前へ次へ   更新
1802/1805

Ⅱ564.不浄少女は企んだ。


「グレシル!お久しぶりです。良かった、すごく心配してたんですよ。何かあったんですか?」


ケメトと会うのは一週間ぶりだった。

朝に、学校の校門前へ行ってみたらいつもの位置で待っていた。

学校が終わった放課後の夕方と、そして学校が始まる前の朝。人目の少ない時間と、逆に行き交う生徒に紛れられる時間。それが私とケメトの約束の時間だった。

約束していた日をそのまますっぽかしたのに、まるで忘れてたみたいに満面の笑顔で手を振って来た。私も肩の位置で軽く手を振れば、犬みたいに自分から寄ってくる。「心配」って言葉に、愉快さよりもただ心臓が苦しくなった。なんで私にそんな顔できるのかわからなくて。

本当は私も、見つけたところで駆け寄って「ごめんね」って謝ってみせようと思ったの。なのにケメトの第一声で思わず顔が固まってしまった。だってこの子、私と知り合ってひと月も経っていないのに。


「すごく心配しました!最近グレシル朝も夕方も全然来ないから、何かあったのかなって」

「……。うん、ごめんね。ちょっと色々忙しくて」

ケメト、私人身売買に捕まってたの。

そんな言葉飲み込んで、知らない振りして笑って見せる。眉を垂らしてにこっとしてみればケメトは「グレシルが無事なら良いですよ!」と元気に声を張る。私と四つも下のこの子は本当に純粋で、きっと幸せに生きて来た子。不幸とは真逆の世界。すっごく嫌い。

だけどにこにこ笑う顔が可愛いからか、苛々とはしない。むしろこの笑顔がいつ私の所為で崩れるのかしらとか、逆にこの笑顔が私だけにしか向けられなくなったら良いのにと思う。

まるで子犬でも飼っているみたい。私に何も求めないで、ただただ優しくて話したことなんでも信じて同情だってしてくれる優しい子。……本当のことなんて何一つわかってもいないくせに。


どれくらい待った?何回待ちぼうけさせちゃった?そんな風に、私の所為でどれくらい一人で寂しい想いしたかなと確かめれば、やっぱり満面の笑顔で教えてくれる。二日に一回、朝か夜には絶対待っていた。朝は始業前の散歩にもなるし、夜は時間も余っているから大丈夫。学校の前だから安全ですしと、平然というケメトは全然恩着せがましくない。

初めて会った日、姉にぶつかって転んだ私に手を差し伸べてきた時と全く一緒。


「すごく久しぶりだから話すこともたくさんあるんですよ!」

ケメト、私帰国してすぐに村一つ売ったの。

国外に抜ける道を使って。どうやってかはわからないけれど、きっと本当にあの村は全員襲われるわ。

だけど、後悔はないの。だって私に何もやってくれなかったこの国に、私が何かしてあげる義務なんかないじゃない?だから、私この学校にも入学しないでおいて本当に本当に良かったと思ってる。お蔭でこうして後ろめたさもなく生きていけるもの。


眩しいケメトに笑い返しながら、「楽しみ」と一言だけ返す。私を良い人だと思い込んでいるこの子には、まだ本音の一つも教えない。きっと私の気持ちの何もこの子には理解できはしないから。

荷馬車から解放されてすぐ、フラつく足で向かった山奥の村。山奥に孤立した集落だから警戒して人目につかないようにしたけれど、林を選べば最初と同じで難しくもなかった。そのまま川の向こうの抜け道を通って国外に出た時は解放感で頭がぼうっとした。


「そうなんです。不良生徒が高等部の特別教室で暴れたらしくて。でも、ちゃんと騎士の人が捕まえてくれたからもう大丈夫ですよ」

ケメト、私がね?私がそれ、彼らに教えてあげたの。

自由になって、下級層に帰ったら聞いたの。裏稼業の人達から「例の貴族はアンカーソンのガキだった」「資産も差し止めになるぞ」「諦められず結構な同業者が屋敷の周りを張っている」って。だから私も協力してあげたの。貧相な下級層の子どもなんて、衛兵がきても騎士がきてもどうせ気にもされないから。

見に行って裏通りに行って、貴族から手を引こうとしていた可哀想な裏稼業の皆にも教えてあげた。優しい?優しいでしょ⁇


「あれ?膝どうしたんですか。怪我してますけど、どこかで転んだんですか?」

貴方に会うのは遅れたけれど、張ってた甲斐はあったのよ。

だってちゃんと見つけたの。

学校にも実は昨日来てたの、貴方にも放課後会おうとすれば会えたの。でもね?それより前にレイが出て来たの。あの人、馬車でどこ行くんだろうって思ったら中級層の方向じゃない?探してみたら見つけたの。

真夜中に貴族が護衛もつけずに歩き回ってたの。それで私に聞くのよ?「ライアーという男を見たことないか」って。髪の色とか教えてくれて、もうとっくに私も裏稼業から聞いて知ってたのに馬鹿みたい。そのまま人通りの少ない通りを教えたらノコノコ向かったの馬鹿みたい。

裏稼業の人達に教えて上げたら皆も馬鹿だって笑ってた。お蔭で今日はちょっぴり寝不足よ。


「僕?僕は元気ですよ。二日前も、ヴァルがまた広場に連れてってくれたんです!グレシルに会えるかなと思って。それで市場でセフェクとアップルパイを買って、半分こだと食べきれないからヴァルも」

ケメトは元気?そう軽く言ってみただけで、またやっぱり出てくる名前は「ヴァル」と「セフェク」ばっかり。

学校に友達いないの?って聞いたけどそうでもない。アレン、ヒュー、ニックにジムにフィルにモリスに他に何人も。ケメトは学校に友達がいて、寮にも友達がいて、話で聞いただけな私が考えても絶対人気者。

下級層の子どもでも中級層の子どもでも皆と仲良くしてる。


それでもやっぱり、ケメトが一番嬉しい顔で話すのはヴァルとセフェクのことばっかり。ほんと嫌い大嫌い。なんでこの子はこんなに恵まれてるの?特に姉とか言うあの女。なにあいつ。

ケメトと違って性格も悪い。私をすれ違いに突き飛ばしてそのまま放っていこうとして?手を貸してくれたケメトにも怒鳴って、広場でケメトが食べ物を分けに来てくれた時もヴァルにくっついたままだった。

ケメトが性格良いからって絶対振り回してるだけ。姉ぶってるくせに甘えているだけ。血が繋がってもいないくせに姉弟ごっこに無理やり突き合わせてるだけ。自分だけずっと甘やかされて、あの子だって恵まれ過ぎている。ケメトは世界一の姉とかいうけれど絶対ケメトが流されてるだけ。だから




汚して奪って壊したい。




「あとその日は宿に泊まったんですけど、ベッドが一個しかなくて。ヴァルは他の宿を探すって言ったんですけど、セフェクと僕でここが良いっておねだりしちゃったら」

ケメトは、ヴァルとセフェクが好き。

そんなこと、私でなくても絶対わかる。ヴァルがどうかはわからない、けれどセフェクは絶対ケメトが好き。独り占めして自分の弟にして人形みたいにしてべったりしてる。

セフェクからもヴァルからも、ケメトを奪いたい。〝家族〟がそんなに特別なら私が家族になってあげる。セフェクよりも絶対ずっと私の方が優しくて良い姉のふりはできるもの。ヴァルよりもずっと甘やかしてあげるもの。


こんなに優しくて綺麗なケメトだから、きっと一回でも裏切ったらもう戻れない。ケメトに毒を注いでいっぱいにしてヴァルを疑うようにすれば良い。セフェクを嫌いになれば良い。今の自分に疑問を持たせれば簡単にあんな家族瓦解する。

あとはヴァルとセフェクより私を選ばせて、そのまま帰れなくすれば良い。最後に別れさせる時、ケメトから酷い言葉をセフェク達に言わせられればもっと良い。あの人達だって、ケメトが私を一回でも選んだらきっとこんな子には見切りをつけるに決まってる。

ケメトに捨てられて、セフェクが傷付けば良い。私の方が選ばれて、羨ましいと泣けば良い。傷付いて傷付いて、その後はケメトを嫌いになるに決まってる。ヴァルだってこんな小さな子どもの方から自分が見切りを付けられたらきっと許さない。


ケメトが私を選んで、私の家族になって、私しか居場所がなくなるまでドロドロに甘やかしてあげる。いつか見捨てる為に。

私が「もういらない」っていったらケメトはきっと泣くわよね?捨てないでって、後を追いかけてくれるかしら?家族なのにってしつこくついてくるかもしれない。もしかしたら捨てられたくなくて私の言うことも願いもなんでも聞いてくれる子になるかも。ううん、絶対なるわ。だって今だってヴァルとセフェクの言いなりだもの。

学校に、寮に他人の子どもをいれることができるヴァルの方が絶対お金持ちなのに、それでも純粋なケメトはそんなお金より私をきっと選んでくれる。それで私の本性知って、前の家族に戻りたいと思ったらもう遅いの。大好きだったヴァルに、セフェクに、……例えば。……嗚呼。




「もう家族じゃない」って言われたら、ケメトはどんな顔をする??


Ⅱ371

 前へ次へ 目次  更新