128.暴虐王女は度忘れする。
「プライド。調子はいかがですか?何かあれば何でも言って下さい。」
ステイルが優しく私の顔を覗き込んでくれる。
「お姉様、明日が楽しみですねっ!」
ティアラが私の手を握り、満面の笑顔を向けてくれる。
「ええ、少し…緊張するけどね。」
ティアラの手を取りながら、苦笑気味にステイルに笑い掛ける。すかさず「大丈夫です。俺が居ますから」と言ってくれて、ティアラも「私もいますっ!」と声を上げてくれて、それだけで少し不安が緩まった。
でも、何故だろう。
ここ最近、何故か二人とも揃って複雑そうな表情をしている気がする。…まぁでも、心配してくれているのも仕方がない。
明日は私の十六歳の誕生祭なのだから。
この国では、女子は十六歳からが〝成人女性〟として扱われる。
だから、明日の誕生祭は私にとっても凄く特別な日だ。
女王としての器がその場で示せなかったり、何か少しでも問題が起これば今迄みたいに悪い噂程度じゃ済まない。王族の立場すら揺るがす大騒動にだって成り得る。
何より、私は今日までの間に進めてきた同盟共同政策の発案者として。そして我が国での各対象年齢児童への学校制度の総指揮者としてスピーチをしないといけないのだから。
同盟共同政策は流石に現女王である母上が進めているけど、我が国の学校制度については母上が私に大部分を任せてくれていた。勿論、私やステイルだけじゃ大変だろうからと父上の補佐であるジルベール宰相や他の上層部の人も何人か付けてくれている。
「明日は恙無く誕生祭を進行できるよう、私も最善を尽くさせて頂きます。」
最終調整を終えたジルベール宰相が資料を手で纏めながら私に笑いかけてくれた。
「ありがとう、ジルベール宰相。」
「いえいえ、これも民の為、プライド様の為、王族の為ですから。学校制度については私も発表時には傍に居ります。それとー…。」
ふと、ジルベール宰相の言葉が途切れる。首を捻ると私の背後にいるステイルへ目をやり、少し複雑そうな表情をした後「いえ、この話はやめておきましょうか」と言って私とステイル、ティアラに挨拶をして私の部屋から出て行ってしまった。
なんだろうと思ってステイルを見ると、何やら暗い表情をしてジルベール宰相が出て行った扉を軽く睨んでいた。
そういえば今日はいつもよりステイルのジルベール宰相への噛みつきが少なかったような…。もしかして私よりもステイルの方が体調が悪いのだろうか。ティアラもステイルを心配そうな表情で見つめている。
「…ステイル、…大丈夫?」
「!…すみません、少し考え事をしていました。…大丈夫です。」
そう言って微笑んでくれたけど、やはり元気が無い。もしかして、ステイルも明日のことで緊張しているのだろうか。…その場合、私があまりにも頼りないせいだけど。
「それでは俺はそろそろアーサーと手合わせに行ってきます。プライドは、どうしますか?」
「私は明日の最終調整があるから。アーサーに明日は宜しくと伝えておいて。」
私の言葉に少し何かほっとしたような表情をしたステイルは、そのまま「わかりました」と返してくれる。ティアラが「私も…お部屋でドレスの確認をしてきますね」と言って部屋に戻ってしまった。
…やっぱり、二人とも何かおかしいような…。
……
「…成る程。貴殿が噂に名高いフリージア王国の使者…いや、〝配達人〟か。」
ヤブラン王国。
フリージア王国から足で行けば二日かかるこの国は、つい最近フリージアと同盟を結んだばかりの小国だ。
その小国の城にある王座の間。
王族や衛兵が集う中、王の前で跪く男と小さな影が二人。王前であるにも関わらず、ローブで頭まですっぽりと覆い隠し口元も布を巻いた男と、そして両脇の小さな影も少しぶかついたローブを頭まで被って覆い俯き、顔は何も見えない。
配達人、と呼ばれた男は国王の言葉に無言で頷き、そのまま王の手から衛兵を通して渡された書状を恭しく受け取った。
「明日はフリージア王国の第一王女、プライド・ロイヤル・アイビー殿下の生誕祭と聞き及んでいる。残念ながら我が国は誕生祭に参じれぬが、祝いの品を用意させた。その品も貴殿に届けて貰いたいのだが、…頼めるか?必要ならば荷馬車も用意させるが。」
国王の言葉に、配達人は頷く。
彼の特殊能力を使えばどれ程の重量の物でも運ぶことは容易い。国王が用意させた金細工師の調度品の数々を確認すると、配達人は自ら背負ってきた荷袋の一つを開いた。縛られた口を開き、中から出されたのは何の変哲もない土砂だ。
絢爛豪華に埃一つなかった床を、配達人の土が汚した。そして、両脇の小さな影に腕を掴まれながら、彼が指を鳴らす。
パチンッという音と同時に土塊が蠢き、固まり、広く大きな敷物のような形で止まった。配達人が手の動きで兵に祝いの品をそこに置くように指示する。金や銀で作られた重厚な調度品は一つひとつが兵一人で持ち上げるのがやっとの重さだというのに、敷物はいくら乗せてもヒビ一つ入らなかった。あとは、全て乗せ終えてから土の敷物ごと動かして運べば良いだけだ。
それを見て、まるで絵本でしか聞かない空飛ぶ絨毯のようだと国王はこっそりその胸を踊らせた。そのまま兵が祝いの品を土の敷物に積むのを眺めながら、国王は再び口を開く。
「それにしても第一王女殿下が十六、か。確か貴殿の国では…。」
国王として、同盟国の文化や規則はある程度把握している。自慢の髭を手でなぞりながら、国王はフリージア王国の習わしを思い出す。
「王族も含めて上流の女性は齢十六に婚約者を定めると聞いたが。特に王族ともなれば誕生祭当日にー…」
ピキッ
突然、いくら重量の調度品を積んでも何ともならなかった土の絨毯にヒビが入った。
小さな影が息を飲む音が溢れ、気がついた配達人が速攻で土のヒビを能力で修復した。
兵がもう重さが限界かと心配するが、配達人は構わず乗せろと手で示した。国王はその様子に首を傾げながら「ならば、明日は記念すべき日になるであろう。女王並びに第一王女にも宜しく伝えておいてくれ」と配達人に伝えた。
配達人と小さな影は国王へ礼をし、背中を向けた。
それに合わせて献上品を積み終えた絨毯は滑らかに地面を滑り、積まれた荷を揺らす事なく静かに運んでいった。