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そして思い知る。


「……プライド。まだ挙動不審なのですか」


そう、ステイルに困ったように尋ねられたのは香水を受け取って半月も経たないうちのことだった。

休息時間に部屋へ訪れてくれたステイルからのご指摘に、私もむむむと唇を結んで肩に力が入ってしまう。今日はアーサーが休息日の分、近衛騎士でついてくれているカラム隊長とエリック副隊長も午後に交代してからはそれぞれ苦笑気味だ。もう今朝からずっと私が挙動不審なのだからしょうがない。朝食の時にはティアラにもくすくす笑われてしまった。


今もステイルが来ただけなのにノックが鳴らされた途端思い切り座っていた椅子をガッタン倒して立ち上がってしまったから、ステイルにも聞こえたのだろう。ジャックが扉を開いてくれた時点でもうステイルは困り顔だった。無表情だったあの日が懐かしいくらいがっつりと。

ごめんなさい……と素直に認めれば、今度は溜息まで漏らされてしまう。


「俺としては、なかなか心臓に悪いので挙動不審な態度は控えてほしいのですが」

騎士団長……!!!

ステイルの言葉に、ここにはいないそして責任もない騎士団長の顔を思い浮かべてとうとう頭を押さえてしまう。今日、ジルベール宰相に貰って初めて香水を身につけてみたらこの結果だ。

あまりにも想像通りの残念な結果に自分でも顔を覆いたくなる。副団長の香水を使った時はここまで残念にはならなかったのに!!!


いや、良い香り……良い香りなこと山のごとしなのだけれども!!なんかもう、正直良い香りだと思うこと自体もすごく騎士団長に申し訳ない気分になる。気分はストーカーだし背徳感すごい。アーサーがいない日を選んで本当に良かった!!

ご子息であるアーサーに会ったら気まずさで目を合わせられなかった気がする!!今日一日で何回頭を抱えたかもう振り返るのも恥ずかしい。


しかも、騎士団長のイメージ香水という印象マジックの所為もあって、香る度に何度も何度も無意識に振り返ってしまうし背筋が伸びる。

なんだろう、背後で今も騎士団長が厳しく目を光らせている気がする。監視の目と言ったら悪いけれど、本当に落ち着かない!!

お陰でノック音どころかちょっとした物音にも過敏になってしまうし、思いっきり振り返ったり声をひっくり返る。何もない場所に向かって振り返った時なんて、目が合ったエリック副隊長がすごく笑うのを我慢してくれてるのがわかって、見事に肩が震えていたもの!

専属侍女のマリーやロッテに呼びかけられた時すらビクッとなっちゃうし、ティアラにも「はい?!」と言っちゃうし、カラム隊長に質問しようとして思い切り「騎士団長」と呼んじゃうし、なんかもう恥ずかしいのオンパレードだった。前世の授業参観でもこんな惨状にはならなかった。


ステイルからすれば、つい半月前に第二作目のことを思い出して心配を掛けたばかりなのにまた挙動不審なんて心配をかけてしまうのも当然だ。……まさか香水一つでこんな取り乱してしまうなんて恥ずかしい。

今後、父上と母上、ヴェスト叔父様の香水まで手に入るのが今から恐ろしくもある。今思うとジルベール宰相、私の頭が上がらない方々をピンポイントで選んだのかしら。

少なくとも騎士団長の香水は身が引き締まる想いを優に超えている。母上の香水なんて手に入ったら、今度はティアラ……いや、マリーのことを「母上」と呼ぶ日も近いかもしれない。


「……まぁ、奴の香水に翻弄される気持ちは痛いほどよくわかります。先週もハリソン副隊長が怖かったとアーサーが怯えていましたし」

やんわりと笑いをいれてくれるステイルの言葉に、私も少し肩の力が抜けてフフッと声を漏らしてしまう。

今日もそうだけど、せっかくだしハリソン副隊長の近衛の日に副団長の香水を使ってみた。ご自分の香水よりも騎士団長と副団長の方が気になるご様子だったし、私越しで申し訳ないけれどつけたすぐの香りだけでなくて時間の経過の香りも伝えたかったこともある。


副団長の香水をつけてみた時のハリソン副隊長は、最初は気付いていない様子だったけれど、いつもより明らかに集中力……というより張り詰め方がすごかった。

常にピンと糸を張った上に立っているような緊張感に、私の方が耐えられなくなって「実は」と香水をつけていることを話したら僅かに目を開いて反応してくれた。


仕事モードと言えば正しいのだけれど、絶対あれは仕事の種類が違う。首を刎ねられる直前のような寒さすらお茶会中に感じてしまった。

お陰で一緒に近衛中だったアーサーも香水ではなくハリソン副隊長からの覇気で姿勢が背伸びくらいに伸びていた。何度か自分の剣に手が触れていたから、多分アーサーもやや臨戦態勢だったのだと思う。以前にアラン隊長達が、ハリソン副隊長の隊長時代にアーサーは奇襲を受けていたと言っていたもの。


好評か不評かわかりづらかったハリソン副隊長だけど、ただ時間経過後の香水がジルベール宰相の話していた通りなお花屋さんな香りから、最後は甘さの中にピリッとくる香りが感じられたことを実況するとそこは「副団長だと思います」とコメントをくれた。

多分、あれは解釈一致だと思いたい。私にとっては頼れる大人で、爽やかでお花屋さんのお兄さんみたいな印象が強い副団長だけど、やっぱりハリソン副隊長には〝騎士〟としての副団長のイメージが強いのだろうなぁと思う。


「そういえば、今朝のハリソン副隊長は交代するまであのままでしたか?」

「!え、ええ。騎士団長の香水の方は、そこまで気になっていないままだったわ」

今朝一番に近衛についてくれたハリソン副隊長だけど、その時は副団長ほど緊張感いっぱいではなかったと思う。敢えて言うならば、至近距離になるとその度に背筋を正し直すことが多かったくらいだろうか。……でも、それはハリソン副隊長だけでなく近衛騎士全員だったような。

全員意識的にというよりも無意識にという印象だったし、正直私以外にも緊張している人がいるのは嬉しかった。やっぱり香水の香りだけでも、五感の一つではあるのだし緊張とか相手を思い出しちゃうこともあるわよねと思う。……そして。


「あの、きッカラム隊長、エリック副隊長。ものすごく今更なのですけれど……私とお揃いの香水って、正直ご迷惑でしたか……?」


今になって近衛騎士の方々のお気持ちがわかった気がした。

今まで近衛騎士の方々や構想のイメージ主の人達に香水をつけては意気揚々として、近衛騎士の方々にお揃い香水を提供まで提案してしまった。あの時は名案だと思ったし、イメージ香水をご本人がつけてくれたこともすごく嬉しかった。妹のティアラとお揃いは一日姉妹でるんるんになるくらい嬉しかったけれど、やっぱり主人というか雇用主というか第一王女でもある私とお揃いだったのは、私にとっての騎士団長イメージ香水くらい彼らにとっても緊張して落ち着かなかったのかしらと思う。

実際、彼らの香水をつけた日はやっぱり緊張した印象はところどころに見られたもの。第一王女に見張られている感覚なんて、みんな憧れ騎士団長と違って良い気分はしないだろう。しかも最近は特に私には酷い前科があったばかりだ。


私の問いかけに、カラム隊長とエリック副隊長から即答はなかった。

同時に互いに目だけを向け合わせ、顔に力が入るのがわかる。はい、と言いたいけれど言うのは申し訳ないと思ってくれている時の反応ではないだろうか。だとしたらそれから近衛騎士の方々は皆いやいや王女とお揃い香水をつけてくれていたということになる。

ごめんなさい、と最初に謝罪をしてからあまりにも遅すぎる対応を今する。


「もしそうでしたら、遠慮しないで大丈夫です。香水の代金も私から責任もって返金しますね。処分はお任せしますので、ジルベール宰相にも私からお詫びと」

「!い、いえ……!!」

「ッとんでもありません……!!」

返品処理の流れを伝えようとする私に、お二人が待ったをかける。

行き場がないように手を肩の位置に上げるカラム隊長も、両手を左右に小刻みに振ってくれるエリック副隊長も目がこぼれそうなほど大きく開いて私に合わせてくれた。額に汗まで湿らせた二人は、声を抑えたままそれでも全力で否定してくれているのは伝わった。

でも、もともと普段使いに対してお金をかけない品をそれなりの値段で買わせてしまったことは事実だ。お金を払うということを提案してくれたのは近衛騎士達だけど、もともと私が言い出したのが原因だもの。

それを説明しても、二人とも頑なに遠慮してくれたまま今回は譲らない。


「じっ、自分にはもったいないほど良い香水ですので……!ご迷惑でなければ是非このまま使用させて頂きたいと思っております……」

「エリックと同意見です。我々のことを気にされる必要はありません。香水はもとより嗜好品ですので、もとより我々もご配慮頂いただけで強制されたとは思っておりません」

お二人、優しすぎる。エリック副隊長なんて、私の勘違いでなければお揃い香水つけてくれるようになったのすごく最近からなのに。

よくよく考えればあれも、きっとずっと私にとっての騎士団長くらいの葛藤をされてようやくだったのだろうなぁと思ってしまう。……うん、私もエリック副隊長を見習おう。やっぱり克服して皆の香水を心おきなく楽しみたい。


ありがとうございます、と。私も心からの言葉でお礼をする。

アラン隊長達にも返金対応のことはお伝えするつもりだけど、お優しい二人の対応をみると同じことを返してくれるのかしらと思う。今も顔が赤くなるほど緊張しながらも迷惑じゃないと全力否定してくれるお二人を見ると、逆に焦らせてしまったなと反省する。こういう時に相手からのご厚意に気付けないのが本当に駄目だなと自分でも思う。


そう思っていると、不意に別方向から呼びかけられた。「プライド」と少しいつもより低い声のステイルに、また香水効果で肩がビクッと跳ねる。

なに?と笑いかけてみれば、黒縁を押さえた眼鏡がうっすらと曇っていた。


「……ッ俺も、ジルベールに件の香水を買い取ろうと思います。……ティアラにも、以前から打診されていたことですし……」

宜しいですか、と。無表情になってはいるけれど少し紅潮してちょっと表情筋がぴくぴくしてるステイルも、やっぱり優しい。

今までティアラに何度も「兄様もお揃いにしましょうよ!」と言われても「あの男から買い取るなど断る」と断固拒否だったのに。このタイミングで言ってくれるのも近衛騎士達だけでなく自分も付き合いますよという意思表示だろう。自分も香水は嫌じゃないよという私への気遣いかもしれない。

どちらにしても嬉しくて「もちろんよ」と笑顔で返せば、じわじわと耳が赤くなっていくのが見えた。手の甲で唇を押さえるとそこで顔を背けられてしまう。……もしかして、自分一人お揃い香水じゃないのが仲間はずれみたいで嫌だったのだろうか。

三人も顔が火照っている部屋に室温が高くなったと判断したのか、マリーとロッテが二人で窓をあけてくれた。

そういえばまだ夏だしそれでみんな暑かっただけかもしれない。

窓を開いた途端新鮮な空気が風と共に吹き込んできて、思わず振り返った。すっと入る空気は部屋よりずっと涼しくて、気持ち良



コンコンッ



「プライド様。騎士団長が件の学校潜入視察について急遽確認したいことがと今王居に……」

ヒィッ?!!!

……直後、客間で待たせてと命じた私はマリーとロッテの協力により大慌てで湯浴みの最短記録を狙うことになった。

香水は時と場所と状況と相手を考えて、といぐるぐると頭に回り続けた。


ほんのり温いお湯で洗い流す時、最後の香りがアーサーや副団長に似ていたように感じたのはそっと心にしまった。


Ⅰ600

改めまして、ラス為書籍8巻がとうとう来月4月2日に発売致します…!

鈴ノ助先生の素晴らしいイラストと共に是非お楽しみください。


次の更新は26日になる予定です。

ご了承お願い致します。


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受付は今月の18日まで。予約終了間近ですのでご注意ください。

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