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136.義弟は動く。


「それではプライド、また。」

「ええ、レオン様。どうかお気をつけて。」


母上や父上を始めとした王族、そして多くの我が城の者に見送られ、レオン王子はプライドと別れの挨拶を交わした。やはり表面上は仲睦まじい様子に見えるが、きっとアーサーの目を通せば全く異なって見えるのだろう。…人の取り繕った笑顔を見破る、アイツの目には。

本当に昨晩はプライドがレオン王子の部屋に招かれたことを言わずに済んで良かった。動揺のあまり下手な隠し方になってしまったが、言ってしまうよりずっと良い。あの眼をしたアーサーに言ったら一体どうなることか。騎士団を奇襲した当人であるヴァルの前ですら、あんな眼はしなかった。


昨晩、急いで城へと瞬間移動して戻ったは良いが、流石にレオン王子の部屋へ侵入する訳にもいかず、暫くは部屋の扉の傍に身を潜めて待った。もうプライドが部屋に戻ったことも考えたが、プライドの部屋に無断で侵入することも憚れた。それ以前に夜中に女性の部屋を訪問するなど、例え義弟だとしてもあり得ない。

暫く待ったが全く出てくる気配がなく、結局昨晩プライドがどうしたかはわからず終いだった。プライドに直接尋ねれば良いが…、そんなこと聞ける訳もない。


「レオン様。」


背中を向けて馬車に乗ろうとするレオン王子を、プライドが引き止めた。レオン王子が滑らかに微笑みながら振り返る。なんだい、と言葉を返しながら数歩先にいるプライドを見た。

「昨夜の約束、…どうか守って下さいね。」

願うようにそう呟くプライドに、レオン王子は珍しく少し目を見開き、惑うような表情を見せた。だが、ひと呼吸置いてからは頷き、もとのように笑んだ。

そして今度こそ馬車に乗り込み、扉が閉じられる。馬車の窓からレオン王子はずっと優雅にプライドへ手を振っていた。そしてプライドもまた、王子の馬車が見えなくなるまで見届け続けた。


まるで、本当の恋人同士のように。


「…プライド。その、昨夜の約束とは一体…?」

レオン王子の馬車が去り、父上や母上との挨拶を終えた後、早速俺はプライドに声をかける。横にはティアラも並び、二人でプライドの顔を覗き込んだ。

「あ…ううん、なんでもないわ。ちょっとだけ、お願い事をしていて。」

誤魔化すように首を横に振って笑むプライドは、そのまま「もう中に戻りましょうか」と自ら俺とティアラの手を握ってきた。久しぶりのような気がしてしまうその温もりにほっとしながら、それでもやはり引っかかった。何より、やはりプライドの笑みに何処か影が掛かっている気がしたからだ。昨夜のアーサーの言葉のせいで余計にそう見えてしまうだけなのか、それとも昨夜プライドに何かあったのか。考えるだけで頭が鉛のように重くなった。だが、大丈夫だ。取り敢えずこれで少なくとも一週間は、プライドに変に関わるような輩は…


「ハッ、王族三姉弟揃ってお出迎えとは随分と豪勢じゃねぇか。」


馬車が去って行った方向からの声に俺達は同時に振り返る。そして俺は更に頭が重くなる。そうだ、まだこの男も残っていた…。

「ヴァル。…今日は、その荷を届けに来たのですね。」

御機嫌ようセフェク、ケメト。とそのままプライドがヴァルの隣を歩く二人に声を掛ける。ケメトがヴァルの手を握り、そしてセフェクがケメトの裾を掴んでいる。俺も二人に声を掛けた後、その傍を並行して地面を滑る土の敷物と上に積まれた献上品らしきものへ目をやった。「ヤブラン王国から第一王女サマへの誕生祝いだってよ」とニヤリと下卑た笑みを返しながらヴァルが軽い手つきで献上品に触れて見せた。

「取り敢えず王居まではいつものように運んで貰おう。そこからは我が兵が回収する。」

ここからでも良いが、それでは兵が無駄に大荷物を抱えて長距離歩くことになる。俺がそう言って背中を向けるとヴァルは二度返事を適当に繰り返してから歩を進めた。

プライドとティアラと歩く中、ふとプライドの表情を覗き込むと何かを考えこむように眉間に皺を寄せて小さく俯いていた。小さく声を掛けてみたが、大分考えが深くなっていたのか返事はなかった。


王居へ戻り、今回は客間までは通さずそのままヴァルが預かってきた献上品を兵が受け取る。一つひとつかなりの重量の物があり、兵が一人ひとつずつ丁寧に抱えて運んだ。プライドが次に配達を任せる手紙を部屋へ取りに行く間、俺とティアラが代わりにヴァルと兵の引き渡す様子を見守った。やはり、こうしてみるとケメトとヴァルの合同特殊能力は凄まじいものだ。馬車であれば庭園前からここまで荷を運ぶのにもかなりの時間を労しただろう。最後の荷を兵が受け取り終えた後、今まで荷を支えていた土の敷物は蛇のように形態を変え、自ら口を広げた荷袋の中に一粒残らず飛び込んでいった。

「ンで?どうだった王子サマ。主の婚約者の野郎ってのはよぉ。」

荷袋の口を閉めながら、俺を試すようにヴァルが口元を引き上げる。軽い様子で話しているが、目はしっかりと俺を捉えていた。「お前の関するところではない。」と俺が今回の分の褒賞を投げつけながらヴァルへはっきり言い切ると、またニヤニヤと俺とティアラを見比べ「成る程な」と返してきた。…この男は未だにその不快な態度を改める気配が無い。

ヴァルの足に掴まっているケメトと、その手を繋ぐセフェクが居なければこの場で跪かせてやるものを。そう思った時だった。


「ヴァルッ‼︎」


手紙を手に、戻ってきたプライドが取りに行った時とは全く違う表情で駆け込んできた。確か、次に送る予定の書状は同盟打診でサーシス王国とチャイネンシス王国への二枚だった気がするが、さらにもう一枚の手紙がその手には握られていた。俺やティアラだけでなくヴァルもプライドの様子には驚いたらしく、少し目を丸くしていた。

「極秘で貴方にお願いがあります!」

続けて声を上げたプライドが俺とティアラを通り過ぎてヴァルの元まで飛び込み、その手を握り、自身の方へと引き寄せた。「なんだもう気が変わったのか」と笑うヴァルの耳をそのまま頭ごと引き寄せ、そっと何やら耳打ちをする。城の衛兵にはまだしも、俺やティアラにも聞かれてはならない話なのだろうか。

ヴァルはプライドの話に眉を顰め、時折「ハァ?」「何で俺がっ…」と声を漏らしたが最終的には頭を掻いて頷いた。プライドから受け取った書状の宛先を確認し、気が乗らない様子で懐にしまう。


「ったく…。…それが、噂の予知ってやつか?」

「そうです。とても…とても大事なことです。よろしくお願いします。」


ヴァルの問いに即答するプライドは久しく見る気がする強い目をしていた。ヴァルはプライドからの答えに深く溜息を吐くと、プライドをひと目見つめた後、目だけで俺を捉え、ニヤリと笑った。

「まぁ俺と主〝だけ〟の秘密だ。そういうのは増えても悪くねぇ。」

ニタニタと俺へ当てつけるように笑うヴァルは、そのまま荷袋を背負い直すとティアラに「今日はガキ共とのはお預けだ」と言い放ち、セフェクと手を繋ぐケメトの手を取り俺達に背中を向ける。プライドがその背中に向けて「頼みましたよ」と声を掛けると振り向かずに手を軽く上げた。


「命令しろ、っつってんだろ。」


面倒そうにそう返しながら、堂々と扉の真ん中を通り城門へと去って行った。両端の裾をセフェクとケメトに掴まれながらも、まるで本人が王族かのようなその堂々とした振る舞いに若干腹が立つ。

ヴァルが去ってすぐに俺とティアラがプライドにその真意や予知についてを尋ねたが、やはり何も答えてはくれなかった。「大丈夫」と、…それしか教えてはくれなかった。

今まで、何度も俺やティアラと秘密を共有してくれたプライドが、すぐ隣にいる筈なのに酷く遠い存在になってしまった気がした。ティアラも少し不安げに目を伏している。レオン王子が去った後であるにも関わらず、俺の胸にも寂しさが込み上げた。


…駄目だ。今日は俺にもやるべきことがあるというのに。


目を強く瞑り、一人首を横に振る。プライドが振り返り「良かったら、ちょっと庭園まで行かない?」と問われたが俺は、もう心に決めていた。


「申し訳ありません、プライド。俺は少し母上とお話したいことがあるので。」


笑みを作り、どうぞプライドとティアラだけで先に、と伝える。二人とも不思議そうにしていたが頷いてくれた。プライドと共に過ごせる時間を逃すのは正直気が引けたが、それ以上に今はやるべきことがある。

眼鏡の位置を指先で直し、俺は自らの足で母上の部屋まで向かう。


レオン王子の不穏と、そして彼を婚約者として選んだ真意を確かめる為に。


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