Ⅱ571.不浄少女は連れてかれ、
「ッッ超絶好み!ど真ん中‼︎最高じゃねぇかジャンヌちゃん流石だよくやったァァ!!!!」
さっきまでレイの家にも怯えていたグレシルもこれには引くんじゃないかと思ったけれど、意外と彼女も彼女で今は落ち着いた表情だった。
困惑を示すように眉が寄って背後のライアーに目を向けたけれど、視線は再び冷ややかなものだ。触れられていることよりも、自分に馴れ馴れしいライアーを訝しんでいるように見える。何となく、レオンが当初ヴァルに向けられていた目にも似たものを感じた。
取り敢えず、どうやらライアーにはグレシルはお好みだったらしいということは理解する。
確かにグレシルは美人だし、顔の傷はさておいても整った顔立ちだもの。今の露出が高い格好もライアーにはストライクということか。明らかにファーナムお姉様やネル先生へとも食いつき度が違う。……そうだとすると、今までファーナムお姉様やネル先生は本当に恋愛対象というほどではなかったのかもしれない。グレシルとは正反対の印象だもの。
グレシルも堂々と佇んでくれているは良いものの、寧ろさっきまで怯えていたのに今は平然としてみえるのが逆に心配になる。もしかしてただ硬直しているだけなんじゃないかとも思えてくる。
けれどとうとう腕まで組み出すところを見ると、やはり大丈夫なのだろうか。背後のライアーを見る目が若干余計冷たくなってくるのを見ながら、これは就職拒否かしらと喉が渇いてくる。
そしてそんなグレシルの眼差しを受けても全く気にしないご様子のライアーは、目をぎらつかせ満面の笑顔を彼女とそしてレイへと向ける。
「よし採用!!採用だよなレイちゃん!!?いやよりにもよってこんだけイイ女とは思わなかったぜ俺様。やっぱジャンヌちゃんの紹介なら美人の知り合いは美人だよなぁ⁈」
鼻の下が伸びているライアーに、若干犯罪臭がして一歩下がってしまう。
無償髭を蓄えているせいか実年齢よりも老けて見えるのだろうライアーと、十五歳のグレシルを見るとこう……おじ様が、二十は離れた女の子に手を出そうとしている感凄まじい。しかもグレシルはぎりぎり未成人だ。いや確かライアーの実年齢はもっと若かったらしいけれども。
我が国でも十程度の年の差婚は珍しくなくても、二十はなかなかない。貴族の年の差結婚を目にしてきた私の目にすら、申し訳ないけれど実年齢はさておき見たまんまだと犯罪臭がしてしまう。じわじわとレイが時々言っていた「幼女好きのど変態」という悪口が今はリアルに聞こえてしまう。
まるまる一歩分後ずさってしまう私が目を泳がせれば、ライアーを見るステイルの目もなかなか冷たい。アーサーに至ればドン引き顔だ。アラン隊長すら半笑い顔のまま、言葉も出ない様子だった。
うん、皆も私と心は一緒らしくてこっそり安心する。
普通にレイに対してみたいに距離感が近いだけなら姪っ子可愛がっているおじちゃんに見えなくもないけれど、完全にデレデレとした顔は今すぐグレシルを「やっぱり就職お断りいたします!」と言って私が連れ去りたくなる域だった。
ゲームではグレシルは一度会ったことのあるだけの情報で、レイを騙す為の交渉材料にしかライアーの存在を使っていなかったし、実際にそれ以上の接点はなかったけれど……まさかライアーの方がグレシルが好みだったとは。
大はしゃぎするライアーに言葉を失う私に、ライアーはもう確保したと言わんばかりにグレシルに顔がにやけきっている。もうトーマスさんの欠片もない。
「なぁ良いよなあレイちゃん!!俺様こんな可愛い子ちゃんなら大歓迎だぜ?!いや~~一晩かけて部屋片づけてやった甲斐あった!」
「……仕事内容は朝食と洗濯と掃除。あとはその男の目付けだ。屋根裏部屋は好きに使え」
「……。良いわ」
よっしゃあッ!!と、ライアーがレイの言葉に大きく腕ごと使ってガッツポーズをした。……流れるように採用が決まってしまった。
採用条件に淡泊な声で青みがかった緑の髪をかき上げ合意を示すグレシルにもびっくりするけれど、レイもレイだ。
おねだりするライアーに、さっきまで無言で二人を眺め続けていただけなのにすんなりと採用に判を押してしまう。本当にこの子はライアーが気に入ったならそれで良いらしい。出店の金魚じゃないんだからもっとちゃんと考えて欲しい‼︎
もうペットを飼うとしても駄目の代名詞みたいな人間採用の決め方に本気で胃が重くなる。
これは本格的に紹介する代わりの条件を改めてレイに確認しなきゃと考える。本当にこのままじゃグレシルの身が心配過ぎる。前科者とはいえ、今はもう罪を償った女の子に代わりがない。
ぽかんと紹介者である私達の方が置いて行かれる。
詳細を私が語る前に「水汲みは俺様がやってやるからな~!」とグレシルの背後から肩に手を置いたライアーが話を進めていく。今だけは紳士なトーマスさん戻ってきて。
遠退きそうな意識の中で、ライアーの実年齢はいくつだっただろうと考える。
当時レイのくれたライアーの資料にも〝見かけ年齢〟しか書かれてなかったし、ジルベール宰相がくれた裁判記録にも〝推定年齢〟しか書かれていなかった。前世みたいなきちんとした戸籍もないし、ついでに奴隷被害者として裁判にかけられた彼はもともと話を聞ける状態じゃなかったから仕方ないけれども。しかもその後は記憶喪失だ。
「取り合えずまぁ飯の前に水浴びしちまおうぜ。ジャンヌちゃん達も食ってくだろ??」
ちょっと待っててくれ、とガンガン進んでいくライアーに「え」の声も圧し潰された。さらりとお食事頂く流れになっている?!
グレシルの採用も決まったしこのまま失礼します。とも言いたかったけれども、それ以上にまだ彼女のことが心配で去る気になれない。
視線をステイルに投げれば、ステイルもやはり同意見らしい。眼鏡の黒縁を押さえながら私を目を合わせてくれる彼からも、頷きが返された。
これからグレシルを流し場に連れていくのだろうライアーに、もうその後ろ姿だけでも引き留めたくなる。いや大丈夫よね⁇
何かあったら声を上げてね、と失礼ながらグレシルに言いたくなる。彼女の肩を押す形でぐいぐいとそのまま家の奥へと進ませるライアーは、一度だけ足を止めて彼女に羽織らされたアラン隊長の上着を回収した。手慣れた様子でソファーに転がってる毛布を代わりに羽織らせ、アラン隊長に上着を返す。
アラン隊長が眉を上げながら「どうも」と受け取ると、そこからはまた意気揚々と家の奥へグレシルを連れていく。
「あの、私も一緒に……」
「!ジャンヌが行くなら俺達も一緒に行きます」
あまりの不安に流し場へ私もグレシルの同性として付いていこうかしらと、遠退いていくライアーとグレシルへ名乗り出る私にステイルも声を上げてくれる。更に続いてアーサーも「俺も」と続いてくれた。
流石に彼女の水浴びにご一緒とは言わずとも、ライアーが同行するまでの水浴び場所の敷居手前までは御一緒しても問題ないだろう。……まぁ、正直に言えばライアーがそのままグレシルの水浴びまで覗きしないか心配と思ってしまったところはある。誤解だったらごめんなさい。
けれど私達の進言に、ライアーは「あー良いから良いから」と払うように手を前後に動かしながらこちらに首だけ振り返った。
「流石に俺様もわかってるわかってる!ジャンヌちゃんの紹介なんだから、水場連れてくだけだっつの」
「……ど変態が。そんな傷だらけ女のどこが良いんだか」
「ばーか。女の価値は傷の数じゃねぇんだよ」
溜息混じりに呟くレイに、ライアーもヘラッとご機嫌顔で振り返った。最後には「レ、イ、ちゃん」と自分の左頬を指で突いて見せた途端、レイから舌打ちが鳴らされた。
なんだろう、今はちゃんとライアーは良い台詞言った筈なのにそれでも心配しか残らない。けれど、考えをうっかり読まれてしまった以上、これ以上食い下がるのも失礼な気がする。
むぐぐと下唇を少し噛みながら黙して遠退くライアーとグレシルを見届けることにしたその時。
ぴたっ、と。
途中で急にグレシルの肩を押すライアーの足が止まった。本当に急停止ボタンでも押したようにピタリと固まるライアーに、どうかしたのかと思う。
まさかグレシルの背中の傷か罪人の証に今やっと気付いたのかなと、胸を押さえながら様子を待てば私の視線にレイも気付いたようにライアーへ視線を投げた。「どうしたライアー」と、眉を吊り上げながら投げかけるレイに、ライアーの「グレシルちゃん……」と低い声が怖々と漏らされる。
「……一応聞いとくが、男?女?」
「?女に決まってるでしょ」
何故か深刻に聞こえた声色をした問いへのグレシルの言葉に、次の瞬間「最ッッッッ高!!!」というライアーの噛み締めるような雄叫びが家中に響き渡った。……むしろ今までなんだと思っていたのだろう。
謎の今更過ぎる質問への返答に何故か感激と言わんばかりに背後からグレシルをがばっと抱き締めだした。あまりのライアーに、ここでアラン隊長に逮捕されてもおかしくないと過る。いや、まだぎりぎりセーフだけれども‼︎
そのまま「だよなーそうだよなー?」「いやー最高最高ジャンヌちゃんの紹介大当たり」「やっと俺様にも運が」と一人納得したように背中でもわかるウキウキ感満載でグレシルを今度こそ連れて行った。
一体今の質問はなんだったのだろうと考えてしまう。流石に今の質問はレイにも謎だったのか、さっきまで落ち着いていたレイが珍しく頬杖から今は片手で頭を抱えて俯いていた。
そのままとうとう姿が見えなくなったグレシルとライアーに一抹の不安が残りながらも、一先ず息を吐いた。
大丈夫、大丈夫、騎士であるアラン隊長もいるのに早速女性に手を出そうとするわけがない。それこそ即刻逮捕だ。
「……で?」
一人胸を落ち着ける私に、唐突にレイの低めた声が投げられる。
見れば、さっきまで足を組んでいたレイがそのまま目の前のテーブルにとうとう足を乗せ出していた。行儀が悪いからやめなさいとも思うけれども、ここは彼の家だからなんとも言えない。
それでも、遅れてのグレシルの詳細について聞く気になったらしいレイに私も向き直る。相変わらず座りっぱなしのレイを前に、とうとうステイルが「ジャンヌ、こちらに」と近くの二人掛けソファーへ私を促してくれた。
ひと様の家に許可なく座るのはと思うけれど、歩み寄ってもレイから苦情はないためそのままゆっくりと様子をみつつ座らせて貰った。ステイルも隣に座り、アーサーとアラン隊長がいつもの近衛の位置と同じようにソファーの背後に控えてくれる。
背凭れから背を浮かし、姿勢を正したままレイへ向き直る。先ずはグレシルの詳しい素性か、私との関係か。それとも背中に気付いたならば彼女の前科といったところか
「何故、俺様に黙って学校をやめた?」
……あれ。
予想外の問い掛けに、また背中が丸くなりかける。ここに訪れた時も最初に尋ねられた言葉だ。
確かにその問いについては「どちらにせよ今日言うでしょう」としか答えていない。確かに言葉不足だったかもしれない。けれど、何故そんなに拘るのだろう。
せめて辞めた理由を聞くならまだわかるけれども、何故レイの許可を求められるのかもわからない。
確かに当時、唯一挨拶しそこなってしまったことは私が一方的に心残りではあったレイだけれども、彼からすればそこまで問題でもないでしょうに。
もともとライアーの件を終えてからはそこまで接点がなかった。ライアーと出会えた時点でもう殆ど私の必要価値は彼の中では無に等しいと言っても過言じゃない。実際、偶然会うことしかなかったくらいだもの。
それともやはり俺様レイとしては、一回関わった以上知り合いである私にも自分の把握しきれない勝手な行動を取られるのは深いだったということか。……それとも単に、ファーナム姉弟は知っていたのに自分だけ話題に乗れなかったことが蚊帳の外感を感じたのか。
なんだかんだお気に入りのディオス達との話題で疎外感を覚えてしまったら、そりゃあ私に苦情を言いたくもなるかもしれない。……とんでもなく八つ当たり甚だしいけれども。
まさかここまできても掘り返されるとは思ってもみなかった。
唇を結んだまま止まってしまう私に、レイはソファーの上で更に胸を突き出しチリついた翡翠色の髪を耳に掛ける。腕を組みふんぞり返りながら私を見下す姿勢で言葉を続けた。
「あの野犬共は知っていたそうだな?何故俺様には話さなかった??」
「……伝えそびれたことは謝ります。本当に急なことで、色々と事情もあり全員に伝える時間が足りなかったもので」
やっぱり仲間外れにされたことを怒ってた!!!