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140.暴虐王女は口を開く。


「極秘訪問…ですか?」


突然、三人の先輩騎士と共に騎士団の作戦会議室に呼ばれたアーサーは、父親であるロデリック騎士団長の言葉を疑問のあまりそのままの形で聞き返した。


「そうだ。女王陛下から直々に任を頂いた。プライド第一王女の希望で、我が国の王族であることを隠し、婚約者であるレオン第一王子の自国でもあるアネモネ国を訪問したいとのことだ。プライド様が近衛騎士のアーサーを含め、ここにいる四人を指名された。」

腕を組み、威圧を放つ騎士団長の横に今度は副団長のクラークが並ぶ。「因みに、その訪問の日時が些か変わっているんだが…」と繋げながら書類に改めて目を通した。


「出発は今日から五日後の正午過ぎ。そしてアネモネ王国で一晩宿を取り、翌朝にレオン第一王子の元を訪問、そしてプライド第一王女の婚約者として我が国の城に移り住むレオン第一王子と共に帰国、という予定だ。」

副団長の言葉にアーサーを含めて呼ばれた騎士達全員が疑問を目で語った。王族の極秘訪問、というのは珍しいが無い話ではない。だが、今回の極秘訪問は意図も意味も全くの不可解だ。


「まぁ、お前達の疑問も当然だろう。私もロデリックも正直飲み込みきれてはいない。」

騎士達の疑問を察し、クラークは苦笑いをした。

「敢えて詩的に深読みするのならば、共に暮らすことを待ち切れない第一王女が婚約者を驚かせたくて朝一番に自ら迎えに…、という程度だが。」

そこまで言って騎士達の表情を見ると、誰もが揃って表情が暗い。騎士達にとって憧れの存在であるプライド第一王女へ何やら思う事があるのは副団長のクラークも騎士団長のロデリックも察してはいる。そして同時に、彼ら二人はプライド第一王女という存在をそれなりには理解していた。


「だが、相手はあのプライド様だ。」


騎士団長の重々しい言葉に、その場にいた騎士達全員が引き締まる。若干、その言葉に苦々しさを感じたのは騎士達の気のせいではないだろう。

「プライド第一王女の御考えが、本意が、…例え何であろうとも、共に行かれるステイル第一王子と共に必ず御守りしろ。それが我々騎士団の使命だ。」


威厳のあるその言葉に騎士達全員が、同時に声を上げた。



……



「…っつー事があってよ。」

「ああ、俺も知っている。昨日、突然姉君が母上の元へ行くとのことだったから俺もティアラも部屋前まで同行した。」


ステイルの稽古場。

アーサーとステイルは互いに剣を交わしながら会話をしていた。落ち着いた会話に反して打ち合いは激しく、互いに剣を放ち、避け、更に反撃を繰り返していた。


「俺とティアラは会話自体を聞くことはできなかったが、暫く待った後、姉君が母上からアネモネ王国へ極秘訪問する許可を得たと。そして護衛の騎士と別に俺にもついてきて欲しいと。」

当然、すぐに承知した。と言いながらステイルはアーサーの足元を掬うべく足を横に振るった。だが、瞬時にアーサーに跳ねて避けられた。


「なんでそんなことを、ってのは聞かなかったのか?」

「聞いた。が、まだ決まった訳じゃないから、とはぐらかされてしまった。…最近の姉君は隠し事が多い。」

アーサーが今度は剣を一度捨て、その隙にステイルの腕を取り、放り投げた。が、瞬間移動で逆に背後を取られてしまう。


「クラークが、普通に考えたらプライド様がレオン王子に早く会いたくて迎えに行くと考えられるが、…ってよ。」

「ああ、俺も普通に考えればそう思う。だが」

振り向きざまに回し蹴りをし、退いた隙に剣を拾う。そのまま高く跳ねて今度は上から攻撃を繰り出す。


「ねぇよな、絶対。」

「ああ、千歩譲って姉君がレオン王子の虜になっていたとしても、そのような王族の品位を落とす真似をするとは思えない。」

両手でステイルが構え、アーサーの攻撃を正面から受ける…と見せかけて直前でいなした。キィィィッ!と剣の擦れる音と共に逆にアーサーの懐に飛び込む。


「恐らく、姉君のお考えがあるのだろう。」

「ああ、クラークと父上も同じ意見だった。」

片手でステイルの剣を受け止め、ギリギリと剣同士が甲高い悲鳴をあげあう。


「どう思う?」

「わからねぇ。でも、もう決まった。俺が、…ッ俺達がすることはただ一つ‼︎」

力ずくでアーサーがステイルの剣を弾く。金属音と共にステイルが跳ね、アーサーから距離を空ける。

「…プライド様と共に在ることだ。…それ以外はねぇ。」

アーサーの言葉にステイルは頷いた。


「ああ、頼んだぞアーサー。…俺の分まで。」


「……ハァ?」

ステイルの意味深な言葉にアーサーが声を漏らした。何故、俺に全部任すんだとでも言いたげに。だがステイルは話を逸らすように「そろそろこの話はやめるぞ。ティアラと姉君が着く頃だ。」と言って剣を一度鞘に閉まった。

「おい、ステイル。〝俺の分まで〟ってのは一体…」

どういう意味だ。そう問い正そうとした瞬間「アーサー!兄様っ!」というティアラの声でかき消された。振り向けばティアラとプライドが手を繋ぎ、稽古場に入ってきたところだった。

「アーサー、体調は平気?」

「あ、平気です!すみません、ご心配お掛けして…。」

開口一番にプライドに心配され、恐縮して頭を下げる。昨日覚悟を決めたお陰で、夜はしっかり眠れた。ただ、すっきりした頭で昨日の自分の発言を思い出すと今度は顔が熱くなった。


「騎士団長からはその、…任務の話とかは…?」

「聞きました!当日は宜しくお願いします。」


アーサーの言葉を聞いてほっとし、プライドがにっこりと笑う。ありがとう、と礼を言うとアーサーの顔も釣られるように綻んだ。

「当日は、その…何もなかったら…何も、無く済むと思うから。迷惑たくさんかけると思うけど、…宜しくお願いします。」

何か含むようにして笑うプライドの表情を見て、アーサーははっきりとした口調で答えた。今のプライドには取り繕う笑顔も消えていた。苦笑のようなその表情はどこか吹っ切れたようにも見える。ステイルもプライドの言葉に静かに頷いた、その時だった。



「…お姉様、訪問では一体何をしに行かれるのですか?」



ふと、ティアラがプライドの顔を覗き込むように声を掛けた。「昨日も兄様にも私にも何も教えてくれませんでした」と続け、プライドの表情を窺う。プライドは笑顔でそれに返し、ティアラの頭を撫でた。

「大丈夫よ。今回は危ないことは何もないから。」

そう、いつものように優しく答えればティアラは




「危ないこと以外はあるということですか?」




…突然の、淡々としたティアラの言葉に私は自分の目が見開かれるのがわかった。

「い…いいえ?本当に何もなかったら、あとはただ訪問してレオン王子と一緒に帰国するだけだか」

「〝何も〟って何ですか⁇お姉様は何をそんなに心配しているのですか?今まで私達に隠してきた事とも何か関係があるのですか⁇」

追求するようなティアラの言葉に、思わず言葉が詰まる。今までティアラにこんな風に食い下がられたことなんてなかった。


「お姉様。…兄様もアーサーも、お姉様のことをとてもとても心配しています。お姉様が何か抱えておられると、私達三人が理解しています。きっと騎士団の方も、皆思っています。母上が訪問を許可をして下さったということは、きっと母上や父上はご存知なのですよね?…私達には、何も言えませんか?」


突然の特攻だった。

ティアラはいつも私の言葉には頷いてくれたし、隠し事をしても許してくれた。なのに、まさか…まさかティアラにここまで反撃をされるなんて。

真っ直ぐに見つめてくれた目は、本当に純粋な疑問を私に投げかけてくれているようにも…何処か怒っているようにも見えた。怒ったティアラなんてゲームでも殆ど見たことが無いのに‼︎

ティアラの突然の追求に、アーサーやステイルも空いた口が塞がらない。その間もティアラの猛攻は続く。


「お姉様。私は未だ弱くてお力にはなれません。今回の訪問にもご一緒は叶いません。でも、…お姉様の心に寄り添うことはできます。お姉様が私や兄様、アーサーのことを信用できないなら仕方がありません。でも、…私はそうでないと思えます。」

ずっと、見てきましたから。そう続けるティアラの目が優しく笑んだ。思わず下唇を噛んでしまう私の手をティアラが優しく掴む。

「一人で抱え込まないで下さい。…私達はお姉様の言葉ならば信じます。例え〝もしも〟の話でも信じます。そして、そうならなかったからといって、私達の誰もお姉様を責めたりはしません。」

優しく響くティアラの言葉に思わず泣きそうになる。ここ最近ずっと色々頭を回して堪えていたから余計にだ。たぶんあとちょっと突かれたら涙腺が耐え切れなくなるだろう。


「どうか、もし私達を信じて下さるのなら…ほんの少しで良いのでお姉様の御心を教えて下さい。」


吸い込まれるような瞳だった。流石この世界の主人公。まるで私の深層まで理解してくれているようなその声に、言葉に、私はぎゅっと胸が締め付けられた。駄目だ、この瞳には抗えない。思わずティアラの手を握り締め、見つめ返す。

そのまま恐る恐るアーサーとステイルへ目を向ける。

…二人とも、真剣な眼差しで私とティアラを見つめていた。拳を握り締め、じっと私から目を逸らさなかった。「話して欲しい」と、…そう言われているようだった。


「…本当に、不確定のことで。何もないかも知れないし、…ただ三人の不安を煽るだけかもしれない。」


構いません、と二人の声が揃った。ティアラが私の手を握り返しながら「ね?」と笑う。…本当に優しい笑顔だった。

それでも、やっぱり不安であと一度だけ三人に問う。


「…あと、もし、…もしものことがあっても、…………全部がわかるまでは、レオン様を責めないで。」


ティアラはすぐに、そしてステイルとアーサーが今度は一度躊躇い、そして重々しく頷いてくれた。少し不安はあるけど、でも今度こそ私は腹をくくる。

ぐ、と口の中を飲み込み、三人を見回した。


「…私の目的は、アネモネ王国にいるレオン様を…彼を助けることです。」


私の言葉に三人は目を丸くさせた。

アーサーは何か言葉を自ら噤むように唇を絞り、ステイルは息を飲み、ティアラは胸元を両手で押さえた。

そこへ私は畳み掛けるように言葉を続ける。


「彼はすでに追い詰められています。…だから、私は彼を幸せにしたい。」


そう、彼はこのままでは全てを奪われてしまう。

地位も、名誉も、…愛する全てを。


「母上から必要な許可を全て頂きました。私が予知した通りならば、その日に事件が起こるでしょう。」


失わせはしない。

前世のゲームのように壊させはしない。







「彼の為に、民の為に。…どうか、私の我儘を許して下さい。」







最低女王プライドとは違う。

彼こそまさに王の器なのだから。


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