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149.暴虐王女は入城する。


「では、レオン王子の準備が整い次第、馬車まで王子を瞬間移動させ、そのまま隠密に城まで移動するということでよろしいでしょうか。」


「ええ、お願いするわ。」

ステイルの言葉に私は頷いた。レオン様は未だ表向きは行方不明者。突然民の前に現れたら騒動になるだろうし、私達が連れて行く前に衛兵に連れ去られても面倒だ。…何より、この後の収拾の為にもまだ彼のことを気付かれる訳にはいかない。

馬車の中ならばカーテンを閉めれば外からは見えないし、安全に城まで移動できる筈だ。


「…お待たせしました。」


ガチャリ、と扉が開く。広間で待っていた私達は全員顔を上げた。

「替えの服まで用意して頂き、ありがとうございます。」

レオン様が侍女二人と一緒に部屋から出てきたのだ。先程のシャツとズボンだけの乱れた格好から今はキチンとした身なりの服装に、髪の先から足先まで侍女二人によって綺麗に整えられている。…一緒に出てきたマリーと、もう一人の侍女の頬が若干赤いけど。多分彼の色香にやられたのだろう。

もともと商人の振りをする為に色々と上等な衣服を積んで置いたけど、レオン様のサイズに合う服があって本当に良かった。目元だけがまだ少し赤く腫れているけど、それでも滑らかに彼が笑めば全くそれも気にならなくなる。改めて登場した彼に、騎士達が敬意を表して深々と頭を下げた。


「もう、御心は決まりましたか。」


そう言って目を向ければ、レオン様はまた滑らかに静かな笑みを浮かべてくれた。「はい」と返されるその声にはもう惑いはなかった。私達がこれから城に馬車で向かう旨を伝えると、レオン様はふと周りをきょろきょろと見回した。


「…プライド、僕を酒場から助け出してくれたのはどの方かな…?」


どうやら酒場でヴァルに保護されたところを断片的に覚えているらしい。彼は騎士達の代わりにここで部屋と侍女達を守ってもらう為にお留守番なのだけど…そういえばレオン様が起きてから一度も部屋から出てきていない。食事も侍女のマリーが部屋まで運んでくれたし、留守番の件も扉越しの返事だった。

確かに、自分を助けてくれた相手には最後に一度くらい会いたいと思うのは当然だ。私がヴァルが閉じこもっている部屋の方向に向かって「ヴァル!今すぐこちらに出てきて下さい!」と命じると速攻で「ハァ⁈」と叫び声が返ってきた。扉の向こうから「ふざけんな‼︎俺には用はねぇだろ‼︎」と何やら怒鳴り声が聞こえてくる。そのままガチャガチャと扉が開く音とともに「おい待て主!あの坊ちゃんが起きたんなら先に俺にー…」と何やら声を上げながらセフェクとケメトと一緒に部屋から出てくる。命令通り私達の前に姿を現したヴァルはこちらに視線を向けた途端


物凄い勢いで平伏した。


「ッぐ、…が‼︎…ッだああああクソッ!これだからっ…」

…どうやらこうなることを本人は分かっていたらしい。彼は驚く私達を前に、苛々とした様子で床にへばりつく自分の手足を睨み付けた。セフェクとケメトが首を傾げて「どうしたの」「どうかしたんですか」と声を掛けている。

そうだった、彼に私が許可したのは〝レオン王子を見張っている間のみの無礼〟だ。つまり彼が私達にレオン様を引き渡した時点でその許可は終わってしまっているのだろう。今まではレオン様が眠っていたから大丈夫だったが、起きた今は隷属の契約の効果で、配達人の仕事中ならまだしも、基本的に王族を前にすれば彼は平伏したまま動けなくなる。…通りで必要以上部屋から出て来なかった筈だ。このままレオン様が立ち去るまで部屋に避難しているつもりだったのだろう。

私がもう一度、許可を与え直そうとしたらその前にレオン様の「君が…」と駆け出し、その場に平伏して動けないヴァルの前で片膝をついた。ヴァルの最初の態度にも今の平伏した様子にも全く動じていない。そのまま床から手が離れず四苦八苦していたヴァルの手を取り、自身の両手で握った。


「この度は、本当にありがとうございました。…貴方の助けがなければ僕は既に民からの信頼を失っていたでしょう。この御礼は必ずお返し致します。」


滑らかな笑みを突然向けられて、完全にヴァルの顔が引き攣った。王族からの行為に逆らえずに片手を握り締められたまま顔を上げるが、完全に全身が拒絶をするように震えていた。

「ッいいえ、それは私で、はなくッ…‼︎我が主のご命令でッ…だああああクソ‼︎おい主ッ!いい加減にしろ‼︎‼︎」

隷属の契約でレオン様に敬語で話すヴァルがもう耐えられないといった表情で今日一番の怒鳴り声を上げる。彼の怒鳴り声で、はっとした私は今度こそ彼に「レオン様への無礼を許します」と許可を与えた。次の瞬間には思いっきりレオン様の手を振り払って舌打ちを返す機嫌最悪のヴァルがその場から立ち上がっていた。


「主の命令で回収しただけだ。テメェの為なんざじゃねぇ。」


ケッ、と吐き捨てながらレオン様を睨む。これはこれで色々王子に不敬過ぎて問題な気がする。レオン様が気を悪くしてないか心配になったけれど、全く気にしない様子でヴァルへ微笑んだ。

「…関係ありません。例えどんな理由があろうとも、僕が貴方に助けられたのは紛れも無い事実なのですから。」

本当に、感謝しております。と仄かに笑むその顔がまるで憑き物が落ちたようだった。目を逸らされたまま舌打ちで返されると、今度はヴァルの足元にいるケメトとセフェクへと片膝をついて一人ずつその手を取った。「君達も、本当にありがとう」と城下の民と触れ合う時のようにしっかりとその手を握っていた。

私の傍に居たステイルが、アーサーを肘で突く。それに気付いたアーサーが私達にしか聞こえない声で「…薄気味悪さのカケラもねぇな」と返していた。何のことかはわからないけど、アーサーの目が信じられないといった表情でレオン様を凝視している。更にはステイルもその言葉を聞いて深く頷き、考え込むように腕を組んだ。

レオン様はそのまま御礼を言い終わった後、ゆっくりと私達の方へ向き直った。ピンと立った綺麗な姿勢のまま騎士からステイル、そして最後に私へと一人ひとり挨拶するように視線を移した。


「皆様にも、感謝をしています。…全てを終えてから、きちんとした形で…必ず。」


迷いの無い瞳は、確かな強さが感じられた。


「…行きましょう。」

城へ、と私が声を掛けるといくつもの同意の声が返ってきた。



……



アネモネ王国、城内


煌びやかな調度品と、様々な稀少な異国の美術品が並ぶ王座の間。どの品もピカピカに磨かれ、光が屈折し合い眩い輝きをいくつも瞬かせている。

そこに衛兵や騎士に守られながら王座に腰を下ろした国王の顔色はその藍色の髪と同じように暗く、調度品の全てが明るく浮き立つ部屋の中で何よりも沈んでいた。

その王の元へ突然、急ぐように足音が飛び込んでくる。王前にも関わらず慌しい姿に傍にいた衛兵が眉間に皺を寄せた。

「国王陛下!大変です、今、我が門前にっ…‼︎」

「ッレオンが見つかったのか⁈」

珍しく声を荒げる国王に、報告に来た兵が一瞬続きの言葉を忘れた。直ぐに答えようと言葉を考える前に何度も頷いてみせた。そのまま「ただ、お一人ではなくっ…」と必死に言葉を紡ぐ兵に国王が黙って続きを促した。


「婚約者であらせられるフリージア王国第一王女殿下と、第一王子殿下がご一緒ですっ‼︎」


兵の言葉に今度は国王が言葉を無くした。そのまま無意識に王座から立ち上がる。何故第一王女が、何故レオンと一緒に、今まで一体どこに、と様々な疑問が頭を駆け抜けたが、すぐに意識が戻ると同時に部屋中に響き渡る声で「直ちに丁重に迎えよ‼︎」と叫んだ。

アネモネ王国はフリージア王国の不興を買うわけにはいかないのだから。


…大丈夫だ。


プライド第一王女は心優しく、女王としての器を兼ね揃えた淑女だ。誕生祭で拝見した際も同盟共同政策や学校制度などの立案者として聡明な王女だった。レオンが何故彼女と共に居るのかは知らないが、プライド第一王女ならば無暗に機嫌を損なうことはない筈だ。

話し合いを行い、プライド第一王女、ステイル第一王子と共に私もレオンとフリージア王国へ向かう。そして女王に謁見を望めば良い。我が城に来訪されたプライド第一王女の後ならば、女王との謁見も逆に望みやすくなったというものだ。

国王は、瞬時に現状の把握と為すべき行動を考え、息を吐く。レオンの無事に安堵しながら、自分の息子とその婚約者を迎えるべく、客間へと場所を移した。今回は国王と言えども、自分一人が高い場所から話す訳にはいかないのだから。


ー…だが、国王は知らなかった。


「突然の訪問申し訳ありません。どうか御無礼をお許しください、国王陛下。」

優雅に高らかな女性の声が客間に響く。和かな筈の彼女の笑みに、何故だか国王はぞくりと背筋を凍らせた。


「レオン様の失踪、さぞかし心配されたことでしょう。」


笑顔の筈なのに、彼女の前身からは悍ましい程の怒りが感じられた。両脇にいるレオンと、ステイル第一王子。そして背後に控える騎士達もその気配を察しているのか過剰な程の緊張の色が見て取れた。


「ここまでの経緯については、説明させて頂きたいのですが、…ただ、その前に一つお願いがありまして…」

困り笑顔のように彼女は笑い、国王に軽く頭を下げながら彼の背後にいる衛兵へと目を向けた。


「エルヴィン第二王子、ホーマー第三王子をこの場にお呼び頂けませんか?」

是非、お会いしたいので。と続ける彼女から、あろうことか殺気のようなものまで放たれた。国王が惑うように「いえ、…息子達は…。…レオンの婚約者とあらば是非にと望むでしょうが…」と言葉を濁すと、不意に「あら?」と言葉を返され、彼女がその場でおかしそうに笑ってみせた。


「嫌ですわ、国王陛下。本日、私はレオン様の婚約者としてこちらに訪れたのではありません。」


敢えてといった形で笑顔を見せる彼女に国王は小さく首を捻る。それでは、何を…?と問い掛けると彼女の声のトーンが急激に下がった。


「この度、私の立場は〝女王代理〟…正式に我が母上より許可を頂いてこちらに訪れました。」


柔らかい話し方に反してつり上がったその眼差しは、鋭く燃えていた。国王は思わず目を見開く。〝第一王女〟と〝女王代理〟は雲泥の差だ。これから彼女の口から放たれる言葉は全て女王の意思…即ち、フリージア王国の正式なる意思として扱われるのだから。

驚く国王の表情をみて、プライド第一王女が笑う。柔らかい笑みの筈なのに、その覇気はまるでー…


「もう一度、お願い致します国王陛下。エルヴィン第二王子、ホーマー第三王子をどうぞ、この場に。」


人の枠を超えた何かのようだと、国王はその肌で感じ、思った。


ー 彼女は既に、怒りの領域を超えていたのだ。


背後の兵に命じ、二人を呼び出してから現れるまでの数分間。それこそが嵐の前の最後の静けさだったのだと国王が知るのは直ぐのことだった。


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