152.暴虐王女は、変える。
「待ってください兄君‼︎何か勘違いをされているのでは⁈」
「ホーマーの言う通りです!昨夜、確かに僕達は兄君と別れを惜しみ、共にワインを楽しみましたが、すぐに兄君は酔われ、僕達はっ…」
レオン様の告白を聞き、第三王子のホーマーと第二王子のエルヴィンが必死に言い訳を並べ出す。二人とも国王と同じ藍色の髪の青年だった。レオン様の蒼色の髪とは少し違う色合だが、瞳の色は皆同じ翡翠色だった。藍色の髪を耳に余裕で掛かるくらいまで伸ばしたエルヴィンは一見大人しそうな美青年にも見えるが、耳や首、手首に多くの装飾品を身につけたせいで顔の印象が散らばっていた。ホーマーの方は装飾品自体はレオン様同様に殆ど付けていなかったが、藍色の短髪に反して見るからにエルヴィンに寄せたように見える中性的な服装は、残念ながら彼の男らしい顔付きには不釣り合いだった。どちらかといえば、男前な顔つきの彼の方がエルヴィンの装飾品が似合いそうだ。
彼らの言い分を纏めれば、昨夜は一緒にワインを飲んだ後にすぐにレオン様が酔って、急用を思い出したと言ってそのまま自分達は部屋から閉め出されたということだ。
…ゲームで、攻略対象者のレオン自身が最初に語っていたのと同じように。
彼はずっと酔った勢いとはいえ自分の意思で城下に降りてしまったのだと信じていた。正確には、弟達が〝城下に降りたいという自分の我儘に協力してくれた〟お陰で城を抜け出せたのだと。そして、自分の意思で城下に降りたのだから弟達は悪くないとずっと自分を責めていた。
だからこそ、ティアラとも恋愛が進むまでは弟達が関係したことは言わず、自分一人で国中からの信頼を裏切ったのだと語っていた。
ゲームが進行すると弟のエルヴィンがその真実を語る場面があり、酒をすすめて最後の夜くらいは城下に降りてみてはと兄を唆したと語られた。
まさかの実際は、薬盛って酒場まで強制連行して酒飲ませて放置だった訳だけど。
よく考えれば、攻略対象者でもない自己中兄弟のあの二人が、いくら相手がティアラとは言え素直に自分の大罪を全て語る訳がなかった。大体、頻繁にフリージア王国にいる兄の元へ訪れたのだってティアラにその話をした理由だって元はといえば…
「とにかく‼︎全ては誤解です‼︎兄君は昨晩酔っていたせいで記憶も朧げなのでしょう!大体、僕らが薬を盛ったなど何の証拠があって…」
第二王子のエルヴィンが声を荒げる。第三王子のホーマーも何度も賛同するように頷く。その様子では恐らくワインは全て処分済みだろう。国王を見れば、深く俯いたままでその表情すら読めない。
「あの晩、プライドの部下が城から連れ出される僕を見ていた。そして、酒場から救い出して介抱してくれた彼らが薬を飲まされたと判断した。」
それでも構わず、きっぱりとした口調で告げるレオン様にエルヴィンが負けじと声を荒げる。
「そっ…そのようなことは証拠にはなりません‼︎全てはプライド第一王女の…フリージア王国の一方的な主張に過ぎません‼︎」
売り言葉に買い言葉、といった様子で歯をむき出しにして返すエルヴィンに私は心の底でドン引く。私だけではない、ステイルが明らかに呆れにも近い冷たい眼差しを向けているし、背後の騎士達からも息を吐く音が聞こえた。
彼らが無実になる為に必死になるのはわかる。それに、私自身もゲームのレオンルートで彼らの愚かさは色々理解済みだから予想はできていた。…だが、同盟国であるフリージア王国…更には〝女王代理〟である私にその言い方は完全にアネモネ王国からの戦線布告にすら近い。こちらは立場としてはレオン第一王子を保護して届けただけだ。更には実際にこの場で主張しているのは今のところ私ではなく、自国の第一王子であるレオン様だというのに。ここで私が怒り狂ったら、次の瞬間に同盟解消だってあり得る。…というか、ゲームの悪逆非道プライドなら余裕でやるだろう。私が思うのだから間違いない。
それでもエルヴィンは自身の失言に気付かず、ひたすらまくし立てる。ホーマーもその通りです!と叫んで気づく気配もない。
「フリージア王国が兄君に取り入り!更には僕とホーマーを嵌め、理由をこじつけ我が国との戦争のきっかけを作ろうとしているに違いありません‼︎」
いやむしろそのきっかけを今そっちが現在進行形で作ろうとしているのだけど‼︎
むしろ、戦争をしたかったら酒場で彼を助ける意味が無い。その場で衛兵達と現行犯逮捕すれば良いのだから。
怒りよりも呆れが勝ち、私は表情だけは崩さないように顔の筋肉に力を込める。
「大体、何故都合良く兄君を見つけられたというのです⁈国中の衛兵が夜通し探しても見つけられなかったというのに‼︎やはり、フリージア王国が何らかの手段で兄君を拐かしたか、取り入るかをしてこの一件をでっち上げたと考えるのが」
ダンッ‼︎
重く鈍い音にエルヴィンの言葉が止まる。私がいい加減に口を挟もうかと悩むより先に国王の拳が目の前のテーブルに叩きつけられたのだ。あまりの音に私達もレオン様も弟達から国王へ視線が変わる。
「エルヴィン…ホーマー…‼︎」
噛み締めるように、国王が彼らの名を呼ぶ。それだけで彼らの肩がビクビクと震えた。
「私は忠告した筈だ…‼︎〝今の内に己が過ちを省みよ〟と…!」
怒りのあまり真っ赤に燃えた顔と、信じられないほど鋭い眼差しがギロリと弟達へ向けられた。流石にこれにはレオン様も驚いたらしく、国王と弟達を交互に見比べた。
…まぁ、国王が怒るのも無理はない。
ステイルや騎士達までもが国王の発言に驚きを見せる中、私だけが静かに息を吐いた。
国王が怒っているのは先程の失言や暴言、そしてレオン様を陥れたという容疑だけではないのだから。
国王がおもむろに立ち上がり、正式に私への無礼を謝罪してくれる。…これだけでもかなりの大ごとだ。他でもない国王に、女王代理とはいえ女王以下の地位の…更に言えば他国の人間へ腰を折らせてしまった。頭を上げてくれる国王に、私は言葉を飲み込む。国の代表として、ここはしっかりと受けなければならない。彼らは我が国に、私に罪をなすりつけようとしたのだから。
そのまま国王はゆっくりと十分な時間をかけてから頭を上げ、エルヴィン王子とホーマー王子に向き直った。
「アネモネ王国国王の名において、エルヴィン・アドニス・コロナリア。ホーマー・アドニス・コロナリア。…この場において王族としての全権限を剥奪する。」
国王の整然とした言葉が、部屋中に響き渡った。護衛をしていた衛兵達も流石に驚きを隠しきれず、どよめいた。王族としての断絶を突きつけられた二人の手がブルブルと震え、血の気が引き、顔面蒼白へと変わっていった。何かを言おうと口をパクパクとさせながらも、まだ脳の処理が追いついていないようで声にはならなかった。
「選ぶが良い。我が国で奴隷の身分からやり直すか、それとも遥か遠き国外で全てをやり直すかを。」
奴隷落ち、国外追放。
王族の名を貶す行為を犯した者への罰が正式に彼らへ言い渡される。そのまま国王が傍にいる衛兵に命じ、弟達をその場で捕らえさせた。大声で喚き、異議を唱えるがその声に耳を傾ける者は誰もいなかった。国王の命により、その場で膝をつかされるエルヴィンとホーマーが衛兵に向かい「離せ」「無礼者」と声を荒げている。衛兵が答えないのに苛立ちを見せると、歯を剥き出しながら国王に向かって今度は怒鳴りだした。
「僕とホーマー以外!誰が王位を継ぐというのですか⁈」
ホーマーの名も上げながら、まるで自分が一番相応しいとでも言わんばかりな言い方に私はとうとう溜息をつく。
もう良い。この人達は後回しにしよう。
「国王陛下。」
私は彼らを無視して、国王の方へ向き直る。国王は息子達の事態に表情こそかなり疲弊はしていたが、その佇まいだけは威厳のある態度を未だに保っていた。流石はこの国を支える国の代表だ。静かに私の方を向き、しっかりと私の目を見てくれた。
「もし、私の検討違いであればどうかその場で否定して下さい。」
念の為、先に前置きを伝えると国王は不思議そうに瞬きをして頷いた。
「予知を致しました。陛下は、私に…いえ、本来は我が母上に何かお話したいことがあったのではありませんか。」
国王の目が急激に見開かれる。息を飲み、そのまま私に向かって口を開こうとする前に、手を上げて「間違っていなければ、お答え頂かなくて結構です」と伝えた。弟達も私の発言に驚いたのか、目を丸くして私の方を凝視している。
「…内容は、レオン・アドニス・コロナリア第一王子と私との婚約の白紙の打診、ではないでしょうか。」
今度はレオン様、ステイルやアーサー達まで息を飲んだ。国王の目を見れば私の言葉が間違っていないことは確信された。
ステイルが小さく声が漏れ「まさか」と呟いた。ステイルが驚くのも当然だ。今回の婚約で、立場が低いのはレオン第一王子。王位継承権の無い彼とは違い、私は第一王位継承者だ。さらには国の規模や軍事力全てにおいてフリージア王国の方がアネモネ王国よりも遥かに優っている。それなのに立場の低い筈のアネモネ王国の方から、婚約を白紙にして欲しいと打診するなど無礼どころの話ではない。それこそ国際問題だ。
…だが、国王はそう決断しなければならない理由があったのだ。
「レオン様に、王位継承権を正式に譲渡する為ですね。」
レオン様の顔色が変わる。驚きのあまり放心にも近い表情で、身体を硬直させたまま国王を見つめている。琥珀色の目が酷く揺れ動いた。
「何故それをっ…‼︎」
国王より先にそう声をあげたのは衛兵に捕らえられたホーマーだった。ガチガチと歯を鳴らしながら耐え切れないといった様子で拘束されたまま暴れ出す。横にいるエルヴィンも目を見開いたまま口の中を噛んでじっとこちらを睨み付けている。
国王を見れば、ぐっと口の中を飲み込み、顔を引き締めると私をそのまま真っ直ぐに見返した。
「プライド第一王女殿下、この度は…」
「お待ち下さい。どうか、私の話を先にお聞き届け下さい。」
無礼と分かっていながら、もう一度国王の言葉を遮る。私に正式に婚約を白紙にさせて欲しいと謝罪するつもりなのだろう。だから、私はその前にこの場で伝えなければならない。
小さく首を回し、ステイルやアーサー達の方を振り返る。何か言いたそうにしながらも全員が唇をきつく結んだまま、私の背を見守ってくれていた。感謝の意味を込め、私は彼らに笑みを返して応える。
…大丈夫。最初から決めていたことなのだから。
静かに息を吸い上げ、国王とレオン様の方に向き直る。顎を引き、胸を張り、真っ直ぐに彼らを見据えて声を張る。
「〝女王代理〟として、私は母上より正式に御許可を頂きました。」
この世界の主人公であるティアラにすら叶わない。
いま彼を、レオン様を、この国を幸せにできるのは…私だけなのだから。
「今この場において、レオン・アドニス・コロナリア第一王子との婚約解消を〝我が国から〟願いたく、私は参りました。」
私の言葉が、その場の空気を一気に変えたのをその肌で感じた。