146.暴虐王女は回収する。
「王族直属の配達人を見張りに、ですか…?」
私の言葉を確かめるように、カラム隊長が繰り返した。食事を終え、具体的にどうやってレオン様を見つけるのかと作戦を練り始めようとした時だった。一応手は打ってあります、と私はステイルやアーサー、そして騎士達にヴァルの存在を伝えた。同時にステイルが「あの時の…‼︎」と小さく思い出すように声を上げた。
ステイルのその言葉と、そしてカラム隊長の言葉の両方に私は頷いて答える。
彼は今、この国にいる。私が用意したアネモネ王国宛の手紙を使って、恐らくは一週間前からここに潜伏してくれている筈だ。
…城からレオン様が出てこないか、監視する為に。
城の近くに他の兵に気づかれないように張り込み、彼がもし城から出てくるような事があったら尾行し、見張って欲しいと。そして、もしも正体を隠してでも降りて来たその時は、彼を見張りつつ、民にその正体がバレないように守って欲しいと。見張りの任の間は彼への最低限の無礼は許しますと。
彼の特殊能力を鑑みれば、警備が厳重な城の近くであっても張り込みは余裕の筈だ。…まぁ、前前職が崖から身を隠しての盗賊業をやっていたくらいだし。
「ええ。彼ならばもし我が婚約者が城下に降りてくるのを確認さえできれば、きっと傍にいてくれる筈です。〝
私が目線でステイルを見ると、目を合わせて頷いてくれた。すると今度は「伺ってもよろしいでしょうか、フィリップ様はまさか特定の座標でなくても瞬間移動が…⁉︎」「あ!今は因みにどれくらいの重さが可能なんですか⁈」「あの、ならば直接王子の元へ瞬間移動するのはいかがでしょうか?」と騎士三人から質問が飛び上がった。ステイルの特殊能力は本人が公にしていないから、この三人も五年前の箝口令以降からは何も知らない。
ステイルが私の代わりに彼らの質問に答えてくれ始めた。よく知る相手に限定して、その人間の場所へ瞬間移動できること、その為レオン様のところに瞬間移動は難しいこと、更には現在では自分を入れて五人程度ならば余裕で瞬間移動できることを伝え、最後に念の為に三人へ改めて口止めをした。
エリック副隊長は驚いたように目を見開き、カラム隊長とアラン隊長は「やはり一年前のあれは…」「だよな?」と何やら小さく話し合っている。
「あの…ジャンヌ様。…あとその、配達人については一応誰かを隊長、副隊長に伝えて置きたいのですが…。」
驚く様子の三人の騎士の端で、アーサーが凄く言いにくそうに手を上げた。ステイルもそれに同意する。そうだ、彼らはヴァルの事を知らない。アラン隊長以外も、一年前の殲滅戦でヴァルが保護された時に顔くらいは合わせているだろうけれど、基本的にヴァルの存在は騎士団にとっては一年前の〝被害者〟より五年前の〝加害者〟の方が印象に強い。私から騎士達にヴァルの事を話すと、更に彼らの目が見開かれた。
「五年前の罪人を…ですか…⁈」
「あの、男を…⁉︎」
「え、あのヴァルって弱かったですよね⁇」
カラム隊長、エリック副隊長に続き、声を上げるアラン隊長の言葉にそれぞれ私は苦笑いを浮かべる。色々否定できない。
最終的には一年前にアーサーへ説明したのと同じように、既に裁判で隷属の契約という重刑を与えられ、今は私の命令に逆らえないことなどから理解はしてくれた。…アラン隊長だけは「でも、弱かったけどなぁ…」と小さく独り言のように零していたけれど。
そして、それから二時間後のことだった。
〝第一王子が行方不明〟〝レオン様が城から消えた〟と町中で騒ぎが起き始めたのは。
…ああ、やっぱり。
窓の向こうから民の騒ぎが聞こえてきた途端に、私は頭を抱えた。ステイルも溜息を吐き、アーサーや他の騎士達も臨戦態勢に入るように護衛の形態から小さく私の方を振り返った。部屋の扉がノックされ、その後扉の外で護衛していたエリック副隊長が「ジャンヌお嬢様、今この宿屋にも衛兵がレオン第一王子を探しているとの声が一階から聞こえてきました」と報告に来てくれた。ステイルが「姉君の予知通りですね」と呟き、私は頷いた。
…やはり、忠告だけでは叶わなかったらしい。
細かいことはレオン様に直接聞くとして、先ずは彼を見つけないと。私は外で見張りをしていたエリック副隊長を含めて、この場にいる騎士達を私の傍へと集めた。念の為、話し声が聞こえないように潜めて彼らに話す。
「これから、我が婚約者を迎えに行きます。」
私の言葉に全員が頷く。侍女達と陣地を守る為にカラム隊長が部屋に残り、残りの騎士とステイルとアーサーが私と共にレオン様の…ヴァルの元へ向かうことになっていた。もし、ヴァルがレオン様を見失った時の次の捜索方法もカラム隊長とステイルが相談してくれた。
ステイルが腕を伸ばして私の手を取る。そのステイルの腕に「失礼致します」と声を掛け、アラン隊長、エリック副隊長が触れた。カラム隊長がお気をつけてと私とステイルに敬礼してくれ、それに頷いて答える。
そして次の瞬間、私達の視界が切り変わった。
……
「!…いよォ、主。遅かったじゃねぇか。」
視界が変わってすぐ、聞き慣れた声が私の耳に届いた。
視界が変わった先は外だった。人通りが全くなく、裏通りの一角だろうか。一本道のどちらを見ても、人が歩いてくるどころか通り過ぎる姿すら見えない。声のする方へと振り向けば、ヴァル、セフェク、ケメトがそこに居た。ニヤニヤと笑いながらケメトを膝に乗せ、壁に寄りかかって寛ぐように座り込んでいる。セフェクが私のところに駆け寄り、ケメトがぺこりと頭を下げてくれた。
「ヴァル、わざわざ七日間御苦労でしたね。…それで、いかがでしたか?」
「頼まれた荷物ならこの中に居る。…ハッ、なかなかの色男じゃねぇか。」
自身がもたれ掛かっている壁を軽い調子で叩き、ニヤリと笑う。見れば、彼がもたれ掛かっている壁だけ他と比べて妙に分厚かった。
「⁈既にもう保護してくれていたのですか?」
一体、どのタイミングで⁈と私が驚いて声を上げるとヴァルが私の反応を愉快そうに口元をつりあげた。
「酒場でつぶれて群がってくる女共に脱がされて帽子まで剥ぎ取られそうだったんでなァ?その前にちょいと灯り奪って拐って来てやったぜ。」
そこは〝保護〟といって欲しい。ヴァルの膝の上でケメトが「凄いんですよ!」と、ヴァルが荷袋の砂で一気に酒場中の灯りを覆い隠して真っ暗にしたことや、自分達の手を引きながらレオン様を担いで店から脱出したのだと話してくれた。流石、前前職のお陰でかなり夜目が効くらしい。セフェクが「動物みたい」と容赦なかったけれど、ヴァルは舌打ちだけして何も言わなかった。
三人にお礼を言いながら、私は改めてレオン様が居るであろう壁を見る。本当に分厚いだけでパッと見は他と同じ只の壁だ。只の土壁なら未だしも、他と見分けがつかない程のこの精巧さはケメトのブースト機能あってのものだろう。これならばもし衛兵や人が通っても見つかる心配もない。…本当に彼が前科の現役時代に彼らと出会ってなくて良かったとつくづく思う。
私が特殊能力を解くように命じると、ヴァルは壁に寄りかかっていた身体を軽く起こして面白そうに指を鳴らした。パチン、という音とともに彼の特殊能力である土壁が崩れ、ただの土へと戻っていく。
そして、土の崩れた先で彼は地べたにそのまま横向きに寝かされていた。目を閉じ、土が崩れたせいもあり綺麗な顔が泥に汚されていた。
「拐った時は起きてたんだがな、ここまで運び終えた後にまた寝ちまった。」
ヴァルの言葉を背中で聞きながら、私はレオン様の口元に触れる。息を吐く感触がし、額に触れれば火照りきっていた。眠っているにしても、大分ぐったりとした様子だ。ステイルに声を掛けると、すぐにレオン様を私の宿部屋まで瞬間移動してくれた。後は私達も部屋に戻るだけだ。
「ヴァル、貴方達も共に来なさい。…もっと私に詳しく話を聞かせて下さい。」
私の言葉にヴァルが欠伸混じりに返事をし、セフェクとケメトが同時に答えた。
さっきからずっと無言のアーサー達の方を振り返ると、…何故か俄かに殺気を放っていた。ヴァルの態度が腹立たしいのか、それともやはり遺恨が残るのかと思ったけれど彼らの視線はヴァルではなく、ステイルに瞬間移動されたレオン様の消えた場所に向けられていた。ふと気づけばステイルからも若干の怖い気配を感じる。もしかして、レオン様が呑んだくれていた事を怒ってくれているのだろうか。確かにそれ自体は私も後でしっかりと言うべきだとは思うけれど…。取り敢えず今はレオン様の酔いを覚まさせてから考えた方が良さそうだ。
ステイルの特殊能力で私達は再び、宿屋へ帰ることになった。
前世のゲームでも知らなかった事実に驚かされるのは、この直後のことだった。
昨日予約掲載設定をミスしておりました…。
御心配おかけいたしました。またストックの限りは毎日更新いたします。