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148.暴虐王女は目が覚め、


「おはようございます、騎士の皆様。一晩続けて不眠の護衛、ありがとうございます。」


翌朝、目を覚まして身嗜みを整えた私は、自分用に割り当てられた部屋の扉を侍女のマリーに開けてもらい、彼らに挨拶をした。そのままおはよう、と既に寛いでいたステイルにも続けて声を掛けた。騎士達がビシッと頭を下げ、ステイルも優雅に笑って私に挨拶を返してくれる。ヴァルとセフェク、ケメトはまだ割り当てられた部屋からは出てきていないようだ。…まぁ、少なくともヴァルは時間通りに起きるような人ではないだろう。


「レオ…我が婚約者は未だ目を覚ましませんか。」


広間のベッドで静かに眠るレオン様の姿を確認し、私は小さく息をついた。

昨晩、レオン様が完全に目を覚ますまでは時間が掛かるだろうということになり、広間の真ん中に移動させたベッドに彼を寝かせ、私達は各自割り当出てた部屋で眠りについた。ステイルの部屋の前にはアラン隊長、レオン様の眠るベッドの前にはカラム隊長、そして私の部屋の前には近衛騎士のアーサーとエリック副隊長がそれぞれ護衛をしてくれていた。一応、レオン様が目を覚ましたらすぐ起こして欲しいとカラム隊長にはお願いしたけれど、結局一度も起こされることはなかった。


「はい。そろそろ目を覚ます頃だとは思うのですが…。」

カラム隊長がそのまま、申し訳ありません。と私に謝ってくれる。貴方のせいではありません、と返しながら私はゆっくりとレオン様に歩み寄った。

昨晩と比べて顔色の火照りも消え、青い髪と白い肌が映えた。少し耳をすませば掠れるような寝息も聞こえる。魘される様子もなく、静かに眠っている様子からもう痺れ薬の効果は切れたのかと思い、ほっとする。


「…アァ?まだ坊ちゃんを城に返してなかったのかよ?」


気の抜けた声に振り返れば、ヴァルが欠伸混じりに部屋から出てきたところだった。きちんと身嗜みを整えているセフェクやケメトと違い、寝癖のように乱れた髪を掻きながら、半分身体が肌けた格好のままだるそうに広間に入ってくる。そのままケメトとヴァルが同時に自分の目を握り拳で擦った。

「もうっ!ヴァルもケメトも寝過ぎよ‼︎やっぱり皆起きてきてたじゃない!」

セフェクが二人の背中をバシバシと叩きながら怒った直後、そのままケメトと一緒に私達へしっかりと挨拶をしてくれた。

「セフェク、そういうテメェはいい加減にその寝相の悪さ直しやがれ。」

また俺達の布全部奪いやがって。と続けるヴァルの顔面へ次の瞬間セフェクが思い切り放水攻撃をかました。前髪ごと顔面を水浸しにしたヴァルへカラム隊長が身嗜み程度は整えろと一喝したけど「残念。テメェらの命令は契約外だ」と衣服で顔を拭いながら一蹴された。…その直後にステイルが身嗜みを整えろと命じたら、舌打ちをしながら衣服を着直したけれど。

「ったく…もう殆ど薬は抜けてんだから叩き起こせば良いじゃねぇか。」

また新しい酒瓶を戸棚から手に取り、私に見せつける。私が許可すると水代わりに早速酒を飲み始めた。足元でセフェクとケメトがお腹が空いたとヴァルの衣服を引っ張り出す。


「仮にも劇薬を飲まされたのです。自然に目を覚ますまでは安静にすべきです。」

セフェクとケメトの様子と私とステイルを見比べ、侍女二人が食事を取りに行ってきますと二人で部屋の外へ出て行った。

エリック副隊長が扉を開けて二人を通し、そのまま見張りの為に扉の前へと移動した。ヴァルも外に出るとエリック副隊長を退かそうとしたが、正規のルートから入った訳じゃない彼らが私達の部屋から出てきたら店の主人に怪しまれてしまう。エリック副隊長に断られ、更に私が命じたら苛々とした様子で踵を返した。そのまま「飯が届くまで部屋に居る」と酒瓶を二本抱えて三人はまた部屋に戻ってしまった。


「あ。そういえば、カラムさん。昨夜遅くに何か広間の方で物音がしましたけど…。」

衛兵でしたっけ。と、ふとアーサーが思い出したようにカラム隊長に声を掛ける。私も覚えている。昨夜遅く、確かに私の部屋にも物音が聞こえてきた。あの時は確かエリック副隊長が見に行ってくれたけど、戻ってきてくれた時の事は全く覚えていない。その前には眠ってしまっていたらしく、大分寸前は寝ぼけていたのか扉の前からベッドに戻った記憶すらなかった。


「ああ、衛兵だ。今朝も来たが、昨晩からとうとう泊まり客の部屋前まで訪ねて来たな。レオン第一王子の捜索はまだ続いているらしい。」


すぐに異変に気付いたフィリップ様がベッドごと一時的に瞬間移動して下さり事なきを得た、とカラム隊長がそのまま改めてステイルに礼をした。流石ステイル。

「いえ、カラムこそ素晴らしい対応でした。貴方に上級商人の任を任せて正解でした。」

カラム隊長の言葉に、にっこりと笑みを返すステイル。わりと機嫌の良い反応だった。そのまま笑い合うカラム隊長とステイルを見て、少しアーサーが羨ましそうな顔をしている。

「それを言うならアーサー、エリック。お前達の方からも夜中に話し声が聞こえたが、護衛中に何を話していたんだ?」

カラム隊長の言葉にアラン隊長が「あ、俺の方からも聞こえた」と同意の言葉を上げた。

ぎくり、と肩を揺らすアーサーにエリック副隊長がおかしそうに笑った。そのまま「あ〜、あれは…」と話し出そうとした瞬間に「エリックさん‼︎」と凄まじい勢いで顔を真っ赤にしたアーサーが止めにかかった。昨日の話し声、と聞いてふと私は昨晩のことを思い出す。


「ああ…あの。」


思わず声が漏れると、カラム隊長とアラン隊長、そしてステイルが興味深そうにこちらへ視線を向けた。ステイルに「姉君も会話に加わっておられたのですか」と聞かれ、答えるか悩み、アーサーの方を見ると明らかに顔が「言わないで下さい‼︎」と訴えていた。

「…なんでもないの。ちょっとアーサーが私を元気付けてくれただけ。」

そう言って笑ってみせると、明らかにアラン隊長の表情がアーサーに向けて「へぇ〜?」とニヤリと笑んだ。

「アーサー、この任務が終わったら四人で飲むか。」

カラム隊長がはっきりとした口調で誘うと、アーサーが「えっ⁈」と声を上げた。アラン隊長とエリック副隊長も同意の声を上げて逃げ場が完全になくなる。更にはステイルまでもが「それは楽しそうですね。僕も是非ご一緒したいです」と話に乗るものだから、完全に王手状態だった。

なんだかステイルも騎士団の人達と楽しそうで嬉しい。アーサーもなかなか騎士の先輩達に可愛がられているようで何よりだ。

…その時だった。


「…っ、……?…此処は…?」


小さな呻き声の後にレオン様の声が聞こえた。振り返ればさっきまで閉じられていた瞼が開かれ、天井を眺めたまま頭が追いつかないように茫然としている。

「お目覚めになりましたか?」

傍にいたカラム隊長が最初に声を掛ける。「君は…?」と、ぼんやりとした眼差しがゆっくりとカラム隊長へと向けられた。

「私はカラムと申します。昨日のことは覚えておられますか…?昨晩の記憶は。」

ゆっくりと、レオン様が焦らないようにカラム隊長が尋ねる。レオン様は暫く考え込むように押し黙り、次第に口を再び開いた。


「昨晩は…弟達と、ワインを…。……?」


そこまで言うと、頭が痛そうに顔を歪めた。やはり前後の記憶が飛んでしまっているらしい。…そして、やはり犯人は弟達だ。ステイル達の方へ目配せすれば誰もが理解したように表情を険しくさせていた。

「落ち着いて聞いてください、レオン第一王子殿下。貴方は昨晩、酒場で倒れているところを保護されました。」

一言一言言い聞かせるように言うカラム隊長の声を聞き、ぼんやりとしたレオン様が次第に目を見開き始めた。

「ッ…出発が…‼︎しまった!今は何時だ⁈僕は、行かないとっ…‼︎」

現状に気がつき、布を翻し急いで起き上がろうとした途端、血が回ったのか突然フラつきまたベッドに倒れ込んだ。

「御無理はなさらないでください…‼︎いま、貴方を国の衛兵が探しております。大丈夫です、我々が責任を持って貴方を城まで送り届けます。」

カラム隊長が倒れ込むレオン様を支え、声を掛ける。レオン様からは「君は…⁈僕は何故、酒場などに…⁈」とひたすら疑問が続いた。

「助けてくれて心から感謝する。そしてすまないが、僕は今すぐ行かないと、帰らないといけないんだ…プライドが、僕は婚約者のもとへ行かないとっ…」




「その必要はありません、レオン様。」


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