジルベール宰相に、ここは従者に地図を持ってくるようにお願いしようかとも考える。ただ、ジルベール宰相の表情は思い出せないというよりも……なにか、別のことを考えているようだった。
ケルメシアナサーカス。
それ自体は、ライアーが話していた奴隷である第三作目のレナード本人と直接は関係ないものだ。なら、何故ここで関係してくるのか。
第三作目の登場人物は、その後の作品シリーズの攻略対象者に一人は関わっているからだ。