番外 騎士隊長は夢を見て、
「ッふざけんな‼︎」
目の前のテーブルをひっくり返し、声を荒げる。
…あれ?…俺…何やってんだ…?
「落ち着けアラン。お前がいくら騒ごうと…何も、変わらない。」
「これが落ち着いてられっかよ!カラム‼︎」
ひっくり返したテーブルに足をつき、怒鳴る。怒りのあまり息をするだけで肩が上下する。
…俺は…、…アラン・バーナーズ…。
あー…そうだ、俺今すげぇ腹が立って…
「何もかもあの悪魔のせいじゃねぇか‼︎騎士が年々減っていってる‼︎志願者が減ってるだけじゃねぇ!死んでんだ‼︎」
怒りがおさまらず、近くにある他のテーブルを今度は殴りつける。
「口を慎め、アラン。今は女王への失言は子どもであろうと死罪だ。」
「カラムッ‼︎お前はどうも思わねぇのかよ⁈ロデリック騎士団長が死んでっ…新兵が皆死んで、そんな中必死に騎士団を立て直してくれたクラーク騎士団長も死んじまった…‼︎それとも上の席がどんどん空いて満足なのかよ⁈お前はそんな奴じゃねぇだろ‼︎カラム騎士団長ッ⁉︎」
胸ぐらを掴み、叫ぶ。カラムは俺の手を払いのけようともせず、じっと堪えるように俺を睨んだ。
「アラン副団長。…私が、怒っていないとでも思うのか?」
カラムの言葉に思わず手が緩む。一歩引き、距離を置く。…コイツがこんな目をするのを見るのは久しぶりだった。
「騎士が…。…私の誇った騎士は、今や民にとって恐怖の対象だ。時には隣国と無意味な戦をし、時には女王の名の下に、優秀や希少な力を持つ罪無き特殊能力者を時には女王の前に引っ立て、…ある時は実力を行使する者を粛清し、女王を守る為に罪無き民をこの手に…何度もっ…‼︎」
カラムは自分の手を見つめ、そのまま拳を強く握りしめた。
「…ッ…こんなことをする為に、私はっ…騎士になった訳じゃない…‼︎」
噛み締めるような悲痛な声が、俯いたカラムから漏れた。
「だがっ…それでも、我々が騎士を放棄する訳にはいかない…‼︎今、私達には志を共にする騎士達がいるっ…‼︎彼らを守れるのはお前と私だけなんだ‼︎」
カラムが言いたいことも分かる。俺だって、こんな状態にも関わらず志を共にしてくれるアイツらは大事だ。それに、カラムがこうまで必死に部下を守ろうとしている理由がそれだけじゃないことも、俺は知ってる。
アーサー・ベレスフォード。
ロデリック騎士団長の御子息が、いま新兵としてこの騎士団にいる。アイツは才能の塊だ。きっとあと二、三年もすれば本隊入りも出世も間違いないだろう。ロデリック騎士団長を失った時にカラムは傍で父親の死を嘆くアーサーの姿を目の当たりにしたらしい。せめて、御子息だけでも守りたいと。…もし、彼が騎士の門を叩いたらどうか私の代わりに支えてやってくれ、というのが亡くなる直前のクラーク騎士団長の望みでもあった。
俺だってアイツのことも、他の騎士達も守りたい。だけど‼︎
「でも!考えでもみろよ⁈俺とお前の方が今じゃあの女王より騎士達からの支持は圧倒的にある‼︎騎士団全員で革命を」
「嫌だわぁ…こんなところに反乱の意思があっただなんて。」
フフッ…と嫌な笑いと共に女の声がする。
扉の方を振り返れば、一人の少女がそこに立っていた。背後に、何人もの衛兵を連れて。
「ッ女王…陛下…!何故、ここに…⁈」
「私には優秀な奴隷がいるもの。あと、革命なんて無駄よ?私は神に選ばれた特殊能力者なんだから。」
ニタァ…と痙攣らせたように口元を引き上げ、カラムの言葉に纏わりつくような声で女王が答える。
「どうしようかしらぁ…?二人共処刑だけど、騎士団長に副団長だなんて。また騎士が減っちゃう。」
そう言いながら笑う顔は全く困っていない。むしろ、これから起こることが楽しみで心躍らせているようにも見えた。
せめて殺されるなら刺し違えてでも…!そう思い、剣を握り締める俺をカラムが止める。何を、と思えばカラムが俺の前に出て、女王に跪いた。
「どうかお待ち下さい、女王陛下。全ては私の監督不行き届き。罰するならば騎士団長の私のみを。」
「なっ…⁉︎馬鹿何言っ…」
パチンッ
突然女王が指を鳴らした途端、俺の背後に強い衝撃と振動が走った。誰も居なかった筈の背後から誰かに押し倒される。顎から床に打ち、首だけで振り返ると俺の背中には少年が乗っていた。そのまま死んだような目で俺の首に剣を寸前まで突き立てる。
アラン!とカラムが叫んだ後、上に乗ってる少年に息を飲んだ。
「ステイル摂政…‼︎貴方までっ…!」
ステイル摂政…⁉︎いつも女���の横にいたこの国の第一王子だ。そのまま応戦するように俺の上を今度は他の衛兵達が取り抑える。
やっぱ駄目だ。もうこの国は根本から腐ってる。
「さぁて…責任は全て貴方に、だっけ。良いわよ?それはそれで後が面白そうだもの。」
どうでも良さそうに女王は衛兵に命じ、剣を受け取る。面白そう、と言いながらその目は明らかに俺を見ていた。
「騎士団長、この場でこうべを垂らしなさい。」
剣をズルズルと引き摺りならが、女王が歩み寄る。まるで、近くの物を取りに行くだけぐらいの気軽さで。
カラムが、俯く。
これから待ち受けるであろうことを全て受け止めて。
「…アラン。アーサーを…騎士団を、頼む。お前にしか頼めない。」
目を閉じ、俺の方を見ることもなく一言告げる。
ふざけんな、やめろ、殺すなら俺を、俺が全部言ったんだ、良いから逃げろと叫んでもカラムは逃げようともせず、女王も止まらず痙攣らせた笑顔で歩み寄る。時折、フフッ…と気味の悪い笑い声まで聞こえてきた。
カラムの隣に立ち、無造作に剣を振り上げる。
俺が、叫ぶ。女王への侮蔑と怒りを込めて。やめろと、俺を殺せと。カラムに逃げろと
ー ザシュッ。
…一瞬だった。
真っ赤な血が噴き出し、友の首が俺の前に転がった。
「アハッ…ハハッ…アッハハハハハッ‼︎」
鮮血に興奮したのか、カラムの血を浴びながら女王が笑う。ああ、この笑い声だ。この笑いで何人の罪のない民が殺された?なんで、なんでカラムが死んだ⁈反乱を企てたのは俺だ‼︎カラムは止めようとした!なのに、何故、何故何故何故
「は〜い。……次。」
「はっ…⁉︎」
女王の視線が血を噴き出すカラムの身体から、俺へと移る。
「は?じゃないでしょう。貴方も反乱者なんだから。それとも、私が罪人のお願いを素直に聞くとでも思った⁇アッハハ!助かると本気で思ったの⁈」
馬鹿ねぇ、とまた引き攣った笑いを俺に向ける。暴れようにも既に取り抑えられて動けねぇ。
「騎士団長によろしくね。」
女王が笑いながら俺へ剣を振り上げる。
ふざけんな‼︎カラムは何のために身動ぎ一つせずにっ…俺は、任されたってのに‼︎カラムに!騎士団を!アーサーを‼︎
必死に踠き暴れながら脳裏にさっきのカラムの言葉が響く。
騎士達を守らないといけないと、俺達しか守れないんだと。
そうだ、アイツはわかってた。俺達が本当に守らないといけない奴らを‼︎なのに、なのに俺の、俺のせいでっ…
『…アラン。アーサーを…騎士団を、頼む。お前にしか頼めない。』
頼まれたってのに‼︎カラムにアーサーを!騎士団を‼︎俺にしか頼めねぇと‼︎なのに、なのに俺は‼︎
悔しくて、今さら後悔が押し寄せ涙が溢れる。必死に女王の剣から逃れようと踠く俺を、女王が嘲笑う。「やっぱり後回しにして良かったわ」と楽しそうに。
クソッ、クソッ、クソッ‼︎
悔しい。
結局俺は何もできなかった。
副団長としてカラムを支えてやることも
三人の騎士団長に任されたアーサーを見てやることも
新兵も、騎士達も、そして大事な民すらも守れず
こんな無様な姿で死ぬなんてっ…
…守りたかった。
守りたかった守りたかった守りたかった守りたかった守りたかった守りたかった守りたかった守りたかった‼︎
なのに‼︎
振り下ろされるとわかった瞬間、俺はせめてと最後まで王女を睨みつ
ザシュッ…
……
「…隊長。……ラン隊長…!…アラン隊長っ‼︎そろそろ起きて下さいって!」
揺さぶられ、段々と意識が戻ってくる。
……あれ?…俺…。
「ああもう…祝勝会だからって飲み過ぎですって。」
「エリック。アランを起こすなら水を頭から掛けてやれ。」
エリックとカラムの声で、ふと目が覚める。いつの間に寝ていたのか、右手に酒の入ったままのジョッキを掴み、顔をテーブルに突っ伏したまま寝ちまっていた。
…そうだ…俺、ひと月前の殲滅戦の祝勝会に今…。
ぼんやりした頭と視界で、顔を上げて前を見る。騎士達が既にかなり酔っ払った様子で酒を酌み交わし、馬鹿騒ぎをしている。騎士も、新兵も、ロデリック騎士団長も、クラーク副団長も、誰もが楽しそうに笑ってる。
酔いのせいでまだ夢見気分で、見慣れた光景がすげぇ…嬉しい。
「!なっ⁈アラン!どうした⁉︎」
「アラン隊長!どどどうされたんですか⁈」
二人の声が急に慌て出し、振り返れば俺の顔をみて目を丸くしている。訳がわからず、ぼーっとする頭でただ二人を見る。するとおもむろにカラムがテーブルの水差しを手に取り、そのまま俺の頭に
ビシャァアッ‼︎
「ッおぶわ⁈…なっ⁉︎え⁈こ、ここ何処だ⁈」
いきなり水が降ってきて思わず声を上げる。一気に頭が覚醒して、目の前の二人を見直す。
「いきなり何すんだよカラム‼︎」
「お前が寝ぼけて酷い顔をしていたからだろう‼︎」
なんだよ酷い顔って、とカラムを睨みながら水浸しになった顔を腕で拭おうと擦って、拭いきれなかったからテーブルクロスを引っ掴んで顔を擦る。
「アラン隊長、なんか泣いてましたけど…どうかされたんですか…?」
「へ⁈」
エリックの言葉に思わず声が上ずる。その上カラムまで「寝ながら泣くなど子どもかお前は」と続けて言ってくる。いや、たぶん涎か酒だろと俺が弁明しても二人とも首を横に振ってくる。訳がわかんねぇ。
「何か嫌な夢でも見てたんじゃないのか?」
「あ〜…ん?いやでも全然覚えてねぇけど⁈」
すげぇ魘された気はするけど、全く覚えていない。…というか、今さっきカラムに水を浴びせられた直後からの記憶しかない。俺、どうやって起きたんだっけ。
「色々昨日まで殲滅戦の後始末で、たて込んでいましたし、疲れが溜まっていたのかもしれませんね。」
「…どうせならプライド様の夢見たかった…。」
完全に酔いが醒めたとはいえ、ふと殲滅戦を思い出してまたテーブルに項垂れる。
「なぁ、アーサーは?」
「アーサーならば向こうにいる。…またプライド様談議に巻き込むのならやめてやれ。」
カラムが顎で指した先にアーサーが見える。他の騎士達と何やら楽しそうに話をしていた。
「だってよぉ、あの時のプ…ジャンヌ様目撃したのって騎士団じゃ俺とアーサーだけなんだぜ⁈他の騎士達も戦闘で殆ど見てなかったって言うし…本当、すっげぇカッコ良かったってのに。」
そう言って再び俺がジョッキの酒を飲み込むとエリックが「自分も見たかったです」と笑う。俺だってあのプライド様の超絶大立ち回りを皆と見て分かち合いたかったってのに‼︎
あの殲滅戦の後、ジルベール宰相が代理で来て、プライド様とは直接合わずじまいだった。
あの時のプライド様は、四年前から更に凄まじかった。銃弾を跳ね返したり、鋼鉄の鎖をバラバラに斬ったり、マジでカッコ良くって瞼を閉じる度にあの時の光景が目に浮かぶ。しかも、俺の剣で戦って最後は俺に剣投げ渡して名前まで呼んでくれたとかマジで幸せ過ぎた。もうこの剣は家宝にするって決めた。
「いやぁ、でも女王陛下が帰られた後で本当に良かったですね。」
確かに。エリックの言葉に俺もカラムも頷く。
女王の御前で酒飲んで爆睡とか、流石に無礼にも程がある。
祝勝会として、城の大広間を貸し切って騎士団を労ってくれた女王は、最初に労いの言葉と乾杯をして下さった後は次の公務の為に途中で出て行かれた。好きなだけ飲んで騒いで英気を養えと言って下さって、王族が見てないと思った途端に皆で緊張が解けた。俺も絡むだけ絡んだ後にそのまま寝ちまったらしい。
「あ〜…プライド様に会いてぇ…ジャンヌ様でも可。」
「遠回しに同じ事を言うな。」
「カラム隊長もアラン隊長も良いじゃないですか。自分なんて、殆ど一目しか見れませんでした。」
「いや、私も本当にあの一瞬でだな…というか、気付かずに子どもと思いうっかり不敬を」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁈
突然、向こうの方から騎士達の響めきが起こった。誰か飲み過ぎて倒れたのか、それとも何か芸でもと思い顔を上げるけど、座ったままじゃ何も見えない。立ったままのエリックとカラムが声の方へ振り返り、目を見開いた。
「へ⁈え、ちょっと、あああアラン隊長⁈」
「なっ…何故…ここに…⁈」
エリックが言葉が上手く出ないように俺の背中を揺すり、カラムが絶句した。
気がつけば騎士達全員が一点を注目している。俺も顔を上げてみようと椅子から立ち上がった途端、さっきまで女王が座っていた椅子の前に誰かが歩み寄り、丁度立ち止まったところだった。
「騎士団の皆様、この度は本当にありがとうございました。第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーが心よりお礼申し上げます。」
プッッ……‼︎⁈
驚きのあまり、後ろの椅子を思い切り倒す。前のめりになり過ぎて半分テーブルに乗っかった。
「プライド様⁈」
今度こそなんか都合の良い夢見てんのかと思い、声を上げながらカラムとエリックの方を見ると二人も同じ顔をして目を丸くしていた。
プライド様がそのまま椅子の前での挨拶を済ませ、ステイル様と一緒にゆっくりと俺達騎士達の前に歩み出す。驚いた様子の騎士団長と副団長に最初に挨拶をして、そのまま何か言おうとした所で逆に騎士団長に止められた。
今回の殲滅戦のことで話をしているのか、そのまま二人と何やら笑い、頷き合った後、とうとう俺達騎士一人一人に声を掛けてくれ始めた。やべぇプライド様が動いてるッ‼︎本当の本物だ‼︎
「プライド様っ‼︎」
思わずまた声を上げて、他の騎士達と同じくプライド様と話そうと駆け出す。カラムとエリックも俺に続くようにプライド様の方へ向かった。プライド様が騎士一人ひとりと言葉を交わしてくれている中、ふと俺達の方を向き
「アラン隊長!エリック、カラム隊長っ‼︎」
満面の笑みを、向けてくれた。