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133.暴虐王女は密談をする。


「何やってるの⁈」


急いで窓を開け、私は彼らに声を上げる。


「いよォ、主。なかなかイイ格好してるじゃねぇか。」

ニヤリと笑う彼の言葉に思わず私は胸元を両手で押さえながら自分の格好を確認した。完全寝巻き姿。しかも殆どこれ一枚だけだ。セフェクとケメトが「主、可愛いです!」と言ってくれるけどダメだ人前に出るような格好じゃなかった‼︎顔が段々と火照ってくると同時にヴァルから「まぁ、まだ凹凸が寂しいが」と笑われて、このままはたき倒してやろうかと睨み付ける。

「…どうやって、こんなところに。外は衛兵が厳重警備している筈ですが。」

「俺様ともなれば、城前までは顔だけで通される。第一王女サマへ直接の届け物って言えばなぁ?」

丁度窓から主の影が見えたもんでね、と続けながら笑う彼に、だからって何故窓からと聞こうとした直前、ふとその前にどうやって窓まで登ってきたのかが気になった。窓から少し顔を覗かせれば、ケメトはヴァルに肩車してもらっている状態だけど、ヴァルとセフェクは窓の縁に足を掛けているだけで縄など登ってきた形跡も全くない。どうやって、と先に聞こうとしたらヴァルがドヤ顔で軽く足で城の壁面を突いた。するとさっきまで真っ直ぐ垂直だった筈の壁面に段差ができ、まるで最初から彫り込まれた梯子のように凹凸ができ上がった。…そうか、城の壁も元は土製だ。城までの衛兵は顔パスだったとはいえ、彼の特殊能力はケメトと一緒だと本当に色々危険だと改めて思う。ステイルもそうだけど、暗殺に使われたらひとたまりも無い。

「どうする?このまま窓で長話も悪くねぇが、兵に見つかって王女サマの部屋に夜這いなんざ噂が立ったら折角の婚約もご破綻だ。」

「わかっているなら、さっさと入ってきて下さい!」

もう眠気と腹立ちで苛々してヴァルの腕を引っ張り強引に部屋の中に引き込んだ。そのまま急いでカーテンだけでもと閉める間にヴァルから降りたケメトとセフェクが口を開けて私の部屋を興味深そうに眺めていた。

「…それで、配達はいかがでしたか。」

早く受け取って帰ってもらおう、と私は胸の前で腕を組みながら問う。ヴァルはニマッと笑いながら懐から書状を出した。

「ヤブラン王国からの書状だ。ついでに御婚約おめでとさんの手紙もな。」

祝いの品もいくらか受け取ったが量が多かったからほとぼりが冷めたらまた届けに行く、とそのまま続けられながら私は書状を受け取った。そこまで緊急を要する内容ではなかったけど、確かに婚約祝いの方はなるべく早く相手に渡さないと逆に無礼にもなってしまう。…深夜配達も十分無礼だけど。


「…で?主。どうだ、婚約者サマはよ。」

ヴァルがニヤ笑いを崩すことなくその場に寛ぐように座り込み、私を覗きこんでくる。まさかステイルとティアラに続きヴァルにまで恋バナを所望されるとは。

「…とても素敵な方ですよ。アネモネ国の第一王子ですから。昨晩も今日もとても良くして頂きました。」

まぁ、全部彼の嘘なのだけれど。これから起こるであろうゲームの設定を思い出し、小さく私は息を吐いた。

「…それにしちゃあ、随分とうんざりしたツラじゃねぇか。」

ゔ。と思わず書状からヴァルの方へと目を向ける。私の表情が変わったのが愉快なのかヴァルの笑みが強く変わる。


「嫌なら連れ出してやろうか?」


ニヤリ、と。更にはどこか私を試すように彼が笑った。

え?と私が聞き返そうとすると彼はゆっくりと立ち上がり、私のすぐ目の前まで歩み寄った。

「主が命じるなら俺にはできるぜ?テメェをこのまま城から連れ出すことも、国から逃す事も、簡単にな。」

そのまま掠めるくらいに軽く、彼の指先に私の髪が撫でられた。「何せ、俺はテメェの奴隷だ」と闇夜の中で語る彼はレオン様とはまた違う妖艶さに満ちていた。

「逃亡生活ってのも悪くねぇ。金さえあれば美味い飯も食える、更には世界中を自由気ままにだ。この能力を使えば配達人なんざしなくてもガキ三人くらいなら養ってやれる。」

髪を撫でた彼の指が、ゆっくりと私の頬を伝う。口調の乱暴さとは裏腹にそっと撫ぜられ、小さく肌が泡立った。彼の瞳が私を灯すようにじっと、捉えてきて…私は思わず


笑みが、こぼれた。


「ふっ…フフッ…ははっ…!」

まさかヴァルにまでこんな心配してもらっちゃうなんて。

どれだけ私は疲れ切った顔をしていたのだろう。ティアラやステイルが心配してくれるのも当然だ。…でも、今はそれが凄く嬉しい。

私が急に笑いだしたのに驚いたのか、ヴァルが手を引き「なにがおかしい?」と不満そうに口元を歪めた。ううん、ごめんなさいと謝りながら私は口元を押さえて彼を見上げる。


「…何だか、今なら本当に貴方達との逃亡生活も良いなと思えてしまって。」


私の言葉にヴァルが目を見開いた。冗談を本気にされたら驚くのも当然だ。

でも、本当に彼の手を取りたくもなった。この世界の悪役女王の私がもし、ヴァルと一緒に城から消えて退場すれば、無事にティアラが女王になりアーサーやステイル、レオン様か…もう一人の彼と結ばれて平和な国を築いてくれるだろう。私があれこれしようと頑張る必要もない、ラスボスの私さえ居なくなれば、障害も何もなく全員がティアラによって幸せルートに行けるのだから。ヴァルもセフェクもケメトも好きだしラスボスチートを生かして四人でこの世界の冒険者とかも楽しいと思う。きっと前世を思い出したばかりの私なら飛びついていただろう。でも、…いまは彼の手を取れない。



私はこの国を愛してしまったから。



私は邪魔者で、ラスボスで、最低な女王だけど。

それでもこの国が、民が好きだから。叶うのなら最後まで足掻いていたい。

何処でもない、この国で。…最後まで王女として。


「ありがとう、ヴァル。…もう少し、頑張ってみるわ。」


目を見開いたまま身動ぎ一つしない彼に、今度は私から触れる。背伸びをして、彼の焦茶色の髪を撫でる。外の風に沢山晒された後の髪の硬い質感が肌に伝わった。

「だけどもし、本当に私が居場所を無くしたら…きっと本当に頼ってしまうから。その時は受け止めてくれると、嬉しい。」

攻略対象者ではない、彼だから。…きっと彼にしか頼れない。

彼の髪から手を離そうとすると、そっと降ろす私の手を受け止めるようにして彼の手が私の手に触れた。


「…〝嬉しい〟じゃねぇだろ。〝受け止めろ〟と。…そう命じろ、主。」


ゆっくりと私の手を受け止めた彼がそのまま手を包み込んでくる。

契約に抵触しないように無理にではなく、徐々に、まるで私から触れることを許されているのを確認するように。真剣な眼差しの彼から目を離せずに、固まってしまう。

命じろ、と彼は言った。そんなことしたら契約に則って絶対しないといけなくなるのに。彼がそれをわかっていない筈がない。…これは、私のお願いを肯定してくれているという意味で良いのだろうか。もともと今の私が憎む対象だった筈の彼が味方でいてくれることが、今はこんなにも心強い。包まれた彼の手を握り返し、彼の眼差しに笑みで返してみせる。そして、感謝を込めて彼に命じる。


「命じます。…貴方の意思が伴うその時は、私をどうか受け止めて。」


全てを終えて私の存在がこの国の害悪となったその時は、…そんな余生も悪くはない。彼がその時に未だ旅のお供に私を仲間入りしてくれる気が残っていれば。

ヴァルは私の言葉を黙って受け止め、暫くじっと見つめ続けた後、薄く長い息を吐き切りながらそっと私の手を緩めて離した。「行くぞ」と私の部屋見学を楽しんでいたケメトとセフェクに声を掛ける。すると、二人とも頷くよりも先にヴァルに駆け寄った。私に背中を向けカーテンの内側から窓枠に足を掛ける彼を私は「ヴァル」と一声掛けて呼び止める。肩だけで小さく私の方を振り向く彼の左手にはケメトとセフェクがしっかりと一緒に掴まっていた。


「本当にありがとう。……貴方が居て良かった。」


一瞬、彼の瞳が再び驚きに揺らいだ。

隷属の契約に墜とした私に、こんなことを言われても不快でしかないかもしれない。それでも今は素直にそう思えた。

彼が今会いに来てくれなければ、今頃は今日一日のことをぐるぐる考えたまま眠り込んで、明日も覚悟すらちゃんと決まらないまま同じように過ごしてしまったかもしれない。今は彼のお陰でちゃんと気持ちの整理もついた。

感謝を込めて笑顔を向けると、不意に…彼の右腕が私の頬へ伸ばされた。そのまま触れるかと思った瞬間、寸前で不自然に手が止まった。彼はそれを少し不思議そうに眉をひそめると、ゆっくり今度はその手を上へと伸ばし、ポンと私の頭を真上から撫でた。さっきの触れるかどうかの撫で方と違い、わしゃわしゃと子どもを慰めるような撫で方だ。

「全ては主の〝欲〟のままに。…そうあの時誓ってやった筈だ。いつでも好き勝手に頼りゃァ良い。もっとテメェのことだけ考えろ。」

この俺のように。と最後にそう言って笑った彼は、いつもの悪い顔だった。

「もし、本気で全部投げ捨てて俺達と逃げる気になったその時は」

一度区切り、私の頭から手を離してこちらを向いたまま窓枠から足を一歩踏み出す。左手でセフェクとケメトの手をしっかり握り直し、最後にニヤリと力強い笑みを私へ向けた。




「この俺が人生賭けて、テメェらの為に生きてやる。」




その言葉を最後に、彼らの姿が窓から消えた。


あまりに一瞬過ぎて、驚いて窓の下を覗き込んだらヴァル達の足元だけがまるで高速のエレベーターのように城の壁表面を滑り落ちていった。城の壁跡が元どおりの綺麗な壁になり、闇夜の底に三人は消えていく。見えなくなる寸前まで、彼らは私を見上げてくれていた。


ひと呼吸置いてから、私はゆっくりと窓を閉じる。そのままカーテンを閉じ、暫くベッドに戻らずにカーテン越しから薄く見える月を眺めた。


…大丈夫。前世の記憶を持った私だからこそ、この国の為に、レオン様にできることがある。



レオン王子を幸せにできるのは私だけなのだから。



決意を新たに、私は目を閉じた。

今度はよく眠れそうだと、そう思いながら。


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