そして撃沈させる。
「あの野犬共は知っていたそうだな?何故俺様には話さなかった??」
「……伝えそびれたことは謝ります。本当に急なことで、色々と事情もあり全員に伝える時間が足りなかったもので」
相変わらず変なところで大人げないというか相変わらず俺様気質なレイに呆れつつ、今は我慢する。
どんな形式であろうと不安が残ろうと、現時点でグレシルを雇ってくれた雇用者だ。私自身挨拶しそびれたのは事実な以上、ここは素直に謝罪するしかない。
言葉を選びつつゆっくり話す私に、レイは「言ってみろ」と言い訳まで要求する。
ライアーがさっき先に食べてていいよと言っていた気がするけれど、料理の場所を教えてくれるどころか食事の話題すら出す気がない様子の彼にもう諦める。
グレシルの水浴びの時間もあるし、その間だけでも一から順に説明しよう。一度深呼吸で話す準備を整える私に、ステイルが片手を上げてくれた。自分が代わりに説明しますと意思表示をしてくれる彼に感謝しつつ、ここは首を横に振って断る。
多分、ここでステイルが説明を名乗り出てもレイのことだから失言と共に「俺様はジャンヌに聞いている」と言う姿がもう予知といって良いほど想像できた。
「先ず、私達の故郷は……」と、心苦しくなりながらも初期設定から順番に彼へと説明する。
こういう時、今まで周囲に話してきたフィクションのジャンヌ・バーナーズ家設定を完璧に覚えている自分の悪知恵優秀な頭に感謝する。
故郷が山で、そして今まではエリック副隊長の家でお世話になっていたけれど、家の事情でお爺様に帰れと言われてしまったので帰らないといけなくなった。帰る準備もあったから早めに学校は退学し、近日山へ帰る予定だと。
レイに駄目出しする隙を与えないように完璧に説明しつつ、最後には今日の約束もあるからきちんとお爺様には許可を得て待って貰いましたとも主張する。ちゃんとレイとの約束は最初から優先したし、だからこそお別れが言えなくても機会があるから他の友達に挨拶するのを優先させて貰ったという完璧な理論武装の元に締め括れば、……見事にレイは唇を結んだまま無言だった。
頬杖を突いた体勢もふんぞり返った体勢も全く崩さずに、ただ右半分の顔の眉が吊り上がり眼差しが明らかにご不満を露わにしたままだった。言い返せないけれどそれでも納得はしてやらないと、全身から滲み出ている。
私も長々と言い切って、一度呼吸を吐き出しながら背凭れに身体を初めて預けた。
「いかがですか」とレイに反論の余地も与えつつ、投げかけてもすぐの返答はなかった。十秒、いやに二十秒近くの時間をかけて、表情筋に力を込めたままのレイがゆっくりと唇を動かす。
「………………偉そうにしやがって。あんな野ネズミしか紹介できなかった分際で」
今それ言う?!?!
まさかの、まさかのここにきていきなり今の話題に全く関係なかったグレシルを持ち出してきた。しかも苦情!!
苦々しげに口にするレイは私から顔を背け、機嫌を傾けたことを露わにする。いや、今日一日一度も彼が機嫌が良かった時なんて皆無だけれども。
「事前に話した筈です」と、私もつい強い口調で言い返してしまう。その途端、ギロリと瑠璃色の眼光に睨まれる。
さっきまでの怒りを滲ませた眼差しと違い、どこか揺れているような眼差しに一瞬息が詰まる。こんなところでそんな泣きそうな目をされるとこっちが罪悪感を覚えてしまう。なんだかんだレイも十五歳の男の子なのだから。
セドリックとは別の意味で子どもっぽいと思った彼だけれど、現実まだ未成人の子どもだ。
そう思い返すと、さっきまで理論武装で言いくるめた自分の大人げなさの方が恥ずかしくなってきて肩を狭めてしまう。
改めて、今度は言い方にも注意してからグレシルについて言えるだけの詳細を説明する。彼女は元裏稼業にも繋がっていて、罪を犯して投獄されて狙われていた。今はもうその恐れはないと思うけれども、もし自分とライアーの平穏の為にも彼女を雇うのが不安に思うのならばと。
丁寧に一つ一つ彼が不安材料に思うかもしれない内容を重ねつつ、顔色を慎重に窺う。けれど、グレシルの説明をしている間はずっと頬杖を突いたまま顔も目線もそっぽに向けたままだった。
やはり、彼女を雇うのは改めて聞くと不安が残るのか、それともさっきまでの私の態度で雇うのを撤回しようとまで機嫌が傾いたかと考える。
彼女は今はもうこれ以上罪を犯せば後がない状態で、友達である初等部の男の子からその事情を聞いて……とケメトの名前は伏せつつ彼女に何かしてあげたいと思った旨まで話しきれば、そこでやっとレイも言葉を返してくれた。
「……まぁ良い。ライアーも気に入ったようだしな。余計なことをしない限りは面倒をみてやる」
「ありがとうございます。助かります。……因みに、〝紹介する時の約束〟は覚えてますよね?」
相変わらず顔ごとそっぽを向きながら言うレイに、私も感謝を示してからもう一度確認する。
ぴくり、とレイの眉が動いた。ちゃんと覚えてくれてるのかなと思ったけれど、直後に「約束……?」と瞳だけをこっちに照準を合わせられた。
どうやらあんまり覚えていないらしい彼に、私はもう一度当時の言葉を繰り返す。
レイにグレシル……使用人候補を紹介しろ連れて来いと言われた時、だからこそ彼とライアー二人に事前に突き付けた条件を。
ちゃんと〝皆〟で仲良くして下さい、と。
『貴方達お互いだけでなくお向かいさんを含めた共同生活を行う全員とです』
当時いじわるされていたディオスとクロイを守る為の言葉でもあったけれど、それだけじゃない。今後私が紹介して同じ屋根の下で共同生活をするグレシルも含んだ〝全員〟だ。
そしてそれは当然、さっきみたいにグレシルを「奴隷」扱いしてはいけないことも含まれる。あくまで侍女としても共同生活なのだから、ちゃんと彼女の尊厳も守って仲良くしないといけない。それがもともと彼女を紹介する為の第一条件だ。
彼もそしてライアーも同意した以上、ちゃんと守ってくれないと困る。
「だから彼女を子ネズミや奴隷と呼ぶのもやめてください」と重ねて告げる私に、レイは真っすぐ睨むように目を向けたままだった。
これは私も絶対譲れないと、こっちからも吊り上がった両目で彼を睨み返しつつ目を合わす。
「もしグレシルに、彼女に問題があった時は山の向こうからでも何処からでも責任もって私達も対処します。こちらにいるアランさんも相談に乗ってくれるようにお願いしています。ですから貴方もそしてライアーも彼女への扱いには最低限以上の節度をお願いします」
「……。……それはつまり、俺様が奴について呼びつければ必ず応じて駆けつけるということだな……?」
いつ、いかなる時も。と、急にレイの声が凄むように強められた。
あまりに急激な反応の強さに、思わず肩が片方だけ上がってしまう。待ってまさかグレシルの名前使って私まで召使いみたいな扱いしようとは思ってないわよね⁈
ステイルも同じ気配を感じたのが、眼鏡の黒縁を押さえながら眼差しが強められる。紹介した以上確かにグレシルが何かしたら対応するつもりはあるし、今言った言葉も建て前じゃなくて本心だ。
でも召喚獣のようにお手軽に呼ばれてもそれはそれで困る。ジャンヌは遠い山にいる設定なのも含めて!!
なのに足を組み直すレイはそこで「連絡方法を言え」とまさかの苦情出すこと前提で話を進め出す。
若干口元が笑っているのが余計嫌な予感がする。今回の連絡不行き届きついでにこじつけでも呼ぶつもりだったらどうしよう。
それでも一回言った責任を撤回するわけにもいかず、消え入りそうな声で「ディオス達に手紙を預けて貰えれば……」と伝える。ディオス、と言った途端一気に右半分の眉を吊り上げたレイに、ディオス達が住所を知っているから纏めて送って欲しいと改めてお願いする。ごめんなさい二人とも!!あとで誠心誠意お詫びします!!
けれど、一番レイにとっても接点が多い御近所さんだし、まさかここでレイと殆ど接点のないギルクリスト家の住所を言うわけにもいかない。
明らかな不満顔のレイが「面倒だそのまま住所を教えろ」と言ってくるけれど、架空住所を言えるわけもない。ファーナム兄弟にしか教えないのもやはりレイとしては疎外感があって不満なのかもしれない。けど、勝手に二人が城で働いているとまで言えるわけもない。ネルに……でも結果は一緒だろう。
どうしよう……と言葉に詰まってしまったその時。
「あー、じゃあ俺のとこに来いよ。手紙程度なら城前の衛兵に預ければ引き取って貰えるから」
アラン隊長!!!!
さっきまで様子をうかがっていたアラン隊長からの助け舟に思わず首が痛む勢いで振り返る。
顔の横に軽く手をあげたアラン隊長は、笑いながら「まぁ直接相談してくれてもなんとかするけど」と目の前で請け負ってくれる。ものすごく頼もしい!!!
思わず気付けば指を組みながらアラン隊長を見上げてしまう。確かにアラン隊長なら親戚である私達に届けても全く不自然じゃない。途端にステイルも「それは名案ですね」とにこやかな声で応戦してくれる。
「僕らの家は山奥で、手紙委託を頼んでもたどり着けるか不安な地なのでできるだけ纏めての郵便委託にして欲しいと思います。親戚のアランさんなら間違いなく届けてくれますし」
ちゃっかりファーナム兄弟に任せて下さい住所は言えませんの理由付けまで丁寧にいれてくれた!流石ステイル!!若干レイへ「お前の所為で郵便配達さんに迷惑かけるな」と圧が懸かっている気はしないでもないけれども!!
本当にしみじみ心強い味方ばかりで良かったと感謝しつつ、私も「その通りです」と全力で二人の助け舟に乗らせてもらう。
レイもこれには異論はないのか「田舎者が」と言いながらも、一応は承諾してくれた。
アーサーもほっと息を吐く音が背後から聞こえ、一先ずはこれで安心だろうかと私も胸を撫で降ろす。
「取り合えず、なのでグレシルについても何かあればちゃんと聞きますから、貴方もきちんと彼女の意思も尊重して……」
「あ~~、ジャンヌちゃん?ちょっと良いか??」
改めて話を締め括ろうとしたところで、別方向から突然投げかけられる。
去った時の意気揚々から一転して探るようなライアーの声に、私だけでなくステイル達やレイも顔を一斉に向けた。そこにはグレシルのだろう服を小脇に抱え、頭を掻き気まずそうに眉を垂らしたライアーと
真っ裸のグレシルが。
「ッッッッッなにしてるのですか!!!?!?!!!」
きゃああああああああああああああああああああああああああああ?!?????!
思わず、考えるよりも先に大声を上げてしまう。衝撃のまま椅子から立ち上がり、叫んだまま顎が外れて絶句する。
鏡を見なくても瞼がなくなるほど目を見開いているだろう私に、ライアーも「違う!俺様はちげぇから!!」と急に慌てたように両手の平を見せて顔色を変えだした。もっと早く顔色を変えないといけない要因が真横にいるでしょうに!!!!
ライアーの隣に堂々と並んで歩くグレシルは、本当にほぼ裸だった。
さっきの泥まみれはちゃんと洗い流せたらしく綺麗な白い肌を露わにしていた彼女は、青みがかった緑色の髪も湿ってはいるもののさっきみたいに乱れず今は肩の横に纏まって流されている。
恐らくライアーかレイの私物だろう上着をマントのように肩に羽織った彼女は、それ以外何も身に着けていなかった。しかもその上着すら腕も通さず前も閉じていない。本当に見えちゃいけないものがオープン過ぎて女の私でも直視しがたい。
更衣室や女風呂だったら私だって平然とするけれど、いくら前世の記憶があろうとこんな九割男性陣の空間で真っ裸の女性へ流石に冷静でいられるわけがない。一体流し場でなにを吹き込んだのかとライアーを睨んでしまうけれど、この上なく現行犯にしか見えない彼は彼で「ちげぇって!!!」と喉を張り両手を交互に腕ごと振りながら無罪を主張する。
「いや俺様もちゃんと隠せる分の着替えはこの通り用意したぜ⁈けどグレシルちゃんが……」
「どうせ〝すぐ脱ぐ〟のに必要ないでしょ。それとも脱がすのが好きなの?」
……はい?????!
ライアーの言葉を上塗るように告げるグレシルのはっきりとした声に目が点になる。なに言ってるのこの子⁈
背面しか隠れないような恰好で、男性陣を前に真っ裸で全く恥らう様子もなく堂々と構えるグレシルに言葉が出ない。
一番色んな意味で困る且つ目に毒だろうと思う男性陣へそこで初めて私が目を向ければ、ステイルは既に顔ごとグレシルから背けていた。顔が青い。グレシルの行動になかなかのドン引きらしい。顔を背けた先で目を限界まで見開いていた。
更に背後を振り返ればアーサーは身体ごと真後ろを向いている。両肩がギギギッと異常に上がっている状態に、ちょっと覗き込めばやはりこちらも見事なドン引き顔だった。ステイル以上に顔が真っ青に強張っている。顔の全ての部位が「ありえねぇ」と言っているのがみてわかる。
唯一直視、というか比較平然としているのはアラン隊長とレイだろうか。アラン隊長も「うわ」と言わんばかりに顔がなかなか引き攣っている上、レイに至ってはなかなかの眉間に皺を刻んだ不快顔。
セクシーなグレシルのお色気姿に、男性陣の反応はドキドキというよりも完全に露出狂変出者を見る顔だった。ほぼ全員ドン引きの中、彼女本人だけが平然とした顔で言葉を続ける。
「この人が最初の相手だと思ったんだけど違うの?誰の相手すれば良いの?」
「やっぱこれ、ジャンヌちゃんが気を利かせて〝そういう〟の頼んでくれたわけじゃねぇよな??」
「当たり前です!!!!!!!!!!!」
本当何言ってるのこの人達!!!!!!
意味がわからない。グレシルの真っ裸に平然としているライアーもライアーだけれども、一番おかしいのがグレシルなのはよくわかった‼︎
もう次の瞬間には事情を聞くよりも先に「前を隠して下さい!!!!」と人生で女性に言うとは思わなかった発言を大声でしてしまう。なんでこんなに男性陣がいるのに平気なの!?!!
悲鳴に近い声で怒鳴る私に、そこでやっとライアーが「やっぱなぁ」と言いながら持っていた服をグレシルに手渡した。いやもう本当に毛布に包むでいいから隠して!!!
「いやおかしいと思ったのよ俺様も。こんなイイ子紹介してくれたとはいえジャンヌちゃんがそういうこと頼むか~?ってよ。あぶねぇあぶねぇ」
当たり前です!!!!と、また怒鳴ってしまう。もう衝撃で同じ言葉しか出てこない。
自分でもとんでもない濡れ衣を着せられて怒りのあまり顔が真っ赤になるのを自覚する。繰り返し私に怒鳴られたからかライアーも「だよな?!だよな!!大丈夫わかってるわかってた!!」と目に見えて汗をかきながら弁明するけれど、もう息が上がってしまう。
グレシル一人が未だに腑に落ちないといった顔で私にまで眉を寄せてくる。何がわかんないのか私がわからない。この家に来る前にちゃんと仕事内容ざっくりだけどステイルが説明してくれてたわよね?!しかもその後にはレイの口からもちゃんと話してる!
なのにどうして真っ裸の必要性を感じたのか意味不明過ぎる。
「グレシルちゃんもよ~俺様は大歓迎だがあんま肌は見せびらかしちゃよくねぇぜ?俺様みたいな紳士やレイちゃんみたいなガキじゃなけりゃあ大概ぺろりと食われちまうぜ??」
「好きにすれば?その為に売られたんでしょ」
もうわかってるわよ。と言うグレシルに、とにかく「服を着なさい!!」という言葉しか言えない。なんでこの人達普通に会話してるの?!目が見えてない?!!
もう私の頭がおかしいんじゃないかと思うけれど、周囲の男性陣が完全に現実の証拠だ。もうこの場に常識を持った紳士しかいなくて良かった。……ッいやレイはただただ不快そうなだけだけれども!!
しかも売られたって、どうしてここまできてそういう思考になるのか。どこから説明すれば良いのかと頭が痛くなる。堪らずこれ以上直視が辛くなり頭を抱えると、さっきまで顔を顰めていたレイから「……ジャンヌ」と苛立ち混じりの声を掛けられた。
「それで、この痴女の意思を俺様達にどう尊重しろと……?」
「ごめんなさい!!!」
もう、言い訳どころか馬鹿みたいな謝罪しか出てこない。
抱えた頭のまま顔を伏せ、「グレシル前を隠して!!!」「ライアーも服を彼女に早く!!」と怒鳴ることしかできない。もうここは女性代表である私が強制的に駆け寄って服を着せるべきかとも考えるけれど、あんな堂々と裸になる子に近付くのも辛いしもう同じ女性として恥ずかしい!!
女性の裸なんてお色気のイメージがあるけれど実際は結局裸体という暴力だとつくづく思う。膝上を見せることすら恥ずかしい私からすればもう未知の領域過ぎて形容することすら難しい。というか前世でだってこんな真っ裸で男性の前に現れたら露出狂で逮捕だ。唯一幸いなことはこの場の誰も彼女の裸に鼻の下を伸ばすような取り乱し方をしなかったことだろうか。そんなことになっていたらもう混沌過ぎる。
さっきまでレイに偉そうなこと言っていたのに、こんな事態になってなんだかいっそ恥ずかしくて居た堪れなくて泣きたくなる。顔も頭も熱くなって目をぎゅっと瞑る中、そこで私の前に影が立つ。グレシル達との壁になるように立ったそれに驚いて顔を上げると、今この場で最も心強すぎる背中がそこにあった。
「ッ良いからさっさと服着て来ぉぉおい‼︎‼︎」
バッサーンッ!と。
助かったと思った直後、アラン隊長の怒鳴り声が鳴り響いて私まで顔が強張った。同時に布がはためくような音が聞こえたと思ってちょこっと覗けばアラン隊長がグレシルに向けてさっき返却されたご自分の上着を投げつけていた。
手加減されて攻撃力はなかったようで、大きくグレシルの首が顔ごと反るだけで済んだ。そのまま自分で投げられた上着を掴み下ろす余裕はある。
でもこれ怒ってるばっちり叱ってくれてるアラン隊長!!
後頭部しか見えなくても目が笑ってないのが瞼に浮かぶ。
首をアラン隊長の背中に引っ込めれば、私だけでなくライアーとグレシルの慌てる声も聞こえて来た。
さっきまで私が何度言っても前を隠そうとすらしなかった二人が、現職騎士様に公然わいせつ罪と婦女暴行罪の容疑を掲げられれば流石に焦るらしい。我が国に「公然わいせつ罪」という名前の罪状はないけれど、その気もない人に敢えて裸で迫れば当然捕縛理由になる。騎士相手なら侮辱罪が抵触しても文句はいえない。
「っすみません?!」とグレシルの裏返った声と、ライアーの「ですよね?!」の声が被さった。直後には「着ます!!」「こっち!こっちこい!!」とドッタンバッタンとした音と共に気配が遠のいていった。多分着替えの為にどこかの部屋に移動したのだろう。
レイが舌打ちを鳴らした後に「馬鹿が」と吐き捨てたのもはっきり聞こえた。今はアラン隊長の逮捕発言より、やらかし放置のライアーにちゃんと怒ってくれていることに安心する。それくらいの常識は流石にレイにもあった。
アラン隊長がまさかのここまで勢い良く怒るのはちょっとびっくりしたけれど、さっきから直視とはいえ顔が引き攣ってたものねと思う。
アーサーは思いっきり背中を向けていたけれど、……いや寧ろアーサーが顔を背けてたからこそ私の護衛としてその分ちゃんと警戒して目を逸らさないでくれていたのだろう。背中を向けてる間に護衛対象に何かあったら問題ではあるもの。……だからといってアーサーの反応も紳士として騎士として正しいのだけれども。
第一作目も含めて攻略対象者三人をドン引きさせるなんて恐るべしグレシル。
七歳から王族として育てられたステイルも、紳士淑女が当然の世界で流石にあそこまで恥らいがない露出は直視し辛い。
そして庶民とはいえ騎士のアーサーも女性の裸……というよりも騎士の任務で被害者女性とか衣服乱れた人とかの対応は慣れていても流石にあんな堂々とした相手は平静ではいられないのだろうなと思う。
アラン隊長も多分さっきまでの反応から鑑みて、見たくもないのに直視し続けて、騎士である自分の前でトンデモ行動する二人にいい加減怒ったというところだろうか。三人にとっては十五歳の裸にそれ以上どう反応しようもない。そして……
「で、ジャンヌ。俺様に言うことはあるか?」
「……ええと……彼女の意思でもそういう〝仕事〟はどうかさせないで欲しいです……。それと」
本当にごめんなさい。
そう続けながら、顔を床に今はレイへ私が顔を向けられない。たらたらと汗が顔に湿りながら、とんでもないものを長らく直視してしまったと後から頭も胃も重くなる。
アラン隊長の鶴の一声により、再び束の間の平穏を取り戻した空間でアーサーとステイルからもどちらからともなく長い溜息を吐く音が聞こえた。
顔を両手で覆ったまま、私も脱力してソファーに背中から沈む。
もぉ~~と牛のような声しか出ない中、アラン隊長が「大丈夫か?ジャンヌ」とあくまでジャンヌとして優しい声で心配してくれる。
ありがとうございます……とお礼の言葉は絞り出せたけれど、その後のステイルとアーサーから「すみません何もできず」「俺も背中向けちまって……!」と気遣ってくれる声には、そんなことないわと首を振るので精一杯だった。
本当に、なんか目の毒というか疲れた。言葉が上手く出ない。せっかく上手くいきかけたグレシル就職に全く予想外の方向での問題が浮上したことと、今後のこの上ない不安がぐるぐる回る。
服を来たグレシル達が戻ってくるまでひたすら顔を覆い視界を潰し続けた。
先ずグレシルの誤解と思い込みをどう解こうかと、それを最優先に考えながら。
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活動報告更新致しました。