そして悟る。
「レ~イちゃん。大丈夫か?」
ジャンヌ達が見えなくなって大分経ってから、急にライアーが俺の肩を回した腕で引き寄せて来た。
気付けば立ち呆けていた俺様も俺様だが、こいつもいつまで隣で立っていやがったと今気付く。ジャンヌ達が来るのを待っていた時は呑気に部屋で寝てやがった分際で。
大丈夫も何も、別段ジャンヌから大したことも言われていない。ただ奴らと去っただけだ。…………そしてまたどうせ会いにくる。
今度こそ俺様が探しに行かずとも、必ず向こうから。
「ほら、家の中入るぜ。グレシルちゃんの服も買いに行きてぇしよ、取り合えず前借で金貸してくれご主人サマ」
「ふざけるな。テメェで貢ぐなら稼いでから貢げ」
ぐいっと引き込まれ、後方に踵からつんのめり転びそうになる。そのまま後ろ歩きするように行けば、ライアーから「はいはい可愛い可愛い」と全く返事じゃねぇ言葉を返された。
首を無理矢理回して振り向けば、遠い目で笑うライアーに続いて、扉の隙間から顔を出す野ネズミが視界に入った。本当に、あの女が紹介するのにろくな奴はいねぇ。
生意気な駄犬二匹に、椅子を蹴りやがったのクソガキ、ライアーを捕まえた騎士共に、騎士団副団長の身内。そしてこの露出狂の痴女だ。
サーカスの名前に食いついていたジャンヌに、お前の方がよっぽどサーカスを作れると今思う。
「んなこと言うなよ兄弟?グレシルちゃんも着替えがねぇと働きにくいし何よりまた真っ裸で働いたらどうしちまうよ?初心な俺様じゃドキドキして部屋から出てこれねぇぜ」
さっき堂々と隣に立って眺めていた男が大嘘吐くな。
下級層女の汚ねぇ裸に興味もねぇが、それよりも目を汚された感覚が未だに残る。ジャンヌの紹介じゃなけりゃあ、あの時点で追い出していた。
だがどちらにしろ確かにこの露出狂がまた服を放棄したら面倒だとは考え直す。
身体ごと家の方に振り返り、後ろ歩きではなく普通に玄関へと入れば一瞬だけ野ネズミと目が合った。びくりと肩を上下させ、それから家主の俺様よりも先に家の奥へと引っ込んでいく。
その途端「そら逃げちまった」とまるで俺様の所為のようにライアーが囁いてきた。ライアーにはさておき俺様はあの野ネズミと直接殆ど関わっていない。
「ちゃあんとグレシルちゃんの面倒見てやんねぇとジャンヌちゃんに愛想尽かされちまうぜ?」
「お前こそ安易に野ネズミに手を出したらジャンヌがどう出るか覚悟しておけ」
目の前に餌をぶら下げられてどこまで大人しくしていられるかと思いながら、ライアーへ釘を刺す。
あくまで俺様が面倒見るのは仕事だけだ。それ以外の生活なんざ興味もない。取り敢えずジャンヌから言われたことは飲んでやるが、だからといってライアーみたいに猫可愛がりする気もない。変態同士仲良くしろとしか思わない。
俺の言葉にライアーは「ばーか俺様は超紳士なんだよ」と言うが、あれだけニヤけて舞い上がっておいてどうせ時間の問題だ。
無理矢理には手は出さねぇだろうが、上手くしてやられる図は想像できる。ライアーを変に使い捨てか利用しやがったらそれこそジャンヌの紹介だろうが焼く。
取り敢えずこれでライアーの駄犬の家へちょっかい出す数と、家の面倒ごとが減ればそれで良い。
『彼らは特待生を維持しないといけないのだからあまり迷惑をかけないで』
「ていうか野ネズミって呼び方やめろよ?奴隷呼びもいけねぇが、あんなイイ女なんだからレイちゃんも折角だしいっそ男二人と女で甘酸っぱい空気でも俺様全然アリアリの」
「ハダカ鼠」
「……はいはい。それ何の本で読んだわけ?」
鼠にハダカも何もねぇだろと言いながら溜息を吐くライアーが、家に入ってから扉を閉める。
使用人の分際で、家主より先に家に入った上再び菓子をむさぼっている野ネズミは、こっちに気付いている上で全く見ない。一度特殊能力で最初に脅した方が良いか。
もともと、使用人なんか雇う気はなかった。
ただ、ライアーが駄犬共の家に入り浸る数も時間も増えたことも面倒で、その上こっちの家に家事で介入してくる双子の姉も面倒だった。その度に駄犬二匹でギャンギャン文句を言いに吠えに来る。
飯の味は悪くないから夕食を食いに行ってやるのは良いが、それ以外で無駄に干渉し合いたくもない。
なのに、ジャンヌからあんなことを言われればどうにかするしかない。
ライアーがどれだけ「わかった」と言おうと、俺様がジャンヌの命令なんざで奴らへの態度なんか変えてやりたくない。それなら態度を変える必要がないほど会う数も面倒事自体を増やさねぇ方が楽だった。幸いにも、安い使用人くらいなら養う程度の金はカレン家から賄われている。…………それに。
『ディオスとクロイ、それにヘレネさんが私とアムレットの話を聞いて協力に名乗り出てくれたの。とても助かったわ」
『俺様にも紹介しろ』
「頼むぜ~レイちゃん。俺様もがんばって理性抑えるが、〝オトモダチ〟のジャンヌちゃんから任されたんだからこれ以上傷モノにしねぇでくれよ」
「うるせぇ、馬鹿が。それくらい言われねぇでもわかってる」
甘ったれた声をかけてくるライアーへ眉間に皺を寄せ、テーブルの脚を蹴る。
俺様を差し置いて、あの駄犬共がその言葉を向けられたのが聞き捨てならなかった。
腹の底にモヤリと雲がかった気分の悪さは、未だに覚えている。胃が張るような感覚に、あの不快感も間違いなくジャンヌの所為だと確信がある。
この俺様を振っておいて、あんな駄犬二人と仲良く相談ごとまでしやがって。
気付けばついでのような口で、俺様にも役立たせろと要求が滑った。…………今思えばあの時から、どうせ俺様は。
『ありがとう』
あの言葉が欲しかっただけだった。
「一度は惚れた女の頼みだ。鼠一匹の面倒くらいみてやる」
「うわ、やっと認めたわこの子」
野ネズミに聞こえないように抑えた独り言に、ライアーが馬鹿でかい声で相槌を打つ。
ハハッ、と直後には楽し気に笑ってわしわしと俺様の頭を撫でてきた。お前だから認めてやるんだと、その言葉は喉で出かかり飲み込んだ。
先ずは服だと、野ネズミに声を掛けライアーと共に三人で家を出る。
今はもう、自分の足で歩き進むことにも躊躇わない。
Ⅱ424
本日二話更新分、次の更新は明後日になります。