〈コミカライズTTS1巻発売前日‼︎・感謝話〉現代王女は備え、
本編と一切関係はありません。
IFストーリー。
〝キミヒカの舞台が、現代学園物風だった場合〟
※あくまでIFです。
登場人物達は本編と同じような経過を経て同じような関係性を築いていますが、一部呼び方を含む関係性や親密性が本編と異なります。
本編で描かれる登場人物達の関係性は、あくまで本編の世界と舞台だからこそ成り立っているという作者の解釈です。
友人、師弟、主従、恋愛等においても本編と全く同じ感情の種類や強さとは限りません。
※現代をモデルにした、和洋折衷の世界観です。
特殊能力は存在せず、日本をベースに王族・騎士が存在します。年齢も違います。
※時間軸は第一作目解決後です。
※サ○エさん方式の時間経過システムです。
※あくまでIFです。
簡単に現パロの感覚でお楽しみ下さい。
「はい、ステイルの分。昨日は手伝ってくれてありがとう」
「兄様は特別っ!ちゃんと私とお姉様二人分ですよっ」
そう、朝食を食べてから間もなく手渡された可愛らしい二つの包みに、ステイルは心から笑んだ。
登校前。家であるマンションの一室を出る為に荷物を確認した姉妹からの贈り物を、ステイルは戸惑うことなく順番に受け取った。プライドからの分と妹であるティアラからの分、姉妹である二人から贈られるのは毎年のことだ。
バレンタイン。今年は当日が休日の為、学校での実質的イベントは金曜日である今日。そのイベントを前に、姉妹が力を合わせて昨夜菓子作りに励んでいたのを間近で見ていたステイルには貰ったことに驚きもない。
ありがとございます、と感謝と共に丁寧に受け取った菓子はどちらもきちんと彼女達の手で包装と装飾までされていた。身内である自分にはそれこそ菓子むき出しでも良いのにとも思うが、やはりこうして包まれているのがまた一段と嬉しい。ついでではない、正真正銘渡す相手の一人として貰えていると実感できる。
この瞬間の為に、昨日も試作の味見は敢えて断った。
「手伝いといっても、料理工程を読み上げただけですが」
「そんなことないわ。ステイルがいてくれないと段取りがめちゃくちゃだったもの!」
「今年は作る種類も増えたから余計にこんがらがっちゃいましたねっ」
ぶんぶんと首を振るプライドに、ティアラも他人事ではないと思いつつ笑ってしまう。
菓子作り自体は比較慣れたプライドとティアラだが、それでも一種類だけ作れば良い例年と異なる分今年は少し難易度も上がっていた。
そんな中「オーブンは予熱しましたか」「そっちはこれから作る方の材料では?」「そろそろオーブンの中身を見た方が良いですよ」「違います生クリームではなく牛乳です」「そろそろボウルを洗った方が」と見守りつつ助言を与えてくれるステイルの存在には本当に助けられた。家事手伝いのマリーやロッテに助けも求めず自分達でと気合いを入れたとはいえ、助けが欲しくないというわけではない。
菓子を入れた紙袋を全て確認したところで、プライドとティアラが一番に渡す相手はステイルだ。一番身近な男性で、かつ料理を手伝ってくれた相手だからこその特権でもある。
姉妹から貰っていないと思われないように学校でわざわざ渡され気を回されたこともあったステイルだが、結局は学校へ行く前に受け取ることを自分から望んでからはこのタイミングが通年になった。
「では、部屋に置いてきますね。冷蔵庫の方が良いでしょうか」
「常温でも大丈夫だとは思うけれど、逆に固くなっちゃうかも……?でも心配なら冷蔵庫でも良いと思うわ」
「いえ、平気ならやはり部屋に」
毎年のことながら確認を取ってしまうステイルに、プライドも顔を傾けながら返せばティアラもこくこく頷いた。
菓子によっては受け取ってすぐ冷蔵庫に保管するステイルだが、必須でない限りは早々に自分の部屋に置いていく。学校で友人や生徒達の前で受け取るのも気恥ずかしいが、本人の見ている前で改めて食べるのもなんだか気恥ずかしい。
普通の菓子ならばこうはならないが、バレンタインだ。誰も見ていない時に一人で食べるのが一番落ち着き、そして味わえた。
今年も例年と同じく、一人でゆっくり夜食の楽しみにすると決めている。それまで菓子が視界に入る度に顔が綻んでしまうところを見られるのも、気付かれるのも恥ずかしい。自分の部屋に置いておくのが一番間違いなかった。
配る為に要冷蔵ではない焼き菓子は、今日中に食べる分は常温保存も問題ないものが多い。
「今夜も兄様夜更かしするの?歯磨き忘れないようにね」
「……わかっている」
そして、それを見透かしている妹のからかいももう諦めている。
くすくすと悪戯っぽい笑みでのぞき込んでくるティアラに、ステイルもぐぐっと表情筋に力を込めて無表情を守った。まさかこっそり部屋を覗いているんじゃないんだろうなとたまに思う。
少なくとも夜食の為の紅茶をキッチンで入れているところをうっかり目撃されたことはある。「これから食べるの?」「毎年?」と質問攻めされた時には顔が熱くなって仕方なかった。
わかっているのにこうして弄ってくるところは、やはり自分の性格に似てしまったのだろうかと思えばやや反省してしまう。
小声で話し合うティアラ達に気付かず、プライドはまた別個にされた紙袋の一つから菓子を丁重に取り出した。「ティアラ」と呼びかけ、個包装した菓子を三つ手に持ち示せばティアラもすぐに姉へと駆け寄った。
ステイルの次に、渡すべき相手はまだ部屋にいる。
「マリー、ロッテ、ジャック。今年も受け取ってくれる?」
ありがとうございます。と、そう、意図せず言葉を合わせるのは早朝からプライド達の部屋に通っているお手伝いと護衛の三人だ。
昨夜も遅くまで見守り、お菓子の種類や個装も相談に乗り手伝ってくれた三人にプライドとティアラもそれぞれ順番に菓子を配った。
王女二人からの菓子に、中身を知っていても嬉しさは変わらない。子どもの頃は自分達も手伝った菓子作りを、今では自分達二人だけで多種作れるようになったと思えば感慨深さまで覚えてしまう。
「私どもからも紅茶とケーキを用意しておきますので、お帰りの時間が決まりましたらご連絡ください」
「ティアラ様のお誕生日と連続でケーキになってしまいますが、種類は違いますので!」
マリーの言葉に、ロッテも満面の笑みで続けばジャックも無言のままだが頷いた。
毎年、バレンタインには菓子と紅茶を用意するマリーとロッテも、当然バレンタインは忘れていない。二人で厳選し予約した菓子をジャックが取りに行くまでが毎年の流れだ。
バレンタインは資金は出さず取りに行くだけのジャックだが、その代わりホワイトデーのお返しも忘れない。
その年によってチョコの店も菓子も違うが、今年はケーキであることを先に伝える。
ティアラの誕生日がチョコケーキでない分、今年はベリーとダークチョコのケーキを用意した家事手伝い二人に抜け目はない。
バレンタインという誘惑に負けて満腹で帰ってこないようにと遠回しな警告も鳴らされ、プライドとティアラも目を煌めかせて心に留めた。毎年の楽しみの一つでもある。
自分達がキッチンを占領してしまうことと、ロッテとマリーの時間都合もあり子どもの頃のような手製菓子ではなくなってしまったことは惜しいが、その代わりに豪華かつ大人気のチョコ菓子は姉妹のバレンタインの主役を陣取っている。過去のチョコレートマウンテンやフォンダンショコラも、毎年記念写真を撮るほどだ。
楽しみにしているわ、お腹減らしてきちゃいますねっ!そうプライドとティアラも声を弾ませる中、自室から戻ってきたステイルが時計を確認する。
「そろそろ行きましょう。ティアラはまだしも、俺達は遅刻してしまいます」
「!そうだわ。じゃっ、じゃあジャック。後はこれ、今年もよろしくお願いします」
ハッ!とステイルの言葉に慌てて時計へふり返すプライドは、紙袋の一つをジャックに預けてから玄関へと急ぐ。ジャック達に渡した菓子を取り出したのと同じ紙袋だ。
兄姉と一緒に登校したいティアラも急ぎ紙袋と鞄の中を確認してから廊下を走る。「忘れ物はありませんか」というステイルからの呼びかけに、姉妹だけでなく留守を預かるマリーとロッテも注意深くリビングから冷蔵庫の中までを入念に確認した。
「行ってきます!」と重なった三人の挨拶に、それを見送る大人三人も微笑ましく見送り鍵を閉めた。
「……あの、マリーさん。ティアラ様ちゃんと〝あっち〟のお菓子も持っていけたでしょうか……?」
「鞄の中を確認していたから大丈夫でしょう。が、一応ティアラ様のお部屋も確認してきます」
こそこそと心配そうに無意味とわかりながらも声を潜めてしまうロッテに、マリーは静かにティアラの部屋へと歩みを進めた。
昨夜、姉と一緒に作る菓子とは〝別に〟深夜遅くにこっそり作ったであろうのチョコを忘れていっていたら流石に可愛そうだと最大限配慮する。
その二人に、ジャックも深く頷いた。菓子作りは見守りに徹した三人だが、王女二人から菓子の材料買い出しを任されたのは自分達だ。
ティアラから個人的に「こっそり」と姉兄には内密にチョコ菓子の材料を多めに頼まれた彼らには、ティアラの行動も手に取るように読めていた。
……
「ッそれでは、本日の朝練終了します!」
ありがとうございました!と、大勢の部員が一斉と声を揃え頭を下げた。
早朝練習と後片付け清掃が終わり、ホールで最後の挨拶を終えたのは高等部騎士部だ。バレンタインイベント日であろうとも、騎士部にも朝練にも関係ない。
通常となんら変わらず厳しい練習を行った後の部員を前に、主将として挨拶を取り仕切るアーサーはそこで一度口の中を噛んだ。いつもならばここで各自解散して着替えの為に部室へ戻るのが通常だが、ここからが少し違う。
「それと」と、締めくくりの挨拶時とは異なる弱々しい発声で目を一度泳がせた。今にも部室へと走ろうと足の向きを変えていた部員も、主将の声にまた急ぎ起立をし直した。
注目するのは騎士部主将にだけではない、そこから少し離れた位置に並んでいる新人マネージャー達へも今だけはどうしようもなく目が行った。
「ま、マネージャーから一言あるそうなンで、…………どうぞ」
もごもごと半分近く口の中でくぐもっていまいながら、朝練中の覇気が嘘のように腰を低くするアーサーはそこで自分の隣の位置へと示す。もう部員達も察しているのだろうと、マネージャー二人が持つ鞄と紙袋を見て思う。
騎士部マネージャー。長らくは不在だったその立ち位置に今は二人の男女がにこやかに佇んでいた。騎士部の彼らが将来仕えることを目標とする高等部社交科に所属する、自国の王族だ。
アーサーからバトンを受け取り、少し緊張した様子で駆け足に前に出るプライドにステイルも速度を合わせて並ぶ。プライドから自分が言っていいのかとステイルに目配せすれば、にっこりと笑みが返された。どうぞ、と手の動きからも自分へ全て託すステイルにプライドも覚悟を決める。渡したいと思ったのは自分なのだから、自分が言うのが当然だ。
「きょっ、今日はバレンタインなので、お……お菓子を用意しました。もし宜しければ一人一つずつ……、本当はきちんと作りたかったのですけれど量が多くて……」
アーサーに頼みわざわざ朝練後の忙しい部員の時間を取ってもらったプライドは、妙に部員からの視線が熱くて肩が上がってしまう。人前には慣れている筈なのに、今日は別の理由で動機が早まった。
来た、まさかの、王女なのに⁈と、騎士部部員も期待しなかったわけでもない分言葉を飲み込み、視線の強さだけが真正直にプライドへ刺さる。
バレンタイン、マネージャーと重なれば少なからず期待してしまわないことは仕方が無い。しかも相手は騎士科憧れの王女プライドだ。
量が多くて、という言葉にも全員がうっかり頷きそうなのを意識的に止まった。騎士科の殆どが所属している騎士部の人数は、当然ながら一クラス以上いる。その部員全員に手製を用意など、普通のキッチンでできる作業ではない。大量生産可能なクッキーであろうとも、オーブンを何回使い回せば良いのか途方もない。
プライドの隣に並ぶステイルが、合わせるようにそこで自分の持つ紙袋から菓子を取り出して見せた。小さな個別包装にされた市販のチョコ菓子だ。しかし、流石王族と言わんばかりにデパート地下で購入したのであろう高級感ある紙袋から取り出したステイルの笑顔に、アーサーは性格が悪いと無言で思う。もう、マネージャー二人から自分だけは全て聞いている。
市販であることも、高級か安物かも部員には大した問題ではない。その菓子をまさかプライドが用意したのか、プライドから手渡しで受け取れるのかとそればかりが高速で部員の頭を駆け巡る。部活中とは全く違う種類の緊張感が走る中、張り詰めた空気にプライドは目線も部員達から伏せ、自分が両手で持つ鞄を見てしまう。
ええと、とせっかくのマネージャーなのにこんなのでは駄目よねと何度も思ったことをまた思考で繰り返しながら、少し早口になった。両手で持っていた鞄から「なので」と、自分もまたステイルと同じように取り出す。
「なっ生チョコを一人一粒ずつ食べて貰えたらと……その、この場ではちょっととか手製に抵抗あればステイルが持っている菓子の方を貰ってもらえれば……」
─ 作ったのか?!!!!!???!!
全員の、心の声が一つに重なった。
プライドが巨大な保冷バッグの中から取り出したのは、巨大な硝子製のタッパーだった。手製の生チョコを格子状に切って積み上げただけのお手軽版は、優秀なお手伝いさんマリーの提案でもある。
騎士部にもマネージャーらしく菓子を配りたい。しかし部員全員分作るのはどう考えても難易度が高すぎる。やっぱり市販で大量買いしかないかと、悩んだプライドに「生チョコであれば冷蔵庫で冷やして固めるだけですよ」はまさに神の啓示だった。
高級マンションの一室は、幸いにも冷蔵庫が大きい。小包装はできないが、部員ならばきっとその程度のことは気にしないと背中を押すステイルとティアラの証言も手伝い無事踏み切れた。
巨大なタッパーの中は、サイコロ状のチョコが積み上がりまるでレンガの壁だった。
同じ中身のタッパーをしっかり三つ用意したプライドは、爪楊枝の束と共に胸の位置まで上げて見せる。数が多いとはいえ、あまりにも飾り気のない出来にやはり念のために個装チョコも買っておいて良かったと思う。ステイルは必要ないと言ったが、こんなチョコ一粒だけと比べれば、デパ地下チョコ菓子の方が安全かつ持って帰れることを考えても遙かに良いと本気で思う。作りすぎた分は部活の冷蔵庫を借りて、気の許せる友人達に食べるのを手伝って貰おうと完璧な予防線も張った中
当然ながら手製菓子に集中した。
「「「「「「「ありがとうございます!!!」」」」」」」
全部員が一斉に頭を下げ、直後に指示されるまでもなくプライドの前に一列に整列し出す。あまりにも統制の取れた騎士部の動きに、プライドの方が「えっ!あっ!」と声がひっくり返った。
てっきり、タッパを3つそれぞれ渡して食べたい人で回し食いをしてくれるのをイメージしていたが、まさか順番に受け取ってくれるのかと思う。
プライドの隣に並ぶアーサーも、あまりに予想できた部員の機敏な行動に顔が半分引きつりながら笑ってしまう。だよな、と。心の中で呟き、横目でちらりと相棒を見る。
「ちなみにこちらの購入菓子を選んだのは姉君ですが、買い出しをしたのは姉君ではないこともご了承ください」
ははは、と。どうせ誰も自分の前に並ぶことなどあるまいと確信しながら楽しげに常温で笑うステイルに、アーサーはそこを肘で突く。最初からわざと部員に勘違いさせる為に菓子を掲げて見せた時から、ステイルの腹は読めていた。
アーサーにニヤリと敢えて意地の悪い笑みを返してから、ステイルは紙袋に菓子を全て仕舞う。まとめて壁際へと置いた。
騎士部が全員どちらを選ぶかは想定通りだったが、まさか指示を出す前に一列に並ぶことだけは予想外だった。タッパーを三つ取り合う形で片付くと思っていたが、これは時間がかかりそうだと今から諦める。
全員がプライドの手にあるタッパからチョコを受け取りたいのに、ここで三列に分かれて各自取れというのは流石に酷だ。
「チョコを刺したら列から外れてお召し上がりください。授業に遅れないようにご注意ください」
プライドから爪楊枝の束を受け取り、順番を待つ列の部員へ一本ずつ事前に配りつつ列整備役に徹する。
チョコ一粒受け取った部員から次々と「美味しいです!」と噛み締めるような声が聞こえればプライドも「ありがとうございます」「ティアラも手伝ってくれて」とまだ肩が上がったままなんとか言葉を返した。
第一王女だけでなく、中等部の第二王女まで手製に加わったという情報に待機列の部員も互いに顔を見合わせる。中にはチョコを受け取った時点でその場で食べず感謝だけ述べて部室に駆け出す部員も出てくる。記念に写真を撮ろうにも、必要な文明機具は全員部室のロッカーの中だ。
一人一人と、日頃の部活の成果で俊敏な動きで行動に移っていく様子にアーサーだけがやや遠い目で眺める。
プライドの重そうなタッパーを持つのを手伝いたいと思うが、自分が持ってはこのたった一列に並ぶのも意味がないんだということもわかっている。せめても主将らしく、プライドからチョコを受け取った部員が立ち話などで時間を無駄に使わないようにと目を光らせてはみるものの、一人二秒もなく列からきちんと外れるため注意の必要もない。
ステイルからの助言通り、念のために朝練習を五分早く切り上げて良かったとこっそり思う。
「あの、主将は……」
「やめてやれそして察しろ。あのアーサーだぞ?」
「あー……主将だから」
「主将だから」
聞こえてンぞ!!!と、心の中で叫びながらぐぐぐっと奥歯で堪える。表情にはなんとか隠すが、しかし顔色にはわかりやすく熱が出る。
チョコを無事確保した部員からの噂声に、背中に回した手で拳を作る。あまりの恥ずかしさにこの場で否定したい衝動に駆られるが、否定すれば嘘になる。
視界の向こうで爪楊枝を配布し終えたステイルがニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてくるのが見えていれば、テメェも貰ってンだろォがとこの場で叫びだしたくなった。
一列になった部員全員に行き渡ってから余った一粒を貰えれば良いと思っているアーサーだが、その心の余裕がどこにあるのかは誰の目にも明白だった。
なんとか時間内に配布が終わり、大量にチョコの詰まっていたタッパーは最後七粒だけ余り役目を終えた。
食べ終えた部員から次々と着替えに走る中、戸締まりを任されているマネージャーとそして二人を待っていたアーサーが最後に残された。
「はい、アーサー。貴方も良かったら食べて」
「ありがとうございます。あの、……残り六粒は……?」
「俺も一粒貰うから五粒だ」
最後のタッパーを手に笑いかけるプライドに、アーサーも正直に一粒刺した。すかさずステイルも肩に手を置き待ったをかける。アーサーが食べるなら、余ったチョコを自分も逃さない理由がない。
五粒……?と、二人が食べてくれるのを見つめながらもプライドは首を傾げてしまう。全員に行き渡るように多めに作っただけで、ここまで中途半端な数だけが余ることは想定していなかった。
大量に余ったなら諦めがついたが、この量だとさっさと片付けちゃう方が良いと思う。しかしこの場の三人で食べちゃいましょうかとも言いたくとも、せっかく受け取ってくれた騎士部の部員に一粒ずつだったのに悪い気もする。
美味いです、店のチョコのようですよと褒めてくれるアーサーとステイルにお礼を返しつつ、ちらりと部室棟の方向に目を向ける。
「部室の冷蔵庫に入れておくから、放課後の部活で食べたい人どうぞって連絡残したら食べてくれるかしら……?」
「良いですね。部活前の良い運動になるでしょう」
戦争の間違いだろと。善意だけで提案するプライドへ明らかに愉快犯のステイルにアーサーは言わずに舌を引っ込めた。やや自分もうっかり参戦してしまいそうなのを、口の中に残る甘さと共に自覚する。
じゃあそうしましょうと、笑うプライドから器だけでも重量のあるタッパを受け取るステイルはそこで部室の鍵を取り出した。それをアーサーに渡し、自分は壁際に置いていた紙袋もまとめて持つ。アーサーがどちらかも持つと手を差し出したが、断った。
今はアーサーにもっと受け取るべきものがあると知っている。
「そういや余った方の菓子は大丈夫っすか。すみません、用意して貰ったのに」
「大丈夫、こっちならクラスの子に配れるから。それよりもアーサー、これ。今渡しても平気?」
空になったタッパー二つの入った保冷バッグを持ち上げるプライドは、そこからまた一つ違う個装の菓子を取り出した。
あまりにも自然な流れで出された菓子に、アーサーは身体全体が激しく上下した。慌てて周囲を見回し、この場に部員が一人も残っていないことを確認してしまう。まさかこんな広いホールで堂々と渡されるとは思っていなかった。
いえ後で!とこの後部室で着替えることも考えれば断りたかったが、目の前に両手で差し出された小さな焼き菓子に欲求の方が勝った。
可愛らしいリボン付きの包装をされたのは、一粒のチョコとは大きさも手間も圧倒的に異なる手の平大のマフィンだ。これをどういう意味でも断るなんて絶対にしたくない。
騎士部の部員としても今貰ったのに、それでも当然のように用意されていた自分用の一つにアーサーも両手でそっと受け取った。「ありがとうございます……」と消え入りそうな声で、顔が自然に緩んでしまう。
「すみません、なんか二個っつーか今さっき一口食っちまったのに……」
「何言っているの。私達とアーサーの仲じゃない」
ティアラからの分も含んでいるし、と心からの笑みで返すプライドに、じわじわとアーサーの顔に熱が回っていく。今更ながら、こんなことを言っておきながら当然のように期待もしていた自分を自覚し羞恥が回る。
部員と違い、長い付き合いであるアーサーはプライドやティアラからチョコを貰うのも今年が初めてではない。しかし今年は部員とひとまとめでチョコ一粒に済まされてもおかしくなかったと、今は考える。それなのに、この展開を期待どころか確信に近く待っていたことが今になって恥ずかしくなる。綺麗に焼き色の付いたチョコ色のマフィンは、生チョコと一緒に保冷バッグに入っていた分ひんやりと冷たかったがすぐにアーサーの広い手に包まれ温まった。
「美味そうですね」と言いながら、これをどう部員にバレないように部室の鞄にしまおうかも考える。今この場で食べるのはあまりにもったいない。……既に、何人かには察せられているのも理解しながら。
共に部室の施錠を済ませ、急ぎ部室に飛びこんだアーサーは最終的に苦肉の策で運動着の中に仕舞って隠す。
まだ部室に残っていた部員達に気付かれないように素早く鞄にしまったが、妙に部員の誰にも目も合わされず話しかけられもしないことに不思議とくすぐったさを覚えてしまった。
部員全員が総出で一列に並んだ中「後で自分は貰えるから」と思い、チョコ一粒逃すことに慌てず済んでいた自分を、静かに一人省みた。