Ⅱ565.不浄少女は求めた。
「もう家族じゃない」って言われたら、ケメトはどんな顔をする??
「……ねぇケメト。良いところ連れてってあげる。ヴァルにも、セフェクにも秘密ね」
「本当ですか!いつにしますか?すごく楽しみです」
仕方ないわよね?その時は私を選んじゃったってことなのだから。
そしてきっとケメトはヴァルもセフェクも憎めない。自分が悪いんだってすぐに思ってきっと泣いちゃう。
今こうして目の前で二人のことでにこにこ笑ってる顔がぐちゃぐちゃに歪んじゃうの。きっとその姿はとってもカワイソウ。考えるだけで全身がゾクゾク震えちゃう。
大丈夫安心して?そのために沢山たくさん用意してあげてるから。貴方が帰りたいと思う前に繋がり全部壊してあげる。
今日までだって何度も言ってあげた。ヴァルに騙されてる。セフェクともヴァルとも離れた方が良いって何度も親切に。
私しか家族といえる相手がいなくなって、私と家族でいたいから縋って媚びて今よりずっと諂うケメトが見たい。
その内寮にも住めなくなって、学校にも行けなくなって、そしたら一緒に下級層で暮らしましょ?私の奴隷にしてあげる。
いつかは笑うこともできなくなって、私の顔色をちゃんと見て怯えてね?その代わりずっとずっと「弟」って呼んであげるから。
気分になったら捨ててみて、泣いて追いかけてくるケメトを見るの。私がいないと生きていけないケメトを確かめたい。
寂しくなったら抱き締めて、ケメトに一晩中頭を撫でて「僕は好きです」って慰めてもらうの。それ以外のことを言ったら叩くから。
叩くのも、楽しいかもしれない。叩いて叩いて叩いて、私にこれ以上なく痛めつけられても追いすがってくるケメトはきっと世界一カワイソウで愛おしいから。
目の前でこんなに幸せそうに笑うケメトだから、その全部を奪ってしまいたい。全部奪って全部支配して全部私だけのものにしたい。
ねぇケメト、こんなに私貴方を想ってるの。貴方の家族になりたいの。こんなに貴方を想ってくれる人なんて誰もいないわよ?貴方を底に落とす瞬間までは、誰よりも大事に大事に愛してあげる。恋してくれちゃっても良いのよ?相手ぐらいはできるもの。一回選んで、原型がなくなるくらいどろどろに溶けて私を大好きになって、最後に全部奪って壊してあげる。……その為に。
「ううん、いつじゃなくてこれから。今日も、それに明日も明後日も毎日。学校よりもずっと楽しいところ連れてってあげる。私しか知らない秘密の場所も。ね?いこっ」
「えっ……ごめんなさい。学校も、それに二日に一回は大事な用事もあるので……。今日の放課後とかどうですか?」
「学校よりずっと為になるし楽しいわよ。ケメトも絶対こっちの方が楽しいから」
「ごめんなさい、僕は学校も大事なんです。!そうだ、グレシルも一緒に行きませんか?それなら一緒に学校の中にも入れますよ」
「ううん行かない。仕方ないなぁじゃあ六日後!六日後は絶対ね。ケメトに良いもの見せてあげるから」
「わかりました。ちょっとヴァルに聞いてみますね。その辺りに一緒に遊びま」
「その辺りじゃなくて六日後。絶対その日。それ以外じゃ駄目なの。ケメトが損しちゃうわよ?」
「え……でも、ちょっと確認しないと。ヴァルとセフェクとの約束が」
「なんで私のお願い聞いてくれないの⁇」
欲しい。
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。
大丈夫大丈夫焦ってなんかいないわよ?ただ、貴方もきっとアレを見れば全部わかるから。だから貴方を手に入れる為にはあの日が絶対外せないの。
試しに誘って、手を握って、ちょっと強く引いてみたのにケメトがヴァルとセフェクばっかり言うのが悪いのよ?私せっかくこんなに優しく誘ってあげているのに。
カワイソウ、こんな状況でもずっとヴァルとセフェクの言いなりなんてとてもとてもカワイソウ。でももっとカワイソウになって欲しいの本当よ??
あの景色を見せてあげる。きっと全部の価値観がひっくり返るに決まってる。何もできないで、私と一緒に何もせずただ眺めるだけになる貴方は、きっと優しいから自分を許せない。自分も悪いと思い込むでしょう?貴方みたいに優しい世界にしか生きてこなかった人にはそれだけで充分だって知ってるの。だから共犯にしてあげる。ちょうど良かったわ私も一人で行くのはちょっぴり怖かったの。貴方を私が選んであげる嬉しいでしょ?一緒にあの崖に行って、あの村をみて、村人全員見殺しにしましょうよ⁇きっと共犯の私から貴方は離れることができなくなる。村人を見殺しにした人なんてヴァルとセフェクはきっと軽蔑するわ?そうなったら私しかいないもんね?
「ケメトは絶対そのヴァルって人に利用されてるわ。関わっちゃだめよ。だからこうしてケメトの為に言っているのに。ケメトが特別だから折角私がここまで言ってあげてるのに!さっきからケメトったら私のいうこと全部聞いてくれないじゃない!私のこと嫌いなの?友達だと思ってたのに酷い。ケメトは結局私も皆どうでもいいんでしょ?あのヴァルとセフェクだけが好きなんでしょ。それ以外どうでもいいのね?すっごく冷たくて酷い子。私がせっかく二人から離れた方が良いって何度も何度も何度も教えてあげてるのに!なんで?なんで友達になってあげたのに私の言うこと聞けないの??私を友達って言ったの嘘だったの?」
視界が真っ赤になって、思いつくままに舌が動いた。
ケメトの手をぎゅっと力いっぱい握ったら、そこでちょっと痛そうに顔を歪めた。良かった、さっきまでぽかんと目を丸くしたまま何も言わないから聞いてないんじゃないかと思ったの。
息が切れるくらい捲し立て終わったら、そこでやっとケメトが「ごめんなさい」って謝った。もう良いわっ、て背中を向けてみせたら「また待ってますね!」って言ってきた。ほら私からもう離れられないでしょう?あと一歩。駆け引きを知らない子どもは揺るがすのも簡単よ。
絶対絶対手に入れるの。絶対全部奪うの。絶対この子をヴァルとセフェクから自分の意思で離れさせる。それで私だけのものになって、捨てられるまで都合の良いように使ってあげる。それで
「心配した」って、また言って?
……
…
嗚呼、まだかしら。
足を弾ませ、鼻歌と一緒に先へ行く。
あれから、酒場のおじさんには一度も会わない。あの子……ええと、ネイ……?……あの、男の子。あの子の腕がなくなっちゃってもうお金が稼げなくなったのかな。それとも妹夫婦を売ったお金で贅沢三昧しているのかとも考えたけれど、答えはわからない。
けど酒場の噂だと〝死なないように見張ってる〟と聞いた。一度大量のお酒と食料を買い込んでるのも見かけた人がいたらしい。すごく苛ついているらしくて、結局片腕だけでもお金を稼がせることにしたのかなと思った。
両親を失って、こわいおじさんと二人きりで家に閉じ込められているあの子はとってもカワイソウ。どんな顔してるのかしらと思えば、どきどき胸が鳴った。……だけど不思議。今は前みたいに高鳴らない。
あれから不思議。毎日が楽しくてわくわくするのに、どこか味が薄くも感じるの。
たとえば、あの子。
いつものように市場から下級層へと戻る途中、立ち寄った中級層。下級層だけじゃなくて中級層も端の端は私達と同じような生活の人達がたくさん住んでいる。住宅地じゃない、裏通りに近い場所は特に。そこでぽつんと小さく座り込んで、固そうなパンを齧っているあの子。
白い髪に白い肌、顔色が悪いのかそれとも色を持っていないような男の子。食事を食べているのに全然美味しそうでもない頬のこけた男の子は、ちょっと変。
「大丈夫だよ、クロイ。さっきだって急にクロイが話しかけてくるから転びかけちゃっただけで……ッなに僕の所為にするの?ちゃんと前を見てなかったのはディオスでしょ」」
ぶつぶつ独り言みたいに地面に向かって話してる。
自分で自分に言い訳するなんてカワイソウ。途中からは急に一人芝居みたいに若葉色の目を尖らせてまたぶつぶつ呟いているから練習かしら。寂し過ぎて一人でお喋りしてるなら本当におかしな子。
だけどやっぱりまだ足りないの。もっともぉっとカワイソウな人が欲しい。
そう思っている間にも一人でぶつぶつ言ってる男の子は「なんだよ!」と言った直後にパンを地面に落とした。途端に「あっ……」と呟いて、さっき一人芝居も忘れて涙目になり出してる。たかが落ちただけのパンなのに、まるでパンが川にでも流れちゃったような顔になるのがやっぱり中級層の子ねっと思う。
捨てるなら私が拾おうかと見てたけど、結局鼻をぐすぐすさせながら拾って土を払ってた。ただパンが落ちただけで泣いているなんて、本当にまだ恵まれている証拠。
「おいクロイ!!次の積荷来たぞ!!」
「っ!?は、はい!今行きます!!」
通りの向こうから聞こえて来た怒鳴り声に、クロイと呼ばれた男の子が雷にでも打たれたみたいに飛び上がった。
まだ土が払いきれていないパンを口に放り込んで、見ている間だけで二回転びかけながら通りの奥へと走っていく。うじうじ泣いて惨めでちょっと頭もおかしくなったカワイソウな子だと思うけど、今の私にはやっぱり大して響かない。まぁ、……そうよね。だって
これからもっともっとすごいことが待っているんだもの。
「~♪まーだかな」
運命の日まで、あと六日。
私はその日、手に入れる。
Ⅱ373-1、371