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〈書籍八巻発売決定‼︎・感謝話&特殊話〉配達人は訝しみ、

来月4月2日に書籍8巻が発売致します。

感謝を込めて書き下ろしさせて頂きました。


時間軸はちょうどⅠ174「非道王女と同盟交渉」の前あたりです。


「姉君。今、配達人が到着したと報告を受けました」


いつもの客間に、と。ちょうど休息時間を得て訪れたステイルから告げられた報告にプライドもすぐに言葉を返した。

教師に課題として読むように指定された本を置き、ゆっくりとテーブルから立ち上がる。準備しておいた書状をテーブルの上から手に取った。

同じソファーで隣にくつろいでいたティアラもそれに倣った。姉と同じくヴァル達を迎える為に、わくわくと胸を弾ませながら彼らを迎えに向かう。

せっかく休息時間を得たところでのいきなりのヴァルの訪問に少し不機嫌に眼鏡を指先で抑えつけたステイルも、扉の前に立ったまま専属侍女マリーから小袋を預かり彼女達に同行する。

つい先ほど交代したばかりである近衛騎士のアーサーとカラムが、最後に彼女達の後方に続いた。部屋を開けた時点で、寧ろその前からステイルの機嫌がいつもより少なからず傾いていることを理解しつつも口を閉じる。


廊下を歩く、ただそれだけで普段は礼をするだけの使用人達が頭を上げると同時に少し眉を上げ彼女達の背中を目で追う。

その視線一つ一つに、階段でプライドの手を取るステイルは気付きながらも見てみない振りをした。客間へたどり着けば、扉の前に控えている衛兵も彼女達の姿が見える前から現れる方向へと視線を上げていた。空気の入れ換えの為に開かれた窓から吹き抜ける風と共に、プライドとティアラも衛兵に笑いかける。彼らはここに?と確認すれば、すぐに言葉は返された。


扉をノックし、そして開かせる。いつものように部屋のソファーを使わずに壁に寄りかかり床に座っていたヴァルに、セフェクとケメトも彼を間に挟むようにしてくつろいでいた。

主!と、二人が手を振る中もヴァルだけは横目をくれるだけで眉を寄せる。プライドにも見えるように懐から三枚の書状を指で挟んで見せた。


「配達お疲れ様です、ヴァル。こちらからも今日分の書状です」

自分から歩み寄り、ヴァルの掲げる手紙を受け取れば今度は逆に自分が預かっていた書状をヴァルへと手渡した。

無言のままやり取りするヴァルは、やや眉がいつもより狭まりながら今度は足下に置いたままだった紙の束を拾い上げる。プライドにではなく、その隣に控えるステイルへと腕を伸ばすだけの動作で手渡した。公的な書類ではない、情報屋からの書類だと、理解したステイルも無言で受け取りバラバラと中身を速読してから瞬間移動させた。無駄な会話がない分、今回の書類も読むのは速かった。

相変わらず早いですね、と。返すプライドは受け取った書状の中にやはりハナズオ連合王国のどちらからも手紙がないことだけを確認すると小さく肩を落とした。全て母親宛の書状に、一度それをステイルに預けてから引き換えに小袋を受け取った。


「昨日は雨でしたが、きちんと屋根のある場所で休みましたか?」

「あー……」

今回分の配達報酬を差し出すが受け取るだけでいつもにも増してヴァルの反応が鈍いことに、プライドは少し口元がヒクついた。

これは、まさかと思いつつ、なるべく表情に出さないようにする。いっそ反応が全くなければすんなり雑談として話すつもりだったのに、まさかそっけない方向での反応があるとは思わなかった。

ただ体調が悪いや上の空というだけならまだしも、ヴァルの鋭い眼光だけは部屋に入ってから一度も自分から逸らされていないのが証拠だった。

言うか、言わないかとその選択にすらプライドが思考の中で迫られる中、ヴァルよりも先に言葉に出したのはケメトの方だった。




「主、今日なんか不思議な香りですね」

「えっ、これ主の匂い??」




くんくんと、ケメトが首を伸ばし鼻を近づければ、セフェクもやっと確信を持ってプライドへ向けて鼻を鳴らした。二人もまた、プライド達が部屋に入ってきた時点で気がついてはいた。ただその香りの出所もわからなければ、香り自体が気になって嗅覚にばかり思考が向いてしまっていた。

ケメトとセフェクな正直な反応に、プライドもほっと小さく息を吐く。結果として話題を振ってくれたことに心の中で感謝しつつ「ええそうなの」と、照れ笑いを浮かべた。今日、三人が訪れることをわかっていた上で、だからこそ意を決して今日はこの香水を選んだのだから。

明日誕生日を迎える自分が、宰相であるジルベールから受け取った贈り物を自慢する為に。


「「香水??」」


そう、プライドから話を聞いた二人は綺麗に言葉を揃えた。

ジルベールから誕生日の贈り物に、今年はヴァルとセフェクそしてケメトをイメージした香水を、と。そう説明したプライドに、セフェク達だけでなくヴァルも片眉を上げて見返した。


誕生日、という言葉にそこでハッとなる二人も慌てて床に置いていた布袋を取りにヴァルの隣へ戻り、そして手渡した。毎年贈っているプライドへの誕生日祝いの品を渡すのを忘れていたと今気がついた。

「お誕生日おめでとうございます!」と、今年もぎっしり詰まった潮の香りのする布袋をプライドも満面の笑顔と共に両手で受け取った。ありがとう、嬉しいわと言葉を返しつつ今はきっとこの布袋にも勝って自分の香りが三人の鼻にもついたのだろうなと思う。

普段も常用しているプライドやティアラ、そしてステイルから香水の香りがすることも、その香りが変わっていることも珍しいことではない。

しかし、セフェクもケメトもそれらを「良い匂い」とは思うが、そこに引っかかったことなどなかった。香るの種類や甘さが変わっていても、差分もわからない彼らにはただ「良い匂い」とひとまとめにした感じない。しかし、今回のプライドの香りだけはいつもとは違って鼻腔を引っかけた。


「今日はヴァルの香水をつけてみたのだけれど、いつもと少し系統の違う香りだから」

今までもヴァル達の前で自分や親しい人達のイメージ香水を身につけたこともあるプライドだが、やはりヴァルの香水だけは特徴的だからわかるんだなと思う。

ジルベールから贈られた際、自分自身もやはりヴァルの香水は際立って印象に残った。今まで自分やティアラ、ステイルそして挨拶したことのある王侯貴族達の香水のどれとも一致しない。だが、それも全て含めて本当にヴァルのイメージにぴったり過ぎる香りだと思う。


今世では初めて香るそれはプライド個人はとても好きな香りだが、やはり香水に慣れている人でも気がつくくらいには違う。

お陰でここに来るまでも、使用人達とすれ違う度に振り返られたことはプライドもまた気がついている。単純に良い香りなのは普段と変わらないが、普段のどの香水にも属さない大人の香りがそうさせるのだろうと確信する。

男性的な香りには違わないが、自分の身の回りにいる男性達の香りのような新緑や花や柑橘とも異なる。不思議な甘さを覚えるが、香った瞬間にプライドはエキゾチックという言葉が頭に駆け巡った。

中性ヨーロッパ風の乙女ゲームの舞台であるフリージア王国には珍しい、どちらかというと前世で言うアジアンな香りだと思う。しかしその言葉を使わずとも大人の男性を彷彿とさせ、どこかスパイスの利いた香りは彼女にとってまごうこと無きヴァルのイメージそのものだった。

ステイルとティアラ、そして近衛騎士で共にいたエリックとアランと共にジルベールが提供してくれた香水のどれがヴァルでセフェクでケメトか当ててみようと話した時、全員が即答で「ヴァル」だったほどである。

ジルベールから「調香師が異国の花の香料にも手を広げているそうです」と言われれば、その理由も一つ垣間見えた。


結果、ヴァルの香水だけは一度香っただけのステイルもティアラもエリックもアランも全員がすぐに気がついてしまう。

他の香水は自分のもの以外はふと気付くか気付かない程度であるにも関わらず、ヴァルの香水だけは一度香ればまず間違えない。

そのせいで、プライドの部屋も普段は香水の香りなど全く気にならないステイル達も、全員がヴァルの存在をプライド中心に香って頭にへばりついた。

交代したアーサーとカラムも、今回はアランとエリックの退場がいつもより早足だったことを覚えている。決して悪い匂いではなくむしろ男性である自分達の鼻にも好ましい香りなのは変わらないが、一度ヴァルの香水だと認識すると気にしないのは難しかった。

プライドから話を聞いたアーサーとカラムも、部屋に入ればすぐに香りに気づき、そしてプライドからヴァルの香水だと聞けばもう頭から離れなくなった。知らなければ良い香りなのに、ヴァルという存在で認識すればあまりにもしっくりきてしまうからこそ良い香りの香水への好感度だけが薄れていく。

貴族のカラムでさえ落ち着きのあるその香りにどこで購入したのか一度は気になったが、話を聞いた今はもう購入先がわかったとしても買おうとは思わない。


「僕この香りすごい好きです!主にもすごくお似合いだと思います!」

「私とケメトの香水もあるんですか⁈一度香ってみることって……!!」

ぴょんと思わず跳ねるほど目を輝かせ褒めるケメトの隣で、セフェクは自分も欲しいと思ったが今は自分とケメトの香りの方が気になった。

セフェクからのおねだりに、プライドも「良いわよ」と快諾する。ヴァルの香水の完成度を知れば、自分のイメージ香水など気になるに決まっていると思う。早速専属侍女のロッテとマリーに持ってきてもらうように、部屋の外へと伝言を預けた。


プライドが頼んでから香水が届くまで、香水をそもそもどうやって作っているのかから尋ねるセフェクとケメトにプライドとティアラも一つ一つ説明をしていればすぐだった。

三人の香水を香りやすいように、部屋に充満するプライドの香水の香りを少しでも薄くしておこうとステイルが窓を開けたがそれでもまだうっすらと部屋に香りは残った。

コンコンとノックが鳴らされ、ロッテが箱ごと持ってきた香水を客間のテーブルに置く。きらびやかな香水の容器に、それだけでセフェクもケメトも思わず息を漏らしかじりつく。じっと壁にかけていたヴァルも重たい腰を起こし立ち上がり、ぐらりぐらりと身体を揺らしながら近づきプライドの




首筋に、直接鼻を埋めた。




「ッひゃあ?!!!!ッちょ!な!なにをしているのですか!!!」

突然の首筋をくすぐる感覚に、背後を取られた時は全く気にしなかったプライドも流石に跳ね上がった。

蚊でも潰すように、鼻先が触れた首筋をパシリと手で叩く勢いで押さえ振り返る。予想以上に至近距離に立っていたヴァルがいつもの不機嫌な表情で見返してくるが、今は自分が睨む立場だとプライドもつり上がった目をさらにつり上げ真っ赤な顔で睨んだ。

最初は擽られたとしか思わなかったが、振り返れば自分のすぐ目と鼻の先にヴァルの凶悪顔があったことにすぐどういう意図の擽ったさだったかも理解した。今も手の平の下で、ひと息分吸い上げられた感覚が残っている。

セフェクやケメトのように近くに立たれる程度なら予想したが、まさが香水をつけた箇所へ直接鼻をつけてくるとは思いもしなかった。


あまりの光景に、ステイルと近衛騎士二人だけでなくティアラまで顔が赤くなる。

ヴァルがプライドのすぐ背後に立った時までは気にしなかったが、それから顔色一つ変えないまま背中を丸めてプライドの首筋に顔を埋めるまであまりに自然かつ一瞬だった。反射神経の良いアーサーと察しの良いカラムでさえも反応できなかった。プライドが肌で気付き叫ぶ方が早かった。


「ッテメェ!ヴァル!!いきなりなにしてやがるッ⁈」

「あ゛ーー?俺の匂いっだってんなら直接確認して何がわりぃ?」

「お前を〝構想〟した香りだ!直接嗅ぐな!!!!」

むしろ何故嗅げる⁈と、喉の手前まで出かかった言葉を、ステイルはセフェクとケメトを前になんとか飲み込んだ。

今まで誰も想定しなかった香り方に、顔が熱く眼鏡もうっすら曇る。相手の同意もなく色事をできない筈のヴァルが、女性の首筋に直接香るような暴挙を何故できるのかと本気で思う。

慌ててヴァルの後ろ首を掴み無理矢理引き剥がすアーサーと、腕から肩を入れるようにしてプライドとの間に入り壁になるカラムの二人も焦点がやや合っていない。ヴァルは彼らの顔色や取り乱しようにはケラケラと笑いながらも平然としたままだ。


ステイル達にとってはあまりにもの光景と行動だが、ヴァルにとってはあくまでプライドから直接嗅いだだけで別段そこに下心も裏の意図もない。プライドが部屋に入ってきた時から気になっていた香りだが、窓で換気され薄められた分直接香りの発生源から確かめてみたくなっただけ。プライドの愉快な反応だけは期待通りだったが、しかしそれと色事は自分の中では関係ない。

別に首筋に噛みついたわけでも舐めとったわけでもないのに、ここまで過剰な反応をする彼らをせせら笑うヴァルにプライドはまだ感覚の残っている首筋を押さえつけながら唇をむっと結び曲げた。

しかしそんな彼女に、反省するどころかヴァルは眉を曲げながらヘッと馬鹿にしたように笑って見せる。


「これが俺様の匂い、ねぇ?にしちゃあ女過ぎねぇか主」

「それは私から直接香ったからでしょう!!?香水は香りが変わるものなんです!!」

遠くからは良い香りだったでしょう!?!と続けて叫びながら、プライドは上気した顔で箱から小瓶を掴む。

さっきまで何も文句など言わなかったくせに、自分からの香りにだけ文句を言われると腹も立つ。しかも「女」という言い方も感想として妙に生々しく、良い気持ちはしない。「そのまま動かないでください!」と仕返しそのものに半分怒鳴り、カラムの肩越しに腕を伸ばし香水一回分を丸々ヴァルに吹きかけた。


自分にも被弾してしまうと、プライドの意図を理解したカラムとアーサーは迅速に退いて事なきを得たが、標的のヴァルはそうもいかなかった。

プライドからの命令に、避けようとしても足がビクとも動かず、腕で阻むことすらできず硬直したまま真正面に吹きかけられた。ぐあっ?!と声こそ漏らしたが、直後には流石に噎せる。

ゴホッゴホッと咳き込んでも背中を丸めることもできないヴァルに、プライドも足どころか全身の動きを奪ってしまっていたのだと気づき「もう動いて良いです」と許可を与えた。途端に腕を大きく左右に振るうヴァルは、自分を中心に蔓延する香水を払いながらその場からも三歩以上後退する。本来少しずつ使う香水を、ワンプッシュ分丸々使われた結果、ヴァルどころか部屋中が再び香水の香りで溢れ返った。窓の外に吸われていくが、それでもやはり全員の鼻に残る。

ヴァルの顔面ではなく胸あたりを狙ったつもりのプライドだが、窓の風に流されて顔にもかかったのかなと少しだけ反省する。咳き込むヴァルの姿に段々と熱も冷めてきた。


「ほら、自分でも香ってみてください。さっきとは違うでしょう」

「アァ⁈……。……」

プライドからの意図せぬ命令に、悪態を吐いたヴァルも意思関係なく手近な首元の布を引っ張り鼻をつける。

確かにプライドから直接香った時とは違うことは理解する。自分から匂うのは部屋に充満しているのと近い香りだとは確かめたヴァルだが、もう直接鼻にも香水がかかったせいで正直鼻がきちんと機能している気がしない。少なくとも、プライドの時に香ったような花の香りの混じったような匂いはしない。

ケメトとセフェクが「僕もつけたいです!」「ヴァルっぽい」と鼻を近づけてくるのを目下に、このままでは三人揃って同じ匂いだと思う。


「香水というのは人の体温や体臭、それにつけてからの時間の経過でも変わるものです。個人的には男性がつけても問題ない素敵な香りだと思っています」

ジルベールがわざわざ用意してくれた香水に文句をつけられたことも不満に思っていた分、説明にも力を込める。

女性である自分がつけている香水ではあるが、彼個人から香っても不自然はないことも主張する。むしろ本体はどちらかというと男性的な香りだ。


香水に関して全く知識もないヴァルも、プライドの説明を聞きながら「時間?」と顔を怪訝に歪める。

まったくしっくりきていない彼に、プライドは一度大きく溜息を吐くと一歩二歩と自分からヴァルに歩み寄る。手に持っていた香水の小瓶を、ヴァルにさっき嗅がれたばかりの首元にプシュッと少量だけ新たにつけた。そのまま自分の首元を指先で示す形で、今度は背後からではなく正面からで許可をした。

プライドからの許可に両眉を少し上げたヴァルだが、今度はゆっくりと顔を近づけた。さっきと異なり不意打ちではないプライドは、別段焦る様子もない。むしろ大型犬でも相手にしているような気分になる彼女は、アーサー達の顔色が変わることも気付かずに話を続ける。


「……ね?つけたばかりだからさっきと違うでしょう?」

「…………あ゛ー。もうどうでも良い」

「貴方が言うから説明したのでしょう!!!?」

興味が尽きたように自分から首を引っ込めるヴァルに、思わず声を荒げる。ここまで懇切丁寧に解説したのになんて言い草だと思う。


鼻が痒いかのように擦るヴァルは、もう背中を伸ばしたままプライドからも顔を逸らす。

別にそもそも香水について詳しく知りたいなど思ってもいない。少なくとも、プライドの言い分通り今はさっきの女性らしい香りはしないことは確認した。

素直に認めるのも気持ち悪く、もう話題自体を切り捨てることにする。プライドの至近距離に接近する自分に敵意や覇気をぶつけて睨んでくるカラム達の方の眼光の方が遙かに気分が良い。


セフェク達が「私達のも!!」と残された香水の小瓶を指差し訴えれば、プライドも鼻の穴を膨らますのをやめて彼女達へと振り返った。


まずは部屋を換気しきってからにしましょうと、窓の換気能力に全てを託した。


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