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そして連れ去られる。


「貴方も、さっきの親子と一緒よ。違いなんかないわ」


自分の身に起きた全てを否定する彼女に、現実を突きつける。

せめて視界だけでも狭められればと、私一人屈んで視線を落とさせる。これで彼女とも目線も近くなれば、アーサーやステイルからの視線も幾分かは気になりにくくなるだろう。


ゲームの開始前どころか、まだ二度しか直接会ったことのない彼女が具体的にどんな生き方をしてきたのかは私も知らない。

ゲームでは下級層で生きては人を陥れ楽しんでいたことぐらいしか語られていなかった。けれどケメトへ裏稼業の男達をけしかけたことを考えても、彼女は既に裏稼業側の人間という方が近いかもしれない。

けれど、今の彼女とさっきの下級層の親子にきっと大した違いはない。むしろ同じくらいお金もない下級層生活の中で、それでもグレシルを心配して手を指し伸ばそうとしてくれた優しい人達だ。今、あの親子の手を掴めていればそれだけで彼女の人生は全部変わったかもしれない。


私に向けて剥いた歯がガチガチと音を立てる。両膝に手をついて目を合わせれば、また彼女の殺意が色濃くなっていくのを感じた。まるで見えない糸に縛られているように固まっている彼女は、言葉を発せずとも全てを語っていた。

私を守るように、ステイルとアーサーがまた一歩背後から私の隣に近付いた。途端にグレシルの視線が上がってまた顔から血色が消えていく。男性が怖いのか、視線が増えたこと自体が怖いのかそれ以外か。


思えばゲームのグレシルはいつだって人を見下すのが好きだった。

主人公のアムレットにも、ゲームの攻略対象者にも、それ以外の周囲全てを見下して笑っていた。もしかすると、逆の立場になるのが怖いからこそ相手より優位に上の位置で居続けることに拘ったのかもしれない。……ううん、ゲームだけじゃない。

現実にジルベール宰相へ自白した分だけでも男子生徒達や裏稼業にケメト、他にも大勢の人を。


「陥れて見下して、切り捨ててきた人達と貴方自身は全く変わらないわ、グレシル」

見下して良い理由なんかどこにもない。その為だけに陥れて、自分より下へと突き落としたからって自分がその分上がれるわけでもない。むしろ奈落だ。


突然自分の名前を呼ばれたからか、今度は私を見ても顔が青くなり白くになる。もしかしたら私達を人身売買と勘違いしているのかもしれない。

全身を震わせて額にまで汗を染みさせる彼女はそれでもまだ動けない。瞬きを忘れたような目が、真っすぐ私に向けられたまま瞼を無くす。

彼女はどうしてここまで、人を陥れてまでして見下したいのだろう。ただ自分より不幸な人を探すだけでも、ただ貶すだけじゃない。自分より恵まれた立場の相手すらあわよくば蹴落としたがる。寧ろ、今の彼女はレイに全てを与えられていない状態だからこそ全部を引きずりおろそうと被害を広げ続けていた。

レイの威を借りられた時は横柄に振舞っていただけで、邪魔な人間を排除こそしたがっても誰かを陥れようとまではしていなかった。ネイトに犯したことも、ブラッドに犯したこともレイに出会う前の下級層時代の彼女だ。ゲーム開始時には気に入らない相手を学校から追い出すようなことをしても、誰かをわざわざ陥れは──……、……いや、あった。



『ライアーの居場所を教えてあげる』



ゲームの根幹。最終局面の原因。学園理事長の息子であるレイに、学園を寄越せと持ち掛けた時。

ライアーの居場所も知らないにも関わらず、散々年月をかけて自分の我儘全てを叶えさせたグレシルが最後にレイを騙し搾り取ろうとした、小さな支配国。

彼女はどうして学園があんなに欲しかったのか。お金だけが欲しいなら学園じゃなくてもレイの全財産を求めれば良い。ゲーム都合かもしれないけれど、どうしてわざわざ主人公であるアムレットが転入した年にいきなり学校をよこせを言い出したのか。

レイが学校を手放せばその瞬間に学校の支配力は失う。アンカーソンにバレれば流石に今度こそ家から追い出されたに決まっている。レイは後ろ盾を無くして財産だって失う。なのに彼女が欲したのはレイの財産じゃなく学校だった。

あのラスボスグレシルすら、お金以上に価値を見出したもの。当時レイと同じクラスでありながら彼の従者だったクロイを従え、そして誰よりもレイへ媚びを売っては学校の支配者は自分かのように振舞っていた彼女が本当に欲しかったもの。

人を見下して、陥れて、そして権力を得てからはそれを振りかざし嘲笑うのが好きだった彼女が、最後の最後にレイへ見切りをつけてでも学園を奪い取ろうとした理由は─。




〝支配者〟




「……特別、になりたいの?」

ざわり、と胸騒ぎが指の先まで震わせた。

気付けば口から零れた問い掛けは、きっと誰よりも私自身に腑に落ちた。今の彼女とゲームの彼女はまだ同じではない筈なのに、それでも彼女の奥底を覗くように踏み出してしまう。

舞台は今から三年後。グレシルはレイと同年の十八歳。次には年齢という隔たりで、進級ではなく卒業をしないといけない。それまで学園でレイの権威を傘に振舞い続けた彼女はどんな気分だっただろう。

考えるまでもない。攻略対象者の悲劇を生み出した彼らの心の傷を作ったのはあくまで権威を手に入れる前だ。そして学校で支配者になった途端、彼女は陥れることをぱったりやめた。自分より立場の下の人間しかいなくなったからだ。これ以上なく満たされたからこそ、彼女は必要以上に誰かを陥れる必要はなくなった。

代わりに始めたのが、自分より不幸な人間を目の届く場所で眺めて嘲笑うこと。


『私の不興を買えばどうなるかわかっているでしょ』

病んだ姉の面倒をみる為にお金が必要だったファーナム兄弟をこれ以上なく苦しめ、毎日のように姉を言葉攻めにし〝クロイ〟を敢えて自分に従属させた。


『ずーっとあの子が惨めで不幸な姿が見ていられるの』

過去に自分が吹き込んだ所為で両親を失い伯父に搾取され続けたネイトを敢えて引き取り、復讐相手である筈の自分の為に知らせず尽くさせた。


『アンタなんか村の連中と一緒に焼け死ねば良かったのよ‼︎』

自分が裏稼業へ差し出した村の生き残りであるブラッドまでも、敢えて手元へひき寄せた。


『ライアーは酷い状態だった』『助けを求めてる』『貴方に会わす顔がないって』とライアーが苦しんでいるとだけ彼女は囁き続けた。


そしてレイを唆し、最後にとうとう陥れようとした。

嘘の情報でレイから学園の権利を奪い取ろうとした。このままレイを騙し続けて何不自由ない生活を保障させることよりも、レイから財産を奪うことよりも彼女にとって一番欲しいのは学園という国の支配権だったから。

卒業後の贅沢三昧の生活よりも、彼女がずっと欲しいのは自分を特別にしてくれるあの世界。小さな支配国での権威こそが、ラスボスの彼女にとって最も欲しくて欲しくて堪らない自分を満たす全てだった。






まるで、どこかの女王のように。






「…………違う」

ぽそり、と、グレシルの答えは泡粒のようだった。

否定とは裏腹に、その顔からは表情が不自然に消えていた。まるで能面を思わせる顔は、彼女の底にあるものが今は空っぽだということを表しているようだった。深い井戸の底が枯れている。

涙に濡れた瞳が酷く擦れ、ぽかりと空いた口が舌先まで痺れているように固まっていた。乾いた眼球を一度だけ瞬きが潤したと思えば、それ以上に濡れて溢れ出す。違うと言いながらその表情は肯定しか訴えない。

「違う?」とそのまま言葉を確かめるように聞き返せば、彼女は一度唇を絞ったから開いた。今度はさっきより迷いのない、震えてはいても熱の冷めた感情以外の声だった。


「私は、……もう特別なの。本当は、こんな目に遭う人間じゃないの。こんな、アンタ達なんかに見下されるようなそんな」

「特別なんかじゃないわ。下級層で生まれ育って、人を陥れることばかりに夢中になって、最後は村を見殺しにしようとしたただの元罪人よ」

敢えて、希望を壊す。

最初にそこを否定しないと、彼女はきっと永遠に固執する。特別でいたい、自分が特別なのが当然だと感じ続ける為に全てを巻き込み不幸にする。

事実をそのまま並べる私の言葉に、流石のステイルもアーサーも僅かに息を飲む音が聞こえた。視線が三人分今はグレシルではなく私に集中しているのを首を回さずとも理解する。けれど全て本当のことだ。


彼女自身が特別なわけじゃない。もっと苦しい環境に身を置いている人もいれば、逆に恵まれた環境に囲まれた人間もいる。その立ち位置を確かめ修正しようとしたところで、満たされることはきっとない。……自分自身がその〝どこか〟に位置することに怯えている限り。

まず向き合わないと、本当の意味で前にも後ろにも進めない。もしかするとまだ、村を犠牲にしようとしたことすら罪の意識に気付けてないかもしれない。刑罰を受けただけで全ての人間が罪を認められるわけでもない。自分が特別だと思っていれば猶更だ。


空っぽの彼女の声を覆い潰し、私は裾をたくし上げしゃがみ込む。彼女ともう一歩、もう数十センチでも近い場所で、彼女を理解したい。

真っさらに染まった彼女を見つめ、私を見上げてくれる瞳に自分を映す。

私を見て顔に力が入るように歪める彼女には、庶民の私もまた〝見下すべき〟相手なのだろう。きっと今までもそうやって自分が見下せる相手を探してきた。……そして出会ったのが。



『主!グレシルは無事ですか?』



「だけど。……ケメトにとっては特別な友達よ」

第二作目前のグレシルとケメトの関係なんて、あったかどうかすらわからない。

けれど、少なくともケメトにとっては今も彼女は〝友達〟のままだ。自分を陥れ全てを奪おうとしたことを知った後も、人身売買に売ろうとしたことを知った後も。それでもケメトにとっては心配するような友達の一人であることは変わらない。

ケメトの名前を出した途端、息を止めたグレシルは次の瞬間倍量の涙を溢れ出させた。地面に伏したまま溺れるんじゃないかと思うくらいの涙は、きっと人の熱を持っている。


村の奇襲を失敗して、人身売買の報復に怯えた彼女が最後の最後に頼ったのは他の裏稼業でも衛兵でも騎士でもなくケメトだった。

顎まで震わせ言葉もなく目から溢れさせるそれは、さっきよりずっと綺麗な涙だと思った。見た瞬間、自分でもわかるくらい私まで顔に力が入った。

さっきまで当たり散らしていたこの子が、今だけは本当に寂しがっている少女に見えたから。

今後、ケメトとどう付き合うかはわからない。ケメトが望んでもセフェクやヴァルが許すか、何より彼女自身は一度断絶し信頼を裏切ったのだから。

今後、会う機会があるかも私達が横槍できることはない。


「戻ることはできないわ。だけど一度だけ、特別の可能性をあげる」

もう、裏切る前には戻れない。

彼女にとってケメトが友達でも、そうでなくても。もう犯してしまったことはグレシルの胸には一生遺り続けるのだから。自分が放った言葉ほど、引き返せなくするものはない。


手を伸ばし、彼女の長い髪をそっと耳の外へとかき上げる。指を通しても止まってしまって、束のまま固まりついてきた髪は少なくともこの一か月彼女が自分自身を顧みることができなかった証のようだった。

自分の容姿や格好よりも、死ぬことが恐くて怯え続けていた。そして、……人の視線がない地下牢だからこそ、姿も手入れもどうでも良くなったのかもしれない。

ケメト達に連れてこられた時は下級層にも関わらず綺麗な艶のある髪だった彼女を思い出せば、この露出の高い服も全部が全て彼女の〝見栄〟の固まりのように見えて来た。自分は周囲と違う、特別だ、価値があると彼女なりに主張し続けた結果だ。

普通の人より高い位置だと自分が思えるようにする為だけに、可能な限り飾り立てていた。

梳くことができずまとめた髪束のまま耳へかける間、グレシルは身動ぎ一つしなかった。見開かれた目だけが、言葉の続きを急かすように血走り出している。


彼女へと今日の為に用意していた、もう一つの生きる道。

顔を近付け、彼女の耳へと囁き掛ける。私〝達〟だけのもう一つの〝特別〟を彼女へ提示する。


「……私と〝同じ〟貴方に」


この世界で、ラスボスである為の運命を課せられた者として。

一瞬だけ、彼女ももし私と同じだったらと過ったけれど、きっと違う。今も私の言葉に意味もわからないと言わんばかりにぽかんと顔が伸びていた。

ゲームと同じという記憶はない。それでも、彼女もきっと私と同じように〝そういう人間〟になる為の生き方を余儀なくされていたから。

攻略対象者みたいに報われる悲劇でもない。

主人公のように最後に幸福な結末が約束されているわけでもない。

ただ、彼女彼らを苦しめる人間になる為に、人を悲劇に陥れる人間になる為に、歪ませる為だけの人生を用意されていた彼女が、これからでもそれ以外の道を選べますように。

私が今、大好きな人達と一緒に第一王位継承者へと歩けているように。

叶うなら彼女にも、その人生を見つけて欲しい。


彼女から身体ごと引き、最後にもう一度だけ目を合わす。

背後に振り返り「お願い」と声を掛ければ、アーサーがすぐに応えてくれた。動けない彼女に、手を貸そうとしてくれるアーサーに続くようにステイルも私の隣まで並んだ。「宜しいのですね?」と確認する彼に頷きで返せば、もう反対はされなかった。


「立てますか?」

アーサーが片膝を付き、そう言って手を差し出してもグレシルは身を強ばらせたままだった。

まだ立ち上がることができないのか、その意志がないのか。どちらにせよアーサーへと手を伸ばそうとする気配もなく固まるグレシルは肩を貸したところで足が動けないかもと思うくらいだった。視線の数が増えた所為もあるかもしれない。

そのままアーサーが一度手を引っ込めると、今度は彼女を抱えようと体勢を変えた。その途端、ずっと背後で様子を見守ってくれていたアラン隊長が「俺が」と前に出てくれた。


「立てないなら仕方がねぇだろ。待たせてるんだし、俺が運ぶよ」

肩を貸すならアーサーの体格だけれど、確かに抱えるならこの時点で唯一大人の姿のアラン隊長が適している。騎士が抱えていた方が周囲の疑問も少ない。

アーサーも「お願いします」と音もなくその場から立ち上がれば、アラン隊長は殆どしゃがむ動作もなく「失礼」と短く断ると腕の力だけでグレシルを持ち上げ抱えた。

最初はおぶるかとも思ったけれど、救護者と同じ両腕で抱えてくれた。これなら彼女の背中も見えずに済む。流石はアラン隊長だ。

騎士の鍛え抜かれた逞しい腕に抱き抱えられたグレシルは、余計に小さく細く見えた。

騎士であるアラン隊長が相手だからか、グレシルも安心するように深く肩で息を吐くのがはっきりわかった。それから顔を上げて、顔をまじまじ見てくる彼女にアラン隊長も「ん?」と少し眉を上げ、笑んで返した。こういう姿を見ると大人のお兄さんだなぁと改めて思う。


行くか、と歩き始めればそこでやっと頭が追いついたようにグレシルが瞬きを繰り返した。身体を中心に集めるように縮こまり目を擦る。微かな息が「ふぇ」と漏れていた。今までどちらかというと裏稼業側だった彼女に、騎士に連行ではなく抱き抱えられ運ばれるのが妙な感覚なのもわかる。

視線の逃げ場を探すように目が泳ぎ続ける彼女が、再び言葉を放ったのは通りを大分歩いてからだった。


「わっ、わた、私をどうするの……?」


か細い声は、どこか浮くように震えていた。

今日聞いた中で一番彼女の女性らしい声だ。きっとケメトが知る彼女はこちらの方だろう。喉を痛め続けた所為か、途中途中で声そのものが途切れていた。

彼女の当然の疑問に私は振り返り、顔ごと向けて目を合わす。

さっきまで泳いでいた目がしっかり私だけに向けられていた彼女は、それだけで小さく肩を上下した。アラン隊長に運ばれているというよりも守られているような印象も受ける彼女は、まるで我に返ったかのようだった。


今ならさっきよりきっと言葉が届く彼女に、もう一度。行き先よりも、目的よりも一番大事な言葉を重ね、念を押す。

もう二度目はない。今度踏み外したらきっと一生戻れないことを何度でも。



「最初で最後の機会です」



だからもう、逃さないで。

貴方を心から友達だと思ってくれた男の子を裏切ってしまった時のように。

貴方の何も知らず善意だけで手を差し伸べてくれたあの親子を拒んでしまった時のように。

告げる私に、グレシルから返事はない。逆に唇をぎゅっと結んで、さらにまた小さくなった。騎士であるアラン隊長がいなければ、私相手に本当に売られるかもと思ったかもしれない。


「ジャンヌ。差し支えなければ俺から話しても?」

ええ、お願いと。

眼鏡の黒縁を指で押さえながら確認してくれるステイルに、素直に任せる。そういえばまだ行き先を言っていないことに気が付いた。……自分でも気付かない内にまた頭に熱が入ってしまっていたのかもしれない。

ステイルが淡々と冷静になってグレシルへ行き先を簡単に説明してくれる中、私は無言で自分の両頬を挟む。眉間にも力が入っていないかしらと一度思い切りぎゅっと狭めれば、今度はアーサーが「大丈夫すか?」と覗き込んできてくれた。

十四歳でも高い身長から腰ごと曲げて至近距離に私と目線まで合わせてくれたアーサーに、胸が温まる。丸く小さい息を吐けば、それだけで肩の力も抜けた。

大丈夫、と心から言えるのに自分でもほっとする。


笑い返せばその途端、今度はアーサーの顔がピキンと強張った。顔の血色が良くなったと思えば、じわじわと紅潮し始めた。「そっすか……」と直後に首ごとぐるんと逸らされる。余計に心配しちゃったとか焦らせてしまったのだろうか。むしろ心配してくれて嬉しいのに。

否定する隙もなく、完全に顔を背けてしまったアーサーに誤解だけでも解きたくて、つんつんと指先で突いたけれど、「すんません…‼︎」とグレシルと同じくらい枯れた声で返された。

誤解は解けなかったけれど、耳まで赤いアーサーになんだか日常にすぐ戻れた感覚がして嬉しい。

少し軽くなった足で、背中に腕を結んで歩く。


……罪は、償わないといけない。

彼女は許されないことをしたのだから、それは罰されないとこの先に進めても意味はない。だから彼女が投獄以外の刑罰を受けたことにも、それが結果として民に白い目で見られることも当然の結果だと思う。

グレシルは、ヴァルとは違う。重罰は受けても、隷属の契約を結んでいない彼女は罪を犯さない確証もない。だけど、罪を償った以上は私の国民であることにも違いはないから。

王族として彼女に何かをすることはできない。けれど、第一王女としてではなく〝私〟として。彼女にもまた何かすることができるのなら。



「遅い。俺様を何度待たせれば気が済む?」



〝ジャンヌ〟の頼りに、彼女を託そう。


Ⅱ254

Ⅱ30.230.407-1.258-2

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