153.暴虐王女は宣言し、
「今この場において、レオン・アドニス・コロナリア第一王子との婚約破棄を〝我が国から〟願いたく私は参りました。」
私の言葉に、部屋中が凍り付いた。
息を飲み、身動ぎ一つすら音を立ててしまいそうなほどの無音になった。
国王の口が開いたまま動かない。レオン様が目を見開いたままその指先を震わせ、顔を痙攣させていた。
「馬鹿なっ‼︎」
再び、今度はエルヴィンの口が開いた。顔を怒りで真っ赤にさせながら声を荒げ私を睨む。
「兄君は完璧な王だっ‼︎フリージアから婚約解消を言い渡される理由がない‼︎」
兄であるエルヴィンの言葉に弟のホーマーも頷く。その通りだ、と声を上げて彼はレオン様を睨んだ。
「理由ならばあります。私とレオン様との間に婚約の必要が無くなったからです。」
目だけで彼らを睨み、私はレオン様へ手を差し出す。レオン様は未だに現実味のない様子で、それでも私の手にその手を静かに重ねてくれた。
「レオン様は私の婚約者としてこれ以上なく努めて下さりました。我が国の文化や民にも興味を持ち、そして私とも親睦を深めて下さりました。それはフリージア王国の民も、城の者も、父上と母上も多くの者が目にし、そう思ってくれています。」
ずっと私は彼と仲睦まじい姿を見せてきた。レオン様が私を愛していると国中の人に示してくれたように、私もちゃんとそれに答えてきた。
私とレオン様の不仲を考える者など誰もいないように。
「今回の婚約は、我が国とアネモネ王国との同盟関係を強固とする為のもの。そして周辺諸国にそれを示す為のものです。アネモネ王国は我が国の大事な隣国。そして貿易の面でも無くてはならない存在ですから。」
未だに震えが止まらないレオン様の指先をそっと握る。まだ、今の状況についていけてないのかもしれない。突然自分の立場がころころと変わっていくのだから無理もない。
私は安心させるように彼へ微笑みかけ、再び言葉を続ける。
「私は予知しました。レオン様の無き、アネモネ王国の未来を。」
周囲の視線を遮断するように一度目を閉じる。
…そう、私は知っている。言うのも憚れるほどに変わり果ててしまった、二年後のアネモネ王国の未来を。
ゆっくりと握り締めたレオン様の顔を見上げ、彼に笑い掛ける。未だ戸惑いも垣間見えるその瞳に、しっかりと目を合わせて。
「レオン様、貴方はこの国に必要な人間です。」
必死に平静を保とうとする彼の表情がまた痙攣した。泣きそうに少し顔を歪めながら、それでも耐え、無言で私の手を握り返してくれる。
「貴方が私と同じように自国の民を愛する王となるのならば、私達は盟友です。婚約など必要ありません。」
「盟友…。」
私の言葉に、レオン様から言葉が零れる。
まるで、知らない異国の言葉かのように繰り返した彼に私は頷き、言葉を重ねる。
「そうです。私達の仲が強固であれば、同盟関係としてこれ以上の証はないでしょう。」
「ッそんなのは綺麗事だ‼︎」
エルヴィンが声を荒げる。歯を食いしばり、ギリギリと鳴らしながら私を睨みつけていた。軽く顔の角度を変えるようにして私からも彼を睨み返す。そうかもしれませんね、と返しながら今度は国王に目を向けた。
「ならば、婚約解消において双方合意の条約も交わしましょう。定期的に互いの国に王族が来国し合い、密接な交流を行うと。どちらが上も下もありません。フリージア王国からは主に私が、アネモネ王国からはレオン様が来訪して下されば近隣諸国への示しにもなるでしょう。」
いかがでしょうか、と問う私に国王は頷きながら「それだけで良いのですか」と逆に尋ねられた。きっと我が国に婚約解消してもらう為に既に詫びの品や条約とか色々用意してくれていたのだろう。でも、そんなのを貰ってしまっては意味が無い。
「勿論です。我がフリージア王国とアネモネ王国は古くからの間柄。〝たかが〟双方合意の婚約解消程度で賠償を求める必要はありません。これ以上を頂いては、それこそ諸国に上下関係の勘繰りを受けてしまいます。…それでは、条約を結ぶ意味がなくなります。」
〝たかが〟という言葉にまた周囲が息を飲む音が聞こえた。更に、言い終えた時にはゴクリ、と目の前の国王がとうとう喉を鳴らした。その目が確かに私へと縫い付けられたように離れず、驚きに染まっている。
…実際は〝たかが〟ではない。それは私がよくわかっている。
王族の婚約なんて、殆ど婚姻と同義だ。上の立場である者からの解消ならば、断られた方がお眼鏡にかなわなかった程度の話だが、逆の場合は無礼だけではなく断られた側の名にも傷を付けることになるのだから。
…だが、それがどうした。
「我が国がアネモネ王国に求めているのはこれまで通りの対等な同盟関係、それを強固にすることです!婚約解消程度で崩れぬ関係こそその理想‼︎私は第一王女として必ず、〝盟友〟であるレオン様とそれを叶えてみせましょう‼︎」
レオン様の手を握り締め、そのまま国王に、そしてエルヴィンとホーマーにそれぞれ向き直り、宣言する。
すると握り締めたレオン様の手が、今度は今までで一番力強く私の手を握り返してきた。
「…叶える。絶対に。」
たった、二言だ。
でも、その二言には強い意志が確かに感じられた。静かな声色でありながらはっきりとしたその言い方に、見上げれば強い瞳をした彼がそこにいた。
レオン様のその瞳を前にした国王から、急激に力が抜けた。
ストン、と思わずといった様子で腰が抜けたようにして国王はソファーに座り込んだ。