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127.惨酷王女は取り掛かる。


ヴァルとセフェク、ケメトが再び城にやってきたのはざっと三時間後だった。


ヴァルはパッと見はさっきと変わらなかったけれど、物凄いお酒の匂いがした。明らかに飲んできた後だ。

ステイルがその匂いの強さに扉が開いて一番に顔を顰めた。私もヴァルに子どもをつれて何処へ行ってるのかと咎めたけれど、「何なら今度は(あるじ)も来るか?」と笑われた。聞けばやはり酒場に行ったらしい。まぁケメトとセフェクはちゃんとご飯を食べられたらしいからそこは良かったけれど。

ケメトとセフェクも「(あるじ)とも今度一緒に食べたいです!」「(あるじ)は何を食べましたか?」と酒場については全く気にしない様子で話してくれた。…そう、二人ともヴァルの真似をして私のことを〝(あるじ)〟と呼んでくれている。いや、それ自体は全然良いんだけど…。


「ヴァルは戻ったのですか⁈」


ティアラが嬉しそうに扉から入ってきた。あまりに急ぐから後ろの衛兵の方が慌てている。ステイルが「そんなに慌てるな」とティアラへ声を掛けた。

「ケメト、セフェク。おまたせしました!」

ティアラが中腰になって、ヴァルにくっついている二人へ覗き込む。

「ううん、私こそお待たせティアラ。」

「ティアラ、今日も勉強教えてくれますか?」

…これである。

セフェクもケメトもティアラのことは〝ティアラ〟呼び‼︎セフェクに至っては敬語すら無し‼︎ステイルにだって私と同じように二人とも敬語敬称付きなのに!すっっごくティアラが羨ましい‼︎

私も〝プライド〟で良いわよ?と言ったのに「え、ええっ!プッ、プライド様に、そんな…!」「僕は(あるじ)って呼びたいです!すごく格好良い呼び方だと思います!」とフラれてしまった。


「ああ、あと王子サマ。例の宰相への書類だ。」

ヴァルが懐から出した書類をステイルに摘んで渡した。ステイルは眉間に皺を寄せながらその書類を受け取り、中身をパラリと確認する。

もともとは、ジルベール宰相からの依頼だった。ヴァルが配達人として城内と外を行き来する許可を得てからわりと直ぐに、ジルベール宰相から私とステイルに打診があった。

なんでも、裏通りの情報屋がこれから城下の情報等を定期的に提供してくれるとかでその情報の受け取りをヴァルと、そしてステイルに任せたいとのことだった。

情報屋への行き来をヴァルに、そして情報の内容はステイルを通して受け取りたいと。言われた時はステイルも「第一王子を使うとは偉くなったものだな?」と威嚇していたけれど、「次期摂政としても知っておくのに損な内容ではありませんよ」と言われたら、少し悔しそうに了承していた。私も中身は気になったけれど「ステイル様が読むに適していると判断して頂いたのであれば、私は構いませんが。」とにっこり笑われただけだった。…因みに、その結果私は未だに中身をステイルに見せて貰っていない。見ちゃ駄目だと言われると見たくなるのに、私が覗く前にステイルはさっさと瞬間移動でジルベール宰相のもとに書類を届けてしまう。「俺が把握していれば問題ない内容なので」と言っていたけど、なんかジルベール宰相とステイルの交換日記みたいで羨ましい。


「んじゃ、邪魔するぜぇ?」

ヴァルが堂々とセフェクとケメトを連れてティアラの後ろを歩いていく。「早くはやく!」と駆けるティアラとヴァルは、まるで前世の童謡にあった森のクマさん状態だ。そのまま私とステイルが見送ると、ふいにヴァルの身体が「あぁ、そうだ」と何かを思い出したようにこっちへ振り返った。

「主と王子サマはちゃあんと仕事してくれよ?折角この俺が下働きしてやってんだ。例のナントカっつー共同政策。セフェクとケメトがガキの内にさっさと形にしてくれ。」

ニヤリと悪い笑みを浮かべながら私達を見る。そのまま手をヒラヒラさせながら「その為になら俺を好きに使えば良い」と独り言のように呟いた。そうして再びティアラの背後につくと、自分を待っていたセフェクとケメトの頭を軽く鷲掴んだ。


「ウチのガキ共が楽しみにしてるらしいからよ。その、〝学校〟ってやつを。」


ウチの、と言われたのが嬉しかったのか、セフェクとケメトがその言葉に嬉しそうに笑ってそのままそれぞれヴァルの裾に掴まった。ティアラがにこにこと笑いながら、最後に私とステイルに手を振って三人でティアラの部屋へと去って行った。


…そう、〝学校〟だ。


私が我が国の独自機関、そして同盟共同政策として案を出したのは一言でいえば前世と同じ〝学校〟という機関だ。

一年以上前、ジルベール宰相が立案していた数多くの法案の��に〝発達途上児童無償教育機関設立案〟というものがあった。初めて聞いた時もなんか前世の学校っぽいなとは思ったし、流石ジルベール宰相といった感じで既にこの法案も中身は完璧だった。ただ、莫大な準備期間や予算などが掛かるという問題で見送りとなっていた。

だから私は敢えてこの法案を使って、我が国と同盟近隣諸国で一つの大きな学校を作るのはどうかと提案してみた。取り敢えず高校や大学ぐらいの年齢の子ども対象で。

もともと我が国が近隣諸国に声を掛けて結ばれた同盟関係だったから全ての国の丁度真ん中に我が国がある。また、大国として敷地もたくさんあるということで我が国へ同盟諸国の王族貴族が通える学園を作ろうと。そうすれば、我が国に訪れることで〝特殊能力者のいる国〟という警戒心も薄まるかもしれないし、何より将来国の代表となる子ども達が早めに各国への理解や友好を深めるのにも良いと思った。母上や父上も快く賛同してくれて、早速今は各同盟国にその案を出して意見を聞き集めているところだ。今のところどこからも良い返事を貰えている。

そして、私が我が国の独自機関として提唱したのは、幼・小・中・高までのそれぞれの年齢の子どもが無料で通って教育を受けられる機関だった。特に身体が出来上がっていない小学校までの子どもは無償で衣食住を提供する機関。そうすれば下級層の子どもも皆が等しく一定水準の生活を得られるし、中学くらいの歳まで生きられたらきっと仕事もそれなりに見つかる筈だ。中学高校は流石に衣食住は無理でも、教育くらいは無料のものを国から提供できれば我が国の教育水準もかなり上がるし、きっと将来的にも意味があるものになると思う。

これを、同盟共同政策のモデルケースとして先に我が国で成功させて、そのまま我が国の誇る世界初の教育機関として推していきたい。国際郵便と教育機関。これが私の考えた我が国独自機関だ。まぁ教育機関の方も我が国を真似て各国でも採用して欲しいのが本音だけれど。ただ、まだ近隣諸国だけでも奴隷制の国はいくらかあるし、なかなか難しいだろうなとは思う。

ジルベール宰相もこの案には凄く喜んでくれて「同盟共同政策の為ならば上層部も手は抜けませんね」と若干黒い笑みを最後には浮かべていた。

当時その法案がお流れになったことはともかく、それよりも下級層の子ども達の為にもなる〝発達途上児童無償教育機関設立案〟をお金と準備期間を理由に一部の上層部に躊躇されたのをこっそり気にしていたらしい。

更にはステイルも凄く乗り気で「例え同盟共同政策として叶わなくても我が国でやるべきです‼︎我が国が先導し、先ずは世界にこの必要性を示しましょう!」と次期摂政としてやる気満々だった。本人の目標は洞穴で自分が助けた光の特殊能力者の少年が十八歳になる前に学校を作り上げることらしい。その上で「特殊能力についての選択授業も導入したい」とジルベール宰相に直談判までしていた。…その時の初孫を見るようなジルベール宰相の笑みが忘れられない。当の娘のステラちゃんはまだ一歳にもなってないけど。

ヴァルもさっきの発言通り、希望としてはセフェクとケメトを学校に通わせてあげたいらしい。特にケメトは特殊能力も希少で優秀だし、城で働くのが目標だから今もティアラと遊ぶ傍ら時々勉強も教わっているとのことだ。

ジルベール宰相もステラちゃんの為にも頑張るとか言ってたし、これだけ皆がやる気満々なら学校の方はかなり猛スピードで叶いそうだと思う。前世では正直学校は面倒でしかなかったけれど、こうしてみるとなかなか大事な制度だったんだなとも思う。〝キミヒカ〟シリーズでも学園ものはあるし、ゲームと内容が被れば実現もできる筈とは思ったけれど、こんなにすいすい進むとは正直思わなかった。

これも同盟共同政策の為ならばと、特例で急遽法案協議会を開いて〝発達途上児童無償教育機関設立案〟を可決してくれた母上のお陰だ。もともと母上も前向きに考えてはいたけれど、上層部からの予算や期間による躊躇いと、何より当時ジルベール宰相が他にも山のような法案を出してそれを先に可決させた後だったから〝発達途上児童無償教育機関設立案〟まで手が回らないと判断したらしい。…確かにあの頃は凄まじかった。


「俺達も行きましょうか、プライド。母上に書状の報告へ。」

ステイルの言葉で私は顔を上げる。そうね、と返しながら私もステイル、近衛兵のジャックと共に母上の元へ向かった。

「〝学校〟ができれば、きっと我が国はもっと、もっと良くなります。…絶対に。」

そう言って微笑んだステイルに思わず私も笑みで返す。

「ええ、そうね。次の私の誕生祭には、良い報告が皆にできればよいのだけれど。」

「!。……そう、ですね…。」

ふいに、突然ステイルの声がくぐもり、歯切れが悪くなった。どうしたの?と聞くと今度はいつもの調子で「いえ、なんでも」と微笑んでくれた。…やっぱり少し複雑そうだったけれど。

今年の誕生祭はもう終えた。次の私の誕生祭は来年だ。それまでにやるべきことはヴァルを通しての同盟共同政策の橋渡しと、我が国での学校作り。前世の記憶を頼りにジルベール宰相とステイルに肉付けしてもらえば基礎は大丈夫だろう。あとは…。……あれ。なんか凄く大事なイベントを忘れているような…。

そこまで考えて一人首を捻る。まぁ良いか、今は民の為に学校作りに集中しよう。


そして翌年の私の誕生祭。

若干忘れ掛けていたゲームの設定が、再び私へ降りかかることとなるのを、この時の私は完全に忘れていた。


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