147.暴虐王女は真実を知る。
「ジャンヌ様っ‼︎」
視界が変わってすぐにカラム隊長の声が聞こえた。見れば、カラム隊長が丁度レオン様を抱き抱えて手近なソファーに寝かせ始めたところだった。侍女のマリーが急いでコップに水を注いでカラム隊長に手渡している。
「我が婚約者の容体はどうですか。」
一応飲み過ぎて酔っているだけだし、大丈夫だろうと思ったけれど、カラム隊長の反応を見るとそれだけではないようだった。
「それが…どうにも少し様子がおかしく…。恐らく、これは…。」
何か言い澱むようにカラム隊長が、顔を曇らせてレオン様の気道を確保するように寝かせる。まさか飲み過ぎの急性アルコール中毒とかだろうか。私が見たときもかなりぐったりしていたし、そうだとしたら本当に命の危険の恐れがある。病を癒す特殊能力者のアーサーにも酔いはどうにもならないし、いやでも急性アルコール中毒とかなら話は別かもっ…。とにかくアーサーに一度触れて貰うべく、私が口を開こうとした時だった。
「アァ?その坊ちゃんに水なんざ飲ませても無駄に決まってんだろ、既に薬が大分回ってる。」
私達の後にステイルに瞬間移動されてきたヴァルが、だるそうにセフェクとケメトと一緒に一歩前へ出た。
薬…?
カラム隊長がヴァルの言葉に顔を上げ、眉間に皺を寄せた。
「薬、とはどういうことですかヴァル。」
「どうも何も…酒だけであんなになれる訳ねぇだろ。」
そこのヤツも気づいているんじゃねぇのか?と目線だけでカラム隊長を指した。エリック副隊長もカラム隊長に並ぶようにレオン様を覗き込み、すぐに顔色を変えた。「…確かに、これは…。」とカラム隊長と同じように言い澱み、目を白黒させた。アーサーとアラン隊長は未だ飲み込みきれないのか、カラム隊長とエリック副隊長を覗き込む。ヴァルがはっきり言わないことに苛ついたのか、はっきりと私達に説明を始める。
「酒場に運ばれた後にも酒は無理矢理飲まされちゃいたが、ありゃどう見ても薬だ。」
睡眠薬と痺れ薬を配合した薬で断続的に意識を奪い続けながら身体の自由も奪う、とヴァルが簡単に説明をしてくれる。そのまま「かなり値がするから滅多に使わねぇが」と親指と人差し指で輪っかを作って私達に示した。
「無味無臭の品だから、人身売買で商品として狙った奴に一服盛る時とかは特に使えたな。」
ニタニタと口端を引き上げた嫌な笑みを私達に向けたところでセフェクに「ケメトの教育に悪いでしょ‼︎」と思い切り足を踏まれていた。その直後にはいってぇ⁈と足を押さえて思い切りセフェクを睨み返している。
「パウ…、…特上の特殊能力者を捕らえる時とかにも使うのか。」
ステイルが何かを思い出すようにヴァルに尋ねると「それ以外じゃ捕まえられねぇ奴はな!」と足を踏まれた痛みと怒りのせいで思い切り怒鳴られていた。
「ですが、劇薬です。一国の王子に何故このようなっ…!」
信じられないといった様子のエリック副隊長にカラム隊長が頷く。
「大袈裟なんだよ騎士サマは。どうせあと数時間もすりゃあ勝手に痺れ薬の効力は抜けんだろ。一晩寝かせりゃ明日には何も残っちゃいねぇさ。」
後遺症なんざせいぜい前後の記憶が吹っ飛ぶぐらいだとめんどくさそうに頭を掻きながら、ヴァルは部屋を見回す。そのままセフェクとケメトにそこで休んでいろと手近なソファーを指差した。
「だが、これは大事件だ。相手が王子と知らなかったとはいえ、酒場の誰がこの薬をっ…」
「いや、城からその坊ちゃんが出てくる頃には既に薬が回ってた。」
レオン様を安静にするようにソファーからベッドに寝かせ、侍女に任すカラム隊長にヴァルがはっきりと言い放つ。そのまま今度は棚にある酒瓶を手に、私へ確認を取るように見せつけてきた。飲んでも良いから説明を、と促す私にニヤリと笑い、コルクを素手で抜いた。
「城でずっと張ってたが…その坊ちゃんが男二人に両肩担がれて出てきた時には歩くことすらできちゃいなかった。後をつけてみりゃあ例の隠れ酒場に放り込まれた上に無理矢理酒注がれて金ばら撒かれの置きっ放しだ。俺達もすぐ客に紛れて酒場で見てたが、坊ちゃんからはテメェから動くどころか話せるそぶりも見せなかった。…大方、薬盛られてそのまま引きずり出されたんだろ。」
お陰で酒場じゃ美味い酒が飲めた、と笑うヴァルが今更に酒を飲もうと瓶に口をつけた。
「つまり、城の中で薬を盛られたってことか?」
「それって…余計大ごとじゃないすか?」
アラン隊長とアーサーが顔を見合わせる。ステイルが二人の言葉に頷き、「事実なら大ごとですら済まない」と呟いた。
「つまりは誘拐だ。しかも劇薬を盛り、連れ出すなど外部犯ならば当然…内部犯でも重罪程度では済まない。」
ステイルの言う通りだ。しかも相手は第一王子。更に言ってしまえば…
犯人は第二王子、第三王子。
ゲームの中で彼らは心が壊れてしまったレオンへ頻繁に会いに来ている。そしてレオンルートに入ったティアラと弟達はレオンの部屋の前で偶然出会い、弟達はティアラと話す中で二年前の真実を少し話すシーンがある。
彼らは、父親である国王に認められ、誰よりも王の器を持つ兄に嫉妬をしていた。
そして、嫉妬ゆえにレオンの悪評を広め続けた。
女好きも女誑しも彼らが広めた事実無根の大嘘だった。それでも変わらず高潔さを保ち、民や父親から支持を集める兄へその嫉妬と憎しみが増し、更に彼らによる悪評は広まっていく。…とうとう国王が、見逃せなくなる程に。そして終いにはとある理由で、広めた悪評を利用して国で最後の夜を過ごすレオンを嵌め、陥れた。
ゲームでティアラが追求した際に、第二王子のエルヴィンは「少し…酒を飲ませただけだ。そのまま奴隷を使って酒場に置いて…。」と言葉を濁していたけど…
何が酒を飲ましただけ、だ‼︎
怒りのあまり、私はその場で思い切り床を踏みつけた。ダンッ‼︎という強い音に部屋の中にいた全員が私の方を振り向いた。
確かに、確かにおかしいとは思った‼︎
あの人、ゲーム中のスチルで普通にワイン飲んでるシーンあったし‼︎それ以降お酒に弱い設定なんて全くなかったし‼︎私の誕生祭でも余裕で飲んでたし‼︎
でも薬を盛られていたならば納得いく。どんな酒豪だろうと薬は別だ。その時のことを語るレオンの「弟達とワインを飲んで…気がつけば城下の酒場で衛兵に保護されていたんだ…」という言葉も辻褄が合う。大体、弟相手だからってそんなガバ飲みするようなキャラでもなかった。更には表向きでは弟達はレオンと婚約祝いのワインを飲んでその後に酔った兄を介抱してから部屋を出た。その後レオンが一人酔いに任せて城下を出てしまった、と語っていてそれをレオンも信じ続けていた。
ティアラが真相を弟達から聞き、それを彼に語るまでは‼︎
なんというクズの極み。
実の兄に薬を盛って嵌めたなど、ゲームでは語られなかった。しかも、酔いに任せた本人の意思を含んでたような語りだったが、ヴァルの話を聞けば実際は強制的に連れ出されていた。婚約者である私が忠告さえしておけば、彼ならば城下に降りることも思い留まってくれるのではと思ったけれど実際はそういう問題ですらなかった。その上、ゲームで私が知っているだけでもあの弟達はっ…‼︎
ゲームの設定を思い出し、怒りで手が震えた。ステイルが「姉君?」と心配そうに私を覗き込み、アーサーがそっと私の傍まで歩み寄ってきてくれた。カラム隊長やアラン隊長、エリック副隊長も私の様子を窺うように無言で視線をこちらに向けてくれる。皆が私を心配してくれることに少し温かくなりながら、それでも内側の怒りが収まらなかった。
彼らに正面を向くように体を向け、もう一度足を踏み鳴らす。視界の隅で素知らぬ顔で酒を飲んでいたヴァルが「おーおー、お怒りだねぇ主。」と愉快そうに笑みを向けてきた。
私は一人ひとりに視線を合わせ、最後に口を開く。
「レオン様を罠に陥れたのは、エルヴィン第二王子、ホーマー第三王子です。」
私の発言に全員が言葉を無くした。目配せもできないまま、口をあんぐりと開けて私を凝視している。
「私は彼らを許しません。」
自分で思った以上に低く、静かに声が響き渡った。私の怒りが伝わったのか、緊張した様子でステイルや騎士達の姿勢が正された。
ゲーム内ではレオンルートに行かなければアネモネ王国で王族としてのうのうと放置されたまま暮らす自己中馬鹿兄弟…‼︎
「明日の朝、レオン様が目を覚まされたら彼にも私の口から話します。」
同じ王族として赦すまじき愚行。
この世界では絶ッ対に引導を渡してやる…‼︎