18.最低王女は挨拶を終える。
「見事な振る舞いでした、プライド第一王女殿下、ステイル第一王子殿下、そしてティアラ第二王女殿下。」
何人も来客を相手にして、やっと一区切りついた時だった。
父上の補佐でもあるジルベール宰相が労いにきてくれた。宰相の前だったらやっと少し気が抜けると心の中でほっとする。ティアラもどうやらジルベール宰相には既に会ったことがあるようで、落ち着いた様子だ。
姉である私が代表としてジルベール宰相に今日の生誕祭の準備などの感謝と労いを伝えた。
「いえいえ、それよりも王族が全員こうして同じ場所に並ばれたこの日に感謝しております。」
にこやかに返す様子は飄々として本当に隙がない。御世辞が強い気もするけれど、ステイルのお母様との手紙の件も内密にしてくれているし、良い人だと思いたい。ティアラも嬉しそうに笑顔でお礼を返していた。
…あれ、おかしい。なんか急に父上、それにステイルまでなんか目が怖いような…。
「ティアラ様、貴方様も初めてとは思えない素晴らしい佇まいでした。惜しいですねぇ、貴方様にももし〝予知能力〟さえあればきっとプライド様同等の女王としての資質がー…」
「失礼ながら、惜しいとはどのような意味でしょうかジルベール宰相殿。」
ステイル⁈
父上が咎めようと前に出るよりも先にステイルがジルベール宰相に睨みを利かせている。
「ああ、これは失礼致しましたステイル様。それ程までにティアラ様が優秀な方だと言いたかったのですよ。とんだ御無礼を。」
ジルベール宰相がにっこりと笑みで返しながら、それにしても、と付け足す。
「少し見ない間に見違えましたね、ステイル様。たった数日みない間に王族らしい面持ちになられまして。是非今度ゆっくりとお話の機会を頂きたいものです。貴方様の故郷の話…そうですね、例えば前のご家族や周囲の特殊能力者の話を」
「ありがとうございます、ジルベール宰相。素晴らしきプライド第一王女の支えあってこそここまで来れました。これからはティアラ共々姉君の為に尽力していきたいと思います。なので、改めてこれからは“第一王子”として、宜しくお願いします。ジルベール“宰相”殿?」
宰相の言葉を打ち消すようにステイルが話す。
…なんだろう。すごく、ものすっごく怖い!
ジルベール宰相に合わせるように笑顔でそう返すステイルに、黒いものを通り越して殺意のようなものが感じた。後半からはまるで、「今は自分の方が立場上は上にいるんだ、舐めるなよ?」と牽制しているように聞こえた。
ティアラに変なことを吹き込むジルベール宰相を威嚇するほどステイルはティアラが既に可愛いらしい。
ジルベール宰相も、ステイルの笑顔に若干の黒さを感じたのか「ええ、勿論です。ステイル“第一王子殿下”。」と返す際にいつもよりドスの低い声で返した気がする。見た目は2人とも笑顔で語らっているけど、なんか黒いオーラが見える気がして怖い。何もわからず首を捻るティアラをそっと二、三歩2人から引き離す。
「ああ、失敬。そしてプライド第一王女殿下。特に貴方様の振舞いには皆が心を奪われました。ところで、第一王位継承者としてお聞かせ願いたいのですがこの国の政治についてはどうお考えでしょう。例えば貴方様と同じく特殊能力者についてー…」
ばこんっと、とうとう父上からのお咎めが入る。前回よりもキツめな拳にジルベール宰相が頭を抱える。そのまま後ろ首を掴むとジルベール宰相の制止の言葉も聞かずに自分の席まで連れて行ってしまった。
「姉君、大丈夫ですか。申し訳ありません、出過ぎた真似を。」
「い、いいえ。ありがとうステイル。貴方の言葉は嬉しかったわ。ただー…」
反射的に目の前にいるティアラの肩をぬいぐるみのように抱きながら、なんとか謝罪するステイルに気にしてないと笑ってみせる。
「ただ⁇」
「ステイル…なんだかお城に来た時と変わって、ジルベール宰相に似て来たわね。」
「えっ…」
愕然。という言葉がぴったり合うようにステイルの表情が固まる。
「ど…どこが、ですか…?」
予想以上にショックだったのか、久々に狼狽えるステイルを見た気がする。あわあわと口をパクパクさせながら訴えかけるように私を見る。
「ええと…その、笑い方…とかかしら…?」
曖昧に微笑んでみせたけど、ステイルはなんだか凄いショックだったらしく、少し脱力したような声で「…あ…あまり、昔から表情とかに出すの…苦手、というか…上手くなくて…」と呟いた。
「ええっ…そうだったの?ごめんなさい、今まで気付かなくて…。」
辛かったら無理しないで良いのよ?とすっかり肩を落としてしまったステイルに声を掛けるが「…いいえ、僕が必要と思ってしていることですから。」と返すとそのまま今度は背後を向いたまま小さい声で��…そうだ…この外面も……の為にっ……」「よりによってジルベール…」とかぼそぼそ呟いていた。私にはもうよくわからない。
まさかステイルがプライドに心へ深い傷を負わされる前から表情を出すのが苦手だったなんて。でも、確かにティアラに癒されてハッピーエンドルートにいっても最後までステイルはクールキャラのままだった。もしかしてさっきのジルベール宰相との会話も本当に本人は単に笑顔で対応したつもりだったのかしら。いやでも、ジルベール宰相と似ている笑い方って言われて落ち込むのは…。
なんだか凄く申し訳ない気分になってしまった。そっと両手に抱いたティアラを離し「慰めてあげて」と耳打ちしてステイルのもとへ行ってもらった。お兄様、と声を掛けながらステイルの裾を引くティアラと肩を落としながらもその頭を撫でるステイルがものすごく可愛い。ゲームではそこまででもなかったのに、すごくこの2人の恋を推してしまいたくなってしまう。
「プライド第一王女殿下」
名前を呼ばれ、反射的に振り返る。そこにいたのは…
「騎士団長。」
大柄な身体を鎧と白の団服で包んだ男性に私はっと声を上げる。今まで式典などの度に顔を合わせたことがある、この国の王国騎士団長だ。その背後にも二人、部下であろう騎士を連れている。一人は副団長だっただろうか。
「先程の御言葉、感激致しました。この度は第一王位継承権と、ティアラ様のご生誕おめでとうございます。」
そう言って頭を下げてくれる騎士団長に私は少し驚いた。今までこの人が形式的な挨拶以外で、私をこんな風に褒めてくれたことなんてなかった。
「ありがとうございます…とても嬉しいわ。」
にっ、と仄かに笑う騎士団長の深い青色の瞳はどこか前世のゲームでも見たことがあるような気がする。父上に初めて紹介して貰った時、彼の特殊能力とその実績から『傷無しの騎士』と称えられていると聞いた。その名のとおり多くの戦いで前線に出ているのにも関わらず彼の顔や体には切り傷一つなかった。そして短く刈り上げた銀髪と鍛え上げられた屈強な身体つきも相まって男前!という言葉が凄くよく似合う方だ。
「本当に…暫くお会いしない内にご立派になりましたね」
と微笑んでくれる騎士団長、本当に格好良い。
やっぱりこの騎士団長…どこか、前世のゲームでみたことあるような…。ジルベール宰相といい、騎士団長といい、最近既視感が多い。いや、でもいくら男前とはいえ今でゆうに二十代後半から三十代の貫禄はある彼が攻略対象者なのは…
「私の息子もいつかプライド様をお目にかけさせてみたいものです。」
うん、やっぱり有り得ない。流石に子持ちは乙女ゲームの攻略キャラとしては冒険し過ぎだわ。
そう思いながら「息子様も騎士に?」と返すと今度はなんとも歯切れ悪く「だと…良いのですが」と頭をかいて笑っていた。複雑なご家庭なのだろうか。
少し引っかかりながらも私は笑顔で「いつかご紹介頂ける日を楽しみにしております」と返した。
その日が予想外の形で来ることをまだ理解もせずに。