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132.暴虐王女は親交を深める。


「あッ…ああああああっ…来るな来るな来るな来るな…来ないでくれっ…‼︎」


…男の人が、怯えている。

綺麗な青い髪を顔が見えなくなるほどに伸ばしきった人。

部屋の扉から入ってきた女性に怯えきり、ベッドの端まで後退り、行き過ぎてベッドから零れ落ちた。皺くちゃの上等なシャツを乱しながら更に窓際まで必死に逃げる。恐怖のあまり、一度視界に入った女性から目を離せず、ガチガチと歯を震わせていた。


「フフッ…いやだわぁ、レオン。愛しい愛しい婚約者が会いに来てあげたのに。そんな冷たい反応されたら傷ついちゃう。」


レオン…王子…。

これは…、…ゲームの…。

ああ、…彼のルート前半だ…。


そうだ、彼は…もう、心が…。


含み笑いを高らかに、怯え惑う彼を女性が、女王が、…私が嘲笑う。

「ねぇ?貴方は私を愛しているのでしょう?」

「‼︎あ…あああ愛してる‼︎愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるッ…だか…だからっ…‼︎」


壊れた玩具のように、必死に繰り返す。


そのまま頭を両手で塞ぎ込むように抱え、身体を震わすレオン王子を…腹を抱えてプライドが嘲笑う。

「フフッ…ハハッ‼︎私も愛してるわぁ?…でも残念ね。未だ貴方は単なる私の〝婚約者〟…。ねぇ、名ばかりの王配と我が民が皆貴方を白い目で見ているわよ?」

怯える彼の肩に両手を添える。ビクビクッ!と肩が激しく震え、とうとうレオン王子の口から悲鳴が上がった。


「でも良かったじゃない?王配の仕事はちゃあんと宰相のジルベールが今も頑張ってくれているもの。」

貴方なんて居なくても。そう彼の耳元で囁きながら、彼女の波打つ赤い髪が彼へと垂れた。微かに彼女の髪が触れる度、彼の身体は激しく上下し震え続けた。


「知ってるのよ?貴方。…本当はアネモネ王国の前王にも帰ってくるなと言われているのでしょう?…可哀想な人。私がもし、婚約破棄なんてしたら…どうなってしまうのかしら?貴方に帰る場所なんてあるの?」

フフフッ…と卑しく笑いながら、ひたすら震えが止まらないレオン王子を見つめ続ける。灯りも灯さず、カーテンの閉め切った部屋の中で女王の恍惚とした瞳だけが爛々と輝いていた。

絞り出すように「僕は、僕は、僕はっ…」と繰り返す彼は既に正気を失いかけている。そんな様子を愉快そうに嘲笑いながら、プライドがふと、まるで今思い出したかのように言葉を放った。


「あぁ、そうそう。…最近、私の妹がここに遊びに来ているらしいじゃない?侍女の代わりに貴方に食事や服を持ってきているとか。」

初めて、レオンが顔を上げる。プライドへ向けられたその目は恐怖に染まり、髪色に合わすように顔色を蒼白にさせ、何度も喉を鳴らした。

「仲良いのねぇ?」

ニタァ…と口元を引きつらせた不気味な笑みが広がった。彼女が次に告げるであろう言葉を予想し、レオンが恐怖のあまり身体を揺らし、引っ掻き傷が残る程に膝を抱き抱える指に力を込めた。過呼吸寸前のように息を細かく切らせ、もともと青い顔色からまた更に血の気が引いていく。



「…また、〝嫉妬しちゃう〟わぁ?」



あああああああああああああああっ‼︎と、さっきまでとは比べものにならない程の激しい悲鳴が部屋中に響きわたった。違う、彼女はそんなのじゃない、嫌だ、人は嫌だ、僕はプライドだけだ、貴方だけだと何度も狂ったように泣きながら繰り返し叫び続ける。

惨めな王子の姿に笑いが絶えられなくなり、プライドが高らかに笑い始める。アハハハハハハッ!ハハッ‼︎と、淑女らしからぬ笑い声で。


「ハハッ…アーハッハッハ‼︎…嗚呼ッ…素敵。レオン、貴方のその表情が…私は一番好き。」

笑い過ぎて目元に涙が溜まり、それを指で拭いながらプライドは優しく舐めるように彼の頭を撫でた。未だパニックを起こして悲鳴を上げ続ける彼を、愛しむように。


「大丈夫よ?貴方を手放したりなんかしないわ。だって、貴方は私の可愛い玩具だもの。例え〝また〟浮気したって、私は何度でも貴方だけは許して上げる。」


嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だと涙を止め処なく流しながら頭を抱えて唱え続ける彼に、プライドが満足気な笑みを浮かべて去っていく。


バタン。と、扉が閉められた後も彼はひたすら泣き、唱え続け、次第にカタカタと激しく身体が震え、一人床に塞ぎ込むように嗚咽を漏らしながら泣き始めた。


…レオン様。


あんなに怯えて、傷つけられて、…弄ばれて。

唯一の救いであるティアラすら、脅しの材料に使われて。


誰か、早く彼の傍に。


お願い、もうこれ以上追い詰めないで。

彼はとても純粋で、優しい人なのに。

こんな、怯えながら部屋に閉篭もるような…そんな人ではないのに。


誰か、彼の手をとって。

誰か、教えてあげて。


プライドなんかじゃ、ない。


彼が、彼が本当に心から愛しているのはー…




……


「…プライド。調子はどうだい?」


「レオン様。…ええ、お陰様で。レオン様こそいかがですか?」

誕生祭の翌日。レオン王子改めレオン様は朝から私に会いに来てくれた。

本当はなんだか魘されたらしく寝覚めが悪くて、良い調子とはなかなか程遠かったけれど。

…目を覚ました時には、ベッドのシーツに爪を立てて泣いていた。考え事ばかりで頭を悩ませていたから、変な夢でもみたのかもしれない。


今朝はステイル、ティアラに加わりレオン様まで来てくれたから、かなり賑やかな朝になって気も紛れたけれど。

ティアラとステイルは、昨晩婚約を発表した後にちゃんとレオン様と挨拶を済ませている。

ティアラは凄くにこやかに挨拶してくれて、握手しながら微笑み合う二人はとても絵になった。ステイルもにこやかに挨拶してくれたけれど…何故か若干黒い気配がした。

レオン様は、自分は近い将来君の伴侶となるのだから王子は付けずに呼んで欲しい、と言ってくれた。私もそれに倣って敬称は不要ですと伝えると早速「プライド」と呼んでくれた。家族以外で呼び捨てに呼んでくれるのは初めてだから正直ちょっと嬉しい。ただ…


「朝から愛しいプライドに会えたから、とても幸福な気分だよ。」


…昨晩からこういう言葉をさらりと言ってくれちゃうのが正直すごく恥ずかしい。

時々ステイルは、あまり甘い言葉が好きじゃないのか殺気を放つし、ティアラも聞くだけで照れてしまうことがある。

昨晩だって私が疲れているだろうからといって早々に部屋まで送ってくれたのだけれど、最後に「君の夢の中でも会えますように」とか呟かれ、至近距離から色香を放たれ、寝る直前からまた顔が火照って専属侍女のロッテとマリーに熱じゃないか心配された。


レオン・アドニス・コロナリア。

その妖艶な色気を纏った彼はその美しさもさることながら、王としての気質も手腕も持ち合わせている素晴らしき第一王子だ。ならば何故、その王子が自国の王ではなく我が国に婿入りすることになったのか。

一言で言えば、追い出されたのだ。

女好き、女誑しという評判が国中で有名になってしまい、王を継がせることが難しくなってしまった。その結果、噂のまだ届いていないフリージア王国に婿入りすることになる。王族としての高潔さを重んじ、王族であろうともその名を貶す行為を犯した者は奴隷落ちか国外追放の厳罰に処されるアネモネ王国にとっては、彼のその評判を見過ごす事が出来なくなってしまった。その結果、悪虐非道女王プライドと婚約関係を結ぶことになるのだけど…。

ある事件をきっかけに、彼はプライドによって心に酷い傷を負わされてしまう。そのせいで元の人格すらも歪み、病み、人と関わる事を極度に恐れる…重度の対人恐怖症のような状態にまで陥ってしまう。

そして婚姻もせずに〝婚約者〟という生殺し状態のまま、プライドに逆らえず立場も権威も失い、名ばかりの王配となる。

そこで彼の心に寄り添い、だんだんと元の彼に戻していくまでがティアラの役目だ。心が病んでしまった彼がティアラを頼り、愛し、…若干依存する姿はなかなかのヤンデレっぷりだった。

後半からは「僕は…君を愛せれば…それで良いんだ…」「いやだ、いやだ、居なくならないでくれっ…君まで失ったら、僕はっ…」「愛してる…愛してる…もう、…離さない」など数々の甘い囁き。更にはがっつりティアラを一晩中抱き締めて離さなかったり、いきなり唇を奪ったり、首筋に噛み付いたり…リアルに思い出すと恥ずかしくなるシーン満載だった。

そんなヤンデレ王子を優しく受け入れ、共に庭の花を愛でたり、動物を愛でたり、城下へ一緒に逃げ出してからは共に料理や買い物をしたり、完全リハビリと言っても過言じゃないほどの介抱っぷりだった。因みに、当然のことながらプライドとレオンにゲーム内で恋愛関係は微塵も無い。なのに…


「プライド。良かったら二人きりで庭園を案内して貰えないかな。君と共に見る木々や花は…きっと、とても美しくこの胸に残るだろうから。」


昼食後もレオン様の猛烈アタック凄まじい。

よくプライドはこの猛烈アタックを受けておいて、あんな惨虐なことができたものだと思う。…いや、だからこそだろうか。

ええ、喜んで。と、ステイルとティアラに挨拶をしてレオン様を庭園まで案内する。

正直ステイルやティアラと一緒に居られないのは凄く寂しいけど、ステイルにはアーサーやジルベール宰相がいるし、ティアラにはヴァルやセフェクとケメトが居るし、私もそろそろ弟妹離れしなきゃとも思う。

去り際に二人に手を振ると、レオン様がそっと私の手を取ってくれた。流石リアル王子様、さりげない。

庭園で手を繋ぎながら二人で歩く。この国特有の花や木々を見るのをレオン様は興味深そうにしてくれた。一つひとつプライドの優秀な頭を総動員させてどんな植物なのか説明すると、とても真剣に聞いてくれた。蒼い髪が木々の緑ともよく合う。

更には歩きながら会話も見事にエスコートしてくれ、彼の問いに答える形で話が広がる。

「君の好きな色は」「君の好きな食べ物は」「好きな季節は」「好きなものは」「好きな本は」「好きな花は」「君のことなら何でも知りたいと思うよ」と。それはもう、前世の乙女ゲームでもなかなか聞かないような甘い台詞をスラスラと。

言われなれない台詞ばかりを妖艶な美男子に言われるものだから、最初は何度も顔が熱くなるのを抑えるのに必死だった。

最後に庭を見終り、何処かで休憩しましょうか、と近くの椅子に座る。するとまたさりげなく肩を抱き寄せられ、ぴったりとレオン様の身体にくっついてしまった。男の人の胸板をダイレクトに感じ、心臓が飛び出そうになる。

「もう暫く…こうしていようか。」

顔が真っ赤のままレオン様を見上げるとまた妖艶な笑みを私に向けてくれて、本当に目のやり場に凄く困る。悪役ラスボスに転生した筈なのに乙女ゲームの主人公に転生したんだっけと本気でわからなくなってしまう。

「誰よりも、何よりも…君を愛してる。」

耳元で最後にそう囁かれ、私は思わずぎゅっと目を瞑った。顔が火照り、もう何を話せば良いかもわからなくなる。そのままレオン様に身を預け、心臓が落ち着くまで眠ったふりをした。


…駄目だ、こんなことで動揺しては。


なのに、どうしても聞きなれない言葉や触れ方に心臓の鼓動が止まらない。前世も地味で、転生してからも恋愛の対象になんて一度も見られたことのない私にこれはハードルが高すぎる。

ちゃんと、落ち着かないと。もっと冷静に。そして今後の為にも彼を拒まず全てを受け入れないと。私は、彼が自国に帰る前に少しでも信頼を得ないといけないのだから。


私は目を閉じたままずっと、心の中で暗示するようになんども唱え続ける。


…ときめく必要なんてない、緊張する必要も、照れる必要も何もない。





彼の口遊まれる愛は全て偽りだと、私は知っているのだから。




……


夕食後。

レオン様から部屋で一緒に星を見ませんかとお誘いを頂いた。

受けようと思ったけれど、ステイルに「申し訳ありません、レオン第一王子。今晩はティアラが姉君と過ごしたいと」と言って先に断られてしまった。ティアラの方を向いたら、申し訳なさそうに、それでも確かに少し潤んだ瞳で私を見上げていた。


「では、明日の夜こそ一緒に過ごせるかな。翌朝、帰る前に。」


レオン様がすんなりと引いてくれ、「はい、是非とも」と答えるとまた滑らかに笑んでそのまま部屋に戻っていった。…何故か振り返った直後にステイルが凄く暗い表情をしていたけれど。もしかして、二人きりの邪魔をしたとか考えて悪く思っているのだろうか。ティアラも私の手を握って「ごめんなさい…」と小さな声で謝ってくれた。

「大丈夫よ。今夜はティアラが眠るまで一緒にいるわ。」

そのままティアラを抱き締めて笑ってみせると、目をきらきら輝かせて喜んでくれた。ステイルにも、ティアラを気にしてくれてありがとう、とお礼を言うと小さく笑みを返してくれた。


その夜、私とステイルは久々にティアラの部屋にお邪魔した。

いつもは私の部屋に集まることが多いから、ティアラの部屋に入るのは本当に数年ぶりだった。

壁一面には元の壁が見えないほどに沢山の本のページが貼りつけてある。図鑑の絵や、好きな物語の頁。…個人的には本が勿体無いし可愛そうだから止めて欲しいところだけど、ティアラは昔からこうするのが癖のようだった。ゲームでも殺風景な離れの塔の壁にこうして本の頁を貼り付けていたし、もしかしたらその設定の名残りかもしれない。もともと小さい頃は身体が弱くて本ばかり読んでいたこともあり、小説や雑学に留まらず、様々な知識やジャンルの本を読むのが好きなティアラはなかなかの博識だ。

勿論、本だけでなく鍵付きの宝箱入れとか装飾の凝った手鏡とか女子力高い装飾品や置物もちゃんとある。

そして、その女子力高いティアラの部屋で私は二人に質問責めにされてしまった。やはりレオン様が気になるのか「どんなお話をしましたか?」「どんな方でしたか?」「レオン王子のことをどう思いますか?」とそれはもう山のように。…もしかして二人とも、単に私の恋バナを聞きたかっただけなのだろうか。よく考えればティアラもステイルもお年頃だし、長女の私の恋愛に興味が無いわけがない。

そうして最後、ティアラが寝付いた後に私とステイルもそっと部屋を出た。

部屋を出る直前、ステイルが何か言おうとしてすぐに「なんでもありません」と止めてしまった。やはりステイルにも何か悩みでもあるのだろうか。聞き返して何か悩みでも、と言ったけど首を横に振られてしまった。

部屋に戻り、専属侍女のロッテ、マリーに挨拶をしてベッドに入る。なんだか色々整理もつかないままに考え込み過ぎてしまったせいか、疲れてしまった。

上手く眠れるだろうかと少し不安になりながらベッドに潜り込もうとした、その時だった。


コンコンッ


突然、窓からノックの音が聞こえる。おかしい、ここは上の階で窓の外にはベランダも何も無い筈なのに。


コンコンコンッ


更に、音が増える。月明りに照らされて確かにカーテンには人のシルエットが映っていた。しかも、見覚えのあるシルエットが。

私は一呼吸置いて、ゆっくりとカーテンを開いた。そして、窓の向こうにいる人物に思わず声を上げる。





「…ヴァル⁈セフェクにケメトまでっ…!」


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