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〈書籍八巻発売決定‼︎・感謝話&特殊話〉押し付け王女は香る。


「ジルベール宰相からのお祝いの品、ですか?」


そう、最初に呟いたのはカラムだった。

プライドの十八歳の誕生日二日前、アーサーと共に近衛騎士の交代の為に訪れたカラムは部屋に訪れてすぐプライドが披露した装飾箱を注視する。

待ちかねていたと言わんばかりに、ご機嫌で迎えられたことにきょとんとしたカラムと違い、アーサーは意識的に顔を引き締める。

とうとうこの時が来たかとこっそり思うアランの隣では、同じく近衛でプライドについていたエリックもまた口の中を飲み込んだ。


ちょうど一年前の今頃、プライドがジルベールからの祝いの品を受け取ったところに居合わせたのもエリックとアランだった。その日から今日という日が来ることも二人は知っていた。

十七歳の誕生日を前に、祝いの品を受け取ったプライドが来年の誕生日祝い希望をジルベールに話していたのだから。


そして今日の午前、ジルベールが直々にプライドへ手渡した装飾された箱は紛うことなく去年の彼女が希望したままの構想された品だった。

そうなの!と、まるでティアラのように声を弾ませるプライドは待ちきれずわくわくと扉の前で立ち止まったカラムとアーサーを手招いた。


「毎年ジルベール宰相が誕生日の前にこうして祝いの品を贈ってくれてるとお話したでしょう?それが毎年本当に素敵で、今回は是非皆さんと一緒に楽しみたくて」

もうすぐ十八になるにも関わらず少女のように燥ぐプライドは、そのまま「ねっ」とアランとエリックへと共感を求める。

ステイルはヴェストの補佐、ティアラはジルベールと打ち合わせに行ってしまった今、共感してくれる相手は専属侍女と近衛兵、そして彼らだ。


プライドからの少しあどけない笑顔に、アランとエリックも僅かに肩を揺らしてから頷いた。既に贈り物の一つは堪能したプライドと共に、二人も箱の中身までは一度確認している。

プライドの「毎年」という言葉にアーサーは、ここにステイルがいれば間違いなく「正確には姉君が十四の誕生日を迎えるようになってから〝やっと〟ですが」と皮肉を言っていただろうと、まるで見聞きしたかのように頭に浮かんだ。


急かすプライドに応じ、早足で歩み寄るアーサーとカラムはテーブルの前で止まる。

にこにこと満面の笑みのプライドはまるで二人への贈り物かのように彼らの方へ向けて箱を開いた。王女の手で慎重に開かれたそこには、それぞれ色の異なる小瓶が五つも収まっていた。

その瓶だけでも高級感漂う空気に、今度はカラムが口を開く。


「香水、ですね……?」

ふわりと、箱を開いた時点で鼻腔をくすぐった香りにカラムが尋ねれば、アーサーは無言でぎゅむっと口を結んだ。

二人からの反応に、プライドも満面の笑みと共に改めて説明をする。

ジルベールからの贈り物である香水。毎年調香師に依頼し容姿されるそれは、それぞれの人物を元に構想された香水だ。

プライドが時折、誰かしらを構想した香水を身につけていることは近衛騎士達も護衛の立場で何人かは知っている。香水の小瓶にはどれも名札もついていないが、色の並びが視界に引っかかる。ちらりと尋ねるようにアーサーとカラムが視線を向ければ、ニカニカと笑うアランの隣でエリックは肩を強ばらせ半分笑った顔を二人に返した。

そんな近衛騎士達の目だけのやり取りにも、大燥ぎのプライドはまだ気がつかない。


「それでこれが私を構想した香水で、それでこれがレオンで……」

そこは飛ばすのか、と。さらりと自分の香水を言葉だけで終わらせるプライドに、今度はカラムだけでなくアランとエリックも心の中で唱える。

午前に香水が届いた際、レオンの香水だけは一足先に確かめたプライドだが、自分の香水は確かめていない。その為、箱の中に残っていた残り香もレオンの香水だけだ。

プライド自身が自分の香水は知りきっている香りの為、披露も確認も必要と考えない。


今までも、プライドの香水自体に覚えがない近衛騎士達ではない。今までも彼女が自分を構想で調香されたという香水を香らせていたことは何度もあった。しかしこう改められるともう一度香りを確かめたいと思う。が、ここで「プライド様の香水も」と言うのは敷居が高い。

今、ここにティアラがいれば……!とアーサーは人頼みに強く思う。こういう時に必ず全員の気持ちを敏感に察する彼女なら難なく提案してくれただろうと思う。実際、近衛騎士が二人一組体勢になってから、プライドが自身の香水をつけていた時「!今日はお姉様の香水ですねっ!」と騎士達に説明してくれたのも彼女だ。

いつもならばすぐに希望を口に出すアランさえも、今はやや早口で香水を説明する彼女に横やりをいれられない。ほくほくと楽しみのあまり頬を僅かに紅潮させる彼女は、そこで続ける三つの小瓶を手で示した。



アラン、エリック、カラムを構想した香水だと。



「去年、ジルベール宰相にお願いしたの。是非近衛騎士の皆さんと一緒に楽しみたくてっ……!」

良いかしら?と尋ねる第一王女に、断るわけもない。むしろ、去年といえばまだ近衛騎士に自分達が就任して一年も経っていなかったにも関わらず貴重な枠を与えてくれていたのかとアランもエリックとカラムもそちらの方に驚いた。……そして同時に。


じっ……と、無言のまま半分笑った顔のまま意図せず近衛騎士二人の視線が一方向へと今度は真っ直ぐ集中する。更にはカラムもちらりと横目で隣を見る。

自分達の視線の意図に気付いたであろうアーサーが、顔を紅潮させていた。

構想の香水にレオンを希望しているにも関わらず、近衛騎士からアーサーを外している理由など一つしか考えられない。自分達よりも先に近衛騎士に就任し、さらにその前からもプライドやステイルと親しい彼はきっと自分達よりも前からとっくに香水を作って貰っていたのだろうとアーサーの顔色を見て理解する。

最初の並びを見た時は、蒼い色の小瓶こそがアーサーの香水だと思った三人だが、それがレオンであればもう確定だった。


今までアーサーの香水をプライドが使ってもステイルもティアラもアーサー本人の希望で敢えて指摘しなかった為、エリック達もそこまでは知らなかった。

しかし今はっきりと確定した以上、今まで一緒の近衛騎士の任務中にアーサーが落ち着きがなかった時が何度かあったことをカラムとエリックはそれぞれ思い返す。嗚呼あの時かと、今後はきっとアーサーの顔色だけでその香水だと判断できるだろうと思う。

唯一滅多にアーサーとは近衛騎士を組むことはないアランだけが覚えもなかったが、今は「すごいですね」とプライドに投げかけた。アーサーの香水も気になったが、今はやはり目の前で披露された自分達の香水が気になる。アーサーの香水ならば今後もまた直接聞く機会はいくらでもある。


「香水にはあまり縁がありませんけど、プライド様の香水もプライド様そのものみたいな香りでしたし、自分のもすごく気になります」

「……?けど、式典とかでは皆さん使われてませんか……?」

アランからの言葉に、プライドはぱちりと瞬きをする。

普段は確かに香水などたしなむことはない印象がある騎士達だが、しかし式典の時にはしっかりと周囲に馴染んでいる。

プライドからの問いに、アランも少し間を作る。「あー……」と濁しながら頬を指先で掻いた。確かに式典やパーティーに招待された時や護衛の対象によっては香水も身につける。

騎士として団服が正装ではあるが、日々鍛錬や任務に関わる彼らは全くの無臭なわけではない。王侯貴族が集う場で、自分達のせいで王族や護衛対象者に恥をかかすわけにはいかない。泥まみれや返り血のついた団服で出席できないのと同じ、あくまで身だしなみや礼儀としての香水だ。

来賓の数が多ければ周囲の香水の香りでかき消えることもあるが、悪い印象を持たれない為にも自分自身もまた努力の必要はある。

騎士の香水事情にまでは詳しくないプライドが首を小さく傾ける中、アーサーも一度は言おうとした口をすぐに閉じた。

アラン達が口を噤むのも理解した上で、カラムは少し抑えた声で代弁する。


「勿論、公式の場では身嗜みに気を遣います。しかし王侯貴族と異なり、騎士が使うことは〝式典などの来賓と関わる場〟が主ですので。あくまで芳香として、香水に拘らない騎士は多いです。そういった場に呼ばれるようになってから初めて購入を考える騎士も少なくはありません」

貴族出身であるカラムにとっては馴染んだ品だが、騎士は庶民出身者も多い。そして式典やパーティーなどに呼ばれるのは、本隊騎士の中でもそれなりの立場を得た者だ。他にも護衛対象者や任務環境によっては香水を必要とする時はあるが、しかし結果として必要とする回数は少ない。香水一瓶を購入してそれを一生使い切らない者もいる。


結果、香水といっても騎士全員が一人一瓶以上所持しているわけではない。

特にアランは香水にもともと興味がない代表格だ。式典や必要な度に使いはする。プライドの近衛任務につく時も、香らせるほどではない最低限だが匂い消しに使用することもある。午後の近衛なら特にだ。

が、自分が買ったものではなく友人や先輩から借りたり、今も使いかけを譲ってもらったで済ませている。

本隊入隊の叙任式でも香水を持っていなかった為、貴族出身のカラムに借りたほどの横着さだった。騎士隊長であり、今はプライドの近衛騎士でもあるのだからいい加減自分用の香水の一つくらい買えと言われたことも二度や三度ではない。


うっかり香水への興味の皆無さを口にしてしまったアランをフォローするカラムの説明を聞きながら、エリックも会話には続けれずとも無言でそれに頷く。自分もまた、二、三度アランに香水を貸したことがある。

貴族出身者の本隊騎士は日常的に使うことも多く香水を数種類は所持している者もいるが、庶民であるエリックは昔に購入した一瓶を未だに使い回し、そして使い切れていない。本隊入隊試験に受かるまでは実家に置きっぱなしだった。

初の晴れ舞台である叙任式を前に慌てて用意する者や、友人や先輩に借りるのは騎士団でも毎年よくみられる光景だ。騎士の中には、複数人同士で安物一瓶を分け合っている者もいる。


口を結ぶアーサーもまた、香水にもともと縁はない。

騎士に関する品であればきちんと考え手入れも欠かさないアーサーだが、それでも香水に対しては必要感はなかった。

どちらかというとアランと同じ考え方に近い分、さっきも一言加わりたかったアーサーだが、まさか未だに父親から貰った使いかけ香水で済ませているとは気恥ずかしさから言いにくかった。父親の香水も普通に好ましかった為、無くなるまではそのままで良いかと思って現在に至っている。

プライドや先輩騎士達のいる前でまさか自分だけ父親のお下がりなどと言いにくい。

自分の八番隊隊長であるハリソンは、叙任式から未だに副団長であるクラークから譲られたお下がりであることも知りはしない。

身嗜みとはいうものの、目に見えるものではなく、また大勢が集まる中ではいくら香りが被っても気にする者は少ない。よっぽど特徴的な香りか、至近距離まで近づかない限りは周囲の香りも混じって馴染むだけだ。


「つまり、近衛騎士の皆さんもあまり香水にこだわりはないということかしら?」

カラムの説明を聞きながら、やんわりと香水に大概の騎士は興味もないという意図もきちんとプライドも理解する。

言われてみれば確かにと納得しつつ、少なくとも自分の身の回りにいる近衛騎士達に悪臭を感じたことはないのになとこっそり思う。

しかし、さっきアラン達が少し言い淀んだことから考えてもあまりこれ以上掘り下げるではないと考える。自分だって、周囲がいくら全然と言おうとも自分の汗の匂いが気になることはよくある。アーサーやステイルだって初めて彼のイメージ香水を自分が贈られた時に、香りを気にしていたことがある。

あくまで騎士にとって身嗜みとして特別な時に使うという立ち位置。それだけをきちんと汲み取り、詳細を尋ねるのはやめた。


プライドからの確認に近衛騎士達も肯定で返す。

思い出したようにアランが「カラムはちゃんと決まったのあるよな」と付け足したが、カラムも身嗜みとして気に入った香水があるだけで、こだわりとまで呼べるかはわからない。実際騎士として過ごす間は使わないことの方が多い。

プライドの傍に立つ時はやはり気にするが、演習中は汗で流れることも多ければ、潜入や救出任務では逆に香水の匂いが敵に気付かれる場合もあるから意識的に控える。

何より、新兵の頃に香水をつけているのは逆に周囲に迷惑だと判断してから使わないことに慣れた。集団生活と密集の雑魚寝で匂いが気にならなかったと言えば嘘になるが、しかしその中では香水の匂いの方が浮いた。

他者を不快にさせない為の身嗜み用品で逆に周囲を煩わせては意味がない。自分以外にもそういった貴族出身者の騎士は珍しくない。


「…………」

「?プライド様、どうかなさりましたか……?」

考えるように急に押し黙ってしまったプライドに、アーサーが恐る恐る声をかける。

さっきまではわくわくと興奮状態だった彼女が急に黙したことに、何か悪いことを言ってしまっただろうかと近衛騎士達も口を閉じてしまう。せっかく香水披露を楽しみにしてくれていたのに自分達はあまり興味もないと取れる言葉を言ってしまったと、流石にアランも悪いことをしたかと考えた。

しかし、アーサーからの呼びかけにすぐ「あっいえ」と我に返ったプライドはまた心からの笑みで小瓶を手に取った。


「なおさらこの香水を皆さんに香って貰えるのが楽しみになったなと思って。ジルベール宰相が用意してくれる香水、いつも本当に素敵な香りだから。是非、率直な感想を聞かせてください」

はい、勿論です。と、今度の近衛騎士の声はさっきよりも少し前のめりに返された。プライドの気を悪くしたわけではないことに安堵しつつ、全力で香水を共に楽しもうと静かに心に決める。…彼女の言葉が「一緒に楽しみたい」から「率直な感想」へと希望が切り替わったことにカラムすら今回は気付かない。

その後満場一致で大好評で終えた全ての香水に、プライドが安堵と共に





「良かったわ。なら、皆さんも是非」





近衛騎士〝四人〟全員に、それぞれの香水が提供されることが決まるのはそれから間もなくのことだった。

こだわりがないのなら、香水を積極的に選んだこともないのかもしれない。香水にこだわりがないアーサーすら「良い香り」と当時気に入ってくれた本人イメージ香水ならば、今回も本人達は気に入ってくれるかもしれない。

自分の護衛任務としても式典招待や護衛でも身嗜みを必要とされ香水の消費量も増えるだろう近衛騎士達に、お裾分けを提供するのもプライドにとっては当然辿り着く配慮だった。

アランを含め本気で遠慮した近衛騎士達だったが、その後部屋に訪れたティアラの全力応援により「ジルベール宰相から自費で購入する」で決着はついた。


「ですからお姉様っ!私もジルベール宰相に私を構想した香水をおねだりしても宜しいでしょうか…⁈お姉様だけのものだと思って控えていたのですがっ……!」

「もちろんよ」


続き部屋に訪れたステイルから「奴からの香水は全て!城内外関わらず!今後は外出も人と会う予定もない日にのみご使用を!!」という進言に、近衛騎士全員が前のめりに賛同をしたのはそれから二分後のことである。


本日、20分後の21時20分に続き更新致します。

よろしくお願いします。

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