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Ⅱ570.不浄少女は狙われ、


『俺様にも紹介しろ』


きっかけは、ネル先生をファーナム家へ案内した時だった。

突然すぎる要望に最初は意味がわからず、私も一音しか声が漏れなかった。

ステイルもわからなかったし、今でも一体どうしてあの時にそんな要望を投げられたのか脈絡がわからない。ライアーがレイの肩に肘を乗せたまま「え、なに誰に惚れた?」と投げかけても何の説明もなく黙すレイに私は改めて詳細を求めた。

いつもの俺様な態度で鼻息を高らかに鳴らし、そこでやっとレイが言い放ったのが



『使用人だ』



使用人?と、意味が分からず首を捻った。

私だけでなくステイルもアーサーも怪訝な顔で疑問に露わにする中、ディオスとファーナムお姉様とネル先生も目をぱちくりさせていた。クロイに至っては心から面倒そうに顔を顰めていた。

使用人。その言葉の意味は私でもわかる。ただ、それを今のレイが必要とする意味はわからなかった。以前の屋敷に住んでいたレイなら住んでいる家の規模からして必要なのはわかるし、実際に複数人の使用人がいた。けれど、今は普通の一般住宅に住んでいるだけだ。しかも、ファーナム家よりも小規模のお家に。

当然ながら屋敷に住むような富裕層や貴族ならばともかく、それ以外の一般家庭で使用人など雇わない。もしかしてお坊ちゃん生活が長すぎて使用人のいない生活に無理が生じて来たかとすら考えた。


『おいおい兄弟どういうことだ?俺様聞いてねぇぜ。大体以前の使用人連中全員実家に返したのはお前じゃねぇか。欲しいならそこから呼びつければ来てくれるだろ。俺様的にはあの中だとミランダちゃんが一番こうっ……』

『うるせぇ黙ってろ変態野朗。あんなうるせぇ使用人共を雇う金なんかねぇ』

ケッと吐き捨てるように言いながら、一度振り返ってきたレイにライアーも「はいはい坊ちゃま」と軽く両手を上げて笑った。

若干もう慣れたというか諦めの境地で笑うライアーは、そこからはレイの仮面をコンコン悪戯に突くだけだった。まぁ雇われてるとは言っても、どう見てもライアーは保護者感はあっても使用人ではない。

以前の使用人というのは多分カレン家に帰ったという使用人だろう。確かに全員大の大人だし、もしアンカーソンの前も元男爵家の使用人だったならそれなりの御給金が必要となるスキルをもった人達だ。カレン家の仕送りがあるとはいえ、以前みたいな大盤振る舞いができないレイじゃもう一人雇うのは難しい。……正確にはライアーと一緒に住んだ上で、だけれども。

まぁレイなら百人の使用人よりライアーを選ぶのは決まっている。


更には「うるせぇ」ということは、使用人の人達を個人としてもレイはあまり良く思っていないのかもしれない。

私的には全員アンカーソンの支援が離れてもレイの傍に居続けようとしてくれた良い人達だと思うのだけれども。まぁライアーとの同居暮らしだと、アンカーソンの息子としての自分を良く知っている人間に居られるのも落ち着かないのかもしれない。……傍若無人の彼には想像も尽かない。

とにかくつまりは安い使用人を私に紹介して欲しいということかと判断すれば、そこで少しは納得できた。けれど、元下級層暮らしも生き抜いたレイが何故そこまで使用人が欲しいのかもちょっと不思議だ。


『掃除洗濯とパンを焦がさなけりゃ良い。使用人でも雇わねぇと永遠にライアーがちょっかいをかけて上がり込む羽目になる』

そう言って顎で指し示したのは、ファーナムお姉様だ。

本人は頬に手を当てたまま、きょとんとまさか自分に話題を振られるとは思わなかった顔だった。そして、その隣に立つファーナム兄弟からは綺麗に大きな頷きか揃って返された。……今思い返しても、レイの言葉にあれだけ綺麗な同意を二人が示したのは初めてだったと思う。双子揃って頷くタイミングも深さも、そして唇の結び方まで完璧に一緒だった。


二人からもファーナムお姉様がレイの家の洗濯や夕食までご一緒という話は聞いていたけれど、まさかやって貰っている側のレイまで問題視しているのは少し意外だった。

まぁ彼の場合は自分のことをしてもらうことにというよりも、ライアーがちょくちょくファーナム家に遊びにいくことがだろう。

だから安い使用人が欲しいと。もうライアーの性格矯正を諦めてそれよりも防衛策に出るということだ。確かに現実的ともいえるだろう。何より、それを問題視していないのが当の本人のライアーとファーナムお姉様なのだから。

自分達の生活を整えさせるというよりも、ライアーがお向かいさんのところに行く理由を減らす為に使用人が欲しい。あくまで自分がその分掃除洗濯を徹底するんじゃなくて使用人を雇うというのがレイらしい。


『安けりゃ誰でも良い。衣食住は保証してやる代わり労働する奴を紹介しろ』

俺様が雇ってやると。そう傍若無人に告げるレイに、……パッと思いついたのがグレシルだった。

ちょうど、グレシルが拘置されたと聞いた時だった。彼女の罪は当然償わないといけないけれど、生きて城から出ることになった時はと。私にできることで、彼女に〝王族〟の枠組みに入らない領域で何かできることはないかと考えていた。


当時のステイルに相談したら、……それこそ大盤振る舞いで家ごとどーん!とか城の斡旋で雇いますみたいなことしちゃいそうだともちょっと、ほんのちょこっと思ったし、ラスボスだった私にも前科がある以上安易に彼女を「安心して支えるべき子」と判断するのも難しかった。

ケメトは褒めていたけれど、結局はそのケメトも人身売買に売ろうとしていた子だ。しかも現実に人身売買だけでなく罪のなかった学生二人を唆したりブラッドの村を差し出してたりと既にある程度の〝ラスボスグレシル〟が形成された後でもある。何より私はまだ彼女が変わったことを目にできたわけでもない。


けれど、悩んでいた私にとってはこの上ないグレシルの就職先でもあったことは事実。そしてここで逃せば、刑罰を受けた後の彼女を使用人にしてくれる人が見つかる見込みはない。

クラスの子に声を掛ければ、言ったら悪いけれどグレシルより間違いなく良い子でそしてもっと家のお仕事得意な子もいるとは思う。レイも顔は半分整っているし、彼とお近づきになりたいという子もいるかもしれない。

ただし、超激俺様な態度と何より怒ると燃えるぞ危険の特殊能力付きではある。

少なくともレイに良い印象を持たず今は勉学に集中したい第二天使アムレットには勧められない以上、彼を取り扱いできる子が他に見つかる気もしない。


そんな〝危ないかもしれないお仕事〟レイと、〝既に危ない子だろうラスボス気質グレシル〟の組み合わせは適材適所とも、……混ぜるな危険とも思えた。

結果、思いっっ切り躊躇った私は口を引き攣らせたまま笑ったような顔で固まってしまい、すぐに「いるんだな」と言及された。


「一人、思い足ります……。ただ、その子のことは現時点で私もよくわかっていないわ。雇ってもらえれば助かるけれどその子自身にも問題が」

「なら、そいつで良い。すぐに連れて来い」

「待て!ジャンヌちゃん!その紹介、〝子〟ってことは女か⁈女なのか⁈」

それまで黙っていたライアーがレイの肩を押しのけて首をにゅっと伸ばした。

まだ紹介すると決まったわけじゃ……と私が背中を反らせば、すかさずアーサーとアラン隊長がやんわり腕と身体で前に出て庇ってくれた。流石に騎士であるアラン隊長の圧は効果覿面で、ライアーも再びレイの背後まで一気に下がった。


目をギラギラさせていたライアーに、これじゃライアーのお眼鏡がファーナムお姉様からグレシルに変わるだけでレイにとっても何の解決にもならないと、私もどこか逃げるように考えた。やんわり「やっぱりだめだ」と逃げ道が欲しかった部分もあった気がする。だってゲームではグレシルに何年もライアーのことで騙され続けたレイだ。

潜ませる声で私から「女の子じゃ困るわよね……?」とライアーに聞こえないように、上目で覗くようにこっそりレイで聞いた。……けれど。


「構わねぇ。女の一人でも家にいればこいつの出歩き癖も少しは減る」


そんなライオンに餌与えるみたいに!!!!

もう、レイの途方もないライアーを囲う主点の考え方に口が開いたまま閉じなくなった。

グレシルを……というか雇う女の子を餌扱いするのも引っ掛かったけれど、改めてこの子はライアーの女好きよりも出歩き癖を治したいのだと理解した。

それを聞いたライアーが更に「女⁈女なんだな⁈」と若干怖いくらい前のめりになり続けるから、そこでレイも右半分の顔を顰めて口を閉じた。女を雇うのは良いけど、ここでそれを言ったらライアーが大はしゃぎするのは私も目に見えていたから敢えて黙した。


少なくともライアーは、女好きということを抜いてもレイみたいにグレシルを雑に扱わないだろうとは思う。

ゲームではなかなかケバくて毒のある雰囲気の女性ではあったけれど、ラスボスプライドみたいなキツい顔でもない。むしろ男性を誘惑して手玉に取る蜘蛛女のような…………どうしよう余計に心配になった。



Ⅱ424

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