130.暴虐王女は挨拶する。
「十六歳の御誕生日おめでとうございます、プライド様。」
「プライド第一王女殿下。素晴らしいお話でした。同盟共同政策、我が国も協力は惜しみません。」
「プライド様、〝学校制度〟について、是非もっとお話を…」
十六歳の誕生祭を迎え、同盟共同政策や我が国で始める学校制度について公表やスピーチを無事終わることができて、私は一息ついた。
公表後も招かれた来賓が次々と私に挨拶に来てくれたからなかなか気は休まらなかったけれど。
「姉君。」
声を掛けられ、振り向けばステイルが私にグラスを差し出してくれた。ありがとう、とお礼を言ってグラスを受け取る。ティアラが「お姉様すっごく素敵でした!」と私に目を輝かせてくれる。そういうティアラの方が相変わらず綿菓子のようでずっと可愛いのだけれど。嬉しくて思わず人前なのにティアラの頭を撫でてしまう。
「それに、ドレスもやはり凄くお似合いです。ねっ、兄様。」
ティアラの言葉にステイルが眼鏡の縁に触れながら「あ…ああ。」と小さく同意してくれる。二人ともいつもそうやってお世辞でも褒めてくれるから本当に優しい。
十六歳、つまりは女性として扱われる年齢になった私は今回の誕生祭ではちょっといつもより大人っぽく、露出もやや高めのドレスだった。
もともと目つきが悪くて可愛い系が似合わない私は、大人っぽい系のドレスが多かったけど今回は一味違う。〝ぽい〟ではなく、完全に大人のお姉さんなドレスだった。髪の色に合わせた真っ赤なドレスの色合いに更にワインのような深みが加わり、胸元も少し開いた感じが凄くセクシーだ。…少しボリュームが寂しい気もするけど。でも、ゲーム開始時のプライドは女ラスボスお決まりのボンキュッボンだったし、多分これからまたサイズアップしてくれるだろうと願っている。
私がそんなことを思いながら自分の胸元を見つめているとそれを見たステイルが「やはり、もう少し露出の少ない方が…。」と小さな声で呟いた。見れば頬が赤く染まっている。…姉がこんなボリューム無い姿を晒しているというのはやはり弟としては恥ずかしいのだろうか。せめてもうちょっと寄せるか詰めるかすれば良かった、と今更になって後悔する。
「プライド第一王女殿下。」
名を呼ばれ、振り返れば今度はロデリック騎士団長だった。背後にはクラーク副団長、カラム隊長、そして近衛騎士のアーサーがいる。
「この度は御誕生日おめでとうございます。先程お話された学校制度も民の生活を変える素晴らしいものとなるでしょう。…。…本当に貴方は、素晴らしい王女になられましたね。」
そう言って微笑んでくれるロデリック騎士団長は相変わらず格好良い。素晴らしい、だなんて。なんだか騎士団長に言われると重みが違う。「ありがとうございます。」と言いながら私も少し照れてはにかんでしまった。
そのまま握手しようと手を差し出すと、その手を取って甲に口付けをしてくれた。女性として騎士団長が私を認めてくれた証だと思い、嬉しくて頬が熱くなる。五年前にドレスの下が見えて照れたら大爆笑された時とは偉い違いだ。
そのまま次はクラーク副団長が挨拶してくれた。流れるように早速騎士団長からそのまま私の手を受け取り、同じように手の甲に口付けをしてくれる。にっこりと微笑んでくれる副団長はなんだかそんなに加齢を感じない。でも五年前を思い出すとやっぱりなんだか恥ずかしくなって照れてしまった。
「御生誕日おめでとうございます、プライド様。我々騎士団一同心よりお祝い申し上げます。」
そのまま、小さな声で「貴方が産まれてきて下さって本当に良かった」と囁かれ、また顔が更に熱くなった。頭の中でボンっと音がして、なんか凄く恥ずかしいこと言われた気がする。
騎士団長が腕で副団長を小突くけど、「本心ですよ」と笑まれて、本当にこの人は攻略対象者じゃないのかと疑ってしまう。…あれ、攻略対象…者…
「プライド第一王女殿下、御生誕日おめでとうございます。カラム・ボルドーと申します。」
続けて挨拶してくれるカラム隊長に、はっとなる。この人もよく覚えてる。今までも何度か式典とかでも会ってるし、何より…
「ありがとうございます、カラム隊長。よく存じております。それに祝勝会以降はアーサーからも、お噂は予々聞き及んでいます。」
もう何度か会っているのに未だに公式の場では名乗ってくれるなんて丁寧な方だなと思いつつ、握手を求めて彼に手を差し出す。殲滅戦後の祝勝会で騎士の方々とお会いしてから、アーサーからも騎士の人達の話を時々してくれるようになった。特にアラン隊長や副隊長に就任したエリック副隊長、そして中でもカラム隊長。アーサーの直属の上司ではないらしいけど、それでもアーサーは慕っているらしく私やステイル、ティアラに時々話をしてくれた。
私の言葉を聞いてカラム隊長がバッと反射的にアーサーの方を振り向いた。アーサーもまさか飛び火するとは思わなかったのか、カラム隊長の視線を受けたままビクッと肩を震わせた。手振りで「何も変な事は言ってません!」と訴えているのが私でもわかる。横で騎士団長と副団長が肩を竦めて笑っていた。ごめん、アーサー。
「カラム隊長は、とても優秀で部下や周りの騎士にも気を配って下さるお優しい方だと聞き及んでおります。…私も、その通りだと思います。」
せめてアーサーの無実だけでも晴らさないと。と、実際アーサーが話してくれていたカラム隊長の話の一部を伝えると、今度はカラム隊長の顔が急激に真っ赤に火照った。
しまった、部下に褒められるってよく考えたらすごく照れ臭い‼︎しかもアーサーの方を見たら完全にカラム隊長や興味深そうに微笑んでいる騎士団長、副団長の視線から逃げるように耳まで真っ赤にして背後に顔を逸らしていた。
そうだ一番恥ずかしいのは、バラされたアーサーだ。本当にごめんなさいアーサー!
後でちゃんと謝らないとと思いながらカラム隊長へ視線を戻すと、視線すら虚ろな状態で「もっ勿体ない御言葉です…!」と凄い早口で返されてしまった。
部下からの好意が凄い照れるのは私もよくわかる。私も専属侍女のロッテやマリーに褒められると凄く照れるもの。
そのままゆっくり手を緩めようとしたら、カラム隊長が「あ…アーサーも…!」と上擦った声で話を続けてくれた。
「アーサーも、とても立派な騎士です。プライド第一王女殿下の近衛に相応しいと騎士の誰もが認めております。アーサーの所属している八番隊の騎士隊長であるハリソンからも評価が高く、何より真面目で努力を怠らず、剣や格闘術もさることながら、最近ではー…」
「カッ…カカカラム隊長‼︎すみません!そ、それぐらいでっ‼︎本当に自分はっ…‼︎」
アーサーが塗りつぶしたように更に顔を真っ赤にさせ、必死な様子でカラム隊長を止める。騎士団長と副団長が、今度は二人揃って背後を向いたまま口を押さえて肩を震わせていた。可愛い我が子が先輩にも愛されているようで何よりなのだろう。…笑っているのがアーサーにバレたら本人に後で怒られそうだけど。
そのままお互いカラム隊長との挨拶が終わり、最後にアーサーとの挨拶をする。既にカラム隊長に褒められた名残か、私の姿を真正面から捉えた時から顔が火照りきっている。
「プライド様、御誕生日…おめでとうございます。」
何故か視線を少し逸らしてそのまま私の手を握ってくれる。小さい声で「きょ、今日のドレス…凄くお綺麗です。ッいや、ドレスというかプライド様が、とても。」と言ってくれ、少しくすぐったい気持ちになる。
「ありがとうアーサー。これからもよろしくね。」
そう御礼を言って笑ってみせると、アーサーが急に目を見開いて正面から私の顔を見た。何か変な事でも言ったかしらと思うと、ステイルのように少し複雑そうな表情をした後に「…はい。」と答えてくれた。
「…ずっと、お護り致します。」
何故だか少し切なそうに、そう笑んで。
ステイルもティアラもアーサーもどうしたのかしらと、心の中で首を捻りながら私はアーサーにもう一度お礼を言った。そのままアーサーとの挨拶を終わり、騎士達が一度その場から引いた時だった。
私と挨拶をする為に控えていた来賓の中に、ふと一瞬蒼色の美青年が視界に入ったのは。
「あッ。」
思わず声を漏らす。
目の前の来賓が「どうかされましたか?」と声をかけてくれるけど、それどころじゃない。
あの人は…‼︎
蒼色の美青年が私の様子に気がつき、目を丸くしてこちらを見る。それだけで、私の心臓が跳ね上がった。
待って⁈そしたら…残りの一人は!…え⁈あれ、私確か今日で十六歳…!
あまりの動揺に自分の胸を押さえつける。ダメだ、いま顔を上げると彼に嫌でも視線がいってしまう。今までスピーチや目の前の来賓の挨拶で精一杯だったけれど、こんな近くに居たなんて‼︎
「姉君?」と、ステイルが他の来賓との会話を中断して私の元に駆け付けてくれる。しまった、あまりに動揺して心配をかけてしまった。
「…大丈夫、少し目眩がしただけよ。」
そのままとにかく気を取り直す為に笑ってみせ、目の前の来賓に失礼致しました、とお詫びをして話を続ける。今日の為にお忙しかったのでしょう、と同盟国の王妃が労ってくれ、笑みでそれに答えた。横に控えてくれたステイルは明らかに不安そうに表情を曇らせている。
とにかく、今は目の前の来賓に集中しないと。
そのまま、ひとり一人なんとか挨拶を済ませていく。まさか、一気に二人も攻略対象者を思い出すことになるなんてっ…‼︎流石に唐突過ぎて取り繕うことができなかった。
更に次の来賓に挨拶をする。皆、私の挙動不審を訝しんだり怪しんだりしながらも笑顔を作って挨拶してくれた。そして次に若干顔色の悪い隣国の国王と挨拶を交わす。とにかく、今私が一番気にするべきなのは…。
「大丈夫ですか?プライド第一王女殿下。」
彼だ。
順番待ちを終え、私の前に現れた青年を前に、私は息を飲んで彼を見上げる。…蒼色の、美青年。
耳元まであるサラサラの蒼い髪と翡翠色の瞳。透き通るように白い肌の中性的な美青年。私と年齢が一個差とは思えないスラリとした高身長と、妖艶ともとれる滑らかな笑みを浮かべた彼は。
ゲームでのプライド女王…私の、婚約者。
レオン・アドニス・コロナリア。
キミヒカシリーズ第一作目の攻略対象者。
全てを失い、更にはプライドの…私のせいで心すら壊される人。