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〈コミカライズTTS1巻・感謝話〉王女は飛ばす。


「!見て下さいお姉様っ!小鳥さんが!」


休息時間になり、外の風を感じながらティアラは思わず声を跳ねさせた。

共に庭園に出たプライドも、妹の指し示す方向に眉を上げ顔を綻ばせる。日向ぼっこをする為に腰を下ろした木陰で目を細めた。

目新しい小鳥が、手が届きそうなほどすぐそこで羽を休めていた。人がいるにも関わらず木の枝ではなく地面に降り立つのは珍しい。

しかもこんな近くでと、プライドは無意識に伸ばしてしまいそうな手を反対の手で止め、押さえた。せっかく近くにまで来てくれたのに、これ以上近づいたら飛び立ってしまう。

呑気に地面を突き跳ねを遊ばせる小鳥に手を振るティアラに「近付きすぎると逃げちゃうわよ」と声を掛けた。昔から鳥や動物好きのティアラがこうして庭園に紛れ込んだ小動物にはしゃぐこと自体はよくあることだ。

ティアラが手を振っても逃げはしない。にこにこと陽だまりのような笑みを浮かべるティアラに、寧ろ引き寄せられるように数センチだけ近付き出した。それだけでまた嬉しそうに声を漏らすティアラに「流石主人公」という言葉がプライドの頭に浮かんだ。


「おやつとかあったら来てくれるでしょうか?」

そうね…と、言葉を返しつつプライドは自分の服を手探ってみる。しかし王女のドレスにクッキーやパンくずが入っているわけもない。

せめてお茶の時間だったら……!と思いながら、今度は傍にいた専属侍女に視線を投げた。ティアラも同じように自分の専属侍女へと期待を込める。彼女もまた、やはりお菓子をポケットにいれてはいない。

王女二人からの期待の眼差しに、専属侍女も一度は衣服のポケットを確かめた。しかし王女の専属侍女もまた衣服の中におやつをいれはしない。今から取ってきましょうかとマリーが提案するが、王女二人は断った。今取りにいっても、その間に飛び立たれてしまう可能性の方が遥かに高い。


コホン、と。

鳥を驚かさない程度の咳払いが鳴らされた。珍しい人物からの咳払いに全員が注意を向ければ、第一王女近衛騎士のジャックだ。少し気まずそうに目を逸らしながら、衣服の中から軽食であるパン切れを取り出した。

良いの?宜しいのですか⁈とまさかの意外な人物からの提供に瞬きを繰り返す王女二人に、ジャックも抑えた声で「このような物で申し訳ありません…」と呟いた。

あくまで自分の小腹が鳴りそうな時の非常食だったが、既に時間が経過して乾ききりパサついたパン切れを鳥の餌としてとはいえ王女に渡すことに申し訳ない気持ちになる。

自分にとっては非常食でも、王族にとっては残飯に等しい欠片だ。

しかし貴重な近衛兵のおやつを分けた貰えたと判断した二人は、ありがとうと満面の笑みで声を合わせた。ジャックから溢さないように両手でプライドが受け取り、それをティアラの手の器へと千切りながら移す。

「鳥さんパンですよ!」と早くも鳥に呼びかける妹がそれだけで愛らしいと思いながら、プライドは細かくちぎったパン全てを妹の手の平に収めた。


「チチチ、チチチッ………!来ます来ますっ!」

鳥の鳴き声で呼びかけながら、パンくずいっぱいの手の平を小鳥へと伸ばす。

もともと警戒心が薄い様子の鳥は、それだけでくるりと首を回して近付いた。ぴょんぴょんと跳ねるように近付き、ティアラの手の平が届く位置まで辿り着けばそこで小さな嘴をパンくずへと動かした。

自分の手の平で食事をしてくれる鳥の姿に、ティアラの金色の瞳が一層輝く。最初は文字通り手を受け皿にしていた鳥が、少しずつ首を伸ばすだけでは足りず更に踏み込んでくる。枝のような足をティアラの手にかけていく様子を、プライドもすぐ隣で固唾を飲んで見守った。

鳥の足の感触が擽ったく、思わず肩が上がってしまうティアラも今は鳥が手の平に乗ってきてくれるのが待ち遠しくて呼吸まで止めてしまう。もう片足、もう片足と心の中で鳥が手の平に完全に乗ってくれるのを待つ。

とうとう鳥がご馳走を前に手の平へ完全に乗り切れば、歓喜いっぱいの顔になるティアラにプライドも小さく拍手した。流石はティアラ!と思いつつ、今は声を潜めてなるべく長い小鳥の滞在へと務める。

庭園では珍しい鳥ね、なんという名前でしょう?餌付けされてるのかしら、誰かが飼っていたことがあるのかも、と。こしょこしょと至近距離で声を抑える姉妹の微笑ましい会話に、侍女も衛兵も静かに耳を傾けた。

今年で十五と十三歳とは思えないほど、子ども時代から変わらないあどけない会話は何度聞いても心が温まる。


「綺麗な毛並みの色ですね…。青みがかっていて………あっ!今日の私のリボンとお揃いですっ!」

「本当ね。まるで〝青い鳥〟みたい」

「青い鳥、ですか?」

誇らしげに自分のリボンをプライドへと胸を張って見せるティアラも、プライドの言葉にきょとんと表情を変えた。

妹の反応に、プライドもそういえばこの世界にはない物語だと思いだす。自分も前世で簡単な絵本で呼んだだけだが、有名なおとぎ話だ。

「本で、詳しくは忘れちゃったけど………」と断りながら、前世で知ったおとぎ話のあらすじだけでも口にする。

自分が知らない物語に、ティアラもその間だけは手の中の愛らしい鳥ではなくプライドへと集中した。フンフン!と聞きながら、その本が図書館にないかしらと本気で思う。仲の良い兄妹の冒険物語のように感じられたその本を、もし子どもの頃に自分が読んでいたら絶対大好きになっていただろうと確信する。


「つまり、幸せは遠くではなくてずっと近くにあるから気付いてねっていうお話ね」

「素敵なお話です……!私達も忘れないようにしなければなりませんねっ!」

きらきらきらっと聞こえてきそうなほど目を輝かせるティアラに、プライドも肯定を一言返した。実際はもっと色々な冒険も含まれていた気がするが、最終的な結論さえ正しければ良いだろうとこっそり自己完結する。

「ではこの子は幸せの鳥さんですね」と、ほんの数センチティアラが鳥を手の皿ごと持ち上げて見せれば、プライドもティアラと合わさって本当にその通りのような気までしてきた。ゲームの世界だから余計にだ。

「今日は良いことあるかもね」と悪戯気分で言っていれば、ティアラも大きく頷いた。


「!そうです!この子を飼うのはいかがでしょう?ずっとずっと幸せでいられますよっ」

「ティアラ、それだと物語と同じように逃げられちゃうわよ?」

今にも鳥に名前まで付けてしまいそうなティアラに、プライドも苦笑まじりに待ったをかける。

可愛らしい案とは思うが、今の物語を話した後では悪いことのように思えてしまった。ティアラなら絶対大事に可愛がるとは思うが、それでも。



─ せっかく自由なのだから。



「……それに。もう、私達は幸せじゃない」

ね?と、笑いかけるプライドに、ティアラも心からの笑みで返した。

そうですねっ!と声を跳ねさせた途端、驚いた小鳥が短く羽をバタつかせたから唇を絞る。もうちょっと、もうちょっと食べきっていませんよ!と心の中で唱えながら、鳥にとって居心地のいい手の平行を維持する。

そんな可愛らしいティアラに、プライドも嘘はない。青い鳥の物語を考えても、今の王女である自分達は本当に恵まれた立場にあると思う。

日向ぼっこしながら仲良く鳥を愛で、大事な人に囲まれ、王族として不自由のない暮らしを与えられている。ゲームでは悲しませるばかりだったティアラと、こうして仲良く姉妹として過ごせる日々も心の底から幸せだと思う。幸せの象徴を籠に閉じ込めてまで、享受する幸せは不要だと思えるほどに。

「だから民に幸せを返していきましょうね」と温かな声で繋げるプライドに、ティアラも満面の肯定を返した。

それを見守るロッテ達もこの国の未来が平和だと確信できてしまう。


「!そうですっお姉様。この子は、〝幸せを運んできてくれる〟鳥さんではなくて〝幸せに気付かせてくれる〟鳥さんというのはどうでしょう?それでしたら今きちんと叶えてくれてます!」

名案!と言わんばかりに語るティアラに、プライドもフフッと笑ってしまう。

口元を手で隠し「その通りね」と言いながら、そんな占いの帳尻合わせみたいなことをしなくても、幸せもちゃんとこの後叶えてくれるかもしれないのに小さく思う。しかし、ティアラの考え方の方がずっとずっと素敵で良いと心から思えた。少なくとも今、自分は改めてそう思えたのだから。

綺麗な心を持ったティアラらしい考え方だと思う。クスクスと、一度笑った後も自慢げに笑みを浮かべる妹が可愛くて笑い声が零れてしまう。

幸せを運んでくれる鳥だとしても、今自分は可愛い妹の姿を見れて充分効果があったと思う。


「!姉君、ティアラ、こんなところにおられたのですか」

暫く平和な時間を過ごし、不意な声に姉妹が顔を向けた瞬間だった。

バササッと、新たな声に鳥が勢いよく飛び立った。

飛び立った鳥に、ティアラも手を構えたままその姿を見上げる。プライドも空へと羽ばたいていく鳥を静かに見送った。

ステイルもゆっくりと姉妹の方へ歩み寄る。プライドとティアラが遠目に見えたところで呼びかけたステイルだが、ちょうど鳥がティアラの手元から飛び立ったのが見えればさっきまで二人が何をしていたのかも想像できた。

鳥と戯れていたところに自分のせいで逃がしてしまったかと、少し悪いことをした気になりながら眼鏡の黒縁の位置を指で直した。


「申し訳ありません、逃がしてしまいましたが」

「大丈夫。ちょうど食べきったところみたいだったから」

「兄様ってば。幸せの鳥さんに逃げられちゃいましたよ?」

「??なんだそれは」

悪戯っぽく笑うティアラに、ステイルも今度は素直に首を捻った。

ちょうど勉学を終えてこれからアーサーとの手合わせに向かうところだったステイルだが、いきなり「幸せを逃がした」とも聞こえる発言が少しだけ気になった。

くすくすと顔を見合わせながら笑い合うプライドとティアラを見比べ、飛び立った後の鳥を目で追う。もう遠くなって小さな点にしか見えないが、少なくともこれから向かう稽古場の方向ではない。

周囲にいる侍女や衛兵までも、微笑ましく自分と姉妹を見つめるだけで真意を教えてくれなかった。


「違うわよティアラ。ほら、ステイルはちゃんと〝気付いてる”からいなくなっちゃっただけよ」

「!そうですねっ。兄様はお姉様もアーサーもいてちゃんと幸せいっぱいですもんねっ」

「可愛い妹もいるものね」

「………なんなのですか一体………」

なんだか自分がからかわれているような擽ったい感覚に、ステイルも少しだけ無表情が崩れる。

怒っているようにも見えるステイルの反応に、困らせてしまったとわかる姉妹は「なんでもないの」「ごめんなさい」とまた眉を垂らし笑ってしまう。

改めてプライドの口からさっきまでティアラと話した内容を簡単に説明すれば、やっとステイルも肩から力が抜けた。そういうことですか……と、溜息まじりに言いながら本当に気にすることではなかったのだなと思う。


「兄様は幸せいっぱいなのよね!ジルベール宰相とマリアに子どもも生まれたって聞いたばかりでっ!」

「それにアーサーも近衛騎士だもの」

「アーサーの方は否定しませんが、……俺の幸福はジルベール、…宰相に苦渋を舐めさせる時です」

幸せの囃し立てに、ステイルも気恥ずかしさで苦々しい声を返してしまう。

眼鏡を指で押さえつけながら、チラチラと逃げるように周囲の目を確認する。専属侍女と近衛兵だけなら良いが、他にも見られていると思うと落ち着かない。ただでさえ人の目がある庭園だ。

憎まれ口を言うステイルにティアラも「もうっ!兄様!」と唇を尖らせるが、今は照れてるだけとわかる分腹立ちはしなかった。少なくともちゃんと兄も自分達と同じくらいには幸せを感じてくれると思えた分満足もする。

近衛騎士と近衛兵、そして姉の専属侍女も決まり更にはジルベールの第一子も生まれた今、本当に今は幸せいっぱいだと心からティアラも思う。


「これからアーサーと手合わせ?私達もいかなくちゃですねお姉様っ」

「そうね。アーサーはもう着いているかしら」

すくっと立ち上がる妹に合わせ、プライドも立ち上がる。ご機嫌の妹に手を引かれ、ステイルと共に並び稽古場へと向かった。


「あっ!ジャックにはあとでお礼に今日のお菓子をあげますねっ!」

「?何かジャックから貰ったのですか」

「あとで話すわね。今日はマフィンだったかしら」


鳥が飛び立ったとは反対方向へと踏み出し、もう振り向きはしなかった。






………







「あっ!鳥!!」

「可愛いですね!ヴァル、鳥ですよ!あっちに」

「アァ?うるせぇ。食えるとこもねぇだろ」



青みがかった鳥に、下級層の端で浮浪児二人と罪人が気付くのは日も沈みきった夕食の時間。


たとえ手を伸ばしても遠い、枯れ木の遙か上に止まる小鳥は三人の傍で羽根を休めることはなかった。

まだ。

ラス為TTSコミカライズ1巻の特典でかわのあきこ先生に描き下ろして頂いたペーパーから、勝手に構想し書かせて頂きました。


こちらは、TSUTAYA BOOKS様書店特典の描き下ろしペーパーを元に書かせて頂きました。


※書店ではなく、イラストで作者が勝手に選んで書かせて頂いています。

お楽しみ頂ければ幸いです。

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