〈本日コミカライズTTS1巻発売‼︎・感謝話〉騎士達は感慨深い。
「?どうしたエリック」
騎士団での飲み会。演習場内の各所で行われる内の一つで酒を酌み交わしていたアランは、ふと気づいたようにエリックへ視線を向けた。
予知開花記念日。フリージア王国の祝祭日である今日、騎士団だけでなく国中が酒を飲み騒ぎの祭り騒ぎだった。
エリックは騎士団の飲み会会場でも一番大規模なテーブルにいたが、隊長であるアランに引っ張られる形で今はまた違う一角に場所を移していた。
飲み会が盛り上がり、互いに話す話題が異なればすぐにテーブルごと場所を変えて小規模飲み会に分裂することも珍しくない。さっきまではプライドの学校潜入について語らっていたアランだったが、今は話題も少し変わった分〝話せる騎士だけ〟で少し場所を空けて話題に花を咲かせていた。
自分の隣で同じ話題で楽しんでいたエリックだから一緒に引っ張り連れて来たアランだが、急に心ここにあらずの表情になったエリックに他の飲み会に参加したかったのかなと考えた。それなら別の飲み会行ってこいと背中を軽く押そうと思ったが、エリックが呆けていたのは決してつまらなかったわけでも不満だったわけでもない。
「いえ、その……今、急に思い出して。ああそうだったのかと……」
「へー。なんだ、何に気付いた?」
「本当に大したことじゃないんですけど。アラン隊長が仰った〝ジャンヌ〟をアーサーがって話で………全く関係ないことを」
それでそれで?と、苦笑気味のエリックの肩に腕を回すアランは、反対の手でエリックの半分残ったジョッキにまた並々と酒を注いだ。アランとエリックが違う話題を始めたことで、周囲の騎士達も二人を置いて盛り上がっていた話題に酒を交わす。話題が途中で飛ぶことも分裂することも大人数飲み会で珍しくない。
アラン達のさっきまでの話題。学校潜入のジャンヌから始まり、プライドの学校での警護ができたことを羨ましがられていた近衛騎士だが、そこでアランの自慢話から話題も飛んでいた。
いくらでもプライドとの自慢をするアランに、騎士達が「ずるいぞ」「お前はいつも」「自重しろ自重」と楽し気に野次を飛ばした。そこからアランが「いやいや俺よりも」と笑いながら出した話題が、エリックも自分で不思議なほど引っ掛かった。
『アーサーなんて何年も前にジャンヌ様抱えて走ったし』
ああ知ってる、あれか、殲滅戦の、なんですかそれは、おいその話題は箝口令がと。当時の事情を知る騎士達で懐かしんだまま、席を移動した。もともとアランのまわりにいた騎士に任務に関わった一番隊も多かった為、盛り上がるまま席を移動し現状に至っていた。
〝ジャンヌ〟の件を知る者も当時の騎士のみ、当時箝口令を敷かれた今は話題にするのも当時を知る者同士のみと限られているが、こうして誰もが大騒ぎで互いの耳を塞いでいる中では少しテーブルの距離を離すだけでも充分この場限りの話題をすることができた。
当時の殲滅戦、そこでのジャンヌ達の活躍を懐かしみながら語り合うアラン達だったが、それを聞きながらエリックは全く別のことも思い返していた。
「本当につまらないことですよ?」と、あまりにもがっつりとしたアランの食いつきにエリックは念を押す。プライドの話題だと思って期待させていたら申し訳ないと思いながら、大声でするほどでもない話題をやんわりとした口調で話し出す。
「学校視察時なんですけど、校門前でジャンヌ達の下校を待っている間に何度か生徒に話しかけられることがあって」
「ああ、お前話しかけやすいもんな。生徒達にも人気だったんだろ?」
プライド様やアーサーにも聞いた。と、エリックの人柄なら当然だろうとアランも笑う。
騎士についての質問やジャンヌ達の親戚として話しかけられること以外にも「こんにちは!」「お疲れ様です!」と積極的に挨拶されることもある。「ハナズオの王子様のお迎えですか」と聞かれたことも「カラム先生とも知り合いですか」と尋ねられたことも一度や二度ではない。
ただでさえ珍しくそして憧れの的である騎士が校門前に立っていれば、どうしても生徒の目にはつく。生徒だけでなく教師や、生徒を迎えにきた保護者達に話しかけられることも珍しくない。
そんな話しかけられた数を思い出しては「ええまあ」と笑ってしまうエリックだが、今自分が思いだしたのはそのどれでもない。
『こっ、こんにちは!』
そう、少し緊張気味に挨拶された。
挨拶というには他の生徒のように歩きながらの呼びかけではなく、きちんと自分の前で立ち止まったのが最初に印象づいた。
騎士に興味があるのか、年齢からしてジャンヌ達の同級生ではないだろうとすぐにわかった。それよりもずっと幼い少年だ。十歳くらいだとエリックは思う。
こんにちはと。最初にそう挨拶を返したエリックだったが、明らかにそれ以上も話したそうな少年に少し腰を落として向き直った。友達と一緒でもなく、一人で緊張していたのだろう少年は唇を一本に結んだまま二秒近くエリックを見つめていた。
どうかしたかと尋ねるエリックに少年は目を一度伏せ、足で土を弄りつつ第一声が嘘のように控えめな声で「あの」と口を開いた。
『えっ……と。…か、僕の、お母さんは元気です。騎士様、いつも本当にお疲れ様です。ありがとうございます……』
まるで、頭の中でずっと決めていた台詞を絞り出したように途中からは少し早口だった。
言いながらも少し照れくさそうに古びた服の裾を両手でぎゅっと握り、擦り減った靴の爪先の方向へ頭を下げる少年は耳まで赤く、本当に勇気を振り絞って話しかけてくれたのだということはすぐにわかった。
騎士に憧れているのか、それとも学校でカラムの授業か何かで習って改めて労ってくれようと思ったのか。親をわざわざ出すということは、母親から騎士にちゃんと日頃の挨拶やお礼をと躾けられたのかと。いくらか想像はできたが、今も挨拶だけでいっぱいいっぱいの様子の少年にわざわざ言及するのも野暮だと思った。
他の挨拶してくれた生徒と同じように「そうか」と笑顔で返し、子どもの目線までしゃがんだ。
『わざわざありがとう。これからも家族を大事にな』
そう言って頭をわしゃりと撫でれば、途端にパッと明るい笑顔を見せてくれた。
「はい!」と嬉しそうに弾ませた声を上げる少年はきらきらした目で見つめ返し、手を下ろされた後には駆け足でまた校内の方に戻っていった。走りながらまた振り返っては手を大きく振り、親指と人差し指を立たせた手で「バーンッ!」と楽しそうに撃つ真似までしてみせた。子どもらしい狙撃ごっこを受けながら、立ち上がったエリックも手を振って少年を見送った。
当時は可愛らしい少年だなと懐かしい気持ちにされたが、何故最後に剣の真似ではなく銃の真似だったのだろうとはこっそり思った。騎士といえば一般的に剣が主流の想定なのにと、もしかしたら狙撃特化の五番隊や六番隊を見たことがあるのかとまで考えた。
見えなくなる直前、その子の友達だろう子どもから「フィル!何やってんだよ!」と呼ばれた時には「なんでもねーよ!」と明るく笑いまじりの声が飛ばしていた。自分に話した時とは違う、のびのびとした年頃の少年らしい響きにどれだけ緊張して話しかけてくれたのかも印象に残った。
「あれからは校門でも見なかったので、恐らくは寮の生徒かと」
「へーじゃあ、わざわざお前と話す為に来てくれたってことか?良かったな」
「はい。ただ、それだけではなくて…………」
一定年齢以下の子どもは学校でも寮に無料で住むことができる。下校時間に、校門をくぐる必要もないのにわざわざ訪れ、また学校に戻っていったことから考えても殆ど間違いないとエリックも思う。
騎士に会いに行って、そこまで丁寧に対応してもらったなら少年もわざわざ来た甲斐があったなとアランは会ったことのない少年の笑顔を想像しながらエリックの肩を叩いた。頬を指先で掻きながら笑うエリックは、そこでやっと本題へと戻る。
「……あの子、多分なんですけれど。あの殲滅戦で救助した子かな?と……。自分が殿を務めさせて頂いた時、確か最後尾にいた女性のことを母親と呼んでいて……」
『ママを置いていかないよね⁈』
当時は今よりも幼い子どもで、逃げる時も騎士に抱えられていた。幼いながらに母親のことを心配していた優しい少年は、風貌からも確か下級層の子だったと思う。
年齢も経過年数を合わせればざっくり合っている。そうであれば、あの時の言動がいろいろ納得できた。少年を抱える騎士も最後尾に近く、だから自分の顔も見て覚えていたのだろうと思う。
確証はないが、本当にそうなら当時少年を抱えていた騎士にも教えてやらないとなと思う。当時助けた子どもが、今はプラデストにいて母親も健在なのだから。別々に暮らしていても会えないわけではない。
日中は母親は仕事をして、たまに会う。それだけでも下級層で暮らす親子の負担は大きく変わる。古びた衣服や靴ではあった少年だが、不衛生な姿ではなかった。靴を履いていたのも一定の生活は守れているのだろうと思う。
しみじみと言いながら、そんなことを思うエリックにアランも「おぉ!」と声を漏らし背中を数度叩いた。「良かったじゃねぇか!」と笑いかけながら自分もジョッキを一気に傾け、飲め飲めとエリックを促す。
「あるよなー。プラデストってやっぱ城下の子どもばっかだし」
「アラン隊長も学校で?」
あるある。そう笑いながら言うアランだが、ジョッキを傾け終えたエリックへ話す前に「とにかくお前は偉い!」と最後に思い切り背中を叩いた。自分の話に入るより、今はとにかく部下のがんばりが実ったことを喜びたい。
騎士である自分達にとって、過去の任務の関係者に会うことは珍しくない。
いくつもの任務の中で救助した大勢を全員覚えることは難しいが、しかし助けられた側には数少ない騎士との出会いは鮮明に覚えている場合は多い。
恨む裏稼業に狙われることもあれば、逆に自分は覚えていない民にお礼を言われることも城から降りればよくあることだ。騎士として場数を踏めば踏むほど、当然ありえる。
空になったジョッキにまた並々と酒を注いでやれば、エリックも恐縮ですと返しながらアランのジョッキへ注ごうと酒瓶を探した。が、既にアランのジョッキには別の騎士が並々と注いでいるのが目に入る。
そんな部下達の競争率も知ってか知らずかのまま「やっぱ一番驚いたのは」と、アランは懐かしそうにジョッキを掴む。
「学校の廊下、見回りで歩いてたらさ。移動教室中だった高等部の男子生徒にいきなり呼び止められて。「一番隊ですか?」って聞かれたからちょっと話して。五、六年前に地方遠征でー……ほら、北の結構寒いとこ行った時の」
「ああ、ヤハズ地方のですか?確か、あれも殲滅戦でしたよね。人身売買の検挙で」
「そうそう!ジルベール宰相からの情報で国内の人身売買めちゃくちゃ潰しまくってた時期!」
わははっと懐かしさのあまり笑ってしまう。ばちりと地方名まで当てたエリックに指を差しながら、大当たりと歯を見せるアランは当時騎士隊長になって半年も経っていなかった。
騎士団の各隊や小隊、班での合同も行いながら国内各地の人身売買撤去で忙しかった。一番隊を率いたアランは、四番隊の小隊と共に地方遠征に出ていた。
当時のことはエリックもよく覚えている。アランのことを尊敬して入隊したエリックだが、改めてアランを尊敬した任務の一つだ。
「あの時保護した中にいたらしくてさ。しかもほら、逃げられかかった荷馬車に」
「ああ!自分もよく覚えてます。アラン隊長が単身で追走された時のですね」
足場の悪い山岳地帯だった。人身売買組織の一角が、奴隷をいれた馬車に乗り込みそのまま逃亡を図った。馬だけならばまだしも荷車を引く馬車は。足場の悪い中で速度も落ちていた。実際、騎士隊も馬を離れた場所に待機させて本部までは足で進むことを選んだほどだった。みぞれが降った後で滑りやすく、危険だと判断した。
距離が空いていたにも関わらずその足で馬車に追いつき、逃亡犯を倒し馬車ごと奴隷被害者を取り戻したアランに仲間である一番隊も歓声を上げた。本当にアランは特殊能力者ではないのかと当時エリックも疑ったほどだ。あの荷馬車の中にいた被害者なら、馬車を足で追いかけて来たアランのことは確かになかなか忘れられないだろうとエリックは思う。
その後は騎士団が詰所や保護所を経由しながら城下に戻ったが、故郷が城下だという被害者数名は最後まで城下に連れ帰った。その中の一人だったと説明するアランに、またエリックは感慨深くなる。
奴隷被害者の全員が城下にいるわけではなく検挙した地の領主に任せる場合もあるが、地方から故郷の城下に戻った子どもが今はプラデストに通っている。
「今は家の手伝いしながら通ってるんだと。わざわざ礼言ってくれて嬉しかった」
「やっぱり嬉しいですよねぇ。なんだか、こちらがすぐ思いだせないのが申し訳ないくらいで」
「いや向こうも向こうで覚えてるかなんて期待してない場合の方が多いって。エリックの言ってたその子も喜んでくれてたんだしさ。……!お、カラム!」
こっちこっち!と、そこでアランは視線を上げて大声で手招く。
ちょうど演習場に戻って来た同僚に、上機嫌のまま会話に引っ張り込む。アランの呼びかけに気付いたカラムも、三番隊が多い飲み会席へ行こうとして足の向きをくるりと変えた。呼ばれたからには優先するが、しかし楽しそうな笑顔を向けてくるアランの手招きに、これはただ絡まれるだけだなと歩み寄る間に確信した。
「お疲れボルドー卿」
「やめろと言っているだろう。それで、また部下に絡んでいるのか」
城での式典にボルドー卿として招かれたカラムは、今やっと着替えを終えて戻ってきたところだった。式典用の装いから、今は肌に馴染むいつもの団服を身に纏っている。
お疲れ様ですとエリックも周囲の騎士達同様挨拶をしたが、絡まれていることに関してはやんわりと今回は否定した。ここに来るまではやや絡まれてたと言えなくもないが、今はむしろ自分が話を聞いてもらったぐらいだ。
「アラン隊長と懐かしい話を色々……」
「そうそう!エリックがさぁ」
「エリック。すまないがお前の方が説明してくれ。今のアランでは結論が遠くなる」
酔っていると言えなくもないほど上機嫌のアランに、早々にカラムは説明役としては見切りをつける。これ以上酔って寝た場合は水差しを頭から被せることも頭の隅で検討した。
少なくともアランがここまで酔いに近くなっているということは、よほど落ち込むかよほど嬉しいのどちらかだと思う。
そしてエリックの話を聞けば、そこで納得もできた。エリックに続いてアランもまた当時救った被害者が健在だったことに嬉しいというのは、自分もまた気持ちがわかる。
気付けば話を聞き終わった時には自分もアランの隣に腰を下ろしていた。「なるほど」と一言切りはしたものの、自分にとっても聞けて良かった話題だ。
かいつまんだエリックの説明だけでなく、詳しくもっと聞きたいとすら思う。
「騎士として誉れ以外の何物でもない。今後の為にも心に留めておくべきだろう」
「カラム隊長もやはりそういうことは多いですか?」
「そりゃカラムはあるだろ!三番隊だし、プラデストでもあったんじゃねぇ?」
まぁ……、と。アランからの図星にカラムも前髪を指先で押さえながら、一度言葉を濁す。確かに多いといえば多い方だという自覚はあるが、今はエリックとアランを褒めた手前自分の話題は逆にしにくい。
しかし二人から聞かせてもらったのに自分だけが隠すわけにもいかない。どれを話すべきかと、少し視線を浮かせていればその間にエリックにはジョッキを渡され、続けてアランからなみなみと酒を注がれた。もうここまでくれば逃げられない。
「……講師の授業中、当時保護した子どもに顔をまじまじと見られることはよくあったが。確か、エリックと同じ殲滅戦の時の子どももいたと思う」
同じ子どもかもしれないな、と。そう言われればエリックも笑んでしまう。救出時に助けたのは自分の班だが、その後に洞窟から出た彼らを保護したのはカラム率いる三番隊だ。自分の顔を思えている子なら、カラムのことも覚えていて不思議ではない。
流石に全員ではない。しかし保護した被害者についても覚えていることが多いカラムは、自分の授業を受けた子どもの中に見覚えがあるのも何度か気が付いた。
しかし、顔をまじまじと見られただけで終わった場合の方が多い。子どもも当時のことは思いだしたくない場合もあれば、騎士違いではないかと自信が持てない場合も多い。
そしてカラム自身、自分を覚えてくれていることを期待もしなければ、わざわざ自分から言うことでもないと思う。中には、見回りしていた時に保護した迷子というだけの子もいた。
「校門で待ち伏せされたことは、二度ほどある。一人は保護した子どもの父親で、私が二限目で帰ることを子どもから聞いてわざわざ時間を合わせてくれた」
子ども本人は気まずさもあり言えなかったが、あの時助けてくれた騎士様が先生をしていると親には話した。その結果、当時言えなかった礼を言う為にわざわざ父親が校門で待っていた。
カラム隊長ですか、と息子から先生として聞いたカラムの呼び名で尋ね、当時裏稼業と諍いになり集団で殺されかけた息子を助けてくれてありがとうございましたという礼だった。今はきちんと更生して裏通りにも絶対近付かないようになったと聞けば、カラムとしてもそれで満足だった。授業も真面目に聞いてくれていた、良い生徒だったと思う。
あともう一人は?と、アランがまた促す。さらりと待ち伏せが二件というのもカラムらしいと思いながら顔を覗き込むアランに、今はエリックも同じように前のめりになった。
「十年も前の被害者だった。貴族の屋敷の摘発で、まだ私も隊長格ではなかった頃だが」
「十年はすごいですね………!」
「あ~………なんかうっすら覚えてるかもなぁ。なんだったか、取り合えずカラムが任務後にもすげぇ褒められてたやつのどれか。確か、隠し扉見つけたんだっけ?」
隠し階段だと。やや違うところを訂正しながら、カラムも十年前の事件を昨日のことのように思う。当時は隊長格でもなかった自分にとっては、緊張感も抜けきらず挑んだ任務だった。
城下から離れた町民から城へ直接の訴えで、町の女性が何人も貴族の屋敷に行ったきり行方不明になっている。娘も帰ってこないし領主も取り合ってくれないと嘆く町人の訴えに応じたが、相手が貴族だった為に慎重な行動が必要だった。
貴族の息子が親にも隠して地下室に女性達を監禁していた事件は、あまり気分の良い記憶がカラムにはない。幸い死者はなく女性全員生きて救出できたが、それでも痛ましい事件だった。
入り組んでいた屋敷と、屋敷の頭首も妻も人柄が良い人物だった為に周囲の町人も領主も疑いにくかった。地下室への入り口を子息の部屋で見つけたのは当時三番隊本隊騎士として同じ仲間達と共に屋敷の図面と照らし合わせたカラムだが、しかし温度感知の騎士があの場にいればもっと早く解決しただろうと思う。
「救出した女性の一人で、嫁入りして城下に移り住んだそうだ。言われるまで私もわからなかった。しかし、今は真面目な夫と共に子ども二人にも恵まれたそうだ」
子どもから騎士の講師の話を聞き、特徴からもしやと思って足を運んだと。カラムの名前までは知らなかった女性だが、校門で会ってすぐに確信できた。
保護された時とは別人のように生き生きと笑っていた女性にはカラム自身も会えて良かったと、逆に会いに来てくれたことに礼もした。
十年も後ではカラムも覚えていなくて無理はないと思うアランだが、同時に特徴だけでカラムだと思ってお礼に来るぐらいなのだからきっと何かしらカラムに助けられたことがあったのだろうなと口には出さず思う。ただ救出した三番隊の一人というだけでそこまでするとは思えない。
痛ましい事件を語った時とは打ってかわり、口元も柔らかく笑んできたカラムはアランの促しも利き、ジョッキも進んだ。エリックもいつもより酒が進む中、静かに水差しにも手を伸ばした。新兵が汲んできたばかりでまだ中身も減っていない。
「本当に、こういう話を聞くと騎士になって良かったと心から思います」
エリックの言葉に、アランもカラムも同意する。
今や騎士隊長である三人の武勇伝にも近い話題に、いつの間にか周囲の騎士も聞き耳を立てていたことにも珍しく気付かない程度には三人とも気持ちが浮き立っていた。
「そういえば…プラデストでご一緒でしたハリソン副隊長はどうでした?」
ふと、思い出したようにエリックがアランを覗く。
アランと同じくセドリックの護衛として学校を闊歩していたハリソンにもそういった話題はなかったのかと尋ねるエリックに、アランも「あー」と一音で返した。
単独行動をすることも多かったハリソンと自分は、個人的なことまではあまり把握していない。仲良く二人で雑談する仲でもない。
しかも、ハリソンは八番隊である。一番隊や三番隊ほど救護や被害者に関わる機会のある任務も少ない。
エリックも、それはわかった上で少し気になった。主に討伐や殲滅任務の八番隊も裏稼業以外に全く関わりがないわけでもない。
するとしばらく視線を浮かせていたアランが「あっ」と一人大きく瞬きをした。あったあったと、ハリソン本人も忘れていそうな一件を思い出す。
「セドリック王弟と下校する時だったか?ハリソンに話しかけた女生徒がいてさ。特別教師だったから、多分貴族の。ずっとハリソンに話しかける機会を探ってたのかもだけど」
開校から暫くはセドリックの人気もあり人混みで近付けず、そして休み時間には常にハリソンは見回りの名目で一瞬のうちに姿を消す。そんな中でやっと話しかけたのだろうなとアランは今でも思う。
教室を出ようとしたところでセドリックが他の生徒に話しかけられ、自分達も足を止めたところでの試みだった。
「なんか二年くらい前に馬車強盗から助けられたとか。あの時はお礼を言えなかったのでって、結構丁寧に。確かオータン家とか言ってたかな」
「ああ、八番隊が任務で遠征中のことだな。貴族の馬車が裏稼業に襲われていたから討伐したと。恐らくアーサーも覚えているだろう」
全くピンとこなかったアランに、カラムの方はすぐ気が付いた。
当時、貴族は無事で済んだが御者も護衛達も負傷した為、通信兵を介して騎士団本部に報告と指示を求められた。座標と任務内容と騎士の人数で鑑みるべく自分の三番隊も会議に参加した。
馬車で半日行けば街があることと、任務が大掛かりであったこともあり最終的に騎士二名のみ貴族の護衛として街まで送ることになった。
しかしハリソンはその同行護衛には含まれていない。
「まぁ、馬車強盗を先行して一掃したのがハリソンだからそれで覚えられたのだろう」
「あーそんな感じのこと言ってた」
あの時は本当にと語り、感謝を言葉にしていたことを思い出しながらアランもカラムに頷く。
当時、棒立ちでその話を聞いていたハリソンだったが、彼の長い黒髪が特徴的で覚えていた女生徒は確信を持った様子で語っていた。最後に「ありがとうございました」「セドリック王弟殿下の護衛を任されるような騎士様だったなんて」と礼を尽くす貴族令嬢にハリソンは。
『恐縮です』『護衛中ですので失礼致します』
「……って。そんだけ言ってすぐ護衛に戻ってきた」
それから一度も女生徒に話しかけられることもなければ、ハリソンも視界にすら入れる様子がなかったと。笑いながら語るアランに、エリックも半笑いで返してしまう。何故アランが思い出すのに時間がかかったのかも理解する。
あまりにもハリソンの対応がそっけなさ過ぎる。
いくら護衛任務中とはいえ、セドリックも話し中でアランも傍にいたのならもう少し話す余裕はあっただろうとカラムもエリックも思う。
お元気でしたかと尋ねるだけでも、わざわざ貴族が感謝を言いにきてくれたことの礼でも、騎士として当然の役目だからお気にせずでも言いようはもっといくらでもある。しかしハリソンならば本当にアランの言ったその二言しか言わなかったのだろうと、確認するまでもなく納得した。
きっと女生徒の方はもっと話したいこともあったのだろうと思えば、不憫にすら思う。相手がもしアーサーであれば、なごやかな会話も期待できた。少なくともハリソン以外の八番隊であれば、もっと長い会話かより無礼のない対応だったと思う。
なんとも言えない表情の二人に「ま、ハリソンだし」と、軽く笑って流すアランはそこでジョッキを手に話を変えるようにカラムへ視線を向け、鼻を近づけた。
「それよりカラム。今日香水強くねぇ?別に臭くはねぇけど」
「!すまない。後で水浴びしておこう」
「なら浴場行こうぜ折角だし」
「今はやめておいた方が…。アラン隊長、お酒も大分入ってますし……」
「大体お前は昨日もエリックを付き合わせただろう」
じゃあ明日の朝とか。と、軽く提案するアランに今度はカラムもエリックも肯定を返した。
酒も進みまたそれぞれ別のテーブルの飲み会にバラけた近衛騎士三人の語らいを、近くにいた騎士から噂で聞いたアーサーが再度聞かせて欲しいと頼みに行くのは翌朝の浴場前のことだった。
本日、ラス為新章コミカライズTTS第一巻が発売致しました!
こがわみさき先生とかわのあきこ先生による素敵なラス為です!
素敵な特典も各店舗でつきますので、是非手に取って頂ければ幸いです。
ここまで走り出せたのも、皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
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全ての世界を是非、皆様もそれぞれご一緒にお楽しみ頂ければと幸せです。
皆様に心からの感謝を。