そして騒然とする。
「おいお前。この男は幼女好きのど変態だから精々気を付けろ。俺様は責任はもたねぇ」
「……別にそれは珍しくもないけど」
ライアーがすかさず「いやだからその誤解広げんじゃねぇよ兄弟」とレイへ前のめるけれど、なんとも私も今はレイの言葉の信憑性がじわじわ高まってくる。
さっきのグレシルの暴挙もあって、素直な感情がうっかり表情にも出てしまっていたらしく私の視線に気付いたライアーが次の瞬間「いやマジでちげぇから!!」と両手を振って否定してきた。いやでも既にグレシルを見る目が……。まぁグレシルは未成人とはいえ幼女というほどの年ではないけれども。
なんだか頭まで痛くなって、頭を抱えてテーブルに両肘を突いてしまう。グレシルもグレシルでそこはちょっとは困って欲しい。
アーサーも口をあんぐり開けてなんとも言えない顔で固まっているし、ステイルの目はいっそ第一作目のステイルの目に近くなってきた。一言でいえば塵を見る目というところだろうか。いっそ私が居た堪れない。一つのテーブルで北と南くらい温度差が酷い。
いっそ風邪でも引きそうな私達の反応にライアーも段々と苦しそうに喉を反らし出した。「ま、まぁ!?とにかく仲良くやっていこうじゃねぇか!」と無駄に大きな声という力技を使う。
「で!グレシルちゃんとにかくな?ここの御主人サマは俺様じゃなくてこっちの半分仮面の俺様レイ様。コイツの命令聞けば良いから、このライアー様には何ッにも気にせず頼って甘えてくれて良いからな⁈」
「お前に手を出すとしたらこの男の方だ。俺様には二度と不快なモンをみせつけてくるな。今度やったらその肌もろとも醜く焼いてやる」
「おまっ、こらレイちゃん!ありがた~い女の肌にンな言い方ねぇだろ。ピッチピチの肌なんか無料で見れるもんじゃねぇぞ?」
「だまれド変態野郎」
レイの肩に腕を回しながらおちゃらけた口調で説明するライアーに、グレシルも頭が傾いた。
こんな説明じゃしっくりこないのも無理はない。ライアーの発言の所為で余計に混乱しているのかもしれない。もう真面目に説明する気があるんだかないんだか。
さっき説明をしてくれたステイルも私と同じように頭が痛そうに眉間を指で摘まんで押さえている。
仕方なく、一度口の中を飲み込んでから顔を上げ、私はグレシルへと向き直った。
「つまり、貴方はここで普通の雑務係として雇われるだけです。訳あって彼らも静かに暮らすことを望んでいます。犯罪や色事とは別の世界で働く為に、私から提供できる精一杯の機会です」
「え、でもこの人は」
「彼は。…………ハァ。確かに、彼は少々冗談が多いですが……」
躊躇いなくライアーを指差すグレシルに、私も眉間が痛くなるほど力を込めながら発言を上塗り、……もう諦める。
やっぱりグレシルの中ではライアーがそういうお客さんか御主人に見えて仕方ないらしい。きっとさっきからのライアーの甘やかし発言も全部自分に悪い意味で色目を使っている男達と同一視している。
さっきから誰がフォローを入れても、完全にグレシルから誤解を招くようなことしか言わないライアーも悪い。レイが「嘘つき」と揶揄していたのをつくづく思い知った。
ここはちょっと事実とずれてもレイと同じように強制的に主観で話を進ませて貰おう。少なくとも身体目的でグレシルに言い寄る悪い大人と同じと思われるよりはマシだと思うことにする。
一度言葉を切った私に、ライアーの方向からゴクリと喉が鳴る音が聞こえた気がするけれどもう無視をし、言葉を選ぶのもやめる。
「あれはただの貴方への個人的な〝好意〟です。貴方がレイの元で雇われるにしても彼からの〝好意〟についてはお好きに対応して頂いて結構ですが、そこに強要はありません。貴方の意思で断るも答えるも自由です。貴方になにをして欲しいからという理由での言動ではなく、あくまで貴方に〝好意〟を持っているからの言動でしかありません。ただ、一応断っておきますが彼の〝好意〟を利用したり陥れるようなことだけはしないように。いくら自分に〝好意〟を抱いている相手だからといっても何をしても良いというわけでは」
「ッやめてジャンヌちゃん俺様なんかすっっっげぇ恥ずかしいんだけど!?!?!!」
ライアーの悲鳴のような待ったが響く。
もう常識からして私達のものと異なるグレシルへ人間一年生のような扱いで説明すれば、ライアーから「好意連発するのやめようぜ!!?」と椅子から立ち上がる音まで聞こえてくる。
バタバタと床を踏み鳴らして駆け寄ってくるライアーが視界の端に入るけれど、今は聞こえないふりをして断行する。もう彼に真面目な会話を求めるとはぐらかされて掻き乱されるのは今日よくわかった。
駆け寄ってくる彼に合わせ、アラン隊長を席を立つ。「まぁまぁ」と言いながら私に背中を向けて壁になってくれれば、ライアーも騎士様の制止に足を止めた。
視界に入るライアーの顔色が赤い気がするけれど、今はグレシルの方へ集中する。
グレシルも今は真面目に私と目を合わせて話を聞いている。少し眉が寄ったままだけれど、さっきほどわからない顔でもない。
目つきの悪い紫の眼光に睨まれている所為か、少し緊張するように両肩に力が入っている。申し訳ないけれど、私はライアーとは違う。
「言いましたよね?〝特別の可能性〟〝最初で最後〟と。……私達からできることはここまでです。もう二度と貴方に何があっても、私達が助けることや間に立つことはありません」
思い出させるように繰り返せば、ぴくりとまたグレシルの肩が揺れた。
彼女がもし何か兆しがあって、レイやライアーから相談があれば紹介した以上責任を取るつもりはある。けれど、敢えて「ここまで」と完全に断ち切るように言えば、そこでやっと彼女も今の状況に向き合ってくれたようだった。目を伏し、下唇を浅く噛み、苦しそうに表情を曇らせた。
さっきの暴挙はあまりにもだったけれど、本当に彼女にとっての価値観は一般人と異なり過ぎる。
自分が〝売られた〟と思い込んだことにはあっさりと受け入れたのに、自分の意思で選べる状況になればすぐには決められない。諦めに立つ前の状況に引き戻せた結果でもある。
当然、彼女がこの誘いを断っても良い。それで自分の力で普通の道を選んで生きていけるのなら。
けれど、さっきの行動から見ても難しいと思える。そして何か別の罪を犯して今度こそ極刑が待っていても、……その時は彼女の責任だ。もう私には彼女の顛末を見届けることしかできない。
「……こいつらが、貴方の言う〝特別〟とでも言いたいの?」
「限定ではありません。どこの誰になるかは貴方次第です。少なくとも先ほどのような浅はかな身体の関係で貴方が叶ってきたとは思いません」
息の詰まらせる音か聞こえた。
けれど目の前のグレシルは、バツが悪そうに身体の幅を狭めるだけだ。少しきつ過ぎる言い方だったかもしれない。けれど今までそういう行動が日常だった彼女が、誰の特別にもなれずにいられなかったのが証拠だ。
人の付き合いや関係のきっかけ全てを否定しようとは思わないけれど、少なくとも今までの彼女はそれで満たされてきたようには見えない。
誰の元へも帰ろうとせず、ただ地面に泣き伏し当り続けるだけの彼女では。
「私は機会を提供するだけです。仕事について正しく理解して頂ければ、あとを決めるのは貴方です。幸いにもレイとライアーは雇ってくれるつもりですが、貴方が断るのは自由です」
私だってもう何度も撤回した方が良いんじゃないかと思った。
彼女に辛辣な扱いをしそうな人もいれば、逆に彼女に利用されてしまうのではないかと心配になる人もいる。お向かいには、〝ゲームのラスボス〟だった彼女が標的にした善人であるファーナム姉弟も住んでいる。彼女がこのまま今までと同じ生き方を選ぶつもりならむしろ断って欲しいし去って欲しい。それも、間違いない私の本心だ。
できることならそうでない道を選んで欲しいと。……希望が捨てきれないのも、間違いなく。
「……私、貴方達のことも信用してるわけじゃないんだけど」
「特別になる為の代償は、そう安くはありません」
彼女が将来誰かの特別になれるかもわからない。
ただ、そうなれるきっかけが欲しいならまずは今の生き方を変えないといけない。裏稼業や下級層といった世界の問題じゃない、彼女自身の生き方と選択だ。
ケメトにしてきたみたいに囲んで陥れて、ただ求めて叶わなければ切り捨てるやり方じゃきっと誰とも繋がれない。今まで稼いできた時みたいに誰かの人生を犠牲にしても、崩壊が待っている。
だから今はただ、彼女がそういう手段を使わなくても生きていくことができる環境が欲しかった。
もし私と同じような可能性が宿らせられているのなら、それを人を傷付けて破滅すること以外に生かして欲しい。
ぎゅっと唇を噛んだ彼女はすぐには言葉を返さない。
あんなに夢中にもなった菓子の乗った皿にも手を動かさず、私の目を瞬きもしないまま見返すだけだ。
水を浴びてから大分マシになった顔色がまた少し白に近付いていく。今までの常識だった人生を一転して否定されることが簡単に受け入れられることじゃないことは、私も今はよくわかっている。
だけど彼女は選ぶしかない。このままか変わるかのどちらかを、今。
まるで呼吸を思い出したように、不意に彼女が肩ごとつかって息をした。
空気の擦れる音が耳に届くほどいつの間にか部屋が沈黙で満ちていた中、そこで彼女の目を伏せられる。眉間に力が入り、まるで叱られた後の子どものように不機嫌そうに歪めた顔で一度口を開いて閉じ、「わかったわ」とまた開く。
「ただの、雑用ね?どうせ行く当てもないし。……背中さえ見られず済むならやるわ」
どこか投げやりに聞こえる言葉は、決意と呼ぶにはほど遠かった。
それでも間違いなく自分の意思で決めた彼女は、私と再び目を合わせることはなく顔を顰めたまま、自分を抱き締めるように細い腕を組んだ。背中を丸め、どこか陰りのある眼差しをみせた彼女が最後に呟いた言葉は、考えに考えた結果の答えなのだろう。
ぎゅっと指先に力を込め、それからゆっくりと手を降ろせば小皿のパウンドケーキに手を伸ばした。
誰とも目を合わせず、水と菓子を往復する彼女はもう首を傾げることも衣服を乱そうとする気配もない。全員の視線が刺さっていることをものともせず小皿の上の菓子を早々に食べきった彼女は、自分の指先をぺろりぺろりと舐めた。
それからテーブル中央の大皿に手を伸ばす。席から少し腰をあげないと届かないそれが、不意にグレシルの方へと移動した。
突然大皿が寄せられたことに少しびっくりしたように大きく瞬きしたグレシルが顔を上げればライアーだ。まるで反射のように、アラン隊長に立ちふさがれた位置のまま大皿をグレシルに近い位置へと動かした。
きょとんと目が合うグレシルは、すぐには逸らさない。さっきまで殆ど歯牙にもかけてなかったライアーを改めて確認する。
「……おじさん、私のこと好きなんだ?」
「いや俺様おじさんって年じゃねぇから‼︎まぁ、まぁまぁまあ??ジャンヌちゃんの仰る通りで良いんじゃねぇ??グレシルちゃん俺様の好みど真ん中なのは違いねぇし!同じ屋根の下とか超最高!!」
最初に見た時の声のガラつきが嘘のように落ち着いた低温を声にするグレシルに、ライアーは短髪を無意味にかき上げる仕草をした。そのままちょっと適当に聞こえる口調で笑う。
だんだんと早口になるまま次には「勿論俺様安易に手を出す気はねぇが」「女を無理矢理ってのも流儀に反するからよ」といつもの話し方に戻っていく。
それを「ふぅん」と半ばどうでも良さそうに聞くグレシルは、大皿の菓子をまた一個ずつ自分の皿へとよそった。最後にクッキーを一枚二枚三枚と遠慮なく皿に盛り、四枚目を直接口へ運んだ。
「ま、五十歳くらいまでなら全然いけるけどね」
「マジで!?!!!」
ゴフッッ!?!と私の方が思わず噎せこんでしまう中、見事にライアーが前のめりに叫んだ。
なんか早速またものすごいことを言った彼女は、何事もなかったようにポリポリと小皿のキープ分とは別に大皿から直接クッキーを食べていく。
それに対し、レイの顔は見事にドン引きに攣っていた。「変態が増えたか」と呟いたのが舌打ちまじりに聞こえてきたけれど、私も私でそれどころではない。
ライアー一人「っしゃァア!!」と腕まるごと使ってガッツポーズをする中、こちらは肺が痙攣を起こして忙しい。ステイルとアーサーもこれには不意打ちだったのか、胸をドンドン叩いて咳き込むのを自力で止めている。いや私も色々人のこと言えない部分はあるけれど、グレシル前世の記憶なしで十五歳くらいよね⁇
「よォし!!そうと決まったらグレシルちゃんッ夕食前に服買いに行こうぜ!ついでに夕食食いに邪魔する時ヘレネちゃんとネルちゃんにも紹介してやるからよ。なんなら女三人連れて買い物とか俺様超役得……」
「女??私女嫌いなんだけど」
「五十まで残りたった五年で変態女を落とせるか見ものだな」
二十五年もあるっつーの‼︎と、怒鳴るライアーに今のは嘘か冗談か本気だろうかと、呼吸の落ち着き出した胸でぼんやり思う。結局この人何歳なのだろう。
「じゃあヘレネちゃんから食い物貰ってきてやろうか?」
「甘やかすんじゃねぇ、ネズミの好き嫌いなんざ知るか」
一気に上機嫌に戻ったライアーが投げかけながら元の席に座り直す。レイもすかさず会話を往来させた。
クッキーを変わらず大皿からカリカリ食べ続けるグレシルは傷側の頰杖を突いて今はつんとしたままだ。どんな服が良い?と尋ねるライアーにも「背中が見えなければなんでも」と言うけれど、本人へ顔はまた向けなくなる。
というか、背中が見えなければまだあの露出でも良いと思っている節にまた心配になる。
「まぁ気持ちはわかるけどよ。女にとって傷っつーのは深刻だもんなぁ?けどまぁイイ女はイイ女だから気にすんな。傷なんざあってもなくても価値なんて変わらねぇ」
すらすらと言いながら、グレシルに横顔を向けられることも構わずライアーは絶好調だ。
下手に手は出さないと言ってくれていたし、グレシルも恐らく今は理解してくれた筈だと思えば、さっきよりはまだ心安らかに見守れる。
相変わらず言ってることは良いことに聞こえるライアーだけれど、なんとも明るく口説き口調で言っているように聞こえるからかいまいち薄っぺらく感じてしまう。グレシルも同じなのか、あまり響いていないように見える。それよりも変わらぬクッキー直取りの手が止まっていない。もう彼女の夕食はこれで終わらせるつもりだろうか。
聞いてるかどうかもわからないグレシルへ、にやけ笑顔のまま一方的に話しかけるライアーは全くめげない。
「なぁに、グレシルちゃんの背中ぐらい可愛いもんだぜ。鞭の方は時間さえ経てば服越しじゃ目立たなくなるしよ、証の方は〜まぁ、死刑にならなかっただけど良かったじゃねぇの。顔の傷も俺様気に入ってるぜ」
むしろ死刑になるところだったのだけれど。
心の中でそう呟きながら、本当にグレシルの背中にも全く動じないところは流石ライアーだと思う。身近な子が仮面だし、彼本人ももと奴隷だったこともあるかもしれない。
「いやマジで大マジだぜ?なにせこちとら元裏稼業の奴隷落ちでよ。そりゃもうグレシルちゃんの傷なんか傷どこか飾りにしか見えねぇくらいヤッベェ野朗大勢見てきたから」
「ライアー、早速前科を大声でほざいてるんじゃねぇ」
微妙に慰めになってるかどうかもわからない。
なんだか気付けば本格的にグレシルを口説きにかかっているライアーに、そろそろ私達は帰ろうかと考える。
もともとは問題なければ引き渡して早々に帰るくらいのつもりだったしと、小皿に置いたカップケーキをひと口ふた口食べ進めながらステイルへ目配せする。
ステイルもすぐ理解してくれたらしく、こくりと頷いてから自分達に近い大皿へ手を伸ばした。流石にやはり一個くらい食べないと失礼と思ったのか、いや単にファーナムお姉様の手製だからも大きいかもしれない。
ステイル達側の大皿にはまだお菓子がこんもり余っている。パウンドケーキを一切れ取ると半分ちぎってアーサーの口へと放り投げた。
ばくりと大口で受け取めるアーサーも、帰る意図を読んでくれたらしく私に視線で返してくれる。
「背中に刺青がびっしりあった上に切り傷が百はあった野朗だろ?あとは左足がねぇ元兵士に肩から脇腹まで抉れた野朗に女なら全身に槍の刺し傷や胸に」
なんか食事が進まない話題に耳が痛い。記憶喪失とはいえ買取主が決まって奴隷になるまでの、裏稼業に捕まってた間の記憶はあるこの人の過去は軽口に削ぐわず最重量級だ。まさかそれを女性を口説くのに使うとは思わない。
けどここまで話しても、一番目立つ傷を持つレイの顔半分のことはまだ言おうとしないのは彼らしい。レイもまだ仮面の下については何も言わないし様子見の部分もあるのだろう。
私よりも早く数口でカップケーキを食べ切ったアラン隊長が「ジャンヌも他の食べるか?」と声を掛けてくれる。
それに私も思わず大皿を見直した。私達側の菓子皿はほぼグレシルが占領してるけど、それも納得できるくらい美味しかった。
そう思っていると、ステイルが自分側に近いお菓子の大皿を静かにこちらへ移動させてくれた。ステイルからアーサーがバトンのように受け取り私の前に置いてくれる。
必然的にライアーとレイ側のお菓子が皆無になったけれど、二人からは不満の声はなかった。……明らかにそれどころじゃない。
ライアーの口説きが止まらない。レイも喧しそうにライアーへ顔を顰めてる。また引き留められても困るし、あと五分くらいで用事があるのでと失礼する旨を先に伝えようか。
「爪どころか指が二本七本ねぇなんて普通普通。奴隷制の国じゃ人間の傷なんか下の連中も上の連中も見慣れちまうぜ。焼印だって上半身にびっしりやべぇくらい刻まれた野朗も」
「待って下さい」
話す口が止まらないライアーへ上塗りながら言葉を放つ。
突然の制止の声に怒る様子もなく言葉を止めてくれたライアーがこちらに振り向く。グレシルもお菓子を摘みながらちらりと目だけを向けてくる。
髪を耳にかけるレイも右半分の眉を顔の中心へ寄せる中、私は問う。
「その焼印はどのような模様でしたか……?」
「模様⁇」
きょとんと顔を伸ばすライアーに、上手く息ができない。
さっきまでただ聞いていただけの話に、急に心臓の音が鈍く響いた。気付けば菓子へ伸ばそうとした手が拳を作って震えていた。
ジャンヌ?とアラン隊長達が探るように小さな声で投げ掛けてくれる中、目まぐるしく回る頭は言い訳も考えられない。
焼印、それを上半身全てになんて普通じゃない。入れ墨や傷跡ならまだしも、焼印はたとえ奴隷でも転売の中で何個か増えることはあろうとも主人一人につき一つ一箇所が基本だ。それを上半身全てになんてそんな人は、そんな〝キャラ〟はキミヒカでただ一人……‼︎
─ レナード
「確か蔦みてぇな模様がいくつも……、……ジャンヌちゃん、まさか知り合いか?」
言いながら顔が強張り出すライアーに、卒倒しそうになるのを必死に保つ。今ここで顔色に出すわけにはいかないと、王族の表情筋で堪えながら確信する。
もっと詳しく聞きたいと、ボロを出しそうな舌を口の中で痛いくらい噛んで押さえる。レナード、レナード、レナード‼︎と心の中で叫びながら顔は維持する。
無反応に見えるだろう私に、ライアーは二色の短髪を無意味にかき上げながら気まずそうに「言い辛いんだが」と私へ重ねた。
「そいつならもういねぇぜ?何せ六年前に市場集団逃走を大成功させた主犯だ」
レナードの過去設定をさらりと言いのけるライアーに、椅子に座ってなければきっと膝から崩れていた。