139.暴虐王女は覚悟する。
「ぁあああああ最低最悪ばかバカ馬鹿ぁぁああああ…‼︎」
アーサーと別れた後、私は一度ティアラやステイルに挨拶をして部屋に戻った。そのまま扉が閉まった途端に専属侍女のロッテとマリーの前でも構わずベッドの上で手足をバタバタさせて暴れてしまう。
どうかされましたかプライド様、と声を掛けてくれるけど、返事もできず枕に顔を押し当てたまま首だけ振って応える。
最悪だ。
あんなにアーサーやステイル、ティアラに心配をかけていたなんて。
婚約を忘れてた時点でもかなり駄目すぎて心配をかけていたのに、更に婚約決まった後も心配をかけるなんて第一王女として駄目過ぎる。
レオン様と一緒に居る間は、ずっと気を張っていたとはいえステイルにもティアラにもアーサーにも気を配れなかった。皆が心配そうな表情や複雑そうな表情、暗い表情をしていたことは分かったのに、私はちゃんと声を掛けることすらできなかった。
こんなんじゃこの先が思いやられる。
今朝、レオン様の帰国とヴァルにお願い事をした後は庭園でティアラに思い切り甘えて寝てしまった。
いつもは姉として私がするべきことなのに、完全に立場が逆だった。こんな駄目姉を受け取めてくれるティアラは本当天使だし、ステイルがあの場に居なくて逆に良かったかもしれない。十六歳のくせに「寂しかった」とか愚痴って妹に抱きついたまま寝てしまう姉なんて恥ずかしい。
しかも、目が覚めたら、いつのまにか芝生に横になっていて両脇でティアラとステイルが同じように寝転がって私を見つめてくれていた。「おはようございます」と微笑まれたけど、なんかすごく姉として恥ずかしくなって、二人を前に顔が真っ赤になってしまった。
更にはアーサー。昨日調子が悪そうだったから、お昼寝後に早速様子を見に行ったら未だ大分体調が悪そうだった。
心配になって声を掛けたら、逆に物凄く私が心配かけていたことが判明した。
アーサーだけではない、ステイルとティアラにも。
私が無理をしていると。しかも、馬車の中の時点で既にアーサーには気付かれていたらしい。そうだとすると、あの時馬車の中で体調悪そうにしていたのも今日寝不足なのも、優しい彼は私を心配してくれていたからなのかもしれない。もう本当に申し訳無さ過ぎる。
ずっと傍にいる、とそうアーサーは言ってくれた。
その気持ちは凄く、凄く嬉しかった。
でも、それを最後にアーサーは少し柔らかく笑んだ後「やっぱり少し部屋で休んできます。明日からまた、…よろしくお願いします。」と言って、自室に戻ってしまった。
妹弟だけでなく近衛騎士のアーサーにまで心配かけるとか最悪過ぎる。私がもっと上手くレオン様と過ごせれば良かったのだけれど…
この三日間、正直すごく辛かった。
レオン様の本心と前世で知った彼の設定を知りながら、私に偽りの愛を囁くレオン様に冷静に答えつつ、受け入れ続けなければいけなかったのだから。彼の本心がとても胸に痛いからこそ、本当に辛かった。
なのに、レオン様ってば当然のように肩を抱くし、人前でも愛を囁くし、凄く凄く凄く近いし…本当に二日前にヴァルが来てくれて良かった。あの時に覚悟が決まらなかったら、初日のように顔が真っ赤になりっぱなしだった。
でも、その結果。
私のツメの甘さ故に三人には沢山心配をかけてしまった。全てが落ち着いたら何かちゃんとお詫びをしないと。…その時に、私の居場所があればの話だけど。
枕からやっと顔を上げ、溜息をつく。マリーとロッテが心配そうに見守ってくれてたから、ごめんなさいと謝って手を振った。
取り敢えず昨夜はレオン王子と約束したし、今朝はヴァルにもお願いをした。あとは私が動くだけだ。心配してくれた三人の為にもしっかりとしないと。
…やはり、今から母上の元へ話しに行こう。
気持ちを新たに私は静かに拳を握る。
本当は朝にステイルが母上と話したばかりだし、続けては失礼かもしれないから明日話そうと思っていた。でも、やっぱりじっとはしていられない。
どうか、母上に了承を貰えれば良いのだけれど…いや、万が一の為にもここは絶対説得しないと。多くの民の人生が今の私の双肩には掛かっている。
レオン様との婚約が、最悪なものとなる前に。
……
玉座の間。
「…それで、願いとは何ですか。我が愛しい娘。」
私はゆっくりとそこへ足を踏み入れた。
姿勢を正し、母上に時間を作って下さったことにお礼を言う。母上の左側には摂政のヴェスト叔父様、そして右にはちょうど母上と打ち合せをしていた父上、そしてジルベール宰相も居た。
その中、私は静かに息を吸った。今、この場には私しか居ない。ティアラとステイルは私が母上のところへ行くと話したら扉の向こうまで付いてきてくれた。
でもここは、私一人で願わないと。
「我が婚約者、レオン様のことでお願いがあります。」
私の言葉に少し母上の目が見開かれた。どうしたのだろう、少し疑問に思いながら私は言葉を続ける。
「どうか、私とステイルに一時的な外出と護衛の御許可をお願い致します。」
「…どういうことですか、プライド。何故、それとレオン王子とが関係があるのです?」
珍しく母上がわからないといった反応だ。ヴェスト叔父様や父上、そしてジルベール宰相も同じような表情をしている。私がそのまま行き先や、その日時期間を伝えると最初に母上が首を横に振った。
「なりません。そのような真似、女王となるべき器として恥ずべき行為です。」
ピシャリ、と。母上の私を叱るような厳しい口調に思わず肩が震えそうになる。…やはり、駄目だったか。
確かに普通に聞いたらただの品のない行為だ。それでも、ここで折れる訳にはいかない。私は早々に最後の手段として考えていた言葉を母上の前で宣言する。
「母上、私は予知致しました。私は行かなければならないのです!多くの民の為にっ…」
〝予知〟という言葉にその場にいた全員が今度こそはっきりと目を見開いた。ジルベール宰相が動揺のあまり手に持っていた書類を一枚手から滑り落とした。母上も私の続きの言葉を待つように少し椅子から身を乗り出す。
今こそ言わねば、と私は一気に空間全てに響き渡る声で宣言した。
「我らが同盟国、アネモネ王国へ‼︎」