そして欲する。
「…………本当に私で良かったのかしら…。」
騎士達からの響めきを受けながら、私は横に補佐として寄り添ってくれているステイルへ口だけで小さく呟く。
「まぁ、あのジルベールの提案ですから。…最悪、奴に全ての責任を取らせます。」
容赦無いステイルの言葉に私は思わず心の中だけで苦笑いをした。
殲滅戦から騎士団の説得に赴いてくれたジルベール宰相から提案があったのは三日前のことだった。
今回の騎士団へ祝勝会を開かれる際、途中で抜ける母上の代打で私が労ってみてはどうか、と。「信頼を得るには鞭だけでなく飴も時には必要ですから」と言って。
私も今回迷惑をかけたことと、色々助けて貰えた御礼を言いたかったから丁度良かったけれど、正直第一王女とはいえあれだけ好き勝手した私が偉そうに労いに行っても飴どころか「いや、お前のせいで余計大変だったんだからな?」的な空気になるんじゃないかと不安でしかなかった。
会場になっていた大広間にステイルと入り、母上の椅子の前で挨拶をする。そしてロデリック騎士団長とクラーク副団長に改めて挨拶へ向かった。
…正直、また凄く怒られるんじゃないかと気が気じゃなかったけれど。
でも、実際は私がお詫びしようとした途端に先に手で止められてしまった。「以後は貴方自らではなく我々に全てをお任せを、と…本来ならば言いたいところですが…。」と少し言葉を濁らせた後に、難しそうに眉間に皺を寄せながら小さく微笑んでくれた。
「次からはせめて、我々に初めから協力を仰いでくださるとありがたいです。」
騎士団長の言葉に背後で副団長も頷いてくれた。許してくれたことが嬉しくて、私も騎士団長の手を握りながら「約束します」と答えた。
次からは例え怒られても、ちゃんと騎士団長に報告しよう。今回みたいに迷惑をかけて混乱させるよりはずっと良い。
私の背後でステイルも騎士団長と副団長と目配せし合いながら頷いた。
そのまま、騎士団長達に他の騎士達とも挨拶することを許して貰い、騎士達一人ひとりに今回の労いと御礼を声掛ける。
驚くほどに皆が怒っていなかったことに安堵しながら、私は目で今回挨拶をしたかった騎士達を探す。途中、騎士達の影からアーサーの姿がチラリと見えて、私が今回途中で挨拶に来ることを知っていたアーサーが口パクと指指しで、一点の報告を教えてくれた。
ステイルが私の耳元で「あっちの方らしいですね」と呟く。そのまま振り返ると、彼らがちょうど私の方に向かってくれているところだった。嬉しさのあまり、近くより先に声を上げた。
「アラン隊長!エリック、カラム隊長っ‼︎」
私の声掛けに、三人は駆けながら目を見開いた。
……
「突然声を上げてごめんなさい。貴方方に一度、御礼をしたいと思っていたので。」
プライド様が少し照れたようにはにかみながら、私達のもとへ歩み寄ってこられた。
何故、アランはともかく、私やエリックまでと疑問ばかりが先行して言葉が出ない。
アランもプライド様に声を掛けられた途端に先程の威勢が嘘のように固まり、棒立ちになっていた。何故コイツは任務外で本人の前になるとこうなる。
アーサーの話によれば、任務時は戦闘でも見事な大立ち回りを披露し、プライド様へ団服をお貸しする余裕すらあったというのに。
以前の飲みの席でも、プライド様の大立ち回りには興奮した様子で弁がたったというのに、露出が多かったという噂に関しては「あー、一応団服はお貸ししたけど。いやそれより!その時照れたプライド様がすげぇ可愛くて‼︎あとプライド様が俺の剣をさぁ‼︎」と全く気にもしていなかった。どれほど鍛錬馬鹿なんだコイツは。
そうしている間も、プライド様がまず先頭にいたアランに手を差し伸べ、緊張で動かないアランの手をそのまま自ら掴み握った。アランの姿勢が正され、髪の先まで緊張でガチガチと固まり、置物のようになる。「え…あ、…プブプ…プライド様、俺!あ、アランと…‼︎」と、言葉もむしろ以前より酷くなっている気がする。
「アラン隊長、あの時はありがとうございました。私達を守って下さって、心より感謝しております。…本当に、ありがとう。」
そう言って微笑むプライド様は眩く、輝いてすら見える。アランがなんとか「とんでもありません」と吃りながら答え、挨拶を返すと今度はゆっくりと私とエリックの方へ歩み寄ってこられた。そして最初に私の…方へ、視線が向けられた。
「カラム隊長。」
その柔らかな笑みを正面から受けた途端、私もアランのことを呆れられないと、今さらになって反省した。
……
「カラム隊長。」
アラン隊長の後、プライド様が俺達の方へ歩み寄ってこられた。
そのまま最初にカラム隊長へと手を差し伸べる。すると、その手を畏れ多そうに握るカラム隊長の顔がみるみるうちに真っ赤になった。
いつもは冷静沈着なカラム隊長の変わりように、周りの騎士達も驚いている。…アラン隊長は未だに身動き一つしてないけど。。
「あの時は御礼を言えなくて申し訳ありませんでした。心配をしてくれてありがとう。…どんな状況でも助け出した民のことを想って下さっていたカラム隊長はとても素晴らしい方だと思います。これからも宜しくお願い致します。」
プライド様の笑みに今度はカラム隊長が固まっている。そして、一拍置いてから「も…勿体ない御言葉です…‼︎」と返し、何度も頭を下げていた。
そのまま「あの時は気付かず失言を」と謝るカラム隊長にプライド様が首を傾げ、やっとわかったかのような表情をすると「優しくってとても素敵でした」と口元を隠して笑い、背後からでもわかるくらいに完全にカラム隊長の頭が茹だっていた。
そう、俺と違って、アラン隊長もカラム隊長もプライド様と言葉を交わしたから、特別に話しかけて頂けたことはわかる。
でも、さっきプライド様は俺の名も呼んでくれていた気がする。…それとも、単なる気のせいだったのだろうか。
そんなことを思いながらもプライド様から目を離せないでいると、カラム隊長と挨拶を終えたプライド様が流れるように俺へと視線を向けた。
「エリック。」
…やっぱり、気のせいじゃなかった。
四年前はただ遠目に見つめるだけで、ジルベール宰相のパーティーでは挨拶だけで精一杯で、今回の殲滅戦でも一目お会いしただけの俺に。
プライド様が、たしかに目を向けて下さっていた。
……
「エリック。」
プライド様がカラムとの挨拶を終えた辺りから、やっと少しずつ頭の熱が冷めてきた。
そして、もう一度振り返る。やべぇ、またプライド様と話せた。名前まで覚えててくれてた。しかも守ってくれてありがとう、って…‼︎
嬉しくて後からまた込み上げる。見れば、カラムもエリックとプライド様の方を見ながら未だに顔が火照ってる。エリックがプライド様に話しかけられたことに驚いたように、目をパチパチとさせていた。
「この度、檻から民を救い出し、貴方が
そう言ってエリックに手を差し出し、その手を握り締めた。
すげぇ、この人そんなところまで労ってくれてるのかよ?俺以外の騎士も、カラムも、その言葉には驚いて口が開いたままだった。
当のエリックは信じられないように目を丸くして、顔を赤くさせたと思ったら…そのまま目に涙を滲ませた。
ぐ、と堪えるように頷き泣き出すエリックに、逆にプライド様が驚いたような表情をする。それでも、エリックはプライド様の手を離さなかった。
「身に余る御言葉です…‼︎」
最後に、噛み締めるようにエリックが言葉を返した。両手でプライド様の手を握り返し、頭を下げるとそのまま泣き顔を隠すように俯いた。
「四年前に何もできなかった」と、今でも気負っているエリックにとって、プライド様からの労いや感謝がどれだけ大きいものかは…俺にも、わかる。
そのままプライド様が、泣いちまったエリックの髪に触れるように頭を撫でる。「これからも期待しているわ」と優しく声を掛けて下さり、更に俯くエリックの目から涙が溢れ、零れ落ちた。…すげぇ羨ましい。
その後も、雪崩れ込む騎士達に一人ひとりにプライド様は御礼や労いの言葉をかけてくれていた。
「なぁ、…プライド様が女神に見えるの、俺だけか?」
なんとか緊張が解けた身体でカラムとエリックの間に入る。未だに涙が止まらないエリックを片腕で抱き寄せ、もう片方の腕をカラムの肩にかける。
「私やエリックまで認識して下さっていたとは…。…信じられん…。」
珍しく返事にならない言葉がカラムから返ってきた。
目を擦るエリックが、俺の言葉かカラムの言葉にか…それとも両方にか。何度も何度も黙って頷いていた。
「プライド様の近衛騎士…その内、隊長格も可能になるんだよな?」
「指名制でなければ、その時は殴り合いどころか殺し合いが起きそうだな。」
「絶対今回の殲滅戦と今日の労いで競争率上がるだろ。」
「…そうだな。」
カラムと言葉を重ねながら、不思議とプライド様にさっき言われた言葉を思い出す。
『私達を守って下さって、心より感謝しております。』
「なんかさ、俺。」
無意識に声色が低くなり、カラムとエリックが同時に俺を見た。プライド様から視線を外さず二人に向かって言葉を続ける。
「いま、すっげぇプライド様を守りてぇ。」
あの人を守る事が、
国民や騎士、大事な友や部下を守ることにも繋がると思うから。
また、あの人を守りたい。
俺の言葉に、腕の中にいる二人が小さく頷いた。
ゲームが始まる前にエリックは新兵として崖崩落事故で既に命を落としています。
アランとカラムは新兵だったアーサーと殆ど関わることもなく、その前に粛清されました。
何も、アーサーにしてあげられませんでした。
いま、エリック、アラン、カラムは幸せです。