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そして捕まる。


「いえっ……でも、ね?実は、その子結構な前科者で……」

「俺様達に言うか」

「うっ、裏稼業、でもあります……元!貴方が、その、嫌いな」

「今更一人増えようと変わりゃあしねぇ。どうせこの男ほどの前科じゃねぇだろ」


反逆罪、国家転覆罪、騎士への反逆並びに公務執行妨害。

軽い動作で親指を背後に立つライアーに親指を向けて示すレイに、私は一瞬で口を貝のように閉じた。

レイはライアーの前科詳細は知らないし、単純にグレシルの方が罪も軽いだろうという意味なのだろう。確かに反逆罪と教唆罪のグレシルと比べたら罪は軽い、軽いけれども!!


奴隷として洗脳状態にあったライアーは、その罪も一応は許された代わりに保護観察下にあった。正直、彼の罪と比べると大概の犯罪は軽くなる。本来ならば隷属の契約の余地なく公開処刑か永久投獄だ。

ライアーの前科発表するレイに、そこでディオス達やネル先生も目がまん丸になっていた。ネル先生もびっくりなのは当然だけれど、ディオスとクロイは以前レイが元罪人の男性を探していることを知っていたから「そういえば前科者か」といった感想だろう。

ネル先生なんてこれから引っ越すのに前科者元裏稼業がお向かいという事実に申し訳なくなった。……まぁ、その前にネル先生も王国騎士団副団長の紋所を突き付けた後だけれども。


ステイルとアーサーも私が誰を紹介しようか考えているのも会話中に察したらしく、目が丸いアーサーと違いステイルは眼鏡の黒縁を押さえつけながら少し眉が寄っていた。

ステイルからしたら、ケメトの友達とはいえ罪人である彼女をレイに紹介するのを躊躇うのは当然だ。特に、お向かいさんは善人百パーセントのファーナム姉弟とネル先生なのだから。


「いえっ、でもその……!」

「おいコラ兄弟。そこで俺様出すか?」

いきなり前科者代表をカミングアウトするレイにライアーもこらこらと肩を掴む。その間も私は言葉を詰まらせ、汗で手のひらまで湿らせた。

確かに彼女を雇って欲しい。彼女がもう一度だけやり直す機会が欲しい。それは正直な私の望みだ。けれど、ゲームでとはいえレイにあんなことをした彼女を知っていながら近づかせるなんて。しかもお向かいには同じく攻略対象者のディオスとクロイもいる。そして彼女は現段階でほぼ裏稼業同然。

このままだと本当にグレシルを任せちゃうことが話が進むほど怖くなり、更に正直な感想を彼へと注意事項として並べる。


「本当に、その子は性格上も少し……いえそれ以上問題があるかもしれなくて」

「お前ほどじゃねぇだろ」

「っ……もしかすると、貴方やライアーを陥れたりよからねことを企むかも」

「構わねぇ。小物にこの俺様達がしてやられるわけもねぇ」

「なら、もし、もしもよ?もし本当に怪しい言動を見せたらその時は私、じゃなくてたとえば騎士のアランさんやこちらのエリック副隊長にすぐ相談を……」

「気にするか。この顔と同じにしてやるだけだ」

寧ろそう脅すと言わんばかりにそこで仮面を軽く指先で傾けるレイに、次の瞬間大慌てでディオスとクロイがファーナムお姉様とネル先生へ手を伸ばして目隠しした。

また外すと思われたのだろう。こういう時、自分よりもお姉様やネル先生を気に掛けるところはやっぱり流石二人だ。ディオスなんてあんなに怖がって泣いたくらいなのに。

途端にライアーが「おい、その子女の子なんだよな?な?なら焼くなよ?おい兄弟」と急に焦り出した。あのライアーが焦るから余計にレイが本気なんだとわかる。

もう全身汗で湿るし、つい滑らせてしまった唇を噛みながら後悔したけどもう遅かった。

最終的にはステイルからも首を振られ促されレイのグレシル就職ルート回避を、諸悪の根源たる私も肩を落として諦めた。



「……わかりました。では来月」



そして、一か月後の今日。

約束通りに彼女を連れて、ここに来た。レイの望む使用人……侍女候補となる彼女を。

城や上流階級の侍女と違い、あくまで給与ではなく生活の保障のみを代償に働く形式の侍女。


今の彼女が唯一やり直せる、可能性。




……




「さっさと俺様の使用人をここに出せ」


〝どうぞお座りください〟とは比べ物にならない就職面接第一声に、私まで顔がヒクついてしまう。

一人どっかりソファーに寛ぐレイは、頬杖を突いたまま瑠璃色の眼光をこちらへ向けてくる。ただでさえ仮面姿で初心者には異様なのに、そんな圧を掛けたら余計怯えるのは目に見えている。実際、グレシルは未だにアラン隊長の背後に隠れたままだ。

ステイルからの呼びかけにも動こうとしない彼女に、私は改めて仲介者として言葉を挟む。


「グレシル。彼がさっき話した貴方を雇用してくれるという人です。フィリップからも「簡単な雑務」と言ったように、家のことをやってくれる人を探し……」

「つまりは奴隷だ。さっさと顔を出せ。俺様に勿体ぶるとは何様のつもりだ?」

「ッ侍女と呼びなさい侍女と!!」

まさかのここでとんでもない用語出してきた!!

硝子の靴所持者の継母じゃないんだからそういう言い方を本人にしないで欲しい。条件や立場は天地ほど違うのだから!!

平然と右半分の顔色一つ変えずに宣うレイは、私が怒鳴ってもやはり頬杖の体勢すら変えない。今ならネイトが椅子を蹴り飛ばしても良いと思う。ただでさえ人身売買組織に捕まった経歴が持つ子であることは変わりないのに。

この発言にはライアーも、……と思ったらレイの失言よりも何故か私の発言に眼差しを強くする。「侍女?侍女か⁇」とそこを繰り返されるけれど、まさかライアーまで奴隷のつもりで採用を考えていたのだろうかと心配になる。もし二人ともそんな扱いをする気なのなら、ここは私から断ろうとこっそり決める。レイの口の悪さはさておき、ライアーは女性にはそういう扱いしない印象があったのだけれども。


ちゃんと訂正しなさい!と私から改めて尖った声で言うと、レイは溜息まじりに「仕事内容は似たようなもんだ」と開き直って来た。使用人と奴隷は違う!!ただでさえ人に仕える形の役職なのだから、そういう立場の差も名称も冗談であろうと本人達にはすごく重要でデリケートな問題だ。

本当に何をそんなに機嫌が悪いのか!グレシルが姿を出さないことか、家の前で待たされたことか、勝手に学校中退したことか。どちらにせよ横柄な態度この上ない。このままじゃ私が却下しなくてもグレシルが逃げる可能性も鑑みる。


「……なぁんだ……」


そんな時、ふとそこでぽつりとつぶやきが耳に届いた。

家に入ってからずっと黙していた声に振り返る。さっきまでの動揺していた声と異なり、どこか落ち着いた声はアラン隊長の背後からだった。

私だけでなく、再び全員が振り返り注目する中でゆっくりと彼女は自ら姿を表した。


ひょこりと、本当にさっきの躊躇が嘘のように姿を現した彼女は表情も冷め切っているともいえるほど落ち着いていた。それでも下級層で転んでいた時と比べれば大分本調子に近いのだろうけれども。そして、……改めて見ると彼女の格好はなかなか凄まじいなとこっそり思う。

今日最初に会った時はうつ伏せに転んでその後はアラン隊長に抱えられ、その後は背後に隠れていたけれどやはり露出がすごい。汚れのお陰で透けていないだけのような恰好に私の方が顔を覆いたくなる。

アラン隊長もすぐに気付いてくれて、背後からばさりと上着を羽織らせてくれた。鍛え抜かれた成人男性のアラン隊長の上着がグレシルの膝下近くまで隠す中、彼女は前を閉じようともしない。羽織られた状態のまま正面に寛ぎ座るレイを見る目は、もう怖気もなかった。むしろじとりとした眼差しは、陰鬱な気配まで伝わってくる。


姿を現したグレシルにレイも僅かに眉を寄せる。

ライアーと違って、さっきアラン隊長に抱えられた時も目にした筈の彼女を上から下まで吟味するように眺めた。角度的にまだ彼女の正面しか見えていない筈だけれど、思ったよりも格好からして驚いているのかもしれない。凝視から再び眉間の皺を戻すと、レイは短い鼻息のあとに口を開いた。


「随分と小汚いネズミを連れてきたもんだな」

レイ!!!と、今度こそ声を荒げて怒鳴る。

ブラック企業の圧迫面接だってこんな失言はしない。グレシルに負けず冷めた眼差しで品定めをするレイは失礼極まりない。やはりここに彼女を採用して貰うのは考え直すべきかしらと、もう何回目になる後悔が頭にめぐる。


グレシルの方は棒立ちのまま、レイからの失言にも何も言おうとはしない。唇を結んだまま彼女も彼女で今やっと雇用者を品定めしているようにも見えた。

失言のレイに、無言に見つめ返すグレシルの膠着状態はあまりにも息苦しい。ここで明るく彼女らの紹介をするのは憚れるほどの重力が存在しているようだった。

初対面として最悪な第一印象だろうことは当然ながら、特に私は前世の記憶でゲーム設定を覚えている所為で余計一触即発に見えてしまう。ゲームではグレシルはレイに自分本位なべったりで、レイはグレシルを邪険に思いつつ従っている状態だったけれど。最終局面で命乞いするグレシルと憎悪のレイともまた違うこの空気にどう間に入る者かと考え



「おいおいおいおいおいおい……どこで見つけてきたジャンヌちゃん!!!」



突然。無言だったライアーが早足で接近してきた。私へ投げかけながらその足は横を素通りして真っすぐグレシルに。

彼女が姿を現した時には口をあんぐり開けたまま呆けている様子だった彼は、今はもうグレシルに目が突き刺さっている。最初はフラりとしたような一歩一歩からの急速な早足に、グレシル本人も流石に驚いたのかびくりと肩を小さく上下した。

若干背中が反った彼女にも気にせず、ぐわし!とその両肩を鷲掴んだライアーは見事に目がギラギラ輝いている。なんだか既視感があるなと思ったら、彼がネル先生に初めて会った時にもちょっと似ていると思う。……ということは。

アラン隊長も彼女が乱暴されないか気にするように軽くライアーへ警戒に身構えていたけれど、顔は半分笑っていた。

一番目がまん丸になっているグレシルを置いて、更にライアーが言葉を続ける。



「ッッ超絶好み!ど真ん中‼︎最高じゃねぇかジャンヌちゃん流石だよくやったァァ!!!!」



……褒められてしまった。何が流石なのだろう。

目がまん丸のグレシルに対し、満面のにやけ顔と言ってもいい笑顔で距離に詰めるライアーはそのままくるりと正面から背後に回った。

両肩を掴んだまま今にもラスボスグレシルをぬいぐるみ抱きしようとするんじゃないかと思うライアーの距離感に、ちょっと焦った。


Ⅱ425

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