16.最低王女は認められる。
ティアラの生誕祭、そして御披露目は国中を上げて行われた。
朝から国の宿屋や酒場、大広場でも国民全員が騒いでお祭り騒ぎだ。
そして当然、一番豪華だったのはティアラの家でもある城内での祝会。
近隣諸国の王族に貴族や一部の中流階級の人も集められた城内には優雅な演奏曲と、豪勢なご馳走が煌びやかな広間に溢れかえっている。
でも、いま会場にいる王族は女王である母上だけだ。私もいまの今まで化粧や装飾、ドレスと支度に忙しく、母上に直接お会いしていない。
これから一人、また一人と王族である私、そしてステイル。最後に父上に連れられてティアラが登場する段取りとなっている。
大広間を降りる階段前で息を飲む。
毎年、王族の生誕祭や国の行事で慣れてはいる。でも、今回の緊張はいつもと段違いだった。
「姉君。」
振り向くと、後ろに控えて居たステイルが微笑んでいる。私と違って初めての筈なのに、すごい落ち着きようだ。
「大丈夫です、僕が付いております。」
「…ありがとう、ステイル。心強いわ」
ステイルに釣られて私も笑みが零れる。本当に優しい義弟だ。
でも、そう私が笑うと今度はステイルの方が急に顔を逸らしてしまった。どうしたの、と聞いてみたけれど「いえ、なんでも…」と言ってこっちを向いてくれない。よく見ると耳が赤い、やっぱり緊張していたのだろうか。
「あ…あと、その…先程は言い損ねましたが…」
数十秒置いて、ステイルがやっとこちらを向いてくれた。でも、心なしかさっきより顔も赤い気がする。
「きっ…綺麗です。…とても。」
「…フフッ、ありがとう。ステイル、貴方もとても素敵よ。」
淑女らしく口に手をやりながら、それでも笑ってしまう。前世の記憶のお陰で、せめて淑女らしい笑い方を早々にマスターできてよかった。
最初におめかしが終わって、お互い顔合わせした時には子どもながらステイルの格好良さには驚かされてしまった。流石攻略対象キャラ。凛々しい顔つきと整えられた黒髪が美男子っぷりを引き立たせている。
思わず言葉も忘れて呆けてしまったけれど、ステイルもステイルで顔を真っ赤にして口をパクパクさせてなにも言わなかったから、てっきり今から緊張しているのかと思ったけれど…。逆にこうして私を元気づけてくれた上にお世辞までくれるのだから本当にすごい。
ステイルと私の会話を聞いて、周りに控えている侍女や衛兵達が微笑んでいる。
「今日はティアラ様の御披露目と同時に、プライド第一王女が第一王位継承者となった御披露目でもあります。どうぞ、胸をお張りください。」
小さく咳払いをしながらステイルが畏まる。
そう、今日の主役はティアラだけじゃない。私もー…
兵隊の号令とラッパの音が鳴り響く。
私はハッと前を向き、姿勢を正す。
さっきまでザワザワとしていた人の声が水を打ったように静まる。
響きの良い声で、私の、プライド・ロイヤル・アイビーの名が呼ばれる。
今だ。
ゆっくり、そして優雅にカーペットの上を歩む。割れるような拍手に包まれ、人と人の波を真っ二つに割いた絢爛なカーペットを踏みしめる。
続けてステイルの名も足早に呼ばれる。
第一王子とはいえ、私の補佐であるステイルは私の背後から付き人のような形で登場する。通り過ぎ際にステイルを初めて目にする人達から「おぉ」や黄色い悲鳴が聞こえる。それほどまでにステイルは庶民と思えない佇まいと美しさだったのだろう。
きっと一部には既に見慣れている私や母上、そして父上よりも今日はステイルやティアラの方が人の目を引くだろう。
数メートル、ゆっくりと歩き母上の前へ。
「久し振りね、プライド。愛しい我が娘。」
綺麗な声が王座から響く。私の母上、ローザ・ロイヤル・アイビー。この国の最高権力者である女王。
ふんわりとしたウェーブがかった金色の髪と、もともとの柔らかい眼差しを化粧で気品高くつり上げている。〝ローザ〟という名が相応しく、白薔薇のような美しく気品に溢れた人。
「ええ、母上。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そう笑んでみせる。母上のような優雅な笑顔を見習って。
「彼が、新しい私達の家族ね。」
そういって、私の背後に目線をやる。
「はい、ステイル・ロイヤル・アイビー。私の義弟です。従属の契約を交わし、生涯私の補佐をしてくれます。」
そういって振り向くと既にステイルは跪き、母上からの言葉を待っていた。全部、教わった通りだ。その後、母上が顔を上げさせて名乗りを求めた間もステイルはなんの苦もなく誰もが感心するほどの受け答えをしてみせた。
母上への公的な挨拶も終わり、私とステイルが席に着く。すると、また再びラッパの音が響いた。
父上の名と同時にティアラの名が呼ばれる。
また盛大な拍手とともに父上に手を引かれ、ティアラが歩いてくる。
愛くるしい女の子だった。母上と同じふわふわの金色の髪に白い肌。更には柔らかい、優しい目元が女の子らしさを際立たせている。
皆の拍手に包まれ、口々に「麗しい」「女王陛下にそっくりではないか」という言葉も聞こえる。
…ゔ、まずい。少しモヤモヤしてる…。
前世の私なら周りの子の方がちやほやされるなんて当たり前だった筈なのに、プライドとして生きてきた私は少し焼きもちを焼いてしまっていた。
だって、あんなに可愛くて、ふわふわしていて、母上にそっくりと言われて…。私はそんな風に言われなかった。この父上似の釣り上がった目つきと真紅の髪がどうしても周りには母上にも、そして男性である父上にも瓜二つとは見えなかったようで…。
…ゲームのプライドも、悔しかったのだろうか。
私の場合はティアラが大好きな父上に手を引かれているから余計羨ましい。でも、ゲームの中のプライド…いや私は父上を失った後で、母上も憔悴しきってる時にあんな母上似の天使みたいなティアラの存在を知ってしまったのだ。しかも沢山の人に愛されて、自分の王位継承権よりも注目されて。余計に嫉妬や憎しみが増したのかもしれない。
いやでも!私は絶対に虐めない、虐めない、絶対に‼︎
内なるプライドを抑えながら笑顔を崩さないよう全神経を顔に集中させる。
産まれた時から身体が弱かったというティアラは六歳の身体で慣れないドレスとともに一歩一歩進んでいる。
母上の前まで辿り着くと父上はティアラと一緒に母上に挨拶をし、私とステイルの方を向く。
「プライド、ステイル。この子がお前達の妹…ティアラだ。ティアラ、君の姉君のプライド、そして兄君のステイルだ。」
丸く、黄金色の目をこちらにぱちぱちさせながらティアラが見ている。
私とステイルもゆっくり立ち上がり、段取り通りティアラに歩み寄る。まずは姉である私からの挨拶だ。
「ティアラ、プライド・ロイヤル・アイビーよ。これから宜しくね、愛しい我が妹。」
そう言ってゆっくり笑って見せる。城にこもりきりで人見知りなのか照れたように笑いながら小さい声で「ティアラ・ロイヤル…アイビーです。お会いできて嬉しいです…お姉様」と答えてくれた。
あああああ凄い可愛い‼︎流石「全シリーズにわたって主人公に好感が持てる」「まじ天使」と話題のキミヒカの記念すべきシリーズ第一作目の主人公‼︎
さっきまでのモヤモヤとした内なるプライドが消えてしまう程の可愛さだった。今思うとこの可愛い主人公の幼少期を唯一見れるステイルは攻略対象の中で一番幸運かもしれない。
間近でみるともう本当に可愛いし、小さい母上みたいにも見える。
次に、ステイルがティアラの前に出る。
ゲームではこの時、前夜に母親を殺してしまっているステイルは殆ど感情がなく、「ステイル・ロイヤル・アイビーです。ティアラ様、お逢いできて光栄です。宜しくお願い致します。」と形だけの最低限の礼で終わってしまった。それを目の当たりにしたティアラは跪くステイルの両手を握りしめて笑うのだ。「お兄様」と。天涯孤独になったステイルにとって久し振りの家族の温もりだった。それからステイルはティアラに「兄様」と呼ばれ、兄として誰よりもティアラの面倒を見るようになる。ティアラが離れの塔に閉じ込められてからも頻繁にプライドの目を盗んで会いに行っているし。
ゲームのようにティアラが少しでも今のステイルの心を癒してくれたら良いな。
そんなことを思いながらステイルとティアラを見守っている時だった。
ステイルはティアラに跪き、その手を取る。
「ステイル・ロイヤル・アイビーだ。ティアラ。君の兄になれたことを光栄に思うよ。」
あれ?
今まで私や城の人間の中ではティアラを様付けでしか呼んでいなかったステイル。それなのに突然、初対面で彼女を呼び捨ての、しかも敬語無しで話しかけたのだ。
一瞬、城の貴族達や母上、父上は気にしないかと思って見たけれど問題はないようだった。むしろ皆、ステイルの庶民としてではなく王族の一員として、兄としての堂々とした振る舞いに感心しているように見える。
ゲームの回想シーンでは確か最初は様付けの敬語だった気がするのだけれど…。勿論、ゲームが始まる頃には二人ともうち解けているし、ティアラもステイルも互いに敬語無しで話してはいるけれど。母親を殺してない分、心が死んでないから可愛い義妹に一気に親密度が上がってしまったのかもしれない。
そんなことを考えていると、続けざまにステイルはティアラに語りかける。
「君の姉君でもあるプライド第一王女は、母上や父上と同じく素晴らしいお方だ。僕らも共に姉君のお力になれるように力を尽くそう。」
そう言ってティアラに笑顔を向ける。
ティアラもそれを聞いて嬉しそうにステイルに笑いながら「はい、お兄様」と両手でステイルの手を握り返してみせた。
正直、かなり驚いた。
ステイルがゲームよりは少なからず私に打ち解けてくれている気はしていたけれど、公的な場でそんな風に言ってくれるなんて。話しかけている相手はティアラだけど、公的な場ではその発言の意味は大きく変わる。ステイルは今、城中の…いや国中の人間に告げたのだ、私達兄弟姉妹の家族として以上の関係を。私を未来の女王として認め、支えると。
姉としての嬉しさが極まって嬉し泣きしそうだったけれど、そこはぐっと堪えた。
すると、今度はティアラがこっちをじっと見ていた。ステイルの言葉で改めて私に興味が向いたのかもしれない。
ステイルも小さく振り向きこちらを見ている。母上も、父上も…
城中の人が私だけをみている
まさか、こんなことになるなんて。そんなことを心の隅で思いながら私はもう一度ティアラに歩み寄る。
「ありがとう、ステイル、ティアラ。心強い弟妹ができて私は幸せだわ。」
そういって屈んで、二人の頭をそれぞれ撫でる。
ここで、言わないと。あの、言葉を。でも…
プライドとしての自分と、前世の記憶で己が最期を知っている自分が鬩ぎ合う。
バレないよう静かに息を飲み込み、ゆっくりと口を開く。
「兄弟姉妹三人で、この国を…民を、守っていきましょうね。」
瞬間、歓声が響く。
拍手と喝采が混ざり合い、すごい音量になる。時折紛れて「プライド様万歳!」「プライド第一王女殿下‼︎」と声が聞こえる。
こんな、こんな喝采…物心ついてから今まで聞いたことが無い。
ステイルが満足そうに微笑んでいる。
ティアラが私の撫でる手を両手で握り返し、笑っている。
父上が民衆とともに優雅に手を叩いてくれている。
母上が…父上に目を配り、笑っている。そして今、…父上と一緒に手を、私に拍手を‼︎
皆が私を認めている…!
前世の記憶では信じられない光景だった。
ただでさえ、プライドとしての人生でも自分が我儘だと、まだまだ姫様だと、王族としては目に余ると陰口を叩かれているのは幼いながら知っていた。自分の生誕祭や式典でも私に向けてこんなに熱い感情が向けられたことはなかった。
母上が初めて玉座から腰を上げる。ゆっくり、ゆっくりと私の元へ歩み寄ってくる。
綺麗な人。身内でありながら今までだって何度もそう思った。年齢を感じさせない美しい女性。母上は喝采に紛れて私達に聞こえる程度の大きさで「これは貴方への期待です、この瞬間を必ず忘れてはいけませんよ」と言った。
ええ、忘れないわ、絶対に。
母上はそのまま観衆に向き直ると両手を広げて音を止めた。ピタリと喝采が止まる。
「第一王女であるプライドはひと月前、王なるものの特殊能力である〝予知能力〟を開花させました。彼女は私の跡を継ぐ次代の女王陛下となるでしょう。今この場で改めてプライド・ロイヤル・アイビーを第一王位継承者と認めます!」
その声は大きく、強く。こんな細い女性のどこからこんな声が出るのだろうと、夢心地で考えた。
この時、私は正式に第一王位継承者として新たな権威を得た。
ステイル、ティアラ…せめてこの子達だけでも皆に愛される王族にと思っていたけれど、「これからこの国を、民を守る」なんて、この私が、最低王女のプライドが果たせる訳ないとわかってはいたけれど、せめてあと十年…断罪の時まではこの国に力の限り尽くそうと、改めてそう誓った。
例え十年後のその時、愛する我が弟と妹に憎まれていようとも。