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129.騎士は知らされる。


キンッ‼︎…カンッ!キィィッ‼︎


「ッオラ!いつもより気ィ入ってねぇぞステイル‼︎」

「ッ…わか、…っている‼︎」

剣を交わしながら、歯を食い縛る。駄目だ、どうしても雑念が入る。アーサーの剣をいなしながら、それでも素早い瞬発力に圧倒されて反撃する暇がない。いつもならここから懐に入って一撃振るう筈なのに、どうしても身体が上手く動かない。そんな俺の状態を察してかアーサーが更に猛攻で攻めてくる。

「前からッ…言ってんだろォが‼︎」

ダンッ、と一歩前に踏み込み、次の瞬間手の剣を一瞬で弾かれた。そのまま首へ剣を突きつけられ、俺が降参するより先に怒鳴られる。

「言いたいことがあるなら言いやがれッ‼︎」

ここ最近ずっとその調子じゃねぇか‼︎と続けて叫ばれ、俺は思わず口を噤む。やはり、アーサーには気付かれていた。仕方なく、俺は一度弾かれた剣を拾いながらアーサーの問いに答える。


「…明日は、姉君の誕生祭だ。」

「ああ、知ってる。俺も近衛騎士として呼ばれてる。」


アーサーの言葉に頷きながら「姉君がお前に明日は宜しくと言っていたよ」と先に姉君からの伝言を伝える。そのまま今度は軽く剣をアーサーに振るう。カンッ、という音がしてアーサーがそれを剣で受け、さらに合わせるように軽くステイルに剣を振り返した。カンッカンッ、とさっきの激しさとは打って変わって不規則にリズミカルな金属音が響く。

「姉君は、明日で十六になる。」

剣を何度も軽く打ち合わせながらステイルが言う。アーサーもそれに頷きながら、更に剣を軽く、殆ど無意識に受け、弾き、さらに振るう。

「そうだな、もうプライド様も立派な女性だ。」

「そして、姉君の婚約者も明日の誕生祭で母上の口から発表される。」

「………。」

アーサーの剣が急速に鈍る。軽い打ち合いなのに、今度はアーサーの方がステイルの剣を上手く捌き切れなくなる。

「姉君は恐らくそのことを今は忘失している。それほどまでに〝学校制度〟に真剣に取り組まれている。…俺やティアラ、ジルベールも余計に姉君の気をそらしたくないから話題には出さなかった。」

「…だが…決まってンだろ、もう。代々王族の女性は十六の誕生祭で女王から婚約者を伝えられる。今の女王陛下だってそうだ。」

カン、カン、と力なく剣が当てられ、最後はお互いどちらともなく剣を引いた。

「…俺も、お前も、ティアラも。分かりきってたことだろ。」

思い詰めた表情のステイルから小さく目を逸らす。

そうだ、分かっていた。あの人がこの国の王女だと知ったあの時から、分かりきったことだった。自分とは違う世界の人間で、本当は毎日のように言葉を交わせるような存在じゃなかったということくらいは。

そう頭では理解しながらも、もやもやとした気持ちが渦巻いた。あの人が更に遠くの存在になってしまうのが辛いのか、単に寂しいだけなのか。それすらも分からない。

騎士団でも、既にその話題は尽きなかった。プライド様が十六歳になる。とうとう婚約者が決まる、と。婚約者は当日まで王女本人にすら知らされない。そしてその人は第一王位継承者であるプライド様の婚約者、つまりは未来の王配だ。

きっと立派な方が選ばれるのだろう、どこの国の王子だろうか、と色々な推測も騎士団で飛び交った。特にアラン隊長はそのせいか最近すげぇ項垂れているし、カラム隊長も元気がない。最近昇進したエリック副隊長もだ。父上と副団長のクラークも騎士達全体の士気に頭を悩まされてた。俺もクラークに「アーサーは平気か…?」と心配されたが「別に国から出ていっちまう訳じゃねぇんだ」と突っぱねた。

…そうだ、別に嫁いで行っちまう訳じゃない。むしろ婚約者が城に来るだけだ。俺は変わらずプライド様の傍に居られる。…なのに。


何故かどうしようもなく胸が痛む。


「そうだ、分かりきっていたことだ。姉君が婚約することは。俺も姉君の為ならばその婚約者の為にも次期摂政として全身全霊を尽くす覚悟だ。」

構えることをやめた剣を手の中で軽く振りながらステイルは続ける。コイツもやっぱりアラン隊長と同じでプライド様が婚約しちまうことが複雑なのか、そう思った時だった。



「…ッただし。それは俺がプライドに相応しいと認められた相手だったらの話だ。」



カッ、とステイルが地面に剣を突き立てた。プライド様の居ない所でコイツがプライド様を〝姉君〟呼びしないのは多分初めてだ。ふと、異様な気配を感じて見ればステイルから夥しい量の殺気が放たれている。今まで溜め込んでた分が一気に噴き出したような感じだ。地面に突き刺した剣が手の震えに同調して振動し、カタカタと音を鳴らす。「おい、ステイル…」と俺が声を掛けるが、それに対しての返事はない。

「少し手を使ってプライドの…姉君の婚約者を調べた。」

若干怒りで震えたステイルの言葉に俺は「なっ⁈」と思わず声を漏らす。誕生祭までプライド様の婚約者を知っているのは女王、王配、摂政だけだ。ジルベール宰相すら知ることのできない情報だってのに。そこまで考えてふと、コイツの特殊能力を思い出す。コイツなら瞬間移動でこっそり忍び込むこともわけないだろう。バレたら大目玉どころじゃ済まない。

「婚約者は我が国の同盟国アネモネ王国の第一王子だ。現王子は第三王子までいるが、王位が指名制であるアネモネ王国で、抜き出て優秀な王子と名も高い。第一王子であることを抜いても、次期アネモネ国の国王とも噂されていた第一王子が姉君の婚約者だ。」

ウチの第一王子何やってんだとか俺に言うのはマズいだろとか色々言ってやりたかったが、ステイルの覇気に押されてやっと出た言葉は「なら問題ねぇじゃねぇか」という言葉だけだった。

第一王子で次期国王とも噂されるほどの優秀な王子。プライド様に申し分ないお相手だ。

「ああ。年も十七と姉君と近い。更には眉目秀麗。実際に会ったことはないが、〝何故か〟その容姿の美しさも有名で、アネモネ国では知らぬ者はいない程だ。」

〝何故か〟という言葉を強調していうステイルに何やら嫌な予感がする。手の中の剣を握り締めながらステイルの次の言葉を待つと「ジルベールを使ってアネモネ国の情報を集めさせた」と言い出した。コイツがジルベール宰相を頼ったという言葉に一瞬耳を疑う。だが、次のステイルの言葉に俺はそれすらどうでも良くなる。


「その噂の第一王子は重度の女好き、女誑しと専らの噂だった。」


カラァン、と。ステイルの言葉に思わず剣が手の中から滑り落ちた。

「城下に女が二十人は居るだの、城内にも非公式の側室侍女が五人は居ただの、目につけばすぐ女性を口説くような男だから今まで同盟国との会談や式典にも連れられなかっただのと…!」

そのままステイルが「ジルベールはあくまで噂の域を出ない情報だとは言ってはいたが…」と唸り、更に殺気を膨らませた。

「少なくともその第一王子が頻繁に城下へ視察に降りていたことだけは事実だ。」

カタカタカタカタとステイルが突き刺した剣が凄まじい震えを起こした。


「レオン・アドニス・コロナリア第一王子。アネモネ王国では有名な女ったらしが、俺の姉君の婚約者だ…‼︎」


ピキッ、と。

とうとう亀裂の入る音を立てたのはステイルの剣か、それとも俺とステイルの血管か。


そしてプライド様の誕生祭。

俺とステイルがその最低の噂の隣国王子を目の当たりにするのは直ぐのことだった。


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